魔女(男)さんとこねこ(虎)たんの日々。

秋月真鳥

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魔女(男)とこねこ(虎)たん

2.猫の子

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 目を覚ましたときに寂しくて幼子が泣いてしまわないように、アデーラは縫物の道具を二階の寝室に持って行って、幼子の眠るそばで刺繍糸を使って針仕事をしていた。刺繍の図案を考えるのも、衣装を仕立てるのも、全てアデーラ一人でできる。アデーラの作った衣装は身を守る付与魔法がかかっていて、周辺諸国でも人気で注文が絶えなかった。
 暖かな春の日差しに、開けた窓から風が入ってきてレースのカーテンが揺れる。カーテンのレース模様もアデーラの手作りで、ベッドの布団カバーもベッドカバーも、全部アデーラが縫ったものだった。
 寝心地のいい、夏は涼しく冬は温かな軽い羽根布団は、ふわふわと柔らかい。羽根布団に埋もれて眠る幼子の丸いお腹が上下するのを見ていると、アデーラは心が和む気がした。
 猫の獣人らしき幼子は、魔女の森に捨てられてしまったのだろうか。オムツを替えたので分かっているが、くるくるの巻き毛で愛らしい姿だが、この幼子は男の子だった。
 魔女が受け入れるのは女の子だけ。それを分かって魔女の森に捨てて行ったのならば、親はこの子が死んでも構わないと思っていたのだろう。
 服も着ていなくてオムツ一枚で捨てられていた幼子を哀れと思う気持ちがアデーラにもあった。アデーラの家は衣装を求めるひとたちが来やすいように、比較的魔女の森でも入り口近くにあるし、結界も緩い方だ。猫の獣人ならばそのしなやかで俊敏な動きで結界をすり抜けて来られたのも分かる。

「君は捨てられたの? 私はこんな姿だけど、捨てられずに育ったけど」

 女性しか生まれないはずの魔女の一族の中で、男性として生まれて来たアデーラを、母のブランカは捨てずに育てる決断をした。生まれたときからアデーラには明らかに魔法を使う能力があって、魔女であることは確かだったからだ。魔女の森に住む魔女の中で男性はアデーラ一人だけ。孤立するかと思えば、幼馴染のダーシャがよく遊びに来てくれるし、他の魔女たちもアデーラの裁縫の腕を認めてくれている。
 アデーラが作っていたのは、縫い目が表になった幼子のための服だった。縫い目は表になっているが、そこを刺繍で飾り付けて目立たないようにして、ポケットには可愛い猫の刺繍を入れた。
 幼子というのはすぐに服を汚すので着替えはどれだけあっても構わないはずだ。幼子の様子を見ながら縫物を進めていると、階下から声が聞こえた。

「アデーラ、今日は留守なのかい? 街に糸と布でも買いに行ったのかしら」
「ダーシャ、静かに。私は二階の寝室にいるよ」

 眠っている幼子を起こさないようにアデーラが廊下に出て声をかけると、不思議そうにダーシャが階段を上がってくる。アデーラが寝室の椅子に戻って縫物を再開すると、ダーシャが話しかけて来る。

「急ぎの仕事なのかな? 気分を変えるために寝室で縫ってるんだね」
「気分は変わるけど、そうじゃなくて……」
「獣人国が一大事らしいんだよ。下の皇子様が行方不明だって話でね」

 ダーシャに言われて、アデーラは国王陛下とお妃の姿を思い出す。注文した上の皇子の生後百日のお祝いのベビードレスを受け取りに来たときに見た国王陛下とお妃は、虎だった。虎の耳と尻尾を生やした若い国王陛下とお妃の夫婦の姿をアデーラは鮮明に覚えていた。アデーラのベッドで寝ている幼子は子猫だ。獣人国の一大事とは関係ないだろう。

「獣人国は荒れているのかな。子どもを捨てたりするような事態になっているのか?」
「獣人国は以前通り栄えているよ。ただ、国王陛下は気を落としているし、今回の皇子の脱走だろう……王宮は荒れているのかもしれないね」

 国王陛下はお妃の死に気を落として落ち込んでいる。そんなときにまだ幼い皇子が脱走して行方不明になった。

「国を挙げて探しているって話だけど、幼い子どもが一人で生きていけるわけもないし、他国から攫われた可能性もあるし、絶望的なんじゃないかって言われているよ」

 ダーシャの言葉を聞くとアデーラの胸が痛む。お妃を亡くしただけでなく、国王陛下はお妃が命懸けで産んだ皇子までも亡くしてしまう。それはあまりにも惨いことだった。

「皇子を探すお手伝いでもできたらいいんだけどな」
「国王陛下はお妃の死に絶望して、生まれて来た皇子を全く見ていないって話なんだよ。皇子がどんな姿だったかを知っているのは乳母と側近だけなんだけど、その乳母と側近も様子がおかしいらしくて」

