26 / 183
魔女(男)とこねこ(虎)たん
26.ルカーシュの誕生日
しおりを挟む
夏が近付いて外の日差しが強くなってきたので、外遊びの時間は減らして、涼しい風の吹く魔法のかかった室内でルカーシュとレオシュは遊ぶようになった。魔法の風がカーテンを揺らして部屋の床に薄い影を作っている。子ども部屋で刺繍をしながらアデーラはルカーシュとレオシュの様子を見ていた。
積み木でぬいぐるみの猫の家を作ってもらって、レオシュは上機嫌でぬいぐるみの猫と遊んでいる。
「まんまよー! おいちい、ちよ」
ぬいぐるみの猫に話しかけているのは、アデーラのつもりなのだろう。ぬいぐるみの猫がレオシュにとっては自分のようだった。
「ねんね? だこちる?」
ご飯を食べさせる真似をすると、次はぬいぐるみの猫を抱っこして寝かせている。自分がされたようにぬいぐるみにも接するのだとアデーラが目を細めて見ていると、薄い木の板でドミノを並べていたルカーシュがレオシュを呼んだ。積み木も使って階段を作り、ルカーシュは見事にドミノの道を作り上げている。
「レオシュ、ここをゆびでおしてごらん」
「あい! あー! しゅごいしゅごい! にぃに、しゅごいー!」
「ぜんぶたおれたね!」
「うん、たのちい!」
ドミノを倒させてもらって上機嫌のレオシュにルカーシュが声を潜めて囁いた。
「ねぇ、レオシュ、きいてもいい?」
「おはなち?」
「そう、だいじなおはなしなんだ」
真剣な表情のルカーシュにレオシュはこくこくと頷いている。ホワイトタイガーの尻尾がゆらゆらと揺れているのは好奇心に溢れているからだろう。
「ちちうえのこと、どうおもう?」
「ちちーえ! ちらい!」
「そう……。どうしても、きらい?」
「ちちーえ、れー、まっまとバイバイたてる! やーの!」
獣人の国の国王陛下が自分の『父上』であることは覚えたようだが、恐らくレオシュは『父上』の意味を分かっていない。アデーラと引き離そうとする国王陛下をレオシュはどうしても受け入れられないようだった。
『父上』という単語を聞いただけで尻尾が膨らんでしまっている。
「ぼくは、ちちうえにやさしくしてもらった。ずっとあってくれなかったけど、ちちうえのことは、きらいにはなれない」
「にぃに、ちちーえ、すち?」
「そうなんだ。ぼくはちちうえがすき。だからこまっているんだ」
「れー、ちらいよ!」
嫌いと言って譲らないレオシュに、ルカーシュが耳を垂らして尻尾を脚に巻き付ける。ルカーシュは何か言いたいことがあるのではないだろうか。刺繍枠を子ども部屋の机の上に置くと、針が魔法で自動的に針刺しに戻る。歩み寄ったアデーラにルカーシュは目にいっぱい涙を溜めていた。
「ルカーシュ、私にお話しして?」
促すとこくりと頷いたルカーシュの目からぼろりと大粒の涙が零れる。
「ぼく、もうすぐおたんじょうびでしょう? 6さいになるんだ」
「そうだね、夏にはルカーシュのお誕生日だね」
「アデーラおかあさんも、ダーシャおかあさんも、おばあさまたちも、レオシュも、みんなちちうえのことをよくおもっていないのはわかっている。でも、ぼ、ぼくは……」
言葉に詰まってしまったルカーシュの背中を撫でて抱き寄せると、ルカーシュはアデーラの胸に縋りついた。
「ちちうえにも、ひっく……ふぇ……おたんじょうびを、おいわいして、ほしい」
聡いルカーシュはアデーラとダーシャとブランカとエリシュカとレオシュが獣人の国の国王陛下をよく思っていないことは分かっていた。それでもルカーシュにとって国王陛下は父親に違いなかった。
父親にお誕生日をお祝いして欲しい。
もうすぐ6歳になる子どもがそう願うことに何の罪があるだろう。
「泣かなくていいよ、ルカーシュ。ルカーシュのお誕生日なんだから、ルカーシュのいいようにしよう」
「い、いいの?」
「その代わり、レオシュのお誕生日には、レオシュの思う通りにするから国王陛下は呼べないかもしれない。それは分かってくれるね」
「うん、それはいいよ。レオシュのおたんじょうびは、レオシュのものだからね」
