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三章 マウリ様と過ごす高等学校二年目

38.サロモン先生とヨハンナ様の結婚式とマウリ様のお誕生日お祝い

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 パーティーが終わってから、貴族たちがいなくなった大広間にソフィア様とサロモン先生のご両親が揃った。サロモン先生のお父上はこの国の宰相閣下だったはずだ。

「ヘルレヴィ領までお越しいただきありがとうございます」
「カールロ殿、今は私の身分は忘れてください。私はただのサロモンの父親として来ました」
「サロモンが愛した方とのこと、ソフィアから聞きました。わたくしたちは、サロモンとヨハンナ様を祝福するために来たのです」

 サロモン先生のお父上とお母上が膝をつこうとしたカールロ様を立たせて仰る。スティーナ様が椅子から立とうとするのも、お二人はそっと止めていた。

「サロモン、あなたの大事な方を紹介してください」
「ヨハンナ・ニモネン様です。私の愛している方です。私に怯えず堂々と意見をしてくださり、私に足りないところを補ってくださる、素晴らしい方です」
「初めまして、ヨハンナ・ニモネンです。こちらは息子のハンネス・ニモネンと、娘のフローラ・ニモネンです」
「わたくち、ふーでつ!」
「ハンネスです」

 深々と頭を下げて挨拶をするヨハンナ様とフローラ様とハンネス様に、サロモン先生のお父上とお母上の目に涙が光る。

「不愛想で、女性に怖がられてばかりいた子です」
「不器用で、誰かを愛しても愛し返されるとは思っていませんでした」
「ヨハンナ様、どうか息子をよろしくお願いします」

 ソフィア様の説得は上手く行っていたようで、サロモン先生のご両親はヨハンナ様の手を握ってサロモン先生のことを頼んでいる。
 一度着替えのためにサロモン先生とヨハンナ様が下がっている間に、会場は整えられて、結婚式の準備ができた。
 フローラ様を抱っこしたハンネス様を真ん中に、サロモン先生とヨハンナ様が向かい合っている。
 スレンダーラインと呼ばれる膨らみのない腰からすとんと落ちるスカートのウエディングドレスのヨハンナ様は、細身の体によく似合ってとても美しい。ヴェールの刺繍とビジューが窓から差し込む光りを浴びてきらきらと輝いていた。長身のサロモン先生は同じヴァルコイネン織りの燕尾服を着ている。
 ハンネス様の方を見て、二人は誓いの言葉を述べる。

「わたくし、ヨハンナ・ニモネンは、夫サロモン・シェルヴェンを愛し、子どもたちを愛し、幸せな家庭を築くことを誓います」
「私、サロモン・シェルヴェンは、妻ヨハンナ・ニモネンを愛し、子どもたちを大事にして、健やかなるときも病めるときも共に生きることを誓います」
「ハンネス、フローラ、あなたたちはわたくしの大事な息子と娘です。この結婚において、サロモン様という新しい家族が増えるだけで、あなたたちへのわたくしの気持ちは変わりません」
「足りないところのある夫、至らないところのある男かもしれませんが、ハンネス様とフローラ様の父親と思っていただけると嬉しいです」

 ハンネス様を真ん中に述べられた誓いの言葉に、ハンネス様が目に一杯涙を溜めている。

「はーにぃに、いちゃい? わたくち、よちよち、すゆ」
「痛くないです……嬉しくて……」
「ハンネスには心配をかけましたね」
「これから家族と思ってくれると嬉しいです」

 ヨハンナ様とサロモン先生に挟まれてハンネス様は涙を零していた。その涙をフローラ様が小さな手で拭っている。幸せな家族の光景に、わたくしも涙が滲んで来た。

「アイラさま、ヨハンナさまは、しあわせ?」
「えぇ、とても幸せだと思いますよ」
「にいさまも、フローラもしあわせ?」
「はい、きっと」

 涙ぐんでいるわたくしに聞くマウリ様は嬉しそうだった。

「わたくしもおおきくなったら、ヴァルコイネンおりのどれすをきて、クリスさまとけっこんするわ!」
「ぼくも、ヴァルコイネンおりのえんびふくをきるよ」
「クリスさま、だいすき!」

 ミルヴァ様とクリスティアンも幸せそうなヨハンナ様とサロモン先生を見て感動しているようだった。
 お誕生日ケーキ兼ウエディングケーキが運ばれてきて、ヨハンナ様とサロモン先生が二人で切り分ける。大きなケーキを切り分けて、ケーキの乗ったお皿を一人一人に渡していくヨハンナ様とサロモン先生。ケーキの上には色んなフルーツが宝石のように輝きながらたっぷりと乗せられていた。

「まー、おたんじょうびおめでとう!」
「みー、おたんじょうびおめでとう」
「6さいのまーもだいすきよ!」
「わたしも、6さいのみーもだいすき!」

 同じ日に生まれた双子のミルヴァ様とマウリ様がお互いのお誕生日を祝い合っている可愛い光景には、周囲の大人から微笑みが零れた。
 お誕生日のケーキも食べて、結婚式はつつがなく終わった。

