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魔女(男)とこねこ(虎)たん
58.ヘルミーナとの大人の会話
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教材が増えた。ヘルミーナが用意してくれた黒い薄い板のようなものを透かして、ルカーシュとイロナが太陽の観察をしている。観察した太陽の形をルカーシュとイロナは画用紙に書いていた。
「にぃに、れーもみせて」
「いーねぇね、ふーもみたい!」
纏わりついてくるレオシュとフベルトに、ルカーシュとイロナは言い聞かせる。
「ぜったいに、じかにみちゃダメだからね?」
「このいたをとおしてしか、みちゃだめよ?」
「わかった!」
「うん、そのいたをとおしてみるよ」
「ぼくといっしょにみようね」
「わたしがみせてあげるからね」
「ありがとう、にぃに」
「ありがとう、いーねぇね」
少し屈んでレオシュの目の前に板を翳すルカーシュと、フベルトを後ろから抱っこするようにして板を目の前に翳すイロナ。二人に見せてもらってレオシュとフベルトも興奮している。
「あかくもえてるのがみえる!」
「あれがたいよう?」
「そうだよ、たいようだよ」
「たいようのまわりでもえているのが、プロミネンスよ」
教えているルカーシュとイロナに、分かっているのかいないのか、レオシュとフベルトは水色と緑の目を見開いて太陽を見詰めていた。
ウッドデッキで子どもたちの様子を見ながら縫物をしているアデーラにヘルミーナが近寄る。ヘルミーナも今日の授業は道具を自由に使わせることで、指導を入れるつもりはないようだ。
「イロナもフベルトも、この棟に来るようになってから、明るくなりました」
「そうなのですか?」
最初から元気いっぱいのフベルトと、大人しく利発なイロナの記憶しかないが、最初は服も汚れたものを着ていて、着替えも持っていなかった。着替えを持ってくるようになって、ヘルミーナを紹介されて家庭教師として雇うことを決めて、イロナとフベルトは貴族の子どもになって格好も食べるものも全く変わってしまった。
「パンと野菜くずの入ったスープくらいしか食べられなくて、古着を着せていたのが、今では清潔で新品の服を着て、美味しいものを毎日食べています。私が家庭教師として雇われる前も、アデーラ様の家に行けば美味しいものがあるとフベルトは何度も私に語ってくれたんですよ」
フベルトにとっても、イロナにとっても、アデーラの作る料理やおやつは衝撃的だったようだ。
「最初は魔女の店でヘドヴィカが働くのが心配だったけれど、フベルトとイロナも連れて行っていいことになって、被服費も出て、美味しいご飯やおやつをいただいて、最終的には私まで雇っていただいた。アデーラ様とダーシャ様と国王陛下にはとても感謝しているのです」
国王陛下がお妃様の実家に働きかけてヘルミーナを子どものいない遠縁の養子にすることができなければ、ヘルミーナはルカーシュの家庭教師にはなれなかった。
前の家庭教師のせいで、家庭教師というものを怖がるルカーシュにとっては、イロナの母親という時点でヘルミーナは最適の人材に違いなかった。アデーラもダーシャもそれを確信していたからヘルミーナを家庭教師に推した。国王陛下の働きがなければヘルミーナは家庭教師になれていないが、大前提としてルカーシュの承諾とアデーラとダーシャが認めたからというのははっきりしていた。
「ヘルミーナさんがルカーシュの個性を伸ばす授業をしてくれるおかげで、ルカーシュも活き活きしています」
「ルカーシュ様は本当に聡明で、気象に興味がおありなのですね」
「雪の結晶を観察していたときからそうかと思っていましたが、そのようでしたね」
「この国では気象学はまだ確立されていません。ルカーシュ様がそれを確立していくのではないかと私は思っています」