あれだけ国王陛下を嫌っているレオシュのお誕生日に国王陛下を呼べば、レオシュの機嫌は悪くなってしまうだろう。それをアデーラは望んでいなかった。
ルカーシュの涙を拭いて身体を離すと、アデーラはレオシュを抱き寄せる。嫌な名前を聞いたせいか、レオシュはまだ尻尾を膨らませて、口はへの字になっていた。
「レオシュ、ルカーシュのお誕生日には、あなたたちの父上をお呼びするよ」
「やーの! ちやい!」
「レオシュはルカーシュが好き?」
「にぃに、だいすち! まっま、にぃに、ぱたんぱたんたててくれた!」
「ドミノを上手に作っていたね。ドミノを倒させてくれて楽しかった」
「たのちかた! またちたい!」
ルカーシュの話になるとレオシュはすぐに機嫌を取り戻す。本当にレオシュはルカーシュが大好きなのだとよく分かる。
「レオシュの大好きなルカーシュは、父上にお誕生日を祝って欲しいんだよ。レオシュ、分かるかな?」
「にぃに、ちちーえ、すち……」
「そうだね。レオシュが父上を嫌いだからって、ルカーシュが我慢して悲しい思いをしてもいいの?」
「にぃに、かなちい、やーの……」
「レオシュのお誕生日はレオシュの好きにさせてあげる。絶対に約束するよ。だから、ルカーシュのお誕生日に父上をお呼びしてもいいかな?」
「……あい」
2歳児の小さな頭で一生懸命考えてレオシュが出した答えはそれだった。
ルカーシュのお誕生日にアデーラとダーシャは獣人の国の国王陛下をお招きすることに決めた。
お誕生日当日はブランカの家でご馳走を食べる。広場で仲良くなったアンジェラとディアナとブラジェナとエステルも来てくれるという。
魔女の森にやってきた獣人の国の国王陛下は、同じ大きさの長方形に切られた木がたくさん入った箱を持ってきてくれた。ルカーシュがドミノにはまっていると聞いて、それ専用のよく磨かれた美しい木をプレゼントに持って来たのだ。
箱の中身を見てルカーシュが目を輝かせている。
「ちちうえ、ありがとうございます。ははうえとあそんだおもちゃはなくなってしまったけど、ちちうえからもらったおもちゃがふえました」
「ルカーシュ、私には敬語でなくていいのだよ」
「は、はい」
ぎこちない親子の会話は離れていた期間が長いので仕方がないだろう。
アデーラがレオシュを抱っこして、ダーシャがルカーシュの手を引いて森の中を歩いて行く。魔女しか通れない道を特別に国王陛下にも使わせて、アデーラとダーシャはレオシュとルカーシュを連れて、国王陛下を導いてブランカとエリシュカの家に行った。
入口で靴を脱いでルームシューズにはき替えて、中に入っていくといい香りがしている。
「お誕生日おめでとう、ルカーシュ」
「健康そうな顔をしているね。ほっぺたが薔薇色だよ」
ブランカとエリシュカに歓迎されて、ルカーシュは二人に飛び付いて行った。抱き締められてルカーシュはにこにこと笑っている。
「れーも! れーも、ちて!」
アデーラの抱っこから降りたレオシュが駆けて行ってブランカとエリシュカに抱き締められていた。
ご馳走はチキンの香草焼きとオニオングラタンスープで、食べ終わった後にはブランカからルカーシュにプレゼントがあった。
「ルカーシュはアイスクリームが好きって聞いたから、アイスクリームケーキを作ったわよ」
「アイスクリーム!? あついからたいへんじゃなかった?」
「あたしたちは魔女だよ。これくらいなんでもないさ。特に可愛い孫のためならね」
エリシュカに笑われてルカーシュは頬を染めながら目を輝かせている。大きなドーム型のアイスクリームケーキの中には苺のジャムが挟んであって、切ると断面に赤い模様が見える。
「ちちうえ、アイスクリームだよ! ぼくのすきな、アイスクリームだよ!」
興奮してルカーシュが言うのに、国王陛下は寂し気に目を細めていた。
「この子は魔女たちにこんなにも愛されている……私はこの子に何をしてやったのか」
「これから取り戻すんだよ」
「できないのだったら、孫たちは私たちが大事に育てるわ」
