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五章 増える家族と高等学校の四年目

6.初めての合同授業

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 ハールス先生との初授業は数日後に行われた。ヘルレヴィ領とラント領、どちらの高等学校の許可を取らなければいけないと言っていたが、意外と早く許可が取れたのだろう。移転の魔法でサンルームの前に来たハールス先生とクリスティアンに、挨拶をしようとする前にハールス先生がドアを開けて中に入るように促した。
 サンルームの明るい光の中でハールス先生をじっくりと見る。
 きらきらと輝く白金の髪にエメラルドのような瞳で、長身で引き締まった体付きをしているが、エロラ先生のように三つ揃いのスーツで決めているわけではなく、襟のあるシャツによれよれの白衣を羽織って、スラックスを履いている。

「初めまして、オスカリ・ハールスだ」
「僕の魔法学の先生です。とても博識なんですよ」
「クリスティアンくんはとても勉強熱心だ。古代語の教本を渡したら、翌日には半分以上を訳して登校して来た」

 喋り方は素っ気ないが、ハールス先生がクリスティアンの頭脳を評価してくれているのが分かってわたくしも嬉しくなる。ハールス先生に褒められてクリスティアンもにこにことしている。
 髪の毛がストレートのわたくしと、癖毛のクリスティアンはちょっと印象は違うが、髪の色も同じブルネット、瞳の色も同じ水色で明らかに姉弟だということが分かる。

「久しぶりだね、オスカリ」
「またこうやって会えるとは思っていなかった、メルヴィ」
「君は心配し過ぎなんだよ。私たちが君に怒っているはずがないだろう」

 幼馴染同士話をするエロラ先生とハールス先生をエリーサ様が見守っている。

「アイラ・ラントです。クリスティアンの姉です」
「とても魔力の高い魔法使い候補だと聞いている。よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 挨拶が終わるとエロラ先生とエリーサ様がサンルームを案内し始めた。観葉植物の生えているサンルームの中は簡易キッチンもあって、ソファセットもあって、とても広い。

「魔法の実践を行う場合には、こちらの観葉植物の少ない場所でやっている」
「実践を見せてもらえるのですか?」
「見ることもまた勉強になる」

 説明するエロラ先生にクリスティアンが期待に目を輝かせ、ハールス先生が頷いて答えている。

「こちらは調合室ですね。メルとわたくしで作りました。空間を捻じ曲げているので、入り口だけに見えますが中は広いですよ」

 調合室の中を見せてもらってクリスティアンが目を丸くしていた。サンルームの中にドアが一枚立っているだけに見えるのに、開けてはいると全く違う空間が広がっている。明かりを点けると調合室の中がよく見えた。
 調合のための乳鉢やすり鉢や蒸し器や鍋などの道具が棚に揃っていて、奥には魔法の火を点けられるコンロが備え付けてある。

「ヘルレヴィ家の調合室と似ていますね」
「あれもエロラ先生とエリーサ様に作っていただきましたから」

 わたくしが説明するとクリスティアンは納得したように小刻みに頷いていた。

「僕は魔法は使えません。高等学校入学のときに魔力を測りましたが、全くありませんでした。だからこそ、できることがあると思うのです」

 研究者として魔法を研究することをクリスティアンは望んでいる。

「ラント領には南の森に妖精種の方々が暮らしています。その方々とのコミュニケーションを円滑にして、ラント領内で活躍してもらうには理解が必要だと思うのです」
「素晴らしい考えだと思うよ、クリスティアンくん」
「他にも目標があるのだろう?」

 褒めるエロラ先生に照れつつ、ハールス先生に促されてクリスティアンは胸を張って答える。

「魔法の火を起こせる調合設備があれば、誰でも作れる魔法薬の研究がしたいのです。魔法生物を使うもの、使わないもの、魔法生物と普通の薬草を使うもの……レシピはどれだけあっても困りません。魔力があるものだけにしか魔法薬は作れないという考えを根底から崩したいのです」

