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十一章 研究課程最後の年

1.収穫とサラ様のマンドラゴラ

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 夏休みも終わりの日にヘルレヴィ家では例年のように収穫を行う。マウリ様とミルヴァ様の大根マンドラゴラのダイコンさんと人参マンドラゴラのニンジンさんの号令でマンドラゴラも南瓜頭犬もスイカ猫も並んで大人しく収穫させてくれる。
 わたくしとマウリ様とミルヴァ様がマンドラゴラと南瓜頭犬とスイカ猫を洗って乾かしている間に、ハンネス様とフローラ様とエミリア様とライネ様とダーヴィド様が薬草の収穫をする。薬草の葉を千切り取って株は抜いて、種を取る株だけを残した薬草畑を見るとわたくしは秋が来たのだと実感する。
 わたくしにとっては研究課程最後の年がやって来たのだ。
 最後の一年で勉強して、わたくしは魔法医としてやっていけるのか、実のところあまり自信がない。ハールス先生のように常に適切な対処ができるかどうか分からないのだ。
 魔法医として他の医者とどのように違う求められ方をするのかも知っておかなければいけない。それは魔法医の特性を知ることでもあった。
 収穫を終えたわたくしがマンドラゴラとスイカ猫と南瓜頭犬をバッグに入れると、ハンネス様とフローラ様とライネ様はヴァンニ家に帰って行く。

「ティーア様とヨハンナ様によろしくお伝えください」
「兄上、フローラ、ライネ、ありがとう」
「ティーアに会いたいわ」
「はー兄上、おくすり作りがんばってね」
「らいちゃん、またね」

 朝ご飯を食べたらもう一度ヘルレヴィ家に来るのだとしても、ハンネス様とフローラ様とライネ様はしっかりとヴァンニ家に帰って行った。朝ご飯は家族で食べるというのを徹底しているようなのだ。
 ヘルレヴィ家にサロモン先生とヨハンナ様の一家がいた頃も、離れの棟でハンネス様とフローラ様とライネ様は一家だけで食事をとっていた。ヘルレヴィ家とヴァンニ家で住む場所が変わっても、一家で食事をとるのは変わっていないのだろう。

「らいちゃん、うちでごはんをたべてくれたらいいのにな」
「サロモン先生とヨハンナ様が待ってるからね」
「ティーアもよ」
「汗、いっぱいかいちゃった。シャワーが浴びたいわ」

 ダーヴィド様はライネ様と別れがたそうに馬車の行った方向をずっと見ていたが、マウリ様とミルヴァ様に諭されている。エミリア様は汗で湿った頭をくしゃくしゃとかき混ぜていた。
 シャワーを浴びてから朝食の席に着くと、スティーナ様が食卓ではなくソファに座ってサラ様にお乳を上げていた。たっぷりとお乳を飲んでサラ様はむちむちと肉付きがよくなってきている。

「母上、おっぱいはサラが欲しいだけちゃんと出るの?」
「母乳には困っていませんね。ミルクを足す必要もなさそうです」
「そうなのね! おっぱいの出方は胸の大きさとは関係ないのね!」
「ミルヴァ、それはどういう意味ですか?」

 サラ様にお乳を上げているスティーナ様を覗き込んでミルヴァ様が質問をして、返ってきた答えに両手を上げて喜んでいる。ミルヴァ様も胸がなかなか大きくならないことを悩んでいるようだ。わたくしはあの年代は胸が育つことを悩んでいたから、ミルヴァ様とは逆だった。

「スティーナ様、魔法薬は足りていますか?」
「少なくなっていますね。魔法薬のおかげでお乳の出がいいのだと思います。追加で作ってもらえますか?」
「分かりました。作りましょう」

 ヘルレヴィ家では夏の間に若干の変化が起きていた。薬草保管庫の横に建てていた調合室を、薬草保管庫と共にお屋敷に繋がるように移設したのだ。冬場は外を通って調合に行かなければいけなかったので、寒かったし、雪が積もると行けない日もあった。
 そういうことに配慮して、ヘルレヴィ家の調合室と薬草保管庫は母屋に繋がるように建て替えられた。外からも入ることができるようにドアが付いているので、薬草は外から運び入れて、調合は廊下を渡って調合室に母屋から直接行けるようになっていた。
 調合室を建てた頃は薬草保管庫の隣りで屋敷の敷地の端しか考えていなかったのが、今はお屋敷と繋がるようにして使いやすさを考えられるようになっている。
 朝ご飯の後にはわたくしは調合室に入った。広く作られた調合室に、マウリ様とミルヴァ様とエミリア様とダーヴィド様も入っている。

