転生皇女セラフィナ

秋月真鳥

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一章 セラフィナ誕生

22.セレナの過ごし方と苺

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 夕食後のお茶を飲みながら、お父様はわたくしとラファエルお兄様に言った。

「レセナの妊娠に関しては、家族に一番に伝えたかった。正式に発表するのは、新年の式典のときと決まっている。それまでは内密にするように」
「はい、父上」
「ないちょ、ちまつ!」

 わたくしは外界との接触がほとんどないので話す相手などいないが、ラファエルお兄様は学園にも通っているし、交友関係が広くなっているので、うっかりと話してしまうかもしれない。それを考えてお父様は口止めしたのだろう。

「公務がお休みの間、わたくしは子ども部屋で過ごします。子ども部屋でセラフィナと遊んだり、新しく生まれてくる赤ん坊の産着やベビードレスを縫ったりします」
「セレナ、それでは休めないのではないか?」
「妊娠は病気ではないのですから、安静にする必要はないのですよ。体も少しは動かした方がいいでしょう」
「そうなのか」
「ラファエルとセラフィナのときを忘れたわけではないでしょう?」
「そうだったかもしれないが、ラファエルとセラフィナのときから年齢も上がっている。十分気を付けてほしい」
「心配性ですね。わたくしは大丈夫です」

 こういうときは男性の方が慎重になるのだろうか。
 お母様は三人目なので慣れているのかもしれない。

「ラファエルのときは父上に皇帝位を譲られたばかりで、忙しくてほとんど何もできなかった。セラフィナののときは少しは手伝えたかもしれないが、男とは妊娠、出産期においてはこんなにも無力なのだと思い知らされた。セレナ、どうか体を大事にしてほしい」
「分かっておりますわ。セラフィナ、明日からはわたくしと一緒に過ごしましょうね」

 赤ちゃんが生まれてくるだけでなく、お母様と一緒に毎日過ごせる。
 それはわたくしにとっては夢のような生活だった。

 お父様もお母様もわたくしを気にしてくれて、執務や社交の合間を縫って顔を出してくれていたが、それでも毎日というわけではなかったし、時間も短かった。
 朝から晩までお母様と一緒に過ごせる日が夏まで続くとなると、わたくしは幸福でならなかった。

 翌日から、お母様はわたくしの朝食が終わるころに子ども部屋にやってきて、わたくしの手の届かない棚の上に縫物セットを置いて、針やハサミの管理を徹底しながら赤ちゃんの産着やベビードレスを縫っていた。
 わたくしはそわそわしてお母様に近寄って、針に触れないようにしながら問いかける。

「こえ、なぁに?」
「ベビードレスのフリルですよ。セラフィナは覚えていないかもしれませんが、セラフィナのベビードレスもわたくしが縫ったのですよ」
「わたくしのベビードレスも?」
「そうです。ベビードレスはドレスという名称ですが、男の子も女の子も着ていい赤ん坊の晴れ着で、生まれて七日目のお祝いや、百日目のお祝いでも着られるように作るのです」

 わたくしのベビードレスもお母様は手作りしてくれていたのか。
 感動していると、お母様が縫う手を止めて、一度針を片付けてから縫いかけのベビードレスをわたくしに見せてくれた。
 純白でレースで飾られたそれは新生児には大きい気がしたが、百日のお祝いでも使うのだったら大きめに作っておかなければならないのだろう。
 それにしても、わたくしはそのころは目もよく見えていなかったし、体もうまく動かせていなかったので、ベビードレスを着せられたことなどすっかりと忘れていた。

 縫いかけのベビードレスをじっと見ていると、お母様が乳母に指示をして箱を持って来させる。その箱を開けると、ベビードレスと小さな新生児用の靴下と帽子が揃って入れられていた。

