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稚い子犬と魔王オメガ

7.子犬の誕生日

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 一人で部屋に閉じ込められて、碌に世話もされず、獣人だからと蔑まれて馬鹿にされて生きて来た。アルファだから魔王の餌食になるためだけに育てているのだとはっきりと告げられて、周囲に心を開くこともなかった。

「ここにきたら、たべられるとおもってたけど、ルヴィニさまはやさしくて、おきれいで、おかあさんともいっしょにくらせるようになって、ほんとうにしあわせ」

 お風呂に一緒に入るようになってから、二人きりの親密な時間がますます増えた。心の内を打ち明けるリコスが、ルヴィニには可愛くて仕方がない。
 白い腕で豊かに盛り上がる大胸筋の発達した胸に抱きしめると、リコスがもじもじと膝を擦り合わせる。

「おなかが……」
「痛い?」
「ううん、むずむずするの」

 まだ精通の来る年ではないが、反応はしているのだろう、股間のものが緩く勃っているのを見て、ルヴィニは舌なめずりをしてしまう。長年魔力をアルファから吸い取って来たルヴィニだが、乗っかった搾り取るときでも、そこに触れるのは最小限にしたかったのに、リコスの未成熟な可愛らしい中心には触れてみたくなる。
 そっと手を伸ばして撫でようとしたところで、しゅるりと何かが腕に巻き付いた。

「なぜ、お前がここにいる?」
「あ、ルヴィニさまのマッサージがかりさん! おふろのじゅんばんまってたの?」

 召喚しては、ルヴィニを慰める前にリコスの邪魔が入り、適当なアルファを搾り取って消えていた触手も、アルファを屋敷から追い出してからは、常に寝室に控えているようになった。本来ならば卑猥な目的で使われて、主人の制御が効かないくらいに強引に攻めてくるはずの触手なのだが、非常に倫理観が高く、まだ幼いリコスにルヴィニの理性が崩れそうになるたびに、邪魔をしに入って来ていた。
 行為のときは突起のある触手から粘液を出して、滑りを良くして、後孔に入り込んだり、口を喉まで犯したり、胸や尻を揉んだり、乳首を吸い上げたりするのだが、リコスがいるときには、「ちょっとタコに似た獣人です」とばかりに纏まって、ぬめりの一滴も出さない。

「逆上せるからそろそろ出ようか」
「はーい! マッサージがかりさん、おふろ、つぎ、どーぞ」

 触手を卑猥な存在ではなく、紳士的なマッサージ係と信じ込んでいるリコスは、喋れない触手に話しかけてルヴィニの広げたバスタオルの中に飛び込んでくる。
 紳士的な態度を崩さず、触手はタコのように纏まって、胸に一本の触手を当てて、一礼している。
 触ったら歯止めが効かないのは分かっているが、勃っているそこを少し弄るくらいのことは許されないのか。まだ8歳のリコスと二人きりになってすら、周囲のガードは硬かった。

「ルヴィニさま、おれ、もうすぐ9さいになるんだって」
「それはめでたいね。ケーキを作らせてお祝いをしないと。プレゼントは何が良い?」
「プレゼントは、もういっぱいもらったもん」

 大陸を一つにまとめていた大国を分裂させたルヴィニは、魔王で、どんなことでもできると自負していた。欲しいものがあればリコスになんでも捧げることができる。それなのに、当のリコスはあまりにも欲がない。

「じをおしえてくれて、けいさんをおしえてくれて、おかあさんにあわせてくれて、こんやくゆびわもくれた。おれ、いっぱいもらいすぎてるから、ルヴィニさまにおかえしがしたいな」
「私も、リコスからタンポポを貰ったし、婚約指輪も貰ったよ」
「でも、おれのほうがいっぱいもらって、しあわせすぎるきがするんだもん」

 何も欲しがらないどころか、ルヴィニにお礼がしたいというリコスに、ルヴィニは戸惑ってしまう。体を交わしたことで気に入られたと勘違いしたアルファ男性が、地位や財産を求めて来たときには、石ころを宝石に見せる幻影をかけて渡して、せせら笑ったものだ。大事そうに石ころを抱えて、搾り取られてふらふらのまま国に帰ったあのアルファ男性はどうしただろう。
 宝石も、綺麗な衣装も、豪華な食事も、リコスは特に欲しがらない。おねだりしたのは、母親に会うことだけだった。

