魔女(男)さんとこねこ(虎)たんの日々。

秋月真鳥

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魔女(男)とこねこ(虎)たん

47.ルカーシュの家庭教師

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「ルカーシュ、本当のことを言っていいのよ」

 賢いせいで周囲のことを考えてしまうルカーシュにとって、ダーシャと二人きりでお風呂に入っているときは、内緒話ができる時間だった。アデーラは後から聞いたのだが、その日、ダーシャはルカーシュと湯船に浸かりながら話をした。

「ほんとうのこと?」
「家庭教師をあなたの父上はこの棟に来させようとしているわ。ルカーシュは家庭教師についてどう思う?」
「ぼくはおおきくなったら、こくおうか、こくおうのほさにならないといけないから、べんきょうしないと」
「それは、ルカーシュの本音? ここは私とルカーシュ二人きりで、誰も聞いていないのよ。どんなことを言っても、構わないの」

 ダーシャにそこまで言われると、ルカーシュの体が震えて来る。水色の目にいっぱいに涙を溜めて、ルカーシュは俯いて答えた。

「しらないひとが、ここにくるのは、こわい」

 急かすことなくダーシャはゆっくりとルカーシュの背中を撫で下ろしながら、話の続きを待っている。

「まえのかていきょうしは、うばといっしょになって、ぼくのおもちゃをすてた。ははうえのことをはなしちゃいけないっていった。ぼくは、すごくかなしかった」
「そうよね」
「ちちうえがえらんでくれるかていきょうしが、どんなせんせいかわからないけど、ぼくは、こわい」

 震えるルカーシュをダーシャが抱き締める。ダーシャの豊かな褐色の胸に抱き締められてルカーシュはぽろぽろと涙を流していた。

「やっぱり、家庭教師は早すぎると思うのよ」
「私もそう思っていた」

 ダーシャから話を聞いたアデーラは、ダーシャに同意していた。家庭教師から勉強を習う年齢になっているのは分かるのだが、ルカーシュには家庭教師に嫌な思い出が多すぎる。それを乗り越えて新しい家庭教師と出会うには、まだ早すぎる。

「お茶のカウンターは午後だけにして、午前中は私がルカーシュに勉強を教えようかしら」
「それがいいかもしれないね」

 ダーシャとアデーラで話し合って決めていたが、ルカーシュの心を変えさせたのはイロナだった。イロナももう6歳で今年の春から学校に通う年になっている。

「わたし、がっこうにかようのよ。がっこうからかえってきたら、おみせにいくんだけど」
「イロナちゃんは、がっこうにいっちゃうの」
「うん。すごくたのしみ」

 目を輝かせているイロナに、ルカーシュも心が動いたようだった。

「ぼくもべんきょうしないといけない」
「がっこうでべんきょうするのがすごくたのしみなの! いまよりもっとむずかしいほんが、よめるようになるわ」
「ぼくも、いまよりむずかしいほんが、よめるようになりたい」

 家庭教師は怖いが、学びへの欲はルカーシュは人一倍強くあった。勉強の専門家ではないダーシャが、6歳で覚えることは全部覚えてしまっていそうなルカーシュをどこまで教えられるかは分からない。
 イロナとルカーシュの会話を聞きながら迷っていると、休憩にやってきたヘドヴィカがため息を吐いていた。

「母の仕事が見付からないんです。母は下級貴族の家庭教師をしていたのですが、フベルトを産んでから休んでいる間に、新しいひとが雇われてしまって。次の働き先を探しても、平民だから雇ってもらえないんです」

 ヘドヴィカの言葉にアデーラとダーシャは身を乗り出してしまった。ヘドヴィカとイロナとフベルトの母親が、家庭教師をしていただなんて聞いていない。

「学校の仕事をしていたんですけど、その契約も切れてしまうんです。フベルトが病気をしたりして、去年から今年にかけて休むことが多かったから、評価が下がってしまったんです」

 小さい子どもは体調を崩しやすい。フベルトの体調不良を理由に休んでいたら、学校はヘドヴィカの母親と契約を切ると決めたようだ。次の働き先を今探しているようだが、なかなか見つからないとヘドヴィカは表情を曇らせていた。

「ヘドヴィカちゃんのお母さんは、貴族の家庭教師をしたことがあるんだよね?」
「はい。下級貴族でしたが、女の子だったのでどうしても女性の家庭教師がいいと言われて、母が仕事を引き受けました。イロナが産まれて、フベルトが産まれて、母は休むことになってから、家庭教師の仕事はもらえていませんが」
「一度、ヘドヴィカちゃんのお母さんに、この店に来てもらうようにお願いしていいかな? 今、ルカーシュの家庭教師を探しているんだ」