エリシュカとブランカに言われて、国王陛下の表情が引き締まったのが分かった。
積み木でぬいぐるみの猫の家を作ってもらって、レオシュは上機嫌でぬいぐるみの猫と遊んでいる。
「まんまよー! おいちい、ちよ」
ぬいぐるみの猫に話しかけているのは、アデーラのつもりなのだろう。ぬいぐるみの猫がレオシュにとっては自分のようだった。
「ねんね? だこちる?」
ご飯を食べさせる真似をすると、次はぬいぐるみの猫を抱っこして寝かせている。自分がされたようにぬいぐるみにも接するのだとアデーラが目を細めて見ていると、薄い木の板でドミノを並べていたルカーシュがレオシュを呼んだ。積み木も使って階段を作り、ルカーシュは見事にドミノの道を作り上げている。
「レオシュ、ここをゆびでおしてごらん」
「あい! あー! しゅごいしゅごい! にぃに、しゅごいー!」
「ぜんぶたおれたね!」
「うん、たのちい!」
ドミノを倒させてもらって上機嫌のレオシュにルカーシュが声を潜めて囁いた。
「ねぇ、レオシュ、きいてもいい?」
「おはなち?」
「そう、だいじなおはなしなんだ」
真剣な表情のルカーシュにレオシュはこくこくと頷いている。ホワイトタイガーの尻尾がゆらゆらと揺れているのは好奇心に溢れているからだろう。
「ちちうえのこと、どうおもう?」
「ちちーえ! ちらい!」
「そう……。どうしても、きらい?」
「ちちーえ、れー、まっまとバイバイたてる! やーの!」
獣人の国の国王陛下が自分の『父上』であることは覚えたようだが、恐らくレオシュは『父上』の意味を分かっていない。アデーラと引き離そうとする国王陛下をレオシュはどうしても受け入れられないようだった。
『父上』という単語を聞いただけで尻尾が膨らんでしまっている。
「ぼくは、ちちうえにやさしくしてもらった。ずっとあってくれなかったけど、ちちうえのことは、きらいにはなれない」
「にぃに、ちちーえ、すち?」
「そうなんだ。ぼくはちちうえがすき。だからこまっているんだ」
「れー、ちらいよ!」
嫌いと言って譲らないレオシュに、ルカーシュが耳を垂らして尻尾を脚に巻き付ける。ルカーシュは何か言いたいことがあるのではないだろうか。刺繍枠を子ども部屋の机の上に置くと、針が魔法で自動的に針刺しに戻る。歩み寄ったアデーラにルカーシュは目にいっぱい涙を溜めていた。
「ルカーシュ、私にお話しして?」
促すとこくりと頷いたルカーシュの目からぼろりと大粒の涙が零れる。
「ぼく、もうすぐおたんじょうびでしょう? 6さいになるんだ」
「そうだね、夏にはルカーシュのお誕生日だね」
「アデーラおかあさんも、ダーシャおかあさんも、おばあさまたちも、レオシュも、みんなちちうえのことをよくおもっていないのはわかっている。でも、ぼ、ぼくは……」
言葉に詰まってしまったルカーシュの背中を撫でて抱き寄せると、ルカーシュはアデーラの胸に縋りついた。
「ちちうえにも、ひっく……ふぇ……おたんじょうびを、おいわいして、ほしい」
聡いルカーシュはアデーラとダーシャとブランカとエリシュカとレオシュが獣人の国の国王陛下をよく思っていないことは分かっていた。それでもルカーシュにとって国王陛下は父親に違いなかった。
父親にお誕生日をお祝いして欲しい。
もうすぐ6歳になる子どもがそう願うことに何の罪があるだろう。
「泣かなくていいよ、ルカーシュ。ルカーシュのお誕生日なんだから、ルカーシュのいいようにしよう」
「い、いいの?」
「その代わり、レオシュのお誕生日には、レオシュの思う通りにするから国王陛下は呼べないかもしれない。それは分かってくれるね」
「うん、それはいいよ。レオシュのおたんじょうびは、レオシュのものだからね」
あれだけ国王陛下を嫌っているレオシュのお誕生日に国王陛下を呼べば、レオシュの機嫌は悪くなってしまうだろう。それをアデーラは望んでいなかった。
ルカーシュの涙を拭いて身体を離すと、アデーラはレオシュを抱き寄せる。嫌な名前を聞いたせいか、レオシュはまだ尻尾を膨らませて、口はへの字になっていた。
