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六章 辺境伯の動きとヘルレヴィ家の平穏

32.フローラ様のお誕生日とハンネス様のお誕生日

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 フローラ様のお誕生日はシルヴェン家で祝うことになったようだ。わたくしたちはおやつを食べてからマイヤラ家を辞したのだが、サロモン先生とヨハンナ様はサロモン先生のご両親とソフィア様に請われて泊って行くことになったとお手紙が届いた。マイヤラ家でお手紙を受け取ったわたくしたちは、サロモン先生とヨハンナ様にゆっくりと実家で過ごしてくださるよう返事を書いて、マイヤラ家からヘルレヴィ家に帰った。
 王都からヘルレヴィ領までは数時間、帰りの列車の中でエミリア様もマウリ様もミルヴァ様も眠っていた。ダーヴィド様が泣いても誰も起きなかった。
 お膝の上に乗っているマウリ様の暖かさを感じながら、わたくしは列車に揺られていた。
 ヘルレヴィ家に帰ってシャワーを浴びて晩ご飯を食べて、ラント家の両親とクリスティアンと通信をする。マウリ様とミルヴァ様はお昼寝をしたこともあって元気に話していた。

「お祖父様とお祖母様に会って来たんだよ!」
「お二人ともとてもやさしかったの」
「お昼ご飯もおやつもとってもおいしかったね」
「あい、おいちかった!」

 エミリア様も加わって報告は賑わっている。そこにフローラ様とハンネス様がいないのがクリスティアンは気になったようだ。

『フローラ様とハンネス様は?』
「シルヴェン家にお泊りするんだ」
「フローラのおたんじょうびを祝ってから帰ってくるってお手紙に書いてたわ」

 説明を受けてクリスティアンがちょっとつまらなそうにしていた。

『今日はハンネス様と喋れないんですね』
「クリス様、わたくしとしゃべってるのに、ハンネス様のことを言うの?」
『僕にとっては、ハンネス様も友達として大事なんです。もちろん、ミルヴァ様とお話しするのは楽しいですよ』

 つまらない顔のクリスティアンにむっとして唇を尖らせたミルヴァ様。クリスティアンは慌ててミルヴァ様のご機嫌を直してもらうように言っていた。

『ミルヴァ様ともたくさん話したいです』
「クリス様にはお祖父様とお祖母様はいないの?」

 問いかけられてクリスティアンが言葉に詰まっている。わたくしもクリスティアンも、両親の両親であるお祖父様とお祖母様には会ったことがなかった。

『結婚のときに両親と揉めて以来、私たちも会っていないからなぁ』
『わたくしたちの結婚に、両親は反対だったのですよ』

 父上の両親も母上の両親も、二人の結婚に反対していたという。

『私がラント家を継ぐときに、妻と共同統治にすると宣言したのが気に入らなかったんだ』
『わたくしは、研究課程を卒業してから結婚するつもりでいたので、それも気に入らなかったようです』

 父上が母上と共同統治をすることを決めて、母上が研究課程を卒業するまで結婚を待ったことが、二人の両親であるわたくしのお祖父様とお祖母様たちにとっては気に入らなかったようだ。
 わたくしの父上と母上は共同統治をしているし、研究課程も卒業しているのだが、お祖父様とお祖母様がそのことに反対だったというのは初めて聞いた。

「父上の両親も、母上の両親も生きているのですか?」
『私の父上は亡くなっているよ。病気でもう長くないことが分かって私にラント領を譲った』
『わたくしの両親は生きていますわ。女が知識をつけても碌なことがないと言うような頭の固い両親だったので、わたくしはさっさと家を出て、婚約していたラント家に住むようになったのです』

 わたくしの母方のお祖父様とお祖母様は生きていた。父方のお祖母様も生きていることが分かった。両親がわたくしとお祖父様とお祖母様たちを会わせなかったのには、深い理由があるのだろう。それが何となくわたくしにも分かっていた。

『研究課程を出てやっと結婚して子どもを産んだら、両親は「獣の本性のない子か。役にも立たない」と言ったのです。それ以来わたくしは一度も会っていません』
『アイラに魔法の才能があると聞いて手の平を返したかもしれないが、会わせる気はないよ』

