魔女(男)さんとこねこ(虎)たんの日々。

秋月真鳥

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魔女(男)とこねこ(虎)たん

1.男の魔女のアデーラ

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 アデーラは女性しか生まれない魔女の森で、なぜか生まれて来た男性だった。
 魔女は自分たちの森の外で男を誘惑し、子どもを作って森に戻ってきて産み育てる。産んだ子どもは必ず女性で、男性が生まれることはない。そのはずなのに、アデーラは男性だった。
 アデーラを産んだときにブランカは既に二人の子どもを育て上げて自立させていた。三人目のアデーラは末の子どもで、ブランカはこれ以上子どもを産む気はなかった。

「男の魔女なんておかしいかもしれないけど、この子が私の元に生まれて来たのなら、育ててみようか」

 ベビーベッドで泣く赤ん坊に、女の子の名前しか用意していなかったブランカは、アデーラという名前を付けた。
 それから二十数年、ブランカは魔女の森の重鎮となっていたし、アデーラは男性ながら魔女の森で認められる魔女となっていた。

「アデーラの裁縫の腕は本当にすごいね」
「刺繍もものすごく上手だ」
「刺繡には身を守る付与魔法もかかっているし、アデーラだけで店を出せるんじゃないかな」

 細身で長身の魔女たちの中にあっても、アデーラは一際背が高く、体付きががっしりとしていた。身に纏っているのも刺繍の施されたシャツにパンツと上品ながらお洒落な格好をしている。
 魔女の森の近くには獣人たちの住む国があるのだが、獣人たちの国では騒ぎが起きているようだ。

「アデーラ、聞いたかい、獣人のお妃さまが亡くなったって」

 アデーラの幼馴染のダーシャが家に押しかけて話してくる。ダーシャにお茶と茶菓子を出して、アデーラは針仕事に戻った。アデーラの魔法のかかった衣装は、獣人国の貴族たちにも有名で、何件も注文が入っていた。獣人の中には尻尾を出さなければいけないスタイルのものもいて、型紙から全部アデーラは注文通りに作り上げていた。

「国王陛下はお嘆きだろうね。まだお若いと聞いているもの」
「下の皇子をお産みになった後で亡くなられたそうだよ」

 悼むように目を伏せるダーシャに、アデーラも獣人国のお妃の死を悼んで黙とうする。上の皇子はまだ3歳になったくらいだったろうか。一度式典で着る衣装に刺しゅうを施したことがあった。あれは上の皇子が生まれて百日の祝いだったかもしれない。
 健やかに大きくなりますように。
 願いを込めて一針一針縫いあげた刺繍は、アデーラの中でも屈指の出来になった。ベビードレスに使った後は、刺繍の部分だけを加工して皇子の持ち物として一生お守りにすると、受け取りに来てくれた国王陛下とお妃は言ってくれた。
 仲睦まじい夫婦だった覚えがある。
 それがお妃が二番目の皇子を産むときに亡くなってしまうなど。

「上の皇子も病弱で、薬草と魔法でなんとか命を長らえているような状態だと聞くよ」
「下の皇子は?」
「生まれたばかりでよく分からないね」

 国王陛下とお妃と皇子に関しては、アデーラは仕事を引き受けていたので並々ならぬ思い入れがあった。幼くして母親を亡くした皇子二人はどれ程寂しい思いをしているのだろう。若くしてお妃を亡くした国王陛下の気持ちはいかほどだろう。
 考えるだけで分厚く逞しい胸が痛む。
 長身に分厚い胸板、がっしりとした体躯のアデーラは、可憐な女性名が似合うような風貌ではなかった。顔立ちは母に似て整っているのだが、癖のない白い髪も白い肌も赤い目も、母親に似たはずなのに男性というだけでこれだけ厳つくなってしまうものなのか。
 細い腰に豊かな胸とお尻、きらきらと輝く刺繍のされたドレスを纏ったダーシャは魔女というよりもどこかのお姫様のようだ。これでいて性格はさばさばとしていて、魔女の森でも屈指の強い魔女であり、アデーラの幼馴染なのだから、女性とは不思議だ。
 魔女の森の中では結婚という制度がない。女性しか生まれなくて、子どもが欲しいときには森の外の男性を誘惑して種だけもらって帰ってきて、生まれてくるのは女性だけで、女性の中で暮らすのだから当然ともいえる。魔女同士でパートナーを作り、二人で暮らして子どもを育てていることが多い魔女の森だが、ダーシャはまだ子どもを産んだことがなかったし、パートナーも持っていなかった。