「スイちゃん、まちがえて使われちゃったら大変だからね」
「ボタン、いいこでポーチにはいってて」

 調合室で何をするのか分かっているエミリア様とダーヴィド様は神妙な顔付きでスイカ猫のスイちゃんと南瓜頭犬のボタンをポーチに入れる。

「びにゃー!」
「びょわん!」

 スイカ猫のスイちゃんは若干不満そうだが、南瓜頭犬のボタンは元気よくダーヴィド様のポーチに入って行った。
 南瓜頭犬と蕪マンドラゴラでスティーナ様のための魔法薬を作る。蕪マンドラゴラを切ろうとまな板の上に乗せると、一匹が逃げ出した。

「にげちゃだめー!」
「おかあさまのおくすりになるのよー!」

 エミリア様とダーヴィド様が追いかけるが、蕪マンドラゴラはなかなか捕まらない。困っているとマウリ様が大根マンドラゴラのダイコンさんを出した。

「母上のお薬になるんだから、いい子で調合されて」
「びぃや! びぃや!」
「あれ? アイラ様、この子、すごく意志が強いみたいだよ」

 これまでにもマンドラゴラは大量に調合しているが、逃げ出したのはあまり見たことがない。この蕪マンドラゴラが特に意志が強いのならば他に使い道があるのではないかと考えたのはわたくしだけではなかったようだ。

「アイラ様、サラはまだマンドラゴラを持っていないわ」
「そうよ、サラにあげたらどうかしら?」
「おなまえ、なににする?」

 ミルヴァ様とエミリア様はサラ様のマンドラゴラにこの元気な蕪マンドラゴラがぴったりだと言っていて、ダーヴィド様は名前を付ける気でいる。

「ミルヴァ様とエミリア様がそういうのでしたら、サラ様のマンドラゴラにしてもいいかもしれませんね。ダーヴィド様、お名前を付けてあげてください」

 名前を付けることがこの世界においてはとても大事で、マンドラゴラもスイカ猫も南瓜頭犬も名前を付けられることで存在を確固たるものとして畑から出ても栄養剤だけで生きていけるようになっている。ダーヴィド様のときには南瓜頭犬にエミリア様が名前をつけたので、今度はダーヴィド様の出番だ。

「かぶ……」
「カブさんじゃ、クリス様のカブさんと同じになってしまうわ」
「かぶのすけ!」
「かぶのすけ……そうね、だーちゃんがそれがいいなら、そうしましょう」
「なんだか異国のお名前みたいだね」

 悩んでいたダーヴィド様がミルヴァ様に言われて名前を口にして、エミリア様とマウリ様がそれに賛同する。蕪マンドラゴラは無事にかぶのすけという名前をもらった。
 出来上がった魔法薬をスティーナ様のところに持って行くと、スティーナ様は子ども部屋でサラ様を抱いてお乳を上げていた。朝ご飯の時間にも上げていたが、まだサラ様は小さいので胃袋が小さくて頻繁にお腹が空くのだとわたくしも発達の勉強をしているので分かる。
 お乳を飲ませ終えたスティーナ様が身だしなみを整えている間に、マルガレータさんがサラ様の着替えを済ませてベビーベッドに寝かせる。

「新しい魔法薬ができました」
「ありがとうございます、アイラ様。サラはできる限り母乳で育ててみたいのです。これからもお手伝いをよろしくお願いできますか?」
「もちろん、魔法薬をしっかりと作ります」

 わたくしが答えるとスティーナ様はホッとしたように微笑んでいた。
 サラ様のベビーベッドをマウリ様とミルヴァ様とエミリア様とダーヴィド様が取り囲んで、蕪マンドラゴラのかぶのすけを中に入れている。かぶのすけに手を伸ばして、サラ様は葉っぱを引っ張って口に入れていた。
 葉っぱをしゃぶると苦かったのか、顔を歪めて口から出す。手足をしゃぶられても蕪マンドラゴラのかぶのすけは大人しくしていた。

「ティーアのマンドラゴラは何になるかしらね」
「はー兄上とふー姉上とらいちゃんが来たら、聞いてみましょう」
「きっとかぶだとおもう」

 ティーア様のマンドラゴラを気にするミルヴァ様とエミリア様に、ダーヴィド様は自信満々に答えていた。

「え? かぶのすけ?」
「うちは、おかぶにしたよ!」

 サロモン先生と一緒にやって来たフローラ様とライネ様が答えて、ダーヴィド様の予想は当たっていたことが分かるのだった。
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