「これがセラフィナの使っていたものですよ。もうこんなに大きくなったのですね。生まれたときにはベビードレスが大きくて指先しか出ていなかったのに、もうこんなに小さく感じられる」
「わたくちの?」
「そうです。セラフィナがこれを着たのです。とてもかわいかったですよ。百日のお祝いのときに写真を撮ったので、今度見せてあげましょう」

 写真!
 そんなこともあったかもしれないが、あの時期は何が起きているのかよく分かっていなかったので、すっかりと忘れていた。
 わたくしが周囲を見られるようになったのは、視力が少し安定してきた四か月くらいからではないだろうか。百日と言えばその前なので、よく分からないままに終わってしまったのだろう。

「かーいーねー」
「それを言うセラフィナがかわいいです! あぁ、わたくし、もう一度赤ちゃんを抱っこできるだなんて思っていなかったのですよ。ラファエルが生まれてから、妊娠しにくくなって、ラファエル一人で終わってしまうのかと思っていたら、奇跡のようにセラフィナを授かって。今度はセラフィナの弟か妹まで授かりました。わたくしは本当に幸せです」

 生まれてくる赤ちゃんのことを思うと、お母様も饒舌にならざるを得ないのだろう。わたくしもたくさん話すことができたら、この感動をずっと話していたかもしれない。

「わたくち、あかたん、あとぶ」
「赤ちゃんとたくさん遊んであげてくださいね」
「えほん、よむ」
「赤ちゃんに絵本を読んでくれるのですか?」
「だっこ……むつかちい」
「抱っこは無理かもしれませんが、たくさん触って、撫でてあげてくださいね」

 赤ちゃんが夏に生まれてくるということは、わたくしのお誕生日は秋の始めなので、三歳になっていないころだろう。三歳にもなっていないのならば、どれだけ赤ちゃんが小さくても、抱っこは危険でさせてもらえないだろう。
 わたくしにもう少し腕力があって、体が大きければと思わずにはいられない。

 ラファエルお兄様やアルベルト様は皇族の血を引いているからか、体がとても大きい。十歳のときには成人女性の身長を超えていたし、十二歳にして成人男性くらいの身長がある。
 残念ながらわたくしはお母様に似てしまったようで、体の大きさは平均的なようだった。
 このときほどラファエルお兄様を羨ましいと思ったことはなかった。

 ラファエルお兄様はわたくしと十歳年が離れていて、わたくしが生まれたときから抱っこしてくれている。十歳の年の差があればわたくしも弟か妹を抱っこできたのかもしれないが、悲しいことにわたくしと弟か妹の年の差は三歳未満。お母様の年齢からすれば、最後の出産になるのかもしれないが、わたくしは赤ちゃんを抱っこできない自分に絶望していた。

「セラフィナ、抱っこはできませんが、こういうことはできますよ」
「なぁに?」

 抱っこができない事実に落ち込んでいるわたくしに、お母様が声をかけてわたくしを膝の上に抱き上げた。わたくしがお母様を見上げていると、お母様が手の指を曲げて、悪戯っぽく笑っている。

「セラフィナ、こちょこちょこちょこちょー!」
「きゃー!」

 体をくすぐられて、わたくしは叫び声をあげて大喜びしてしまう。
 二歳の体はこういう遊びに弱いようだ。

「ふふふ。楽しいでしょう?」
「もいっかい!」
「いいですよ。こちょこちょー!」
「きゃーっはっはっは!」

 思わずもう一回お願いしてしまって、わたくしはお母様に全身をくすぐられた。
 くすぐられるのがこんなに楽しいだなんて思わなかった。
 お母様のことを信頼して愛しているからこそ、くすぐりという行為が楽しくなるし、受け入れられるのだと思うと、わたくしも赤ちゃんにしてあげたい気持ちになった。

