つぐちゃんと真珠さん

秋月真鳥

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28.犯人の狙いは

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 春の海水浴場は人気がなくて、月神と来るのにぴったりだった。
 人気のある歌手である月神は、ファンが大勢いて、注目されやすい。町に出るにしても目立たないようにしなければいけなかった。

 結婚したことは隠していなくて、事務所からもメッセージを出していたが、月神が真珠と結婚したということを知るひとは少ない。一般人である真珠を守ろうと月神は相手の詳細までは明かしていないのだ。

 海水浴場の端でベンチに座ってお弁当箱を開ける。ツナとマヨネーズとスライス玉ねぎ、茹で卵、ハムとチーズと胡瓜、それに手作りのイチゴジャムを挟んだサンドイッチがお弁当箱にはぎっしりと詰まっていた。
 月神が水筒の蓋のコップに紅茶を注いでくれる。
 紅茶を飲みながら月神の作ってくれたサンドイッチで昼食にする。

「母が亡くなってから、真珠にできることはないかって聞かれたじゃないですか」
「そうでしたね」
「そのときに思ったんです。一日一食でも同じものを食べていたら、真珠と僕は同じもので構成されるんじゃないかって」
「前にもそんなことを言っていたような」
「今は三食同じものを食べていますよね。人間の血肉が入れ替わるのは七年周期なんだそうですよ。七年後には、真珠と僕は、全く同じものから構成されていることになるわけです」

 だから月神はお弁当作りに拘るのだと言われて真珠は顔がにやけてしまいそうになる。

「私も、月神さんの胃袋を掴もうと思っていたんですよ」
「本当ですか!?」
「月神さんが私の料理に夢中になってくれたら、ずっとそばにいてくれるかと思っていたんです」

 無意識のうちに月神が小さい頃から、月神には美味しいものを食べさせようとしていた。それは月神が健やかに育ってくれるようにという願いを込めてのことでもあったが、それと同時に月神の胃袋を掴みたかったというのもあった。
 月神の胃袋を掴めば、月神が他の相手と恋に落ちても、真珠の作ったものを思い出して食べに来てくれるかもしれない。そんな浅ましい考えだったが、今は月神が完全に自分のものになっているので、真珠は月神の胃袋を無事に掴めたことを満足していた。

「真珠のご飯はいつも美味しかったです」
「月神さんのお弁当もいつも美味しいですよ」
「これからも美味しいお弁当を作ります!」

 気合を入れる月神が可愛くて、真珠は月神を抱き寄せていた。

 ショートパンツに裸足で月神が砂の上を歩く。真珠も靴と靴下を脱いで、スラックスの裾を曲げて、月神と手を繋いで波打ち際を歩く。
 春の海は冷たく、さらさらと流れる砂が足の指の間をすり抜けていく。

「真珠、海ですよ」
「あまり深いところまで行かないでください。危ないですよ」
「真珠が濡れちゃいますね」

 手を引かれて海の中に連れて行かれそうになって、真珠は月神の手を引きかえす。引かれるままに月神が胸に飛び込んで来たので、優しく抱き締めた。
 月神の頬に手を添えてキスをしようとした瞬間、真珠のジャケットの裏ポケットでスマートフォンが震えた。

「私は有給中なんですけどね」

 スマートフォンの通知を切っておこうとジャケットから出すと、月見山からメッセージが入っている。

『課長、有給中にすみません。以前魔法生物の大量発生を観測した遺跡で、不穏な動きがあります』

 以前の魔法生物の大量発生は、町に届く一歩手前で食い止めた。そのときには前の課長が真珠を妬んで、遺跡の封印を解いたのが魔法生物を大量発生させた要因だった。
 あのときの課長は厳重な処分を受けて首になったはずだが、今回は何が起きているのだろう。

「月神さん、すみません……仕事が入ってしまいました」

 本当ならば月神と新婚旅行で温泉宿に行くつもりだったのに、そうはさせてもらえないようだ。
 簡単な事案ならば月見山や安増に任せるのだが、以前魔法生物の大量発生が起きている遺跡のこととなると放ってはおけない。

「いいんです。行って来てください」
「月神さんを宿まで送ります。全てが終わったら、宿に向かいますので」
「僕も連れて行ってください」

 月神にどれだけお願いされてもそれだけは叶えることができなかった。
 真珠にとっては月神は一般人で、誰よりも安全な場所にいて欲しい人物だった。

「月神さんがいると、私が集中できません。月神さんのことが大事だからこそ、月神さんには安全な場所にいて欲しいのです」
「真珠……」
「必ず帰ると約束します。私の帰る場所は月神さんのところです」

