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十四章 家族の形

11.わたくし、アイラ・ラントについて

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 最初はわたくしの小さな疑問だった。
 わたくし、アイラ・ラントはヘルレヴィ家に暮らしているがヘルレヴィ家の人間ではない。マウリ様の婚約者で、マウリ様が2歳のときにラント領にお連れしてから二年間一緒に暮らしたため、マウリ様がヘルレヴィ家に戻れるようになってもわたくしのことを求めて泣き続け、食事はとらず、眠らず、気を抜けば脱走すると言うようなことになったので、スティーナ様が頭を下げてわたくしにヘルレヴィ領に来てくれるようにと頼んだのである。
 スティーナ様の要請に応えてからもう十三年目になる。わたくしはラント家で過ごした日々よりもヘルレヴィ家で過ごした日々が増えている。
 ヘルレヴィ家の方々にとってわたくしとは何なのだろう。
 それは、フローラ様の言葉から始まった。

「わたくし、家族のことを高等学校で書いて来なさいって言われたのよ。わたくしにはヴァンニ家に父上と母上とハンネス様とライネとティーアがいるでしょう? ヘルレヴィ家にまー兄上と姉上とエミリアとダーヴィドとサラがいるでしょう? ネヴァライネン家にターヴィがいるでしょう? 全員書いていたら、書く欄がなくなってしまったのよ」

 サロモン先生とヨハンナ様とハンネス様とライネ様とティーア様で五人、マウリ様とミルヴァ様とエミリア様とダーヴィド様とサラ様で五人、更にフローラ様にはネヴァライネン家にターヴィ様という実の弟までいる。

「続柄を書きなさいって言われたから、父上は父、母上は母、ハンネス様は婚約者兼兄、ライネは弟、ティーアは妹、まー兄上は兄、姉上は姉、エミリアは妹、ダーヴィドは弟、サラは妹、ターヴィは弟って書いたら訂正されちゃったのよ」

 最終的にフローラ様の用紙に残ったのはターヴィ様一人だったのだ。それを見せながらフローラ様は非常に不本意そうにしている。

「血が繋がっているのはターヴィだけだから、ターヴィだけでいいなんて言われたけど、わたくしの家族はそんなんじゃないわ! 絶対に違うんだから!」
「フローラ、これは大事な問題ですね。明日、私が高等学校に行きます」
「父上、来てくださるの?」
「フローラにとって兄弟がどれだけ大事で、私とヨハンナが両親であることは納得してもらわなければいけません」

 両親ではなく『保護者』と続柄の欄に書かれてしまったのがサロモン先生もとても不満のようだった。サロモン先生が出てくれるのならばフローラ様も安心である。フローラ様もそう思ったのだろう、にこにこして機嫌を取り戻していた。
 わたくしは自分の胸にわいた疑問にぶち当たった。

「わたくしは、皆様の何なのでしょう?」

 ぽつりと口にすると、最初に元気よく答えたのはマウリ様だった。

「私の婚約者だよ。ラント家から来てくださった、私の最愛の方」

 口説くような言葉に頬が赤くなるが、ミルヴァ様がそれに付け加える。

「わたくしのお義姉様よ。将来わたくしはクリスティアン様と結婚して、アイラ様はまーと結婚するのだもの」

 マウリ様にとっては婚約者、ミルヴァ様にとってはお義姉様だと分かった。

「わたくしにとっては、アイラ様はアイラ様だわ。とても頼りになって、素敵な大人の女性よ」

 フローラ様の答えは簡単だが嬉しいものだった。

「わたくしも、お義姉様と思っているの。母上以上に話しかけやすくて、助けてほしいことがあったら、一番に相談しちゃうわ」

 エミリア様もミルヴァ様と同じくわたくしをお義姉様として慕ってくださっているようだ。

「アイラ様は私にとっては、ヘルレヴィ家にいてくれて、優しくしてくれるもう一人のお母様みたいな存在かな」

 ライネ様の言葉にはわたくしは神妙に頷いてしまう。ライネ様に関しては、わたくしは出産にも立ち会っているのだ。ライネ様がわたくしをお母様のように慕ってくださるのは嬉しい。