「サロモン先生とヨハンナ様に結婚祝いがあります」

 スティーナ様とカールロ様が告げたのは、結婚式が終わって、サロモン先生もヨハンナ様も着替えて、サロモン先生のご両親とソフィア様、クリスティアンとミルヴァ様とわたくしの両親を送り出してからだった。
 時刻は夕暮れに近付いていて、お昼寝をしなかったフローラ様はソファに突っ伏して眠っている。マウリ様はかろうじて起きていたが、頭がぐらぐらしている。

「このお屋敷の離れを改装しました」
「新婚の二人が住むにはちょうどいい広さだと思うよ」

 かつては隙間風が入るぼろぼろだった離れを綺麗に修復して改装して、スティーナ様とカールロ様は新婚の二人が住めるように整えていた。離れに職人さんが来ているのは気付いていたが、マウリ様とミルヴァ様が追いやられていた頃の記憶を消すために新しくしているのかと思っていたわたくしは、驚いてしまった。

「いいのですか?」
「わたくしたちは、あくまでもヘルレヴィ家にお仕えしている身です」

 驚いたのはわたくしだけではなかったようだ。ヨハンナ様もサロモン先生も驚いて声を上げている。

「だからこそ、ヘルレヴィ家で長く居心地よく過ごして欲しいんだよ」
「マウリにとって、ハンネス様は大事な兄ですし、フローラはかけがえのない妹です。そして、ヨハンナ様は大事な乳母です。ずっと仕えていただくために、住環境をよくするくらいのことはさせてください」

 ヘルレヴィ家に長く仕えることを考えれば、ヨハンナ様とサロモン先生の住環境を整えるのは当然だとカールロ様もスティーナ様も考えているようだった。

「ソフィア様が考えているのは、女性が子どもを産んでも働けるような社会だ。それをソフィア様の弟夫婦のヨハンナ様とサロモン様が実現しなくてどうする」
「赤ちゃんを、わたくしたちに遠慮しなくていいのですよ」

 結婚すれば赤ん坊ができるものだというのは知っていたが、その具体的な方法をわたくしは実のところ知らなかったりする。なんとなく夫婦二人が同じ寝室で寝ないといけないのは分かるのだが、はっきりとした性教育をわたくしは受けているわけではなかった。
 赤ん坊ができたらマウリ様やフローラ様、新しく産まれてくるスティーナ様の赤ん坊の世話ができないとヨハンナ様が遠慮するところまで、カールロ様とスティーナ様は予測していた。

「わたくしはもう子どもは二人おりますし……」
「ヨハンナ様には子どもはいても、サロモン様にはおりません」
「わたくし、赤ちゃんを産んでもいいのでしょうか?」

 その問いかけにサロモン先生がヨハンナ様の手を取る。

「私との赤ちゃんを産んでくださいますか?」
「サロモン様……」
「ヨハンナ様、私は子どもの扱いに慣れていませんが、子どもは好きだと思います。ハンネス様もフローラ様も大事にします。生まれて来た赤ちゃんも大事にします」

 訴えかけるサロモン先生に、ハンネス様も言葉を添える。

「母上、好きになった方との赤ちゃんを望んでもいいと思います」
「わたくち、ねぇね! あかたん、いこいこちる!」
「フローラもお姉ちゃんになりたいと言っていますよ」
「はーにぃに、わたくち、ねぇねよ!」
「そうでしたね、フローラにはターヴィ様という弟がいましたね」

 ハンネス様もフローラ様もヨハンナ様の赤ちゃんを望んでいることを知ってヨハンナ様の迷いは消えたようだった。

「授かるかどうかは分かりません。ですが、授かったらサロモン様の赤ちゃんが欲しい。赤ちゃんを産んでも、わたくし、乳母は続けられます!」
「ヨハンナさま、むりしないで。わたし、もう6さいだから、じぶんでいろんなこと、できるよ!」

 宣言するマウリ様に、スティーナ様とカールロ様がお誕生日お祝いがあると教えてくれた。

「マウリもそろそろ子ども部屋を卒業して、一人部屋になってもいいんじゃないかと思ってね」
「マウリの部屋も準備していますよ」
「わたしのおへや!? アイラさまは!?」
「アイラ様のお隣りです」

 わたくしの部屋の隣りの部屋にマウリ様の部屋が準備されていたなんて、わたくしは全然気付いていなかった。離れの棟はサロモン先生とヨハンナ様とフローラ様とハンネス様が暮らせるだけの部屋があるので、わたくしの隣りの部屋だったハンネス様がそちらに移動することになって、マウリ様がハンネス様の使っていた部屋を譲り受けることになったのだ。

「アイラさまのおとなり! わたし、もうおおきい!」

 一人部屋をもらって嬉しそうなマウリ様だが、勉強はきっと子ども部屋でわたくしやハンネス様やフローラ様やオルガさんと仲良くするだろうし、日中過ごすのは子ども部屋であまり変化はないだろう。
 それでもマウリ様が少し大人になったようでわたくしも嬉しかった。
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