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十章 マウリ様とミルヴァ様の高等学校入学

19.わたくし21歳、クリスティアン14歳のお誕生日

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 新年のパーティーが終わるとわたくしの誕生日が来る。
 毎年のことだが、わたくしは自分が年を取ることに少しだけ憂鬱を感じてしまう。マウリ様との年の差は決して縮まらないものだが、わたくしの方が先に年を取ってしまうのが嫌なのだ。
 マウリ様とミルヴァ様とフローラ様とハンネス様とエミリア様とライネ様とダーヴィド様は無邪気に祝ってくださる。わたくしがクリスティアンを迎えに行くと、クリスティアンは今年も箱一杯の苺を持ってきてくれていた。艶々と赤い苺にわたくしたちの視線は釘付けになる。ダーヴィド様とライネ様の口からは涎が垂れそうになっていた。

「だーちゃん、アイラさまのおたんじょうびだからね」
「わかってる、らいちゃん。わたし、たべたいけどがまんする」

 ライネ様に言われると気付くのか、ダーヴィド様はぐいっと涎を手の甲で拭いていた。可愛いので苺の一個や二個上げてもいいような気がするのだが、ライネ様に言われて我慢するダーヴィド様も可愛くてにこにこしてしまう。

「アイラさま、わたくし、プレゼントがあるの」

 エミリア様に言われてわたくしは驚いてしまった。エミリア様はわたくしたちとずっと一緒で、いつ誕生日プレゼントを準備する暇があったのだろう。不思議に思っていると、エミリア様が両手を体の前で組んで歌い出した。
 それは歌劇団の演目で聞いた妖精の歌だった。

「ヨウシア様に習ったんですね」
「としこしのおとまりのときに、ようせんせいにそうだんしたら、わたくしのいちばんすきなうたをおしえてくれたの」
「歌詞もしっかり覚えていましたね」
「ばんごはんまでのあいだと、ばんごはんからねむるまでのあいだ、しっかりれんしゅうしたのよ」

 歌い終えたエミリア様はとても誇らし気だった。わたくしは思わぬプレゼントをもらってしまってとても嬉しくてエミリア様を抱き締めた。

「ありがとうございます、エミリア様。とても嬉しいです」
「やっぱりようせんせいにそうだんしてよかったわ。アイラさまはよろこんでくれるって、いってくれたのよ」

 プレゼントがなくてもエミリア様がいてくれるだけでわたくしは嬉しかったが、エミリア様がわたくしの誕生日を考えて歌の練習をしてくれていたという事実はやはりとても嬉しいものだった。

「私、何も用意してない」
「マウリ様はわたくしとダンスを踊ってください」
「わたくし、ピアノを弾くわ!」
「ミルヴァ様、演奏をよろしくお願いします」
「わたくしもピアノが弾けるのよ?」
「フローラ様はミルヴァ様が疲れたら代わってください」

 大広間に場所を移して、わたくしはマウリ様と、フローラ様はハンネス様と、ライネ様はダーヴィド様と、残ったクリスティアンはエミリア様の手を取って踊った。ミルヴァ様のピアノの音が大広間に響いている。時々つっかえることもあったけれど、それもご愛敬だ。
 ピアノがミルヴァ様からフローラ様に代わると、クリスティアンがミルヴァ様と踊って、ハンネス様はエミリア様の手を取って踊る。今度はフローラ様のピアノが大広間に響く。簡単な短い曲だが、何回も繰り返し弾いているのだろう、フローラ様は間違えなかった。

「ターヴィさまがいてくれたらよかったのに」
「ターヴィ様とはエミリアのお誕生日に踊ったらどうですか?」
「それはいいわね。さすが、はーあにうえだわ」

 踊りながらも残念そうなエミリア様にハンネス様が優しく話しかける。エミリア様のお誕生日にはターヴィ様がまた招かれるのだろう。
 踊り終わって子ども部屋に戻ると、苺のケーキが用意されていた。折角の新鮮な苺なので、タルト型を焼いてその上にカスタードクリームと切った苺を敷き詰めてある。
 タルトが切られるとライネ様とダーヴィド様の目が輝いた。

「これはらいちゃんの」
「こっちがだーちゃんの」
「いただきます!」
「いただきます!」

 手を合わせてケーキにかぶりつくライネ様とダーヴィド様の前にミルクが置かれる。わたくしはマウリ様とソファに座ってケーキをいただいた。甘酸っぱい苺がさっぱりとしたカスタードクリームとバターの香りのするタルト生地とよく合う。
 ミルクティーを飲んでいると、クリスティアンがミルヴァ様に話している。

「ヘルレヴィ家に来るまでは、紅茶に入れるミルクは冷たいものでした。ヘルレヴィ家では温められているので、ラント家でも冬は温かいミルクを入れるようにしたのですよ」
「ラント家では熱くないの?」
「温かさが保たれて長く楽しめます。冬場だけですけどね」