 設備さえあれば魔法薬が誰でも作れるとなれば、これまでほとんど民衆の手に入らなかった魔法薬が身近なものになる。それはラント領にとってもヘルレヴィ領にとっても、ひいてはこの国全体にとっても大きな利益となりうることだった。

「近いうちにラント領の高等学校にも調合設備を作ってもらうようにお願いすると思う」
「それは任せて、オスカリ」
「わたくしも喜んで協力致します」

 最初は高等学校から。続いて工房を作って、少しずつ広めていけば、いつかは魔法薬が誰にでも手に入るものになっているのではないだろうか。
 クリスティアンの目標はわたくしにとっても明るい未来を想像させるものだった。
 クリスティアンとハールス先生の話を聞いていると、二時間の授業時間もあっという間に終わってしまう。最後にお茶を淹れてくれるエロラ先生に、わたくしたちはソファに座った。

「姉上と一緒に授業が受けられて、本当に嬉しいんです」
「わたくしも、クリスティアンと授業を受ける日を楽しみにしていました。それにしても早く実現しましたね」

 わたくしの言葉にハールス先生が紅茶を一口飲んで口を開く。

「ラント領の高等学校は魔法学を教える設備が全く整っていなかった。どうしようかと私も思っていたところにメルヴィとエリーサからの知らせが届いて、渡りに船だったというところかな」
「私もこのサンルームを作り上げるまでは時間がかかったからね」
「座学だけならばいいのだが、クリスティアンくんは調合の勉強も望んでいた。すぐに調合室は用意できないから困っていたところにメルヴィからの手紙が届いた」
「そんなことだろうと私も思っていたよ。魔法について、高等学校はあまりにも無知だからね」

 軽快に言葉を交わすハールス先生とエロラ先生は本当に息が合っていて、仲がよいのだと感じさせる。
 エロラ先生も最初にヘルレヴィ領の高等学校に来てからサンルームを作り上げて魔法学の授業ができるようにするまでの期間は大変だったようだ。

「幸い、私には生徒らしい生徒はいなかった。サンルームを建ててもらえるまで十年はかかったけれど、大した年月でもなかったかな」
「メルは気が長い方ですからね。そうでないと百年離れているなんていう条件を吞めませんよね」
「あれは周囲が煩いから落ち着くまで待っていたというか……これ以上離れているつもりはないよ、エリーサ」

 これからは行動して周囲に認めさせるのだと意気込んでいるエロラ先生にエリーサ様も嬉しそうに寄り添っている。お二人の応援をするためにも、わたくしはできることをしていかなければいけない。

「ラント領で妖精種の方々も加えての法律の話し合いができたらいいのですが」

 同性での結婚はラント領でもヘルレヴィ領でも認められているが、貴族ではあまり歓迎されないし、妖精種の方々は法律の外側にいる存在としてあくまでも扱いは国の賓客だった。それを崩して同じ国に暮らすものとして、手を取り合えるようにしていければ、エロラ先生とエリーサ様の仲も認められるのではないだろうか。

「ラント領だけでなく、ヘルレヴィ領もですね」
「アイラちゃんはヘルレヴィ領の次期領主の婚約者だし、クリスティアンくんはラント領の次期領主だ。この国を変える力を持っている」

 エリーサ様とエロラ先生の言葉にわたくしとクリスティアンは顔を見合わせて頷き合う。甘いジャムの入った紅茶は優しく喉を潤した。
 クリスティアンとハールス先生が帰ってから少しわたくしは寂しさを感じたが、明日も会えると思うと元気が出て来る。ハールス先生は神聖魔法が得意分野だと聞いているので、それもこれから習って行けたらと目標ができた。
 初めての合同授業は挨拶とサンルームの説明で終わったが、これから始まる授業をわたくしはとても楽しみにしていた。
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