「おかあたま、ことことー!」
「あら、セラフィナもしてくれるのですね。それでは、お返しにわたくしも」
「きゃー! あっはっはっは!」

 その日はお母様とくすぐり合って遊んでいた。

 数日後の週末、アルベルト様がわたくしに会いたいと言って宮殿に来たときには、お母様はティールームに同席しなかった。いつも執務や社交で忙しいお母様が、急に同席したら、妊娠していることを隠しているのに露見してしまうかもしれないからだろう。
 わたくしはお母様に「いってきまつ」と挨拶をして、ティールームに向かった。

 ティールームにはラファエルお兄様とアルベルト様がいた。

「アルベルトがわたしじゃなくて、セラフィナに会いたいなんて、今度はどうしたのかな?」
「セラフィナ殿下にお会いしてからお話しします」
「アルベルトは最近セラフィナのことばかり気にしている気がするよ」
「そうですね。今一番気になる方かもしれません」

 ラファエルお兄様とアルベルト様が話しているのが廊下からでも聞こえてくる。ティールームに乳母と一緒に入ると、アルベルト様がわたくしに笑顔を向けてくる。

「セラフィナ殿下、お久しぶりです。寒い日が続きますが、お元気ですか?」
「あい、げんきでつ」
「領地の方から今季初の苺が届きましたので、セラフィナ殿下にお持ちしました」
「いちご!?」

 苺とは春の果物ではなかっただろうか。
 こんなに寒い時期に育つのだろうか。
 前世でもアルベルト様とのお茶会で苺は食べたことがあったし、今世では季節には苺は食べさせてもらっているが、この季節に苺が実るとは知らなかった。

「この時期に苺が手に入るの?」
「ベルンハルト公爵家の領地では、ビニールハウスを使って果物を栽培しています。苺は今期初物になりますと、この時期になります」

 そうだったのか。
 ベルンハルト公爵家では苺がよく出てくるとは思っていたが、領地で栽培が盛んだったとは知らなかった。
 クラリッサだったころに、苺を初めて食べたときに、わたくしは感動したものだった。

「こんなに美味しいものがあったのですね」
「クラリッサは苺が好き?」
「いちご……これは苺というのですね。初めて食べました」

 それ以来苺はわたくしの大好物になっていたが、アルベルト様はそれを覚えているだろうか。
 今世でもわたくしは苺が大好きだった。

 アルベルト様が侍女に促すと、洗ってへたを取って二つに切られた苺が、お皿に乗せられて持って来られる。わたくしの分もラファエルお兄様の分もアルベルト様の分もあったが、全員分、同じ量な気がする。
 体の大きさが違うので、普段はわたくしはラファエルお兄様やアルベルト様と差をつけられていることを納得しているが、アルベルト様は同じ量にしてくれたのだろうか。

「おいちとう……。あいがとごじゃます」
「どういたしまして。わたしが食べさせてもいいですか?」
「アルベルト、それは許さないよ。セラフィナにはわたしが食べさせる」
「ラファエル殿下は普段から食べさせることができるではないですか。苺を持ってきたのはわたしなのです。少しくらいいいのでは?」

 いつもは控えめで大人しいアルベルト様がラファエルお兄様に自己主張している。
 その事実に驚きながらも、わたくしはアルベルト様にお願いすることにした。

「アルたま、たべたてて」
「それでは、失礼します」

 華奢な銀色のフォークを持ちあげて、アルベルト様がわたくしの口に半分に切られた苺を運んで来る。食べさせてもらって、口いっぱいに苺を頬張ってわたくしは頬を押さえた。
 甘酸っぱくてとても美味しい。

「おいちい! とってもおいちい!」
「ラファエル殿下も遠慮なさらずに食べてくださいね」
「セラフィナのついでみたいに言われた気がするけど、ありがたくいただくよ」

 ラファエルお兄様はなんでこんなにアルベルト様と対抗してしまうのだろう。
 アルベルト様とわたくしが仲がよくなるのが悔しいのだろうか。
 わたくしはよく分からないながらも、アルベルト様に次の一口を食べさせてもらって、美味しさに頬を叩いて感激していた。
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