 わたくしがヘルレヴィ家に来てから、おにぎりやカレーなどの食べ物がラント家からヘルレヴィ家に伝わったけれど、ヘルレヴィ家からラント家に伝わったものもあるようだ。

「ラント家にわたくしは短期間滞在することはあっても、泊まることはありませんでしたからね」
「アイラ様が実家に帰りたいなら、そうしてもいいんだよ」
「マウリ様は寂しくありませんか?」
「私も泊めてもらうから平気」

 4歳でわたくしと離れてヘルレヴィ家に戻ったときには、目も顔もパンパンに腫れるまで泣いて、目が開けられないほどだったマウリ様。あれ以来わたくしはマウリ様のそばを長期間離れたことはない気がする。

「わたくし、そろそろ実習で病院に泊まらなければいけない日が来ます。そのときは平気ですか?」
「帰ってきて一番に私を抱き締めてくれたら平気。きっと寂しいけど、もう泣く年じゃないよ」

 しっかりとしたことを言うマウリ様にわたくしは安堵していた。
 わたくしの誕生日の席で、クリスティアンはミルヴァ様に申し込んでいた。

「卒業の後のプロムで、一緒に踊ってくれますか?」
「わたくし、まだあの赤いドレスが入るかしら」
「何色のドレスでも、ミルヴァ様に合わせます」
「嬉しい、クリス様!」

 飛び付かれて抱き付かれたクリスティアンは照れた顔をしている。クリスティアンももうすぐ14歳になるのだが、もう研究課程に進むのかと思うと感慨深い。
 ミルヴァ様とクリスティアンの様子を見ていると、フローラ様がハンネス様の手を引っ張っていた。

「ハンネス様もわたくしを誘って」
「フローラ以外を誘うわけがないでしょう?」
「ちゃんと申し込んで欲しいの!」

 分かっているからではなく、正式に申し込んで欲しいというフローラ様の要望に答えて、ハンネス様が照れながら告げる。

「フローラ、プロムに一緒に出てくれますか?」
「嬉しいわ、ハンネス様! 大好きよ!」

 飛び付いて抱き付くフローラ様をハンネス様が受け止めている。マウリ様もジュニア・プロムやプロムに参加する年になったら、わたくしのことを誘ってくれるだろうか。その頃にはわたくしは25歳や26歳になっていて、マウリ様と釣り合わないのではないかと悩んでしまう。
 わたくしの悩みは他にもあった。わたくしはとても背が高いのだ。お胸も大きいのだが、わたくしは女性にしては長身のスティーナ様よりも背が高くなっている。もう伸びないと思うが、男性にしては小柄なトゥーレ様よりは背が高くなってしまっていることを、わたくしは気にしていた。
 マウリ様も背が伸びてきているが、まだまだわたくしとは頭一つ分くらい差がある。
 マウリ様がわたくしよりも背が低いままでもわたくしはマウリ様が大好きなのだけれど、結婚式のときにわたくしの方が背が高いというのはどうなのだろう。悩んでしまうわたくしの胸中は複雑だった。
 わたくしの誕生日が終わると、クリスティアンの誕生日が来る。クリスティアンの誕生日にはわたくしたちヘルレヴィ家の一行とハンネス様たちヴァンニ家の一行で移転の魔法でラント家に飛んだ。ラント家で出されたケーキは苺のショートケーキで、ライネ様とダーヴィド様のお目目が光る。エミリア様もそわそわとテーブルの方を見ていた。

「クリス様、お誕生日おめでとう! みんなで歌を練習してきたのよ」

 クリスティアンのためには、わたくしたちはヨウシア先生にお願いしてお誕生日の歌を練習してきた。生誕を祝う神聖魔術の歌だということで、かなり難易度は高かったけれど、なんとか覚えて来た歌を歌うと、クリスティアンは目を丸くして聞いていて、歌い終わると拍手をしてくれる。

「父上、母上、聞いていてくれましたか? みんなが僕のために歌を歌ってくれました」
「聞いていましたよ。見事な歌でした」
「とても上手だったね」
「僕は歌は歌えないけど、ラント家にピアノを買った方がいいのではないでしょうか?」
「ピアノが欲しいのかな、クリスティアン」
「はい。ミルヴァ様はピアノを弾かれるし、歌もとても上手です。僕も今からピアノを始めて遅くないでしょうか?」
「クリスティアンがピアノを始めたいのだったらいい講師を探さなければいけませんね」

 クリスティアンはまだ14歳。ピアノを始めるのに遅い年齢ではない。そもそも何かを始めるのに遅いということはないのだとわたくしは思っている。
 新しくピアノに挑戦しようというクリスティアンをわたくしは応援していた。
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