国王や補佐になるための帝王学ではなく、ヘルミーナはルカーシュの興味を持っている気象学の方を中心に考えている。国王や補佐になっても研究は生涯続けられる。帝王学ではなく、趣味としての研究を一つくらい持っていた方が、ルカーシュのためになるのではないかとアデーラは考えていた。
「アデーラ様の魔法は服飾品に宿るのですよね?」
ふと問いかけられて、アデーラは頷く。
「私の魔法はそうですね。私の母のブランカは料理に関する魔法を使えて、もう一人の母のエリシュカは医学に関する魔法を使えます。ダーシャはエリシュカの才能を引き継いで、薬効のあるお茶を淹れたり、薬を調合したりできます」
「魔女も様々なのですね……この世界では魔女だけが魔法を使える。私はそう習っています」
ヘルミーナの言葉にアデーラは赤い目を瞬かせる。
「一応、そうなっていますね。実のところ、世界の端々まで見渡せるものがいたわけではないので、まだ到達したことのない土地、交流のない場所には魔女以外でも魔法を使えるものがいるのかもしれませんが、今のところ、魔法を使えると確実に言えるのは魔女だけです」
この世界では魔女だけが魔法を使える。この世界と行っても魔女の森のある大陸と周辺の島々の情報だけしかアデーラたち魔女にも入って来ない。遠い遠い海の向こうに魔法を使える一族がいたとしても、何もおかしくはない。
それでも、今のところ正式に認定されている魔法を使える一族は魔女だけだ。魔女は子どもを産んでも必ず女性しか生まれず、魔女として育てられるので、魔法を使える一族は魔女だけだと言ってもおかしくはない。
「魔女の一族は女性しか生まれないのですよね」
「相手の一族がどんな一族でも、魔女の一族で生まれる子どもは女性で、父親の特徴を全く持っていません。母親にそっくりで、母親の特徴だけを持って生まれます」
それも魔女の重要な特性だった。
例え父親が獣人であろうとも、生まれて来る子どもは獣人の特徴は持っておらず、完全に母親の特徴だけを受け継いで生まれて来る。
アデーラも父親のことをブランカが話したことはないが、ブランカと同じ白い髪に赤い目で、肌も白い。ブランカの胸が豊かで背が高いところも似たのだろうが、アデーラは男性なのでかなりがっしりとして厳つくなってしまった。
「女性の特徴だけを持って生まれる一族……魔女は不思議ですね」
「私はなぜか男性として生まれてしまいましたがね」
苦笑するアデーラにヘルミーナは初めてそのことに気付いたかのようにじっとアデーラを見詰める。
「話すときの柔らかさや、私を異性と見ていない感じから、アデーラ様はどこからどう見ても男性なのに、そんな気がしていませんでした」
「私が女性の中で育てられたからでしょうね」
アデーラが笑うと、ヘルミーナが目を細める。
「そういう優しいところをレオシュ様は慕って『ママ』と呼んでいるのでしょうね」
レオシュに出会って、アデーラは「ママ」になれた。自分が子どもを持つことは一生ないだろうと考えていたのに、レオシュはアデーラを母親だと認識した。レオシュにとっては母親の記憶はなく、優しくしてくれた相手もおらず、アデーラだけが初めてレオシュに愛情をもって触れた相手なのだろう。
「私のことはこれまで通りに、男性と思わなくていいですよ。ヘルミーナさんは母親として先輩だ。これからたくさんのことを教えてくれるとありがたいです」
アデーラが言えばヘルミーナが目を伏せる。ふさふさの耳が垂れている。
「私はいい母親ではありませんでした。夫が死んでから、子どものことは全部ヘドヴィカに任せて、ヘドヴィカだってまだ15歳なのに、働きに出ながら、フベルトとイロナの面倒を見てくれた」
「それは仕方がなかったのでしょう?」
フベルトが産まれてすぐに夫を亡くしているヘルミーナは、産後体調を崩していた。体調が戻った後も、働かなければ子どもたちを食べさせていくことができなかった。そのせいで子どもたちの世話ができなかったのならば、それはヘルミーナの責任ではない。
「私は国王陛下の気持ちが分かる気がするのですよ。自分の息子たちと触れ合いたくても、できなかった気持ちが」
私も夫を亡くしたときには悲しみで子育てどころではなかった。
