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十一章 研究課程最後の年

10.式典の終わり

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 式典は無事に終わって、ヒルダ殿下は女王陛下となり、ソフィア様は宰相閣下になった。お祝いは夜まで続くようだったが、夜の部に関してはカールロ様とスティーナ様とヨハンナ様とサロモン先生は赤ん坊がいるということで免除してもらった。カールロ様とスティーナ様とヨハンナ様とサロモン先生が控室に迎えに来たときに、ハンネス様がヨハンナ様とサロモン先生に申し出ていた。

「クリスティアン様がこのままでは一人で残されてしまいます。クリスティアン様をシルヴェン家にお招きしてはいけませんか?」
「ラント家のお二人に聞いてみましょうね」
「ヨハンナはそのままで。私が聞いて来ます」

 サロモン先生が一度部屋から出てラント家のわたくしの両親に聞いてくれて、クリスティアンは無事にシルヴェン家で過ごせるようになった。

「ハンネス様、ありがとうございます。一人きりでは退屈だと思っていたのです」
「夜遅くまで宴は続きますからね。クリスティアン様も一人では寂しいでしょう」
「一応、クロスワードパズルを用意しては来たのですが、ハンネス様と過ごす方が楽しいです」

 高等学校で交流を持つようになったクリスティアンとハンネス様。二人はすっかりと親友同士になっているようだ。わたくしも自分の弟が一緒にいて楽しい相手がいるということが嬉しくてにこにこしてしまう。
 帰り支度をして、ハンネス様がティーア様を抱っこすると、隣りのベビーベッドでサラ様が泣き始める。泣いているサラ様をスティーナ様が抱っこしてもなかなか泣き止まない。

「お乳はさっき上げましたよね。オムツも濡れていない……」
「お別れするのが寂しくなったのではないですかね」
「こんなに小さくても分かるのですね」

 ヨハンナ様がスティーナ様と話して、サラ様はヨハンナ様の顔を見て少し泣き止んだ。馬車でわたくしたちはマイヤラ家に帰って、ヴァンニ家の一家はシルヴェン家に帰る。クリスティアンが増えていたが、ヴァンニ家の馬車には乗れたようだった。
 マイヤラ家に戻ってシャワーを浴びて普段着に着替えると、どっと疲れが襲ってきた。晩ご飯を食べたらすぐに眠ってしまいそうだ。
 晩ご飯の席につくと、カールロ様とスティーナ様が教えてくださる。

「レンニ殿下が王城まで来たらしいが、警備兵に追い返されたと聞いている」
「その後でレンニ殿下はオクサラ辺境伯の用意した馬車に乗ったと聞いていますわ」
「愛人も連れてオクサラ辺境伯領に身を置くのではないかと噂されていた」
「さすがに王都にはいられないでしょうね」

 正式なお妃さまと別れて、他の相手と結婚している愛人と不倫関係の末に結婚をしようとしたが、認められなかったレンニ殿下。王城を追い出されて愛人宅にずっと住んでいたが、王位継承権を剥奪されて、正式なお妃さまとの間の娘が女王陛下になったとなれば、居場所はないも同然だろう。
 そこに居場所を与えようとするオクサラ辺境伯には、元王太子のレンニ殿下を利用しようという下心が透けて見える。

「レンニ殿下はオクサラ辺境伯領で暮らしていけるのでしょうか?」
「王太子として好き勝手やっていたせいで、借金もかなりあるからな」
「借金の取り立てには来られない場所に逃げたかったのではないですか」

 カールロ様もスティーナ様もレンニ殿下に関して非常に辛辣な態度だった。オクサラ辺境伯領に逃げてしまえば、王都で作った借金も踏み倒せるという算段なのだろうか。

「オクサラ辺境伯は、独立すると思いますか?」
「今は隣国との関係がよくないからな」
「アイラ様の活躍で隣国は今までと変わらない関係を保つと言ってくれましたが、オクサラ辺境伯領が独立すれば、この国と結んでいる和平は関係なくなります」
「そうなると、オクサラ辺境伯領は窮地に立たされるから、今は独立はしないと思うな」

 わたくしが問いかけてみれば、カールロ様もスティーナ様もマウリ様と同じ考えだった。オクサラ辺境伯は独立しないのならば、何故レンニ殿下を受け入れることにしたのか。
 そのことが気になってしまう。
 考えている間に晩ご飯は終わって、わたくしは寝る準備をしてベッドに入った。疲れていたのかベッドに入るとすぐに眠気が襲ってくる。ぐっすりと眠ったわたくしは、ドラゴンの姿のマウリ様の背中に乗る夢を見ていた。
 大きく広げた翼が体を空に浮き上がらせて、強い風に髪が乱れるのも気にせずにマウリ様は飛んでいく。

「マウリ様、どこに行くのですか?」
「オクサラ辺境伯を倒さなきゃ」

 横を見ればミルヴァ様も飛んでいるのが分かる。わたくしはオクサラ辺境伯領に向かっているようだ。
 目を覚ましてそれが夢だと分かる。オクサラ辺境伯のことを考えすぎていたので夢にまで出てきてしまったようだ。
 起き上がって身支度をして廊下に出ると、マウリ様が隣りの部屋から出て来るのが見えた。

「マウリ様も早く起きてしまったのですか?」
「うん。昨日は疲れてたみたいで、すぐに眠ってしまったんだ」
「わたくしもです。上着を取って来ますから、少し庭を歩きませんか?」
「私も上着を取って来るね」

 上着を取ってきて羽織ったわたくしとマウリ様はマイヤラ大公家の庭に出た。王都はラント領とヘルレヴィ領に挟まれるような位置にあって、ヘルレヴィ領ほど寒くはないけれど、ラント領ほど温暖でもない。秋も深まったこの季節には上着が必要だった。
 冷たくかじかむ指先を息を吹きかけて温めていると、マウリ様が手を握ってくださる。マウリ様の手は暖かかった。

「カールロ様もスティーナ様も、マウリ様が仰ったのと同じことを言っていましたね」
「どの話?」
「オクサラ辺境伯が独立するかどうかという話です」

 マウリ様の問いかけにわたくしが答えると、マウリ様は白い頬を赤く染めて目を細める。

「私、間違ったことをアイラ様に言ってなかったんだって、安心したよ」
「マウリ様の言う通りでした。わたくしは心配し過ぎていたのかもしれません」
「アイラ様は何か起きたときのために備えようとしていたんでしょう」

 わたくしの杞憂をマウリ様は笑うことなく優しく受け止めてくれた。秋薔薇の咲く庭園を歩きながら、マウリ様と話す。

「レンニ殿下をオクサラ辺境伯が自分の領地に置くとしたら、どのような利益があってのことでしょうか」
「牽制、じゃないかな」
「牽制ですか?」

 わたくしの問いかけに、東屋に移動したマウリ様が白い椅子にハンカチを敷いてわたくしを座らせてくれる。

「レンニ殿下がオクサラ辺境伯領にいるということで、オクサラ辺境伯はいつでも王位を覆せるんだという虚勢を張りたいんじゃないかな」
「レンニ殿下が国王陛下になることはありませんよね」
「それでも、若いヒルダ女王陛下と女性の宰相のソフィア様を認めずに、レンニ殿下を支持する貴族や王族は一定数いるよね。そのひとたちを味方につけたいんだよ」

 マウリ様の言葉でわたくしの中で疑問が解決した気がした。独立を考えているとしても、現状オクサラ辺境伯領が独立することは難しい。隣国との関係は悪いし、ヘルレヴィ領ともラント領とも交易を断たれている。それならばレンニ殿下を懐に入れることによって、レンニ殿下を支持する貴族や王族を味方につけて、オクサラ辺境伯領に力をつけようというのがオクサラ辺境伯の狙いならば、腑に落ちる。

「マウリ様とお話しすると、考えが纏まります」
「そう? 私の言ってることが正しい保証はないんだけど」
「わたくしには、納得できる内容でした」

 わたくしが言えばマウリ様はほっぺたを赤くして照れていた。
 朝の散歩から帰ると、ミルヴァ様もエミリア様も起きていた。

「アイラ様、どこに行っていたの?」
「早く目が覚めたので、マウリ様と朝のお散歩に行っていました。風は冷たかったですが、気持ちよかったですよ」
「まー兄上と朝のデートをしたのね。すてき!」

 エミリア様に言われて、そういうことになってしまうのかとわたくしは何となく恥ずかしくなる。頬が熱いわたくしに、ミルヴァ様とエミリア様がワンピースとリボンを持ってくる。

「今日はこの紺色に白の小花柄のワンピースを着たいんだけど、リボンは何色がいいと思う?」
「真珠色のリボンがあったでしょう? あれはどうですか?」
「いいわね。それにするわ」
「アイラ様、こっちのぶどう色のワンピース、お気に入りなんだけど、胸に染みを作ってしまったの」
「薔薇のコサージュがありましたよね。あれをつけましょうか」
「コサージュ! それなら染みが目立たないわね」

 ミルヴァ様もエミリア様もわたくしに意見を聞いてくれるので、わたくしも嬉しくなって張り切って答えてしまう。

「アイラさまー! わたし、くつしたをまちがえてもってきてしまったみたいー!」

 ドアを開けてダーヴィド様が困った顔で別々の靴下を片方ずつ手に持ってやってきたので、わたくしはダーヴィド様のポーチの中を探る。

「こっちの靴下をはきましょうか」
「あ、もういっこあったんだ。よかった」

 当然のようにわたくしの膝の上に乗ったダーヴィド様に、わたくしは靴下をはかせてあげた。
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