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三章 マウリ様と過ごす高等学校二年目

29.わたくしの14歳の誕生日

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 わたくしとクリスティアンのお誕生日まで祝ってくれてソフィア様は王都に帰って行った。帰る前にサロモン先生とヨハンナ様を話をしていた。

「両親のことはわたくしに任せてください。準備が整ったら、両親と共にヘルレヴィ領に参ります」
「え!? わたくしが行くのではなくて!?」
「サロモンをお願いするのです。ヘルレヴィ家付きの家庭教師として長く務めるのならば、それも充分にお願いしなければいけません」

 宰相閣下の家系のシェルヴァン家のソフィア様とサロモン先生のご両親が、わざわざヨハンナ様にサロモン先生をお願いするためにヘルレヴィ家にやってくる。それはサロモン先生が本格的にヘルレヴィ家専属の家庭教師となることを示している。
 サロモン先生も落ち着かない様子だった。

「姉上に全て任せてよいのでしょうか? 私は何をすれば……」
「あなたはヨハンナ様の信頼を得なさい。サロモン、あなたはまだ若い。ヨハンナ様を不安にさせることもあるでしょう。それが少しでも和らぐように努力するのです」

 ソフィア様がいてくれればサロモン先生とヨハンナ様の仲は安心だ。
 帰っていくソフィア様の馬車を、わたくしとハンネス様とマウリ様とサロモン先生とヨハンナ様で見送った。
 子ども部屋に戻るとミルヴァ様とフローラ様が遊んでいる。

「ねぇね、にー」
「フローラのニンジンさんとわたくしのニンジンさんはおそろいね」
「ねー」

 人参マンドラゴラを見せ合っているフローラ様とミルヴァ様はすっかりと打ち解けたようだった。クリスティアンがわたくしのところに駆けて来てわたくしを見上げる。

「あねうえ、あたらしいまほうをならいましたか?」
「魔法による薬草の調合を習いました。スティーナ様のための魔法薬や、マンドラゴラの栄養剤を作ることができましたよ」
「ぼくにもまほうのさいのうがないでしょうか。ぼくもまほうやくがつくりたいです」

 生まれたときからわたくしには獣の本性がなかった。そのことをずっと気に病んでいたけれど、高等学校入学のときにわたくしには魔法の才能があることが分かった。それ以来わたくしは魔法使いになる道を歩んでいるが、クリスティアンには獣の本性があるし、わたくしの家系で魔法の才能がある子どもが生まれたという記録はないので、クリスティアンに魔法の才能がある可能性は低かった。

「魔法の才能はないかもしれませんが、クリスティアンは強い狼ですよ?」
「ぼくは、あねうえがちょっとうらやましいです」

 魔法の才能のあるものはとても希少だが、それは選べるものでも努力して得られるものでもない。

「わたくしは、ずっとクリスティアンが羨ましかったのですよ」
「あねうえ?」
「わたくしには獣の本性はなかった。クリスティアンには強い狼の本性がある。それが羨ましかったのです。わたくしたち、お互いに羨ましがっているようですね」

 正直な気持ちを伝えて微笑むと、クリスティアンが眉を下げた。

「あねうえのきもちを、ぼくはあまりかんがえたことがありませんでした。うらやましいといってごめんなさい」
「謝ることはありません。誰でも、自分にないものが欲しいと思うのは普通のことでしょう?」
「あねうえがやさしいひとでよかったとおもいます。あねうえのやさしさで、マウリさまもミルヴァさまも、ぼくたちとごえんができた」

 優しさだったのかは分からない。8歳のときにもう一つの公爵家のヘルレヴィ家に生まれた双子がトカゲだということで冷遇されているのが、わたくしには許せなかったのだ。
 獣の本性がないためにわたくしは周囲から奇異の目で見られて来た。それでも両親はわたくしを大事に愛して育ててくれた。両親の愛があったからこそ、わたくしは歪まずに生きて来られた。
 産まれたばかりのマウリ様とミルヴァ様にはそれがなかった。スティーナ様はお二人を愛していたが、産後に体調を崩してお二人に愛情を注ぐことができず、オスモ殿がヘルレヴィ家を乗っ取ろうと動き始めていた。
 結果としてマウリ様とミルヴァ様はドラゴンで、わたくしには魔法の才能があったのだけれど、そんなことは最初は分からなかった。マウリ様がトカゲでも、わたくしはヘルレヴィ家の正統な後継者としての座を取り戻して、マウリ様と結婚する気でいたのだ。

