つぐちゃんと真珠さん

秋月真鳥

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2.五百蔵真珠・ヴァレンチノの場合

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 五百蔵真珠・ヴァレンチノは、孤独だった。
 一人だけ祖父の従兄に似た真珠を、家族は無視して、兄ばかりを優遇していた。
 祖父は真珠を可愛がって、亡くなるときに自分の住んでいた洋館を残してくれたのだが、それも自分の愛した従兄の面影を追ってのもので、真珠を見てくれたわけではなかった。

 そんな中で、小学校からずっと一緒の舞園旭が、中学の頃からピアニストとして有名になっていたが、高校を出てすぐに結婚して、生まれたのが月神だった。
 小さくて、旭に似た黒髪に黒い目でちょっと癖毛の月神は天使のようで、旭は常々言っていた。

「つぐちゃんは、私の天使なんだ」

 その言葉に真珠も異論はなかった。
 月神を生んだ後に体調を崩したという旭の妻の叶は、月神が保育園に行く頃には入退院を繰り返していたので、真珠は月神のことを何度も預かった。
 月神は素直ないい子で、真珠を困らせることはなかったし、料理に興味を持ってくれたので、真珠は月神と一緒に色んな料理を作った。
 最初の頃は真珠も料理が得意というわけではなかったが、月神と作っていくうちに料理が好きになり、月神と料理をする時間が何よりの楽しみになった。

 成長していく月神とは対照的に、叶は弱って行った。
 月神が中学二年生のときに、叶は長い入院の末に亡くなった。

 母親が亡くなっても泣くこともなく立ち尽くしている月神に、真珠は思わずその華奢で小さな体を抱き締めていた。

「つぐちゃん、泣いてもいいのよ」
「真珠さん……」

 抱き締めていると、感情が崩壊するように声を上げて泣き出した月神を真珠はずっと抱き締めていた。
 泣き疲れてしまった月神を葬儀の間、真珠はずっと抱き締めていた。
 出棺のときに目を覚ました月神は、真珠に謝っていた。

「すみませんでした、僕、泣いてしまって」
「いいのよ、つぐちゃん。あたしの前で感情を隠すことはないわ。つぐちゃんのことはオムツ付けてるときから知ってるんだからね」

 悪戯っぽく言えば月神は泣き笑いの顔を見せた。
 長期に入院して弱っていた叶の骨は、脆くなっていて、焼き尽くされて非常に少なかった。ほとんどが灰になってしまった中から、丁寧に骨の欠片を拾っても、小さな骨壺はいっぱいにはならなかった。
 涙を拭いて来てくださった方々にお礼を言う月神は立派だった。

「本日は母のためにお集まりくださりありがとうございました。母も長い闘病生活から解放されて自由になっていると思います。母との思い出を大事にこれから父と生きていこうと思います」

 喋ることが苦手で、感情表現が苦手で、ピアノだけが自分を表現する手段だという旭は、月神に任せてしまって何も言えていなかった。それだけ悲しみが深かったとも取れるが、まだ十四歳の月神に任せてしまうというのも真珠は気にかかっていた。

 それから旭の生活は荒れて、コンサートでピアノを弾く以外の日には仕事させてもらっているピアノバーでも、毎日のように飲んでいた。

「つぐちゃんが心配してるでしょぉ? 帰ってあげなさいよぉ」
「つぐちゃんは……」
「つぐちゃんには、もう旭さんしかいないのよ?」

 真珠がどれだけ言っても旭は酒を飲むのをやめられない様子だった。
 泥酔した旭を真珠は何度家まで送って行っただろう。
 そのたびに夜遅くまで起きて待っている月神が、申し訳なさそうに言うのだ。

「父がご迷惑をおかけしました。いつもすみません」
「つぐちゃんこそ、大変でしょぉ? あたしにできること、ない?」
「お弁当を……」
「お弁当を作ればいい?」
「作らせてくれませんか?」
「え!?」

 お弁当を真珠が作れば月神の負担が減るのかと思ったが、月神が言ったのは全く逆のことだった。

「真珠さんの分も作ると思えば、自分と父のお弁当に手が抜けなくなります。気合を入れるためにも、真珠さんにもお弁当を作っていいですか?」
「いいけど、大変じゃない?」
「いえ、作るのは好きなので」

 小さな頃から自分のことは自分でするように言われていた。保育園や学校でお弁当が必要なときには、小さい頃は買ったものを持たされて、少し育ってからはお金だけ渡されて自分で買えと言われた。
 真っすぐに真珠を見詰めて来る黒い目が、真珠には眩しかった。
 こんな風に誰かに真っすぐに見詰められたことなどあっただろうか。

 毎朝、車で月神の家に行ってお弁当を受け取って、昼にお弁当箱を開ける。
 可愛らしいタコさんウインナーや、花形に抜いた野菜、オムライスで作った猫や犬にケチャップで顔を描いたもの、サンドイッチのときもあった、かつ丼のときもあった。
 全て真珠が教えて来たのだが、作ってもらったお弁当というのは美味しくて、真珠の力になっていた。