 ダーシャから話を聞けば、母親を産まれたときに亡くし、父親からは顧みられなかった皇子は、動けるようになると子ども部屋を破壊して暴れ回っていたようだ。その様子に乳母も側近もとても近寄れず、着替えは寝ている間にして、食べ物は部屋に置いておいて勝手に食べさせるという獣のような生活を送らせていたらしい。
 獣人国の人間は、幼い頃は本性の獣の姿を取ることもとても多いようだから、完全に虎の子として育てられてしまった皇子がどのような姿だったかはっきりと言えるものはおらず、探そうにもあまりにも手がかりがない状態だという。

「虎の子だというのだけは分かっているんだね」
「王宮に務めている魔女が探しているけれど、完全に気配が消えてしまっていて、もう命はないんじゃないかと、国中が喪に服す体勢に入りかけてるよ」

 話していると、声が聞こえたのだろうか、ベッドの上で羽根布団がもぞもぞと動いた。羽根布団を掻き分けて顔を出した幼子が、アデーラとダーシャを青い目で見つめる。

「ふしゃああああああ!」
「どうしたの? ダーシャが怖いのかな? ダーシャは私の幼馴染で、いい奴なんだよ」

 毛を逆立ててダーシャを威嚇する幼子を抱き上げると、おしっこが出ているのが分かる。アデーラは幼子の服を脱がせて、オムツを替えた。
 白地に黒い縞のある耳と尻尾、銀色に黒の混じった髪の幼子を、ダーシャがじっと見ている。

「ふぎゃああああああ!」
「ダーシャ、オムツを替えているんだから、見られたら恥ずかしいよ」
「あ、アデーラ、気付いていないの?」
「え? 何が?」

 驚いた様子のダーシャにアデーラが首を傾げると、ダーシャが真剣な眼差しで呟いた。

「虎の皇子だよ!」
「え? 子猫だよ?」
「みゃー」
「ほら、みゃーって鳴いてるし」
「いやいやいや、アデーラは国王陛下とお妃さまに会っているよね? お二人が珍しいホワイトタイガーだってことを知っているよね?」

 どれだけダーシャが言っても、アデーラは目の前にいる幼子が虎だということが信じられない。

「君は虎なの?」
「にゃーにゃ」
「猫って言ってるよ?」

 幼子に問いかけても、自分は猫ですという答えしか返ってこない。

「アデーラ、これは虎!」
「ちやいー! あっち、いってぇー!」

 じたばたと腕の中で暴れる幼子が、アデーラにはダーシャの話で聞いたような凶暴な虎の皇子とは思えなかった。確かにスプーンを見て戸惑っていたが、すぐに受け入れる賢さがあったし、アデーラが寝かせたベッドも全く荒らされていない。

「ダーシャの勘違いじゃないかな?」
「虎だと思うんだけどな……」
「こんなに可愛い子猫ちゃんなのに?」
「にゃーにゃよ!」

 本人も言っているのでアデーラはそれ以上ダーシャの言葉は聞かないことにした。

「一度、獣人国に連絡してみた方がいいと思うんだけどな」

 ダーシャはそういうがアデーラは幼子を手放すことにあまり納得がいっていない。幼子は魔女の森に捨てられた可能性が高い。捨てたものを返しに行ったところで、次にはもっと確実に帰って来ない場所に捨てられるだけだ。

「この子は親に捨てられたんだよ。オムツしかはいてない姿で、私の庭の柵の魔法の蔦に絡まっていた」
「まぁ、皇子も親には捨てられていたようなもんなんだけどね」

 お妃が亡くなった悲しみに囚われて、生まれた赤ん坊を一度も見に行っていない国王陛下というのも気になる。上の皇子の生後百日のお祝いのベビードレスはアデーラに依頼が来たが、考えてみれば下の皇子の生後百日のお祝いの依頼は来ずに、もう一年以上経ってしまったのではないだろうか。

「まんまっ!」

 元気よくアデーラにご飯を強請って来る幼子に、アデーラはメニューを考え始める。生後一年ほどの幼子だが、この時期は何を食べさせればいいのだろう。

「ダーシャ、この年齢の子どもの食べるもの、知ってる?」
「よく分からないな……」
「ブランカなら知っているだろうか」

 あてにならないダーシャは置いておいて、アデーラは母のブランカに聞こうと考える。母のブランカはアデーラを含めて三人の子どもを育ててきたはずだ。
 幼子の着替えを魔法で中が拡張された腰のポーチに入れて、アデーラはブランカの元を訪ねることにした。
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