魔女(男)さんとこねこ(虎)たんの日々。

秋月真鳥

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魔女(男)とこねこ(虎)たん 2

70.怪しい聖なる水

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 冬の間、ルカーシュとイロナは積雪量を調べて記録に残した。レオシュとフベルトは雪だるまに「雪だるま大王」と名前を付けて倒して遊んだ。
 雪が溶けて春になるとコートを脱いでレオシュとフベルトは庭で遊び、ルカーシュとイロナはまた雨の量を記録し始めた。

「れーくんのこと、ふー、だいすきなんだ」
「れーも、ふーくんのこと、だいすきだよ?」
「れーくん、ふーを、『くさい!』とか、『きたない!』とか、いわなかっただろ?」

 初めて出会ったときに、フベルトは正直に言えば清潔でも健康的でもなかった。風呂には何日も入っていないように髪はべたついていたし、耳の毛もぼさぼさでねっとりとしていて、オムツはいつも汚れているが替えられないような状態だった。服も古着で洗ってはいるのだろうが、食べこぼしがついていたりして、とても綺麗とは言えなかった。

「れーくんとあうまで、ふー、おふろにほとんどはいったことがなかったんだよ」

 フベルトの告白にレオシュが水色の目を丸くしている。アデーラと出会った頃からお風呂が大好きで、お風呂から出るのを嫌がるようなレオシュにとっては、フベルトがお風呂にほとんど入ったことがなかったというのは衝撃的な事実だっただろう。

「ふーくん、おふろ、きらいだったの?」
「ふーのおうち、おゆがでなかった」

 お風呂が嫌いかと問われて、フベルトがふるふると首を振る。

「なつでも、つめたいみずでからだをあらうのはいやで、ふゆはかあちゃんがおゆをわかしてくれるけど、それもすぐにさめちゃって……」
「ふーくん……」
「れーくんのおうちにくるようになって、からだをあらってもらったり、おしりをあらってもらったりして、ふー、おゆってこんなにきもちいいんだってわかったんだ」

 それでもフベルトの家ではお湯が出なくてフベルトはお風呂に入ることが難しかったと語る。

「かあちゃんがルカーシュくんのかていきょうしになってから、あたたかいおゆがでるおうちにすめて、ふー、すごくしあわせ。いまはまいにちおふろにはいってるよ」

 微笑んで言うフベルトに、アデーラは胸に苦いものが残った。
 国王陛下がレオシュとルカーシュに会いに来た日に、アデーラは国王陛下に話しかけた。

「この国の平民の暮らしはどうなっているのですか?」
「どうなっているとは?」
「フベルトくんは平民だった頃に毎日お風呂に入ることもできなかったと言っていました。お湯が出なかったのだと」
「お湯が出ない!?」

 国王陛下もその話は初耳のようで驚いている。
 アデーラがフベルトが来た頃のことを話せば国王陛下も難しい顔で頷いていた。

「確かに、フベルトくんが清潔で健康的だったかと言えば、そうではありませんね」
「着替える服もなくて、濡れたオムツのままで遊んでいたのですよ」
「国の援助は行き届いているものだとばかり思っていました。もっと平民の暮らしに気を配ります」

 国王陛下はそう言っていたが、アデーラはどこまで信用できるものかと懐疑的な瞳で国王陛下を見ていた。
 夏になる前に、獣人の国で感染症が流行った。それは子どものときに予防接種を受けていればかかることのない感染症だったが、多くのひとがそれにかかって大人は重症になり、命を落とすものもいた。
 アデーラは予防接種を受けているし、ダーシャもヘドヴィカもルカーシュもイロナもレオシュもフベルトも予防接種を受けているので安心だった。

「ヘルミーナさんはどうですか?」
「学校の教師時代に予防接種は受けました」

 6歳から12歳まで通う小学校は義務教育になっていて、そこで予防接種を無料で受けられるのだとヘルミーナは話してくれた。それでも貧しい家の子どもたちは、働き手として必要になるために小学校に通わせてもらえない。