「リコス、私は魔王なんだよ」
「やさしいまおうさま。もう、まおうさまじゃなくて、おうさまかもしれないよ?」

 屋敷を取り巻く城下町を治める王。
 そんな存在にルヴィニはなっているのかもしれない。周囲の者たちも、ルヴィニを恐れるよりも、感謝して仕えてくれている。

「私は、もう、魔王ではないのか」

 言われて、ルヴィニは呆然と立ち尽くした。
 先代から仕えている使い魔たちが、次々と契約の解除を申し出てきたのは、その後からだった。

「もう、わたくしたちがいなくても、ルヴィニ様は平気でしょう?」
「ルヴィニ様には、お側で共に過ごすものがたくさんおります」

 獣人としても、先代の魔女からの契約で長く生き過ぎた彼らが、この屋敷に残ってルヴィニに仕えてくれていた理由は、他の場所だと冷遇されるというだけでなく、ルヴィニが孤独にならないためだったのだと、初めて気付かされた。
 ずっとルヴィニは魔王として一人で孤独に君臨してきたつもりだったが、実のところ、育ててくれた使い魔に心配されて、守られていたのだ。

「ここを離れてどこに行くのだ?」
「魔女様の行かれた場所へ」

 そこがどこなのか分からないが、人生の終わりを迎えるにふさわしい場所なのだろうとルヴィニにも理解できた。
 先代からの使い魔たちはいなくなるが、新しく獣人として使い魔に立候補するものもいるし、使用人も増えた屋敷は、賑やかで、不思議と寂しくはなかった。
 本来ならば、先代の魔女が去ったときに、使い魔たちも代替わりをして去りたかったのだろう。それを、ルヴィニを案じて、残ってくれていた。

「私はずっと一人だと思っていたよ」
「ルヴィニさまには、おれがいるよ」
「うん、リコスが来て、一人ではなかったことを知ったし、これからも一人ではなくなる」

 この小さな子犬が来てくれて良かったと、心から思わずにいられないルヴィニだった。
 先代からの使い魔たちは、リコスの9歳の誕生日まで祝ってから去るように決めていた。大きなケーキを準備して、誕生日お祝いには、新しいショート丈のスーツをプレゼントすると、リコスが大きな箱をぎゅっと抱き締めて、頬を真っ赤にして喜ぶ。

「ふくがちょっとちいさくなってたの、きづいてたんだ!」
「毎日リコスと過ごしているからね」
「つかいまさんたちも、いっぱいおせわになりました」

 深々と頭を下げると、寂しいのか、リコスの尻尾が脚の間に挟まる。顔を上げたリコスの目には涙がいっぱい溜まっていた。

「マッサージがかりさんは、どこにもいかないよね?」
「あいつは、残るだろうなぁ」

 どこかに行ってしまった方がリコスとイチャイチャできるのになどということは、考えても口に出さない。熟れた体を慰める用途で召喚した触手から、まさかの「待て」を強いられるなど、魔王としての威厳も何もないが、性の対象にするにはリコスが幼すぎるのは自覚しているので、文句が言えない。
 自慰をしようとしても、風呂も一緒、寝るのも一緒では、どうしようもなかった。
 眠っている間に抜け出して、バスルームで自分で後ろに触れようとしたのだが、泣きながらルヴィニを呼んで部屋中探し回るリコスに、触手がバスルームの扉を勢いよく開けて、結局何もできずに終わった。

「んっ!? あぁっ!?」
「ルヴィニさまぁ……」

 その上、ルヴィニがバスローブという隙だらけの格好で寝る習慣が付いているせいか、リコスはルヴィニの胸を弄って、寝ぼけて吸ったりする。乳首を吸われると弱くて、どうしても変な声が出てしまうのだが、そのたびに触手から口を押えられて、教育的指導をされる。

「お前、本当に触手か?」

 触手の正体に疑問を持ち始めたルヴィニだった。
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