 月神の華奢な手を取って額に押し当てるようにして言えば、月神は静かに頷いてくれた。

「真珠の足手まといにはなりたくありません。真珠が来るのを宿で待っています」
「月神さん、必ず戻ります」

 真珠は月神を宿に送り届けて、そのまま車で市役所に行った。
 市役所の『遺跡管理課』はざわめいている。

「遺跡の場所は秘されてるはずなのに、誰が封印を解いたんだ!?」
「遺跡の魔法兵器を盗もうとしたんじゃないですかね」

 月見山と安増が戦う準備をして遺跡に向かおうとしている。
 真珠も月見山と安増に同行することになった。

 隠されている遺跡の場所に近付くと、巨大蜘蛛が遺跡から出ようとしているのが分かる。
 キューブ型に圧縮された弓式レールガンを展開させて、真珠は巨大蜘蛛の頭部を狙う。
 矢を放つと同時に雷が走り、巨大蜘蛛を焼き尽くした。

「安増、封印を張り直してください! 月見山さん、遺跡の入口を閉じますよ!」

 遺跡の入口を閉じなければ巨大蜘蛛は際限なく出て来てしまう。
 一度遺跡の入口を閉じて、封印をかけ直して、遺跡を荒らしたものを探し出さなければいけない。

 遺跡から出て来ようとする巨大蜘蛛を真珠が打ち抜いている間に、遺跡の重い石の扉を月見山が筋骨隆々とした両腕で押さえて閉じている。
 月見山に当たらないように巨大蜘蛛だけを狙って、真珠は矢を放ち続けた。

 安増が結界を張り直すころには、月見山が遺跡の入口を閉じてくれて、とりあえずは危険はなくなった。
 有給が終わったら遺跡の中で増えすぎた巨大蜘蛛を掃除して、遺跡の結界も二重三重に張り直さなければいけないだろう。

「誰がこんなことをしたんですか」

 呆れ返っている安増に、情報が漏れていたことに、真珠は心当たりがないわけではなかった。口止めはしたはずだが、心根が腐っている『遺跡管理課』の前の課長が怪しい。

「『遺跡管理課』の前の課長を調べてください」
「舞園課長、言いにくいのだが、この遺跡に魔法兵器の一つの反応が消えている」
「なんですか? どの魔法兵器ですか?」
「人間を生きたままコレクションする魔法水晶だ」

 月見山の言葉に真珠は嫌な予感を抑えきれなかった。
 真珠に恨みのある相手がこの遺跡の位置を把握していて、真珠が結婚したことを知ったとすれば、狙われるのは誰か分かり切っている。

「安増と月見山さんは『遺跡管理課』の前の課長を捕らえてください。私は思い当たる場所があるので行ってきます」

 単独行動は推奨されていないが、非常事態なので仕方がない。

 真珠は車を飛ばして月神のいるはずの温泉宿に戻っていた。
 時刻はもう夕暮れ時を過ぎていて、月神はチェックインして宿の部屋にいるはずだった。

 しかし、部屋のどこにも月神がいない。

「この部屋にチェックインした男性がどこに行ったか分かりますか?」
「宿にファンと仰る方が押しかけて来たので、部屋は教えられませんとお伝えしましたが」

 やはり月神の元に誰か来ていたようだ。
 部屋の場所は宿の従業員は教えなかったようだが、その人物はどうにかして月神の部屋を突き止めて月神に接触したのだろう。

「月神さん、無事でいてください」

 プライバシーを侵害すると分かっていても、月神の安全のために真珠は月神の位置が分かるアプリを月神のスマートフォンに入れていた。
 アプリの位置情報が頼りなのに、月神は攫われたときにスマートフォンを持っていなかったようだ。
 スマートフォンの位置情報はこの部屋の中になっていて役に立たない。
 安増に月神が攫われたときにはあんなにも役に立ってくれたのに。

 じれったい思いで月神の居場所を探そうとする真珠の左手の薬指にはめた結婚指輪が淡い光を放っている。

「月神さんの危機!?」

 お互いの危機には呼び合って相手のところへ飛ばしてくれるという魔法をかけてもらった結婚指輪。
 真珠は結婚指輪の魔法に身を委ねることにした。
 真珠の体は光に包まれた。
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