少年は大きなネコを愛でる

秋月真鳥

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4.信用できない自制心

 病院で発情期の抑制剤を処方してもらったのは良かったが、ジェルマンは奇妙なことを医者に言われた。
「番がいらっしゃるんじゃないんですか? フェロモンが漏れているようには思えませんが」
 番の定義とは。
 運命の番というのがあって、身体を交わしただけでお互いにしかフェロモンが作用しなくなる特別な関係があるがそうなれるのはごくごく少数。それ以外は性交で直に中に注いでもらった後にうなじを噛むことで番関係は成立する。
 ジェルマンにはそんな相手はいない。
 今まで一度もゴムなしで性交を許したことはないし、うなじなど噛ませるどころか触れさせたこともない。どんなアルファもジェルマンの操るフェロモンで腰が砕けて、勃起しているものにゴムを被せて好きなだけ上で腰を振って、満足したら支払いも任せてホテルに捨てて行くようなことを続けていたのだ。
 それでもジェルマンのフェロモンと体にはまって、ジェルマンと寝たがるアルファはたくさんいた。
 世間的には優秀でひとを支配する立場にあるアルファを好き勝手するのが楽しくて、半分以上は征服欲でアルファたちを尻で抱いていた自覚はある。
 それが今は、6歳の子どもに翻弄されている。
「ジェルマン、どこにいっていたの?」
 いなくなったかと思ったと、愛らしい声で言われて抱き付かれると、抱き返す手が震える。運命の番には出会った瞬間に分かるというが、ニコラがジェルマンの相手なのだろうか。
 好きに操れていたフェロモンも操れないし、発情期を促されるようなオーラすら感じてしまう。発情期が来たところでニコラはジェルマンを抱けない。精通が来ていない6歳のニコラと肉体関係を持つわけにはいかない。
 キッズポルノでそういう趣味の人間がいると噂は知っているが、ニコラはそういう対象にしていい相手ではなかった。
「病院に行っていました。私もオメガですから」
「いりょうひがしはらわれるように、りょうしんにつたえておくね」
 オメガのジェルマンがアルファのニコラと過ごすのに抑制剤は必要不可欠だった。経費で医療費が支払われるようにしてくれるというのは嬉しいが、そうではなくて根本的な問題が解決していない。
「ニコラ様、一緒に寝るのはやめましょう?」
「どうして? いっしょじゃないとねられない」
 甘い蜂蜜色の髪を振って、菫色の瞳を潤ませるニコラに心が揺らいでしまいそうになるが、ジェルマンはここで退くわけにはいかなかった。
「私はオメガで、ニコラ様はアルファ。その意味が分かるでしょう?」
「ジェルマン……ぼくのものにしてしまいたい」
 熱っぽい視線と愛らしい唇から漏れる情熱的な言葉に、ジェルマンは恐怖を覚えた。
 ニコラが怖いのではない。
 自分の自制心が壊れるのが怖かった。