吐露したヘルミーナに、アデーラは静かにその言葉を聞く。ヘルミーナの存在が、国王陛下を変えるのではないかという可能性を考えながら。
「にぃに、れーもみせて」
「いーねぇね、ふーもみたい!」
纏わりついてくるレオシュとフベルトに、ルカーシュとイロナは言い聞かせる。
「ぜったいに、じかにみちゃダメだからね?」
「このいたをとおしてしか、みちゃだめよ?」
「わかった!」
「うん、そのいたをとおしてみるよ」
「ぼくといっしょにみようね」
「わたしがみせてあげるからね」
「ありがとう、にぃに」
「ありがとう、いーねぇね」
少し屈んでレオシュの目の前に板を翳すルカーシュと、フベルトを後ろから抱っこするようにして板を目の前に翳すイロナ。二人に見せてもらってレオシュとフベルトも興奮している。
「あかくもえてるのがみえる!」
「あれがたいよう?」
「そうだよ、たいようだよ」
「たいようのまわりでもえているのが、プロミネンスよ」
教えているルカーシュとイロナに、分かっているのかいないのか、レオシュとフベルトは水色と緑の目を見開いて太陽を見詰めていた。
ウッドデッキで子どもたちの様子を見ながら縫物をしているアデーラにヘルミーナが近寄る。ヘルミーナも今日の授業は道具を自由に使わせることで、指導を入れるつもりはないようだ。
「イロナもフベルトも、この棟に来るようになってから、明るくなりました」
「そうなのですか?」
最初から元気いっぱいのフベルトと、大人しく利発なイロナの記憶しかないが、最初は服も汚れたものを着ていて、着替えも持っていなかった。着替えを持ってくるようになって、ヘルミーナを紹介されて家庭教師として雇うことを決めて、イロナとフベルトは貴族の子どもになって格好も食べるものも全く変わってしまった。
「パンと野菜くずの入ったスープくらいしか食べられなくて、古着を着せていたのが、今では清潔で新品の服を着て、美味しいものを毎日食べています。私が家庭教師として雇われる前も、アデーラ様の家に行けば美味しいものがあるとフベルトは何度も私に語ってくれたんですよ」
フベルトにとっても、イロナにとっても、アデーラの作る料理やおやつは衝撃的だったようだ。
「最初は魔女の店でヘドヴィカが働くのが心配だったけれど、フベルトとイロナも連れて行っていいことになって、被服費も出て、美味しいご飯やおやつをいただいて、最終的には私まで雇っていただいた。アデーラ様とダーシャ様と国王陛下にはとても感謝しているのです」
国王陛下がお妃様の実家に働きかけてヘルミーナを子どものいない遠縁の養子にすることができなければ、ヘルミーナはルカーシュの家庭教師にはなれなかった。
前の家庭教師のせいで、家庭教師というものを怖がるルカーシュにとっては、イロナの母親という時点でヘルミーナは最適の人材に違いなかった。アデーラもダーシャもそれを確信していたからヘルミーナを家庭教師に推した。国王陛下の働きがなければヘルミーナは家庭教師になれていないが、大前提としてルカーシュの承諾とアデーラとダーシャが認めたからというのははっきりしていた。
「ヘルミーナさんがルカーシュの個性を伸ばす授業をしてくれるおかげで、ルカーシュも活き活きしています」
「ルカーシュ様は本当に聡明で、気象に興味がおありなのですね」
「雪の結晶を観察していたときからそうかと思っていましたが、そのようでしたね」
「この国では気象学はまだ確立されていません。ルカーシュ様がそれを確立していくのではないかと私は思っています」
国王や補佐になるための帝王学ではなく、ヘルミーナはルカーシュの興味を持っている気象学の方を中心に考えている。国王や補佐になっても研究は生涯続けられる。帝王学ではなく、趣味としての研究を一つくらい持っていた方が、ルカーシュのためになるのではないかとアデーラは考えていた。
「アデーラ様の魔法は服飾品に宿るのですよね?」
ふと問いかけられて、アデーラは頷く。