「小さな子が働かされているのを見ると胸が痛みます。私もヘドヴィカは小学校まではちゃんと行かせました」

 小学校は卒業しているヘドヴィカでも、エリシュカが見れば足りていない予防接種があった。この国の義務教育と予防接種の在り方が問われているのではないかとアデーラは考えていた。
 国王陛下に進言しようとアデーラが考えているときに、ヘドヴィカが店舗からドアを潜って王宮の離れの棟に顔を出した。

「アデーラ様、おかしなひとたちが広場に集まっているようなのです」
「おかしなひとたち?」
「この感染症は神から与えられた試練だ、聖なる水を買えば治ると言って、小瓶に入った水を売り付けています」

 ヘドヴィカに言われてアデーラが出て行こうとすると、レオシュとフベルトが腰に木刀を差して、大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラと一緒に出掛ける準備をしている。靴も自分たちではけるようになったレオシュとフベルトに、アデーラは止めようかと思ったが、ふと思い付いたことがあってそのまま連れて行った。
 広場には人だかりができている。
 広場の真ん中で、台の上に立った髭を蓄えた山羊の獣人の老人が重々しく言っている。

「この病は神の与えたもうた試練。この聖なる水を買って飲めば、選ばれたもののみ、助かることができるだろう」
「選ばれなかったものはどうなるんだ!」
「それは、神のみぞ知る。信じないのであれば、去るがいい! 助けを求めるものにしか神は手を差し伸べない!」

 聖なる水とやらを買おうと群がる人々に、アデーラは鋭く叫んだ。

「誰に許可を得てここで商売をしている!」
「神を恐れぬ不心得者め、私を誰と思っているんだ?」
「そっちこそ、この方を誰と思っている? この方はこの国の皇子、レオシュ・ブラーハだ!」

 抱っこされてアデーラに名前を呼ばれて、レオシュが尻尾をピンと立てて、耳も立てて、水色の目を見開いている。

「魔女様の施した刺繍に、ホワイトタイガーの耳と尻尾……この方は、レオシュ皇子様だ!」
「レオシュ皇子様、何故、このような場所に!?」

 聖なる水を求めようとしている人々の目がレオシュに向いたのを確かめて、アデーラは声を張り上げる。

「ダーシャ、その『聖なる水』とやらの成分は?」
「ただの薄荷水ね。なんの効果もないわ」

 聖なる水の入った小瓶に手を翳して答えるダーシャに、山羊の獣人の老人が必死に弁解している。

「これを飲んで治ったものも数多くいるのだぞ?」
「それは、単純にそのひとの免疫力が勝っただけの話。これを飲まなくても治ってたわ」
「何を無礼なことを!」
「無礼なのはあなたよ! レオシュ皇子がここに出て来た意味が分からないの?」

 ダーシャに言い返されて、山羊の獣人はぐっと言葉に詰まっている。

「感染症が流行る中にレオシュ皇子が出て来ても平気なのは、レオシュ皇子が予防接種を受けているからだ。こんな愚かしい詐欺の薄荷水に頼るよりも、病院に行って今すぐに予防接種を受けてきた方がいい」
「れー、ちゅうしゃ、ちくんした! えらい!」

 アデーラに言われてレオシュが胸を張って宣言する。凛々しいレオシュの顔に民衆は洗脳が解けたようだった。

「助かるか助からないか分からない水より、病院に行こう」
「病院で予防接種を打とう」

 散っていく人々を見送った後で、アデーラは台の上に崩れ落ちている山羊の獣人の老人を見下ろす。

「誰の企みだ?」
「ひぃ……お許しを……」
「誰がお前にそんなことを吹き込んだ?」

 絶対に黒幕がいる。
 そう確信していたアデーラだったが、怖がって台の上に蹲ってしまった山羊の獣人の老人から何も聞けなかった。
 お湯の件もだが、予防接種の件も、この国にはまだまだ課題がある。アデーラにとっては幼い頃から普通に与えられてきたものが、この国の国民には行き届いていない。
 国王陛下にはもっと頑張ってもらわねばならないとアデーラは思っていた。
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