「アイラさま、きいて」
「どうしましたか、マウリ様?」
「わたし、おとうさまのまねをする!」
「え!?」

 急にマウリ様が言い出してわたくしは驚いてしまう。カールロ様は貴族とは思えない喋り方をするが、それは平民の中で働いてお金を稼いで、漁師でも荷運びでもやっていたせいで、2歳まではともかく、それ以降は大事に育てられたマウリ様がその真似をするのは少し抵抗があった。

「カールロ様の真似をしたいのですか?」
「えーっと……アイラさまは、まーのほれたおんなのこだぜ! しあわせにしてやる!」
「まぁ!」

 カールロ様ほど乱暴ではないし、マウリ様らしい可愛さのある口説き文句にわたくしは微笑んでしまった。マウリ様はカールロ様の真似をしてもどうしても可愛さと育ちの良さが出てしまう。

「マウリ様、カールロ様の真似をしてはいけません」

 すかさずサロモン先生が指導に入った。聞いていたカールロ様も苦笑している。

「俺の喋り方がマウリに悪影響を与えてるか?」
「与えているかもしれませんが、マウリの可愛いこと」

 スティーナ様は大らかにくすくすと笑っていた。
 喋り方が若干乱暴でも、内容は可愛いし、わたくしへの口説き文句というのがまたマウリ様らしい。

「おとうさま、おおやけのばでは、じぶんのことは『わたし』ですよ?」
「ミルヴァはスティーナそっくりだな」
「わたくしも、そろそろおとうさまをちちうえといわなければ、いけないかもしれません」
「それは寂しいな。お父様と呼んで欲しい」

 そうだった、ミルヴァ様とマウリ様も今年の誕生日で6歳になるのだ。幼年学校に入学していい年である。マウリ様とミルヴァ様は幼年学校には行かずに家庭教師に家で勉強を教えてもらうが、そろそろ礼儀作法も覚えなければいけない時期には差し掛かって来ていた。
 公の場でもマウリ様とミルヴァ様が恥をかかないようにサロモン先生とリーッタ先生にしっかりと教えてもらわなければいけない。

「マウリ様、公の場では、スティーナ様は母上、カールロ様は父上と呼ぶのですよ」
「おかあさまがははうえ、おとうさまがちちうえ! わたし、それ、しってる!」
「知っているのですね。それならば話は早い」
「うん、ラントりょうのちちうえとははうえがいるからね」

 サロモン先生に教えてもらって、マウリ様はわたくしの両親を見て答える。

「まだ父上と呼んでもらえているようだね」
「マウリ様は本当に可愛い。そのうち義理の息子になるのですから、そのままでいいですわね」

 父上と母上もまんざらではない様子である。

「クリスティアン様のことも、愛称ではなく正式な名称で呼んでください」
「あいしょうって、なぁに?」
「クリス様と今、マウリ様は縮めて呼んでいるでしょう? それが愛称です」
「それじゃ、クリスティアンさまってよべばいい?」

 話しているサロモン先生とマウリ様のところに、ミルヴァ様もやってくる。

「わたくしも、クリスティアンさまってよんだほうがいいですか?」
「公の場では」
「おおやけのばって、どこですか?」
「貴族たちの集まるパーティーなどですよ」

 説明されてミルヴァ様も納得したようだった。
 少しずつマウリ様とミルヴァ様も成長して行っている。
 春になればマウリ様とミルヴァ様は6歳になって、幼年学校には入学しないがそれ相応の勉強を始める。
 その頃にはマウリ様とミルヴァ様の弟か妹も生まれているだろうか。
 期待の募る春を思うその日、わたくしは14歳になった。
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