 真珠は『遺跡管理課』という役所の課の課長で、大昔から残る遺跡、つまりはダンジョンに生息する魔法生物が町に出てこないように、魔法兵器が町に出回らないように、遺跡を管理するのが仕事だった。
 普段は真珠が気を付けているので、定時で帰れる部署として有名だったのだが、一度遺跡で問題が起こるとそれどころではなくなる。
 魔法生物が遺跡から溢れ出したときなど、弓式のレールガンを持って対応に当たった。

 役所に泊まり込みで、食べるものも寝るのも疎かにして、ひたすら仕事仕事の日々に、届けられる月神のお弁当は荒れた真珠の心を一瞬だけでも安らげた。
 癒しの力があると魔法解析されている月神の歌をスマートフォンで流して、癒されつつ食べるお弁当の美味しいこと。それがなければ真珠は折れるまではいかないが、相当心が荒れていたに違いない。

 魔法生物の大発生を抑えて、ようやく帰れると思ったときに、そのまま家に帰らずにピアノバーに寄ったのは、嫌な予感がしたからだった。
 ピアノバーでピアノを弾いている旭を見知った相手が強引に口説いている。

「美人ですね。俺とイイコトしませんか? 天国を見せてあげますよ?」
「天国……」
「気持ちいいこと、好きでしょ?」

 男なら、誰でも。

 ねっとりとした視線を旭に向けているのは、仕事はできるが私生活が酷いという噂の部下、安増やすますだった。

「そのひとは私の幼馴染です。何か用でも?」
「ひぃ!? か、課長!?」

 職場では『血塗れ雷帝』なんて笑える呼び名で恐れられている真珠が声をかけると、安増は飛び上がって逃げて行った。

「天国……叶さんに会えたかな?」
「酔ってるの、あさちゃん? そういう意味じゃないわよ?」
「私も天国に行きたい……」
「何言ってるの! あなたにはつぐちゃんがいるでしょう!」

 月神を置いて死んでしまいたいなどと口にする旭に怒りを覚えていると、旭がそのままピアノに突っ伏して倒れてしまう。倒れた旭を、アルコールは飲んでいなかったので、真珠は車で家まで送って行った。

 玄関で靴を脱がせて、ベッドに運ぶと旭は眠り込んでいる。
 深夜なのに起きて待っていた月神が申し訳なさそうに俯いている。

「すみません、父がご迷惑をおかけして」
「あさちゃんのことは小さい頃から知ってるもの、気にしなくていいのよぉ。叶さんが亡くなったのが堪えているんでしょうね」
「そうだと思います……」
「つぐちゃんだって、悲しいし、つらいのに、ダメな父親よね」

 笑って言うと、月神の黒い目が潤んだような気がした。つらいのは月神も同じなのに、悲しみを分かち合うことのできない不器用な父子に同情する。

「お茶でも飲んでいきませんか?」
「あたしにまで気を遣わなくていいわよ。夜遅いんだから、つぐちゃんも寝ないといけないでしょう」
「そうですけど……」

 お暇しようと玄関で座って靴を履いていると、うなじ辺りに痛みが走った。
 驚いて振り向くと、月神が真珠のうなじに噛み付いている。

 その赤く光る瞳、尖った犬歯、真珠は見覚えがあった。

「まずい……!?」
「え!? つぐちゃん!?」
「ご、ごめんなさい。なんで、僕、真珠さんの血を飲んじゃったんだろう」

 真珠の血は魔族や獣人、妖精種の力を高める効力があるので、普段は使わないが、遺跡関係でトラブルが起きると真珠は嫌々ながら血を提供していた。
 それも手首からとかで、首筋から吸わせたことはない。
 うなじに噛み付かれるなんて、真珠も驚いていた。

「つぐちゃん、あなた、吸血鬼だったの!?」
「そ、そんな……」

 記憶にある限り、旭と叶は人間だったはずだ。人間同士の子どもで吸血鬼は生まれない。

「吸血鬼だったとしても、つぐちゃんはつぐちゃんだわ。ちょっと、あさちゃんに聞いてみましょうね。つぐちゃんもこのままじゃ不安でしょう?」
「真珠さん、疲れてるのに、いいんですか?」
「つぐちゃんのことを放っておけないわよ。それに、明日と明後日は休みを入れたから安心して」

 このことを解決するまでは月神も安心できないだろうし、旭に何か秘密があるのならば親友として真珠も聞いておきたかった。
 旭を叩き起こして問いかけてみるが要領を得ない。

「つぐちゃんが、あたしの血を吸ったのよ。目も赤くなってて、犬歯も尖ってた! どういうことなの?」
「しらない」
「だから、つぐちゃんはなんで吸血鬼なの?」
「……」

 元から口数が少なくて、ピアノ以外で感情表現を苦手とする旭にどれだけ聞いてもそれ以上の答えが出てこない。
 これは時間をかけてじっくりと聞くしかないのかもしれない。
 それには時間が遅すぎる。日付はとうに変わっていた。

「母が死んでからいつもこんな感じなんです。飲まないと眠れないって」
「これは、明日聞いた方がいいわね。つぐちゃん、今日は泊めてもらえる?」
「いいんですか!?」
「あさちゃんは学生の頃から知っているもの。つぐちゃんの一大事に力になってあげられないようなあたしじゃないわ」

 それが月神のためなのか、自分のためなのか分からないまま、真珠は月神の家に泊まって旭に真相を問うことにしていた。
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