「レオシュ、ルカーシュのお誕生日には、あなたたちの父上をお呼びするよ」
「やーの! ちやい!」
「レオシュはルカーシュが好き?」
「にぃに、だいすち! まっま、にぃに、ぱたんぱたんたててくれた!」
「ドミノを上手に作っていたね。ドミノを倒させてくれて楽しかった」
「たのちかた! またちたい!」
ルカーシュの話になるとレオシュはすぐに機嫌を取り戻す。本当にレオシュはルカーシュが大好きなのだとよく分かる。
「レオシュの大好きなルカーシュは、父上にお誕生日を祝って欲しいんだよ。レオシュ、分かるかな?」
「にぃに、ちちーえ、すち……」
「そうだね。レオシュが父上を嫌いだからって、ルカーシュが我慢して悲しい思いをしてもいいの?」
「にぃに、かなちい、やーの……」
「レオシュのお誕生日はレオシュの好きにさせてあげる。絶対に約束するよ。だから、ルカーシュのお誕生日に父上をお呼びしてもいいかな?」
「……あい」
2歳児の小さな頭で一生懸命考えてレオシュが出した答えはそれだった。
ルカーシュのお誕生日にアデーラとダーシャは獣人の国の国王陛下をお招きすることに決めた。
お誕生日当日はブランカの家でご馳走を食べる。広場で仲良くなったアンジェラとディアナとブラジェナとエステルも来てくれるという。
魔女の森にやってきた獣人の国の国王陛下は、同じ大きさの長方形に切られた木がたくさん入った箱を持ってきてくれた。ルカーシュがドミノにはまっていると聞いて、それ専用のよく磨かれた美しい木をプレゼントに持って来たのだ。
箱の中身を見てルカーシュが目を輝かせている。
「ちちうえ、ありがとうございます。ははうえとあそんだおもちゃはなくなってしまったけど、ちちうえからもらったおもちゃがふえました」
「ルカーシュ、私には敬語でなくていいのだよ」
「は、はい」
ぎこちない親子の会話は離れていた期間が長いので仕方がないだろう。
アデーラがレオシュを抱っこして、ダーシャがルカーシュの手を引いて森の中を歩いて行く。魔女しか通れない道を特別に国王陛下にも使わせて、アデーラとダーシャはレオシュとルカーシュを連れて、国王陛下を導いてブランカとエリシュカの家に行った。
入口で靴を脱いでルームシューズにはき替えて、中に入っていくといい香りがしている。
「お誕生日おめでとう、ルカーシュ」
「健康そうな顔をしているね。ほっぺたが薔薇色だよ」
ブランカとエリシュカに歓迎されて、ルカーシュは二人に飛び付いて行った。抱き締められてルカーシュはにこにこと笑っている。
「れーも! れーも、ちて!」
アデーラの抱っこから降りたレオシュが駆けて行ってブランカとエリシュカに抱き締められていた。
ご馳走はチキンの香草焼きとオニオングラタンスープで、食べ終わった後にはブランカからルカーシュにプレゼントがあった。
「ルカーシュはアイスクリームが好きって聞いたから、アイスクリームケーキを作ったわよ」
「アイスクリーム!? あついからたいへんじゃなかった?」
「あたしたちは魔女だよ。これくらいなんでもないさ。特に可愛い孫のためならね」
エリシュカに笑われてルカーシュは頬を染めながら目を輝かせている。大きなドーム型のアイスクリームケーキの中には苺のジャムが挟んであって、切ると断面に赤い模様が見える。
「ちちうえ、アイスクリームだよ! ぼくのすきな、アイスクリームだよ!」
興奮してルカーシュが言うのに、国王陛下は寂し気に目を細めていた。
「この子は魔女たちにこんなにも愛されている……私はこの子に何をしてやったのか」
「これから取り戻すんだよ」
「できないのだったら、孫たちは私たちが大事に育てるわ」
エリシュカとブランカに言われて、国王陛下の表情が引き締まったのが分かった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
372
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる