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魔女(男)とこねこ(虎)たん 2
61.ルカーシュとレオシュの祖父母
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ヘルミーナ一家が子爵夫妻と会う場所は、ルカーシュとレオシュの祖父母の家に決まった。ヘルミーナを子爵夫妻の養子にするのを決めたのはルカーシュとレオシュの祖父母なので、そうなってもおかしくはなかった。
ヘルミーナ一家の方もアデーラとダーシャとルカーシュとレオシュと一緒に公爵家のお屋敷に行くことができるので、その点は安心しただろう。
移転の魔法で向かった公爵家のお屋敷は、王都から遠く離れていた。オルシャーク公爵の治めるオルシャーク領まで出向くことにはなったが、アデーラとダーシャにとっては魔法があるので移動はそれほど苦痛でもなかった。
「れっしゃにのりたいな」
「今回は時間がないから、今度乗ろうね」
「れっしゃ、おおきくてかっこいいんだろうな」
レオシュは列車に乗ることを期待していたが、列車に乗って王都からオルシャーク領に行くには半日はかかってしまう。それだけの時間、ヘルミーナとヘドヴィカとイロナとフベルト、アデーラとダーシャとルカーシュとレオシュが列車に乗っているのは、あまり現実的ではなかったので、可愛いレオシュの頼みだったが、アデーラは魔法で行くことを選んだ。
「れっしゃ、のりたかったな」
「また今度にしようね」
「こんどって、いつ?」
「いつかなぁ」
具体的な日にちを言えないアデーラに、レオシュは若干不満そうな顔をしていたが、しばらくアデーラの膝の上に抱っこされて撫でられていた。
「まほうでいけるなんて、すごいな! ちがうりょうちに、いっしゅんでいけちゃうんだぜ!」
目を煌めかせているフベルトの姿を見て、レオシュがぴょんとアデーラの膝から降りる。もう不満そうな顔はしていない。
「だーのまほうだよ」
「私はいつまで『だー』なのかしら」
「だーは、だーだよ?」
文句を言うダーシャに、レオシュはすました顔で答えている。
「おじい様とおばあ様に会うんだよ。ダーシャお母さんのこと、いつまでも『だー』ってよんでたら、赤ちゃんと思われちゃうかもしれない」
ルカーシュに言われてレオシュはびくりと肩を震わせる。「赤ちゃん」という単語がレオシュの心に響いたようだ。
「れー、あかちゃんじゃない!」
「それなら、ダーシャお母さんのことはなんて言うの?」
「だー……かあさん」
「おかあさん、だよ?」
「だーおかあさん! これでいい?」
大きな声で言って主張するレオシュに、ルカーシュがにっこり笑ってレオシュを撫でている。ルカーシュもレオシュに自分の意志をしっかりと貫けるようになったことをアデーラは驚きながら見ていた。
特別に刺繍した綺麗な服をレオシュに着せて、ルカーシュは自分でボタンも細々と上手に留めて着替えて、アデーラとダーシャも余所行き用の服を着る。普段からダーシャは豪華なドレスを着ているが、今日は黒地に紫のレースのマーメードラインのドレスを着ていた。アデーラも黒いシャツと黒いパンツを着る。
魔女にとっては黒という色が正式な色なので、アデーラもダーシャも黒い服を着ていてもレオシュもルカーシュもイロナもフベルトも気にはしない。
ヘルミーナもアデーラの作ったワンピースを着ているし、ヘドヴィカもアデーラの作ったシャツとスカートを着ているし、イロナもフベルトもアデーラの作った服を着ていた。
準備ができるとダーシャが移転の魔法を紡ぐ。
飛んだ先はオルシャーク領のお屋敷の庭に続く門の前だった。王都よりも温暖なオルシャーク領は雪が降る気配がなく、この季節でも庭に冬薔薇が咲いていた。
「ママ、おはな! おはながさいてる!」
「オルシャーク領は暖かいからね」
「ママにあげたい!」
「勝手に取っちゃダメだよ」
アデーラが門の中に走り込もうとするレオシュを止める。手を繋いでゆっくりと庭を歩いて行くと、来訪者の気配に使用人が玄関を開けて待っていた。
「私は魔女のアデーラ。レオシュとルカーシュの親です」
「私が、魔女のダーシャ。アデーラと同じく、レオシュとルカーシュの母親よ」
母親と主張する勇気はなかったが、親であることは確かなのではっきりとアデーラが告げると、代わりにダーシャが母親だと主張してくれる。男の魔女と女の魔女の二人にルカーシュとレオシュが養育されていることは、二人の祖父母も聞き及んでいるだろう。
「奥様と旦那様は応接室でお待ちです」
「ペツィナ子爵もお待ちです」
ペツィナ子爵というのがヘルミーナを養子に迎えてくれた夫婦のようだった。応接室まで長い廊下を歩いて行く。王宮もかなり広かったが、この屋敷も相当広い。オルシャーク領を治める公爵として、オルシャーク夫妻は存分に力を持っているのだろう。
応接室に行くと、黄色っぽい虎の獣人の男女と、山猫の獣人の男女が待っていた。虎の獣人はルカーシュとレオシュを見て息を飲んでいる。
「あなた、リリアナにそっくりですよ」
「こんなに可愛い子たちが……」
感極まっている二人に、アデーラとダーシャが挨拶をする。
「アデーラ・カサロヴァーです。初めまして」
「ダーシャ・ソイコヴァーよ。レオシュとルカーシュの母親で、魔女だわ」
名乗るアデーラとダーシャに、虎の獣人も名乗って来る。
「バジンカ・オルシャークです。ルカーシュ様とレオシュ様の母親、リリアナの父です」
「マルケータ・オルシャーコヴァーです。ルカーシュ様とレオシュ様の母親のリリアナの、母です」
バジンカがルカーシュとレオシュの祖父で、マルケータがルカーシュとレオシュの祖母のようだった。アデーラにくっ付いて緊張して尻尾をたわしのように膨らませているレオシュと対照的に、ルカーシュが照れながら前に出る。
「ルカーシュ・ブラーハです。おじい様、おばあ様、初めまして」
「まだ7歳なのにこんなに立派にご挨拶ができるんですか?」
「ルカーシュ様は、なんて賢い」
おずおずと手を伸ばすバジンカとマルケータに、ルカーシュは近寄っていく。
「様なんて、言わないでください。僕は、おじい様とおばあ様のまごです」
「いいえ、私たちはあなたの祖父母と言えるようなことは何もできていない」
「宰相の圧に負けて、口出しすることができず、領地も離れていたので、ルカーシュ様をお守りすることができませんでした」
手を伸ばせば撫でられる距離にいるのに、バジンカとマルケータは伸ばしかけた手を降ろしてしまう。撫でてもらえなかったルカーシュは寂しそうに耳を垂れさせている。
「おじい様とおばあ様は、ヘルミーナ先生が僕のかていきょうしになれるように、じんりょくしてくださったと聞いています。ヘルミーナ先生にべんきょうを習って、僕、毎日とてもたのしいんです!」
明るく言うルカーシュにバジンカとマルケータがペツィナ子爵夫妻の方を見た。ペツィナ子爵夫妻は大人しく控えている。
「ペツィナ子爵には跡継ぎがおりませんでした。私たちの遠縁で、オルシャークの家門全体の利益となると説得してヘルミーナ殿を養子に迎えてもらいました」
「国王陛下からお話が来たときには驚きましたが、私たちはリリアナが亡くなってから、ルカーシュのために何もしてやれなかった。これくらいしかしてやれることがなかったのです」
心底悔いている様子のバジンカとマルケータに、ルカーシュは気付いたようだ。水色の目を煌めかせてマルケータの顔を見上げる。
「おばあ様も、自分のことを『私』と言うのですね」
「お恥ずかしい……。王都と違ってオルシャーク領は田舎でしょう? 自分のことを『わたくし』という風習が私にはなくて……」
「母上も、自分のことを『私』と言っていたと聞きました。僕が自分のことを『僕』と言うのは、母上が『どうして女性だけが自分のことを「わたくし」と言わなければいけないのか』とおこって、僕に自由をあたえたかったからなんです」
水色の目を煌めかせながら言うルカーシュにマルケータが青い目を大きく見開く。
「リリアナがそんなことを言ったのですね……。あの子はオルシャーク領で本当に自由に奔放に育ちました。私たちも活き活きとしたリリアナが本当に大好きだった……」
「リリアナ……」
亡き娘を思い出して涙するマルケータとバジンカに、ルカーシュがポケットからハンカチを取り出す。綺麗にアデーラの刺繍が施されたハンカチを差し出されて、バジンカとマルケータは驚いている。
「これは厄除けの蔦模様と、破魔の瞳」
「こんな小物にまで刺繍を施していただいて、ルカーシュ様は大事にされているのですね」
ルカーシュにとっては幼い頃からずっと使っているものなので普通に差し出しただけだが、貴族であるバジンカとマルケータはその価値にすぐに気付いたようだ。
「この服も、ポーチも、ぜんぶアデーラお母さんが作ってくれました」
全身を見せるようにゆっくり一回りして見せるルカーシュに、バジンカとマルケータの目がますます丸く見開かれた。
ヘルミーナ一家の方もアデーラとダーシャとルカーシュとレオシュと一緒に公爵家のお屋敷に行くことができるので、その点は安心しただろう。
移転の魔法で向かった公爵家のお屋敷は、王都から遠く離れていた。オルシャーク公爵の治めるオルシャーク領まで出向くことにはなったが、アデーラとダーシャにとっては魔法があるので移動はそれほど苦痛でもなかった。
「れっしゃにのりたいな」
「今回は時間がないから、今度乗ろうね」
「れっしゃ、おおきくてかっこいいんだろうな」
レオシュは列車に乗ることを期待していたが、列車に乗って王都からオルシャーク領に行くには半日はかかってしまう。それだけの時間、ヘルミーナとヘドヴィカとイロナとフベルト、アデーラとダーシャとルカーシュとレオシュが列車に乗っているのは、あまり現実的ではなかったので、可愛いレオシュの頼みだったが、アデーラは魔法で行くことを選んだ。
「れっしゃ、のりたかったな」
「また今度にしようね」
「こんどって、いつ?」
「いつかなぁ」
具体的な日にちを言えないアデーラに、レオシュは若干不満そうな顔をしていたが、しばらくアデーラの膝の上に抱っこされて撫でられていた。
「まほうでいけるなんて、すごいな! ちがうりょうちに、いっしゅんでいけちゃうんだぜ!」
目を煌めかせているフベルトの姿を見て、レオシュがぴょんとアデーラの膝から降りる。もう不満そうな顔はしていない。
「だーのまほうだよ」
「私はいつまで『だー』なのかしら」
「だーは、だーだよ?」
文句を言うダーシャに、レオシュはすました顔で答えている。
「おじい様とおばあ様に会うんだよ。ダーシャお母さんのこと、いつまでも『だー』ってよんでたら、赤ちゃんと思われちゃうかもしれない」
ルカーシュに言われてレオシュはびくりと肩を震わせる。「赤ちゃん」という単語がレオシュの心に響いたようだ。
「れー、あかちゃんじゃない!」
「それなら、ダーシャお母さんのことはなんて言うの?」
「だー……かあさん」
「おかあさん、だよ?」
「だーおかあさん! これでいい?」
大きな声で言って主張するレオシュに、ルカーシュがにっこり笑ってレオシュを撫でている。ルカーシュもレオシュに自分の意志をしっかりと貫けるようになったことをアデーラは驚きながら見ていた。
特別に刺繍した綺麗な服をレオシュに着せて、ルカーシュは自分でボタンも細々と上手に留めて着替えて、アデーラとダーシャも余所行き用の服を着る。普段からダーシャは豪華なドレスを着ているが、今日は黒地に紫のレースのマーメードラインのドレスを着ていた。アデーラも黒いシャツと黒いパンツを着る。
魔女にとっては黒という色が正式な色なので、アデーラもダーシャも黒い服を着ていてもレオシュもルカーシュもイロナもフベルトも気にはしない。
ヘルミーナもアデーラの作ったワンピースを着ているし、ヘドヴィカもアデーラの作ったシャツとスカートを着ているし、イロナもフベルトもアデーラの作った服を着ていた。
準備ができるとダーシャが移転の魔法を紡ぐ。
飛んだ先はオルシャーク領のお屋敷の庭に続く門の前だった。王都よりも温暖なオルシャーク領は雪が降る気配がなく、この季節でも庭に冬薔薇が咲いていた。
「ママ、おはな! おはながさいてる!」
「オルシャーク領は暖かいからね」
「ママにあげたい!」
「勝手に取っちゃダメだよ」
アデーラが門の中に走り込もうとするレオシュを止める。手を繋いでゆっくりと庭を歩いて行くと、来訪者の気配に使用人が玄関を開けて待っていた。
「私は魔女のアデーラ。レオシュとルカーシュの親です」
「私が、魔女のダーシャ。アデーラと同じく、レオシュとルカーシュの母親よ」
母親と主張する勇気はなかったが、親であることは確かなのではっきりとアデーラが告げると、代わりにダーシャが母親だと主張してくれる。男の魔女と女の魔女の二人にルカーシュとレオシュが養育されていることは、二人の祖父母も聞き及んでいるだろう。
「奥様と旦那様は応接室でお待ちです」
「ペツィナ子爵もお待ちです」