「私の魔法はそうですね。私の母のブランカは料理に関する魔法を使えて、もう一人の母のエリシュカは医学に関する魔法を使えます。ダーシャはエリシュカの才能を引き継いで、薬効のあるお茶を淹れたり、薬を調合したりできます」
「魔女も様々なのですね……この世界では魔女だけが魔法を使える。私はそう習っています」
ヘルミーナの言葉にアデーラは赤い目を瞬かせる。
「一応、そうなっていますね。実のところ、世界の端々まで見渡せるものがいたわけではないので、まだ到達したことのない土地、交流のない場所には魔女以外でも魔法を使えるものがいるのかもしれませんが、今のところ、魔法を使えると確実に言えるのは魔女だけです」
この世界では魔女だけが魔法を使える。この世界と行っても魔女の森のある大陸と周辺の島々の情報だけしかアデーラたち魔女にも入って来ない。遠い遠い海の向こうに魔法を使える一族がいたとしても、何もおかしくはない。
それでも、今のところ正式に認定されている魔法を使える一族は魔女だけだ。魔女は子どもを産んでも必ず女性しか生まれず、魔女として育てられるので、魔法を使える一族は魔女だけだと言ってもおかしくはない。
「魔女の一族は女性しか生まれないのですよね」
「相手の一族がどんな一族でも、魔女の一族で生まれる子どもは女性で、父親の特徴を全く持っていません。母親にそっくりで、母親の特徴だけを持って生まれます」
それも魔女の重要な特性だった。
例え父親が獣人であろうとも、生まれて来る子どもは獣人の特徴は持っておらず、完全に母親の特徴だけを受け継いで生まれて来る。
アデーラも父親のことをブランカが話したことはないが、ブランカと同じ白い髪に赤い目で、肌も白い。ブランカの胸が豊かで背が高いところも似たのだろうが、アデーラは男性なのでかなりがっしりとして厳つくなってしまった。
「女性の特徴だけを持って生まれる一族……魔女は不思議ですね」
「私はなぜか男性として生まれてしまいましたがね」
苦笑するアデーラにヘルミーナは初めてそのことに気付いたかのようにじっとアデーラを見詰める。
「話すときの柔らかさや、私を異性と見ていない感じから、アデーラ様はどこからどう見ても男性なのに、そんな気がしていませんでした」
「私が女性の中で育てられたからでしょうね」
アデーラが笑うと、ヘルミーナが目を細める。
「そういう優しいところをレオシュ様は慕って『ママ』と呼んでいるのでしょうね」
レオシュに出会って、アデーラは「ママ」になれた。自分が子どもを持つことは一生ないだろうと考えていたのに、レオシュはアデーラを母親だと認識した。レオシュにとっては母親の記憶はなく、優しくしてくれた相手もおらず、アデーラだけが初めてレオシュに愛情をもって触れた相手なのだろう。
「私のことはこれまで通りに、男性と思わなくていいですよ。ヘルミーナさんは母親として先輩だ。これからたくさんのことを教えてくれるとありがたいです」
アデーラが言えばヘルミーナが目を伏せる。ふさふさの耳が垂れている。
「私はいい母親ではありませんでした。夫が死んでから、子どものことは全部ヘドヴィカに任せて、ヘドヴィカだってまだ15歳なのに、働きに出ながら、フベルトとイロナの面倒を見てくれた」
「それは仕方がなかったのでしょう?」
フベルトが産まれてすぐに夫を亡くしているヘルミーナは、産後体調を崩していた。体調が戻った後も、働かなければ子どもたちを食べさせていくことができなかった。そのせいで子どもたちの世話ができなかったのならば、それはヘルミーナの責任ではない。
「私は国王陛下の気持ちが分かる気がするのですよ。自分の息子たちと触れ合いたくても、できなかった気持ちが」
私も夫を亡くしたときには悲しみで子育てどころではなかった。
吐露したヘルミーナに、アデーラは静かにその言葉を聞く。ヘルミーナの存在が、国王陛下を変えるのではないかという可能性を考えながら。
応援ありがとうございます!
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