「アデーラが女だったら、私のパートナーにして、一緒に子育てをするのに」
「私も、女だったらよかったと思っているよ」
「どう見てもアデーラは男だものね。中身はこんなにも繊細なのにね」

 ダーシャの言うようにアデーラは昔から細かい仕事が好きで、母のブランカに習って裁縫を始めたのは5歳にもならない年からだっただろう。それから才能を伸ばして行って、アデーラは魔女の森で随一の仕立て職人になった。魔法のかかった衣装はたくさんの国から注文が入る。
 獣人国のことを気にかけながらもアデーラが縫物をして、お妃の逝去を知ってから一年と少しくらい経った頃だろうか、古い魔法のかかった衣装を解いて洗って干していたアデーラは、庭で泣いている生き物を見付けた。
 上半身は裸で、下半身にはオムツしかつけていない乳児だろうか、幼児だろうか。1歳くらいの幼子が蔦に絡まって動けなくなって泣いている。

「その蔦は、侵入者を阻むためにあるんだよ。大丈夫?」

 庭を覆う柵には蔦が絡めてあって、蔦には侵入者を阻むように魔法がかけられていた。魔法の蔦に絡めとられた幼子は「みゃーみゃー!」と泣いている。大きな水色の目から涙が零れて、銀と黒の混じった髪はくしゃくしゃになっていて、オムツから突き出ている尻尾も蔦に絡めとられている。
 魔法を解いてアデーラが幼子を抱き締めると、びっしょりと下半身が濡れていた。服も蔦に絡めとられて脱げてしまったのかと探したが、見当たらない。

「子猫ちゃん、どこからやってきたのかな?」
「みゃー!」

 魔女の森はそんなに簡単に侵入できる場所ではないが、猫の獣人ならばその俊敏さで結界を抜けることもできたかもしれない。
 まずはオムツを替えて服を着せることからだと、アデーラは布を取り出した。オムツカバーも形も、オムツの形も、実物を見れば分かる。裸になってテンションが上がって踊っている猫の獣人の幼子の前で、アデーラは素早くオムツカバーとオムツを縫った。糸の処理をして、針がないことを確かめて、オムツを着けようとすると、猫の獣人の幼子は素っ裸のまま走って逃げようとする。

「服も作ってあげる。お腹は空いてないかな? 服を着たら美味しいプリンを作ってあげよう」
「まんま?」
「うん、美味しいよ。採れたての卵に、牛乳、カラメルはちょっと甘めで、バニラエッセンスの香りがして」
「まんま! んま! んまっ!」

 逃げるのをやめて近寄って来た素っ裸の幼子にアデーラはオムツを履かせる。服も手早く縫ってしまって着せたが、幼子はもぞもぞと動いて服を脱ごうとする。

「ちやい! やーの!」
「服が嫌いなの?」
「やーの! いやあああああ!」

 脱げないとなると泣き出す幼子にどうすればいいのかと考えて、アデーラは服を簡単に縫い直した。縫い目が表に来るデザインで、中でがさがさと肌に触れないように縫い直すと、それを着た幼子が最初は脱ごうとしたが、少しして肩や裾に触ってみている。

「やーの、ないない」
「服の裏側の縫い目が嫌だったんだね。肌に触れるのが嫌だから、赤ん坊の産着はそういう風に裏返しに縫うんだ。君はまだ、肌が敏感だから、こっちの方がよかったんだね」
「やーの、ない。すち!」

 縫い目が肌に触れることのない服を気に入ってくれた様子の幼子のために、アデーラはプリンを作った。卵と牛乳を混ぜてお砂糖を入れて、蒸し器で蒸していく。フライパンにお砂糖を流し込んでカラメルを作って、出来上がったプリンをお皿の上に出してとろとろと茶色の香ばしいカラメルをかけて行く。

「んまっ! んまっ!」

 プリンに顔を突っ込んで食べようとする幼子を止めて、スプーンで掬って口に運ぶと、最初は何が起きているのか幼子は理解していないようだった。じっとスプーンに乗ったプリンを見て、匂いを嗅いで、目を丸くしている。
 アデーラが手を添えて小さなお口を開けてそこにプリンを入れてあげると、幼子はやっと理解したようだ。

「もいっちょ!」
「はいはい。いっぱい食べてね」

 大きめに作っていたプリンを一口ずつアデーラは幼子の口に運んで行く。丸い白地に黒い縞の耳がぴくぴくと動いて、鼻の穴をひくひくとさせながら、幼子はプリンを全部食べた。
 食べ終わると、小さな頭が傾いで、うとうとと眠ってしまう。
 眠った幼子を抱き上げて、アデーラはベッドに連れて行った。
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