 アデーラがお願いすると、ヘドヴィカは小さく頷いて了承してくれた。
 数日後、ヘドヴィカの母親が店にやってきた。灰色の長い髪を纏めた女性で、ほっそりとしていて顔立ちはヘドヴィカに似て優し気である。
 ドアを潜って離れの棟に連れて行くとイロナとフベルトが駆け寄って来た。

「おかあさん!」
「まっまー! みてみて、このけん、あーさんがつくってくれたんだよ!」
「このおめんは、わたしがつくったの」

 誇らしげに母親に木の棒でアデーラが作った木刀と、イロナが作ったお面を見せているフベルトとイロナの髪を彼女は優しく撫でる。二人ともふさふさの尻尾をぶんぶんと振って嬉しそうにしている。

「初めまして、ヘドヴィカとイロナとフベルトの母、ヘルミーナです」
「初めまして。ヘドヴィカちゃんは店でよく働いてくれていますし、イロナちゃんはルカーシュと仲良しで、フベルトくんはレオシュと仲良しですよ」
「皇子様方と一緒に遊ばせてもらえるなんて、本当に光栄なことです」
「レオシュにもルカーシュにも、同世代の友人が必要でした」

 話をしてから、アデーラはおやつのロールケーキの仕上げに入る。オーブンで焼いていた生地を粗熱を取って、クリームとフルーツをたっぷりと乗せて、シロップをしみこませながら丁寧に巻いていく。
 巻き上がったロールケーキを切って、アデーラはお皿に乗せてテーブルに並べた。
 ヘドヴィカとダーシャも休憩で戻ってくる。レオシュとルカーシュとイロナとフベルトはお手洗いを済ませて、手を洗って椅子に座る。ロイヤルミルクティーを淹れて、カップに注いで置いて行くと、ふうふうと吹き冷ましながら、レオシュとフベルトとルカーシュとイロナが飲む。フォークでロールケーキを切って食べるルカーシュとイロナは上品だが、レオシュとフベルトは突き刺してそのまま齧り始めた。

「切ってあげるよ」
「まっま、してー!」
「ふーも、してー!」

 レオシュの分もフベルトの分も一口サイズに切り分けたアデーラに、ヘルミーナが驚きながら恐縮している。

「皇子様たちと同じおやつを食べさせていただいているだけでなく、世話までしていただいているなんて」
「フベルトくんが来てくれたおかげで、レオシュも楽しそうです。これくらいは全然気になりませんよ」
「ありがとうございます」

 深々と頭を下げるヘルミーナは平民だが、貴族の家庭教師をしていたというだけはあって、所作も美しかった。

「ルカーシュ、この方はヘルミーナさん。イロナちゃんとフベルトくんとヘドヴィカちゃんのお母さんだよ」
「はじめまして、ルカーシュです。あっちでフベルトくんのおとなりにすわっているのが、おとうとのレオシュです」
「れー、レオシュ!」
「とても聡明な皇子様ですね。お二人とも、挨拶ができて素晴らしいです」

 イロナとフベルトとヘドヴィカの母親ということで完全に緊張の解けているルカーシュに、アデーラは提案してみた。

「ヘルミーナさんは貴族の家庭教師をしていたみたいなんだ。ルカーシュ、ヘルミーナさんを家庭教師に迎えるというのはどうかな?」
「イロナちゃんのおかあさん……ぼく、こわくない」
「おこると、すっごいこわいんだからね?」
「そうなの? いけないことをしたら、ちゃんとおこってほしいな」

 怖くないというルカーシュにイロナは怖いというが、ルカーシュは間違ったことをしたら叱って欲しいとはっきりと答えた。

「私が皇子様の家庭教師でよいのでしょうか?」
「国王陛下には文句は言わせません。ルカーシュが心を許して、学ぶことができるかが大事なのです」
「ルカーシュ皇子様、私に教えさせていただけますか?」
「あの……おうじさまっていうのは、やめてもらえますか? ぼく、イロナちゃんとなかよしなんです。ルカーシュってよばれたいです」
「呼び捨てにするのは畏れ多いので、ルカーシュ様とお呼びすればいいですか?」
「それならだいじょうぶです」

 ルカーシュはヘルミーナに自分の意見を言えている。アデーラはダーシャを見た。

「どう思う、ダーシャ?」
「私は、ヘルミーナさんは最高の人選だと思うわ。ただ、周囲が何を言うかよね」
「ヘルミーナさん一家を私は守りたいと思うんだけど」

 ヘドヴィカがイロナとフベルトを連れて来たときから、アデーラは気になっていた。王家と関わりのある仕事についているヘドヴィカとイロナとフベルトが、危険に晒されないかどうか。できることならば、一家を王宮の敷地内に住ませて守りたい。
 ヘルミーナのことにかんして、アデーラは国王陛下に反対をさせるつもりはなかった。
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