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十一章 研究課程最後の年

22.春の開墾と卒業論文発表会

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 雪が溶けるとわたくしたちは庭の薬草畑の開墾作業をする。ヘルレヴィ家はわたくしとマウリ様とミルヴァ様とエミリア様とダーヴィド様で、ヴァンニ家はハンネス様とフローラ様とライネ様で、どちらも人数が少なくて開墾作業が大変なので、ハンネス様とフローラ様とライネ様がヴァンニ家に行ってからは開墾作業も収穫作業も合同で行うことにしていた。

「今年はアイラ様は卒業論文の発表会があるのではないですか」
「その日は日程から外して、開墾作業をしたいと思っています」

 ハンネス様はわたくしを気遣ってくれるけれど、薬草畑の世話はヘルレヴィ領でももう十年続けていることである。わたくしにとってはしない方が不自然だった。
 開墾作業の日程を決めていると、ダーヴィド様とライネ様がわたくしたちに話しかけてくる。

「サラはまだはたけにでられないの?」
「ティーアにはたけをみせてあげたいんだけどな」

 自分の妹のサラ様が畑に出る日を楽しみにしているダーヴィド様だが、サラ様はまだ掴まり立ちを習得して、歩くのは難しい状態である。年齢も1歳になっていない。ティーア様も同じくらいの成長度合いだろうから、わたくしはダーヴィド様とライネ様のお二人に話をする。

「サラ様とティーア様が薬草畑に出られるのは、せめて1歳のお誕生日を過ぎてからですね。本格的にお世話ができるようになるのは3歳くらいからでしょうか」

 マウリ様もミルヴァ様も3歳くらいから畑仕事に出ていた話をするが、ダーヴィド様とライネ様はそれでは納得しなかった。

「サラもはたけしごとしたいよ!」
「ティーアもいっしょがいい!」

 こうなると5歳と6歳の我が儘をわたくしはどうにかして叶えたいと思ってしまう。ハンネス様の方を見れば、ハンネス様も考えているようだった。

「開墾の日に、サラとティーアの体調が良かったら、ティーアを私が、サラをアイラ様がおんぶ紐でおんぶして作業をするので、それでいいですか?」
「サラははたけがみられる?」
「ティーアもさんかできる?」
「私とアイラ様の背中で、ですけどね。アイラ様もそれでいいですか?」
「構いません」

 ただし、とハンネス様が続ける。

「ヘルレヴィ家の開墾のときにサラを、ヴァンニ家の開墾のときにティーアを連れ出します。ヘルレヴィ家の開墾のときにはティーアは参加しませんし、ヴァンニ家の開墾のときにはサラは参加しません」
「どうして、はーおにいさま?」
「はーあにうえ、なかまはずれにしちゃうの?」
「そうではなくて、ティーアをヘルレヴィ家に、サラをヴァンニ家に連れて行ってしまうと、お腹が空いて泣いてしまったときにどうしますか?」
「あ! おかあさまのおっぱいがない!」
「ティーアにははうえがおっぱいをあげられない」

 ハンネス様に指摘されて気付いたダーヴィド様とライネ様は、ヘルレヴィ家の開墾のときにティーア様は参加しなくて、ヴァンニ家の開墾のときにサラ様は参加しないことを理解してくれた。
 丁寧に説明して、5歳のダーヴィド様と6歳のライネ様も納得させるハンネス様はさすがだと思う。やはりヘルレヴィ家とヴァンニ家の長兄はハンネス様なのだ。
 開墾の日はヘルレヴィ家の方が早かった。お乳をしっかり飲んでオムツも替えたサラ様をおんぶ紐で背中に括りつけて、日除けの布もかけて、わたくしは開墾に臨む。ダーヴィド様はわたくしの背中にいるサラ様に土だらけの手を振ってにこにこしていた。

