オメガの大公閣下の溺愛

秋月真鳥

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カリス(受け)視点

3.最後の砦と契約結婚

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 カリスはアルファと思われている。
 アルファの中のアルファとまで言われている。

 お茶会で席を立って外の空気を吸っていたら、顔を赤らめた小柄な青年に抱き着かれた。
 体に触れられるのは好まないので、反射的に突き飛ばしてしまったが、地面に尻もちをついた青年は必死にカリスに縋ってくる。

「大公閣下、愛しています。抱いてください」

 見下ろす青年の姿は華奢で細身で美しい。
 これがオメガの正しい姿なのだろうと思うと、カリスは自分がどれだけ出来損ないのオメガかを痛感する。
 ヒートを起こしているのだろうが、カリスはオメガなのでフェロモンを感じないし、反応もしないので、騒ぎを聞き付けて駆け付けた近衛兵に青年を突き出して、それで終わりだった。

 こういうことがカリスには頻繁に起きる。

「閣下がアルファの中のアルファで、並のオメガのフェロモンには反応しない体質でなければ危なかったですね」

 お茶会に来ていた貴族の騎士から声をかけられて、カリスは苦笑してしまう。
 カリスがオメガであることなど貴族の騎士は全く考えていないのだろう。
 こんなに体が大きく、オメガ性の弱いオメガでなければ、リオネルとの関係も考えられたのか。
 それではこの国は守れない。騎士にもなれなかった。リオネルを救い出すこともできなかったと思うと、これが必然だったのかと諦めにも似た思いが過る。

「カリス、ヒートトラップを仕掛けられたようだな。気分はどうだ?」
「平気です。あのオメガの青年……二度とおれの前に現れないでほしいものですね」

 国王であり兄であるアデルバルトに声をかけられて、カリスは苦く答える。
 どこかの子爵家の令息だったかと思われるあのオメガの青年は、今後社交界に出されることなく、アルファと番わされるのだろう。アルファと番えるのだからまだいいのかもしれない。
 番を持たないオメガや、番に捨てられたオメガは、ヒートに耐えられず消耗して短命になるという。オメガの自死が多いのも、ヒートに耐えられないからだといわれている。

 幸い、カリスはヒートが起きにくい体質で、十八歳で初めてのヒートを経験してから、二十歳のときに二度目のヒートを経験したが、それ以後全くヒートは起きていなかった。
 そろそろ二十四歳になるのだが、ヒートが起きる気配は全くない。

 ヒートで消耗しないから短命ではないのかもしれないが、番を持たないのでカリスも何歳まで生きられるか分からない。カリスが早く死んでしまえば、遺言書が公開されて、カリスの持っているものは全てリオネルに受け継がれる。
 そもそも、カリスの方がリオネルよりも年上なので、先に死ぬだろうことは分かりきっている。
 後は、リオネルが騎士団の中でも死なないように守ってやるだけだった。

 カリスが二十四の年に、リオネルは飛び級をして本来ならば六年かかるところを三年で騎士学校を卒業し、カリスの治める騎士団に入団してきた。素早く手を回し、カリスはリオネルを自分の直属の従者にした。

 そのころに隣国との戦争が始まって、カリスたち騎士団は隣国との戦いに駆り出された。
 国境を挟んでの戦争は六年もの間続いた。

 戦争は熾烈を極めて、何人も死者が出た。
 リオネルはカリスと共に最前線で戦っていたが、騎士学校を飛び級できたという実力は確かなもので、剣術も銃捌きも見事なものだった。
 カリスはリオネルを守り、リオネルがカリスの背中を守って戦った。

 一年目の冬、国境を睨み付ける森の中での長く続く野営で、リオネルが眠れていないのにカリスは気付いていた。
 睡眠不足のまま戦いに出ると不利になることがある。
 同じ天幕で過ごしていたが、もぞもぞと動いては眠っていない様子のリオネルを気にしていたが、外に用を足しに行ったリオネルが戻ってきて毛布にくるまったが、眠れない様子で震えているのをどうにかしてやりたいと思っていると、リオネルが小さくカリスに助けを求めた。