「アイラ様は、すごいお医者様なんだよ。私が悩んでいるときに優しくお話を聞いてくださる。アイラ様はヘルレヴィ家になくてはならない存在かな」

 ダーヴィド様には最近ライネ様よりも体が大きくなってしまったことに関する悩みを聞いたことが記憶に残っていたようだ。それも大事なことなのでわたくしは頷く。

「アイラたま、ねー」
「ちょっとこあい」
「こあいねー」

 サラ様とティーア様は顔を寄せ合って話している。

「アイラ様がサラとティーアは怖いの?」

 マウリ様が驚いて声を上げると、サラ様とティーア様はぽよぽよの眉を下げた。

「やさしくしてー! っていっても、はみがき、ゴシゴシするの」
「オルガたんは、やー! っていったら、おててはずしてくれるけど、アイラたまはぜったいにはずさない」
「やー! やさしくしてー! っていっても、おててはずさない」
「ぎゅっとして、ゴシゴシ」

 マルガレータさんとオルガさんの新婚旅行のときに歯を磨いたのがサラ様とティーア様の記憶には残っていたようだ。ぷるぷると震えているサラ様とティーア様にわたくしは苦笑する。

「歯はとても大事なのですよ。サラ様とティーア様が泣いても、わたくしは歯はしっかりと磨きます」
「さすがアイラ様。そういうところに惚れ直しちゃうよ」

 マウリ様は惚れ直してくださっているが、サラ様とティーア様は怖いままなのだろうか。顔を覗き込むとにこっと微笑まれる。

「こあいけど、アイラたま、すきよ」
「わたくちもアイラたま、すき!」

 サラ様もティーア様もわたくしを好きと言ってくれていた。
 もう一人わたくしには聞いてみたい方がいた。それはハンネス様だ。控えめで他のみんなが発言するのを聞いていたハンネス様に視線を向けると、困ったように笑われる。

「私はアイラ様と初めて会ったときまだ小さかったですからね」
「そうでしたね。9歳でしたか?」
「そうだったと思います。そのときにアイラ様がスティーナ様を救われているのを見て、こんなにすごい方がいるのだと思いました。私と年がそれほど変わらないのに、しっかりとアイラ様はマウリとミルヴァを保護して、スティーナ様を助けた」
「ちょっと理想化しているのではないですか?」
「私はマウリがアイラ様を大好きなのを知って、マウリとの仲を応援しようと思いました。今はアイラ様に感謝しています。アイラ様のおかげで私は弟妹にこんなに愛されて、弟妹をこんなに愛していることをしることができました」

 ハンネス様の言葉はじんと胸にしみる。ずっと控えめだったハンネス様が自己主張をするようになったのはここ数年のことで、それまでは一歩下がって我慢をしていたような姿が見られた。弟妹についても遠慮しているところがないわけではなかった。
 それがなくなったのは、ハンネス様にとっても大きなできごとだった。
 きっかけは、オスカリ先生の「子どもは親を選べない」という言葉で、オスカリ先生はそれで選べないのだから、自分が選ぶことなく自分の元に来た子どもは誰でも可愛がろうという意味で使っていたが、ハンネス様には別の意味に心に響いた。
 子どもは親を選べないのだから、ハンネス様がオスモ殿との間に生まれてきたことに罪などない。最初から分かり切っていたことなのだが、ハンネス様はオスモ殿の子どもとしてマウリ様とミルヴァ様を追い出して、スティーナ様の体調を毒で悪くしたオスモ殿がヘルレヴィ家を牛耳っているときに、跡継ぎのように連れ回されてオスモ殿に利用されていた。
 そのことをハンネス様はずっと後悔していて、マウリ様にもミルヴァ様にも最初は贖罪のような気持で接していたように思われる。それが今はマウリ様のこともミルヴァ様のことも実の弟妹のように思っていて、エミリア様のこともダーヴィド様のこともサラ様のことも可愛がっている。フローラ様はニモネン家に引き取られた養子だったし、ライネ様とティーア様は血の繋がった弟妹なので、ハンネス様にとっては当然可愛いに決まっている。

「私が変わることができたのは、アイラ様のおかげです」

 微笑みながらお礼を言うハンネス様の姿はとても堂々としている。
 ヘルレヴィ家でわたくし、アイラ・ラントはこのような存在だった。
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