「サラ、みててね。にぃに、がんばるからね」
「わたしもがんばるよ」
「らいちゃん、サラにいいところをみせようね」

 サラ様の方も声をかけられて、手足をじたばたさせてきゃっきゃと笑って喜んでいる。
 兄としての自覚が出て来たのか頑張ると言っているダーヴィド様とライネ様が可愛い。スコップで土を掘る姿も、これまでよりは形になって来ていた。
 畝を作り上げて畑の開墾が終わると、わたくしと背中のサラ様、マウリ様とミルヴァ様とエミリア様とダーヴィド様はヘルレヴィ家に戻って、ハンネス様とフローラ様とライネ様は一度ヴァンニ家に戻る。
 サラ様をマルガレータさんに預けてわたくしはシャワーを浴びて、お弁当を作って、朝ご飯を食べて、マウリ様とミルヴァ様とサンルームに登校した。
 翌日がヴァンニ家の開墾だった。ハンネス様がお乳を飲んで着替えをしたティーア様をおんぶ紐で背中に括りつけて、日除けの布をかけている。手足をじたばたとさせてご機嫌のティーア様は、ダーヴィド様とライネ様に手を振られて、嬉しそうにきゃっきゃと笑っていた。
 ヴァンニ家の開墾も終わると、わたくしたちはヘルレヴィ家に一度帰って、それぞれに準備をして、わたくしとマウリ様とミルヴァ様は高等学校のサンルームに登校し、エミリア様とダーヴィド様は子ども部屋の机で勉強の準備を始めていた。
 開墾が無事に終わっても、寒さが戻ってきて雪がまた降るかもしれないので、ぎりぎりまで種蒔きはしない。
 その間にわたくしは卒業論文の発表会を迎えていた。
 サンルームにマウリ様とミルヴァ様を送って、わたくしはハールス先生と一緒に発表会の会場である研究課程の教室に行く。どんな質問が来てもいいように準備していたが、緊張しないわけではなかった。
 論文の一部を読み上げて、論文の趣旨と結論を話して発表時間が終わり、遂に質問の時間となる。緊張したわたくしに、他の分野の教授が質問してきた。

「この研究で使われているパッチテストの精度はどのくらいなのですか?」
「アレルギー反応を起こしたと思われる物質の成分を弱めて、類似の成分を持つ物質と共に肌に貼るので、精度は高いと思われます」
「アレルギー反応を起こす前にパッチテストでアレルギー物質を特定できないのですか?」
「アレルギー反応を起こすものはひとによって様々です。まさに、食品の数だけあります。全ての食品を網羅してパッチテストを全国民に行うのは、あまりにも現実的ではないと考えます」

 わたくしの返答は質問した教授にとっては納得できるものだったようだ。ホッとして椅子に座る。

「アレルギー反応などというのは、甘えではないのですか? 食べていくうちに慣れるものではないでしょうか? これまでアレルギー反応など聞いたことがありませんよ」

 失礼なことに、質問をすると提示するために手を上げもせず、嫌味な口調で他の教授に言われて腹が立ったけれど、わたくしは椅子から立ち上がって冷ややかにその教授を見た。

「素人質問で恐縮ですが、アレルギーが甘えというのはどういった根拠や資料からの提示でしょうか? 出典や論拠を明示いただきたいのですが?」

 逆に質問してきたわたくしに、その教授が「ぐっ……」と言葉に詰まっている。考える隙を与えず、わたくしは畳み掛ける。

「アレルギー反応が知られていなかった時期には、酷いアレルギー反応を起こしたひとは命を落としていました。だから、広くアレルギー反応が知られていなかったのです。逆にアレルギー反応が見付かってからは、そういうひとたちも命を救われるようになりました。甘えや気合の問題ではありません。これは免疫の暴走であり、ひとの生死にかかわる問題なのです」

 毅然として答えると、嫌味な教授がバツが悪そうな顔をしているのが分かる。わたくしは「他に質問はありませんか?」と冷ややかに問いかけたが、もう質問は出てこなかった。
 これでわたくしの卒業論文発表会も終わった。
 残りは卒業式だけだ。

「お疲れ様、アイラちゃん」
「緊張しました。わたくし、ちゃんとできていましたか?」
「完璧だったと思うよ。私は人間の年をすぐに忘れてしまうけれど、もうアイラちゃんと呼ぶべきじゃないのかもしれないな。アイラ様と呼ぶか?」
「いえ、アイラちゃんでいいです。ハールス先生にはずっとお世話になっていますから」

 妖精種のハールス先生からしてみれば、わたくしと出会ってからの日々など一瞬で過ぎて行ったのだろう。いつまでもハールス先生にとっては、わたくしは出会ったときと同じ少女であるのだと思うと、それはそれで嬉しい気がする。
 その日、わたくしは研究課程の卒業資格を得た。それと同時に研究院への入学資格も得たのだが、研究院ではさらに難しい勉強が待っているということで、わたくしは気を引き締めて卒業までの日々も勉強を続けることとなる。
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