「閣下……寒いです……」

 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな呻き声だったが、外を吹きすさぶ雪の中、カリスはしっかりとその声を聞いて、リオネルに腕を伸ばした。
 自分の毛布に引きずり込んで抱き締めると、リオネルの体が冷え切っているのが分かる。
 温めてやろうと深く胸に抱きしめると、リオネルはカリスに背中から抱き締められて、健やかに寝息を立てていた。
 その様子に安心してカリスも眠ってしまうと、目が覚めたらリオネルはまだカリスの腕の中で眠っていた。

 戦場で風呂にも入れないので薄汚れているが、リオネルは不思議と臭くはない。
 僅かに甘く爽やかで少しスパイシーなフェロモンの香りがして、リオネルの髪に顔を埋めて嗅いでいると、リオネルが起きたのが分かった。慌てて顔を離して何ごともなかったかのようにするが、リオネルは弾かれたように毛布から這い出て天幕の敷布の上に土下座した。

「閣下、お許しください」
「リオネル、おれが無体を……?」
「いえ、わたしが寒いと言ったら閣下はわたしを毛布の中に入れてくださったのです」

 まさか嗅いでいたことに気付かれたのではないかと謝ろうとすると、リオネルは逆に申し訳なさそうに言ってくる。
 リオネルの中ではカリスが寝ぼけてリオネルを毛布の中に引きずり込んだと思っているようだ。
 それならば都合がいいとカリスはリオネルに告げる。

「リオネルは寒かったのだな。それでは、今日からも一緒に寝よう」
「閣下!?」
「嫌ではなかったのだろう? おれはリオネルに何もしない。寒くて眠れないのは翌日の戦いに関わる。おれと寝れば温かく眠れるだろう。いいな、リオネル・ラウゼン?」
「はっ! 閣下!」

 寒さに震えるリオネルを放っておくことはできないとカリスが勝手に決めて命じると、リオネルは部下として従わなくてはいけなくなる。
 絶対に手を出すようなことはしないので許してほしい。
 胸の中でリオネルに謝りながら、カリスは冬中リオネルを抱き締めて眠った。

「リオネル、かわいい……おれのかわいいリオネル」

 眠っているリオネルに我慢しきれず、つむじにキスをして呟いてしまうこともあったが、リオネルは気付いていないようだった。
 それどころか、まどろみながら呟くことがある。

「閣下……いい匂い……」

 戦場なので何日風呂に入っていないか分からないくらいなのだが、リオネルはカリスの胸に顔を埋めて、幸せそうにカリスの匂いを嗅いでくる。いい匂いのはずがないのに、混乱するが、リオネルはカリスの匂いが気に入っているようだった。

 戦争は六年続いたが、最後の戦いでカリスは賭けに出た。
 隣国の砦を落としてしまえば隣国は降伏するだろう。
 これ以上戦争を長引かせるのは互いの国を消耗させるし、戦死者もかなり出ていた。

「リオネル、内密に話がある」

 天幕にリオネルを呼び寄せて、カリスは計画を打ち明けた。

「隣国の最後の砦に、今夜忍び込む」
「はっ! 閣下!」
「おれとリオネル、二人だけだ。命は惜しくないか?」
「閣下と共に参ります!」

 それから計画を伝えて、夜の闇に紛れて、カリスとリオネルは隣国の最後の砦に忍び込んだ。
 狙うのは火薬庫だ。
 鎧すら身に付けず、隣国の兵士と同じ格好で隣国の最後の砦に忍び込んだカリスとリオネルは、火薬庫の位置を確かめて、そこに火をつけた。

 急ぎ逃げ戻ると、隣国の最後の砦が大爆発を起こして、騎士や兵士たちが混乱して出てくるのが分かる。

「全員突撃!」

 カリスの命令によって、前戦力が突入して、隣国の最後の砦は落ちた。

 隣国からは降伏の使者が国王に送られて、カリスもリオネルも無事なまま戦場から帰ることができた。

 隣国の最後の砦を落とした作戦は国王にも知れ渡っていて、カリスとリオネルはその功労者として勲章が授与されることになっていた。
 まずは隣国との和平を結び、戦争を終結させたからなのだが、その手続きをしている間に、リオネルの周囲が騒がしくなっていた。