ペツィナ子爵というのがヘルミーナを養子に迎えてくれた夫婦のようだった。応接室まで長い廊下を歩いて行く。王宮もかなり広かったが、この屋敷も相当広い。オルシャーク領を治める公爵として、オルシャーク夫妻は存分に力を持っているのだろう。
応接室に行くと、黄色っぽい虎の獣人の男女と、山猫の獣人の男女が待っていた。虎の獣人はルカーシュとレオシュを見て息を飲んでいる。
「あなた、リリアナにそっくりですよ」
「こんなに可愛い子たちが……」
感極まっている二人に、アデーラとダーシャが挨拶をする。
「アデーラ・カサロヴァーです。初めまして」
「ダーシャ・ソイコヴァーよ。レオシュとルカーシュの母親で、魔女だわ」
名乗るアデーラとダーシャに、虎の獣人も名乗って来る。
「バジンカ・オルシャークです。ルカーシュ様とレオシュ様の母親、リリアナの父です」
「マルケータ・オルシャーコヴァーです。ルカーシュ様とレオシュ様の母親のリリアナの、母です」
バジンカがルカーシュとレオシュの祖父で、マルケータがルカーシュとレオシュの祖母のようだった。アデーラにくっ付いて緊張して尻尾をたわしのように膨らませているレオシュと対照的に、ルカーシュが照れながら前に出る。
「ルカーシュ・ブラーハです。おじい様、おばあ様、初めまして」
「まだ7歳なのにこんなに立派にご挨拶ができるんですか?」
「ルカーシュ様は、なんて賢い」
おずおずと手を伸ばすバジンカとマルケータに、ルカーシュは近寄っていく。
「様なんて、言わないでください。僕は、おじい様とおばあ様のまごです」
「いいえ、私たちはあなたの祖父母と言えるようなことは何もできていない」
「宰相の圧に負けて、口出しすることができず、領地も離れていたので、ルカーシュ様をお守りすることができませんでした」
手を伸ばせば撫でられる距離にいるのに、バジンカとマルケータは伸ばしかけた手を降ろしてしまう。撫でてもらえなかったルカーシュは寂しそうに耳を垂れさせている。
「おじい様とおばあ様は、ヘルミーナ先生が僕のかていきょうしになれるように、じんりょくしてくださったと聞いています。ヘルミーナ先生にべんきょうを習って、僕、毎日とてもたのしいんです!」
明るく言うルカーシュにバジンカとマルケータがペツィナ子爵夫妻の方を見た。ペツィナ子爵夫妻は大人しく控えている。
「ペツィナ子爵には跡継ぎがおりませんでした。私たちの遠縁で、オルシャークの家門全体の利益となると説得してヘルミーナ殿を養子に迎えてもらいました」
「国王陛下からお話が来たときには驚きましたが、私たちはリリアナが亡くなってから、ルカーシュのために何もしてやれなかった。これくらいしかしてやれることがなかったのです」
心底悔いている様子のバジンカとマルケータに、ルカーシュは気付いたようだ。水色の目を煌めかせてマルケータの顔を見上げる。
「おばあ様も、自分のことを『私』と言うのですね」
「お恥ずかしい……。王都と違ってオルシャーク領は田舎でしょう? 自分のことを『わたくし』という風習が私にはなくて……」
「母上も、自分のことを『私』と言っていたと聞きました。僕が自分のことを『僕』と言うのは、母上が『どうして女性だけが自分のことを「わたくし」と言わなければいけないのか』とおこって、僕に自由をあたえたかったからなんです」
水色の目を煌めかせながら言うルカーシュにマルケータが青い目を大きく見開く。
「リリアナがそんなことを言ったのですね……。あの子はオルシャーク領で本当に自由に奔放に育ちました。私たちも活き活きとしたリリアナが本当に大好きだった……」
「リリアナ……」
亡き娘を思い出して涙するマルケータとバジンカに、ルカーシュがポケットからハンカチを取り出す。綺麗にアデーラの刺繍が施されたハンカチを差し出されて、バジンカとマルケータは驚いている。
「これは厄除けの蔦模様と、破魔の瞳」
「こんな小物にまで刺繍を施していただいて、ルカーシュ様は大事にされているのですね」
ルカーシュにとっては幼い頃からずっと使っているものなので普通に差し出しただけだが、貴族であるバジンカとマルケータはその価値にすぐに気付いたようだ。
「この服も、ポーチも、ぜんぶアデーラお母さんが作ってくれました」
全身を見せるようにゆっくり一回りして見せるルカーシュに、バジンカとマルケータの目がますます丸く見開かれた。
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