 そんなお祖父様とお祖母様たちなら、わたくしは会いたいとも思わない。両親の愛情だけ感じていられればいいと思った。
 ヨハンナ様とサロモン先生一家が帰って来たのは翌日の夕方だった。晩ご飯の時間には間に合うように帰って来たフローラ様にわたくしとマウリ様とミルヴァ様とエミリア様が駆け寄る。

「フローラ様、お誕生日おめでとうございます」
「アイラさま、わたくし、じぃじとばぁばに、とってもおっきなケーキをたべさせてもらったの」
「フローラおめでとう!」
「お祖父様とお祖母様のお家、楽しかった?」
「じぃじ、ばぁば、たのちかった?」
「とてもたのしかったわ。ライネのこともしょうかいできたし」

 話しているマウリ様とミルヴァ様とエミリア様とフローラ様を見守っていると、ヨハンナ様が立体映像を撮る魔法具を返してくださった。撮られた立体映像を見ていると、大きなケーキの前で笑顔のフローラ様や、お祖父様とお祖母様に抱っこされているフローラ様が映っていた。本当に楽しい訪問だったのだろう。

「おとうさま、おかあさま、あした、ターヴィのところにいきたいの。わたくし、ターヴィにおめでとうをいってもらってないわ」
「そうですね、明日はネヴァライネン家に行きましょうか」
「フローラがたくさんのひとに祝われて嬉しいですよ」

 ヨハンナ様もサロモン先生もフローラ様の我が儘を聞いてあげる気でいる。こうして大人たちに愛されていると実感しているからフローラ様はこれだけ堂々としていられるのだとわたくしは自分も愛されていることに感謝した。
 夏休みの終わりにはハンネス様のお誕生日がある。
 ハンネス様のお誕生日のためにわたくしとマウリ様とミルヴァ様とフローラ様とエミリア様で話し合いをした。

「ハンネス様にはいつもお世話になっていますよね」
「わたくし、はーにいさまだいすき」
「特別なプレゼントがしたいな」
「何がいいかしら」
「はーにぃに、クリスさま、すち!」

 高等学校で学友として触れ合うようになってから、クリスティアンとハンネス様がとても仲良くなっているのは、エミリア様の目から見てもよく分かるようだ。クリスティアンとも手紙でやり取りをして、お誕生日当日にはクリスティアンを連れて来ることに決めた。
 それだけではプレゼントにならないので、よく話し合う。

「ハンネス様、何ならば受け取ってくれるでしょう?」
「アイラ様、ケーキを作ってみない?」

 マウリ様の提案にわたくしとマウリ様とミルヴァ様とフローラ様とエミリア様は密やかに厨房に行った。厨房の料理人さんに教えてもらって、タルト生地を作る。バターと卵と小麦粉で作ったタルト生地にクリームチーズと砂糖とクリームで作ったチーズケーキの液を流し込んだ。
 チーズケーキを焼き上げるまでの間、ずっと厨房にいたわたくしたちにハンネス様が気付いていないはずはないのだが、言及しないでいてくれた。
 お誕生日の前日にチーズケーキを焼き上げて冷蔵庫に入れて、当日には朝の畑仕事が終わるとクリスティアンをラント領に迎えに行った。
 クリスティアンにも手紙に入れて渡しておいた楽譜で、一度も合わせたことがないが別々に練習していた歌を歌う。

「兄上、おたんじょうびおめでとうございます!」
「わたくしたちでケーキも作ったのよ!」
「わたくち、まぜまぜちた!」
「わたくしもチーズケーキをやいたの」

 運ばれてきたケーキとわたくしたちの歌に、ハンネス様はとても嬉しそうにしていた。その歌の音が外れていても、チーズケーキがちょっと焦げて苦くても、ハンネス様はその点に関しては何も言わなかった。

「みんなに祝われてとても幸せです。ありがとうございます!」

 ハンネス様の14歳のお誕生日が過ぎて行く。
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