 十六歳で騎士学校を卒業して、そのままカリスの下に入ったリオネルは、六年の戦争の間に二十二歳になっていて、立派な成人男性となっていた。
 カリスほどではないが長身で堂々とした体躯を持っていて、顔立ちは整っていて、しかも救国の英雄という立場である。しかもその若さで功績を讃えられて騎士団の副団長にもなっている。

 リオネルには毎日様々な令嬢、オメガの子息からの求婚の手紙が届き、見合いの申し込みはデスクの上に積み上がり、お茶会の誘いはひっきりなしに来ていた。

「閣下、失礼なく断る方法を教えてください」
「手紙の書き方を教えるか?」
「お願いします」

 騎士学校でそれなりにマナーは習っているが、お茶会や求婚、見合いの申し込みの断りの手紙の書き方までは教えられていなかったリオネルは、心底困った様子でカリスを頼ってきた。
 断りの手紙の書き方を教えながら、カリスはリオネルに問いかける。

「一人くらい気に入った相手はいないのか? おれにリオネルの子どもの顔を見せてもらえないのか?」
「閣下、申し訳ありませんが、わたしは結婚するつもりはないのです」
「想う相手がいるのか?」
「叶わない相手です。その方の幸せを祈っているだけでわたしは満たされます」

 リオネルには思いびとがいた。
 ずっと一緒にいたはずなのに、いつの間にそんな相手ができたのか分からないが、それならばカリスはリオネルを応援するつもりだった。

「どんな相手なのだ? 叶わない相手ということはないだろう。リオネルは救国の英雄で、騎士団の副団長にまでなったのだぞ?」
「わたしの心に秘めさせてください。決して叶わぬ相手なのです」

 既婚者なのだろうか。
 それならば叶わないというのも分かる。
 カリスも応援する気ではあるが、リオネルに不倫はしてほしくなかった。

 毎日届く求婚の手紙を心底嫌がっている様子のリオネルに、カリスはふと思いついた。
 カリスとリオネルが結婚してしまえばいいのではないだろうか。
 出来損ないだがカリスはオメガであるし、大公の地位と騎士団の団長の地位を持っている。リオネルが求婚を断る口実としてはちょうどいい相手に違いない。
 数年だけ結婚して、それから離縁すればその後もリオネルは大公に寵愛された相手として、求婚は来なくなるだろうし、カリスは兄であるアデルバルトから番を持つように口うるさく言われていた。
 お互いに都合がいいのではないだろうか。

「リオネル、おれと結婚するか?」
「閣下!?」

 カリスが申し出ればリオネルが驚いている。

「リオネルは好きでもない相手からの求婚に困り果てている。おれは、生涯結婚するつもりはないが、兄上はおれに結婚して子どもを持てとうるさい。お互いに結婚して数年経って離縁すれば、周囲も落ち着くんじゃないか?」
「契約結婚ということですか、閣下?」
「そうなるかな」

 説明してやると、リオネルは顔を赤らめている気がする。
 カリスとの結婚など嫌かもしれないが、一度結婚していれば、カリスもリオネルに財産を分けやすくなる。離縁するときにたっぷりと慰謝料を払えるのではないか。

「わたしで、よろしいのですか?」
「リオネルこそ、おれでいいのか?」
「わたしは、閣下のことをお慕いしています」
「上官からだと断りにくいものか」
「いえ、そうではなくて、閣下を間違いなくお慕いしております」
「まぁいい。リオネルがいいのならば、手続きを進めよう」

 リオネルが前のめりに食いついてきたのは意外だったが、カリスはリオネルがいいのだったら勲章をもらうときにアデルバルトにリオネルとの結婚を報告しようと思っていた。
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