 どうにか一緒に寝ないようになってから二年、ニコラは8歳になっていた。初めて会ったときの美少女のような愛らしさはそのままに、少しだけ大きくなったニコラ。
「僕はあまり大きくならないんじゃないかと思ってる」
 食事のときに悩み事を相談するように告げられてジェルマンはニコラのお皿の上を見た。初めて出会った年にはほとんど食べられなかった食事も、量は少ないが全部食べられるようになっている。
「成長期がいつ来るか分かりませんからね」
「僕が大きくならなかったら、ジェルマンは僕を嫌いになる?」
 真剣な問いかけにジェルマンは答えに詰まる。
 二年間毎日食事を共にして、誕生日にはケーキをキッチンで作らせてもらって祝い、少しずつニコラが食事を食べられるようになって顔色も良くなってきたのを目の当たりにしている。そんな日々でニコラが可愛くない日などなかった。
「体の大きさは関係ないですよ。私が大きすぎるのかもしれませんし」
 笑い話にしてしまおうとするジェルマンにニコラはふるふると頭を振る。
「ジェルマンはその大きさがみりょくなんだよ」
 オメガにしては大きすぎるとか、ゴリラでも抱いている気分になるとか嘲笑ったアルファはみんなフェロモンで屈服させてジェルマンは快感を得ると共に相手に屈辱を与えた。
 それでもどこかで自分の体格に対しては劣等感のようなものがあった気がする。完全にそれを覆すニコラの言葉に不覚にもときめいてしまった。
 ぞくぞくと下腹が熱を宿す。
 突然の発情期の予感にジェルマンは「失礼します」と声をかけて大急ぎで自分の部屋に逃げ込んだ。緊急用の抑制剤を手に取ってスラックスを降ろして、太ももの内側に注射する。
 薬が効くまでの間に濡れる後孔に、ジェルマンはひたすら戸惑っていた。
 フェロモンを自在に操っていたせいか、ジェルマンの発情期は定期的には来ない。突然来る発情期も困るのだが、ジェルマンの部屋までニコラが来てしまうのも困る。
「ジェルマン、甘い香りがする……入ってもいい?」
「だめです……」
「ジェルマン……大好き、あいしてる……」
 熱に浮かされたような言葉が愛らしい声で紡がれる。それだけで治まりかけていた発情期も再び燃え上がるような気がしてジェルマンは唾を飲み込んだ。喉がからからだが渇望しているのは水ではなく、もっと違うものだった。
 アルファに満たされたい。
 オメガなのだから発情期には当然そう思うのだがジェルマンの場合は満たされたい相手が限定されていた。
「苦しい? だいじょうぶ?」
 甘く拙い喋りでジェルマンを心配しながらニコラが部屋に入って来る。小さな華奢な体を見た瞬間、ジェルマンの理性が切れた。
 ベッドの上に押し倒して小さな唇を貪るようにキスをする。遊んできたアルファは中さえ満たせばそれで良かったから、口付けなどしたことがない。甘いキスに溺れているととろりと蕩けた菫色の瞳のニコラが、ジェルマンの髪に華奢な指を差し込んで来た。
「いいよ、好きにして?」
 焼き切れていた理性が戻って来る。弁解しようと唇を離したジェルマンを追いかけて、ニコラが触れるだけの優しいキスをした。
「ごめんね、満足させてあげられなくて」
「そんな……私は……」
「もう少しだけ待ってね」
 平たく薄い華奢な胸に頭を抱き込まれて、ジェルマンはニコラの香りを吸い込んだ。それだけでも疼く身体に宿った熱が酷くなる気がする。それでも髪を撫でられていると抑制剤も効いてきて、ジェルマンは落ち着くことができた。


 眠ってしまっていたようだと気付いたのは、夜更けになってからだった。ジェルマンの胸に頭を乗せてニコラが寝息を立てている。
 抱き上げてニコラの部屋のベッドまで運んでいると、ジェルマンはニコラの部屋にいる人影に気付いた。
 片方は蜂蜜色の髪に緑の目で、もう片方は薄茶色の髪に菫色の目の男性。蜂蜜色の髪の方が小柄で、薄茶色の髪の方は背が高く立派な体躯をしている。
「ジェルマンだったっけ? 僕の飼ってた猫と同じ名前」
「ニコラが懐くのも分かるね」
 二人が忙しくてなかなかニコラに会いに来られない両親だということは分かっていた。ベッドにニコラを寝かせると、寝顔を覗き込んでいる。
「可愛い……二人目が欲しくなるね」
「そんな余裕があったら良いんだけどね」
 夫婦の会話を邪魔しないように下がろうとしたジェルマンを二人は呼び止める。
「ニコラと寝てるの?」
「そ、それは……たまたま部屋に来たら眠ってしまっただけで、普段は一緒に寝ていません」
「気にしなくて良いんだよ。ニコラは君のことが大好きみたいだし、メールにも君のことを書いてくれてる。ニコラが選んだ相手なら反対はできないな」
「反対できないっていうか、反対しても聞かないでしょ」
 くすくすと笑う二人には全てがお見通しのようだった。
 これは両親公認ということになるのだろうか。
 親子ほど年の離れた自分で良いのかという疑問はあったが、自分が買われて来たようなものだという自覚もあったのでジェルマンは何も言い返せずにいた。
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