少年は大きなネコを愛でる

秋月真鳥

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8.焦らされて

 薄々勘付いてはいたことだった。
 14歳になったニコラは少女のような透明な美しさを残したままで身体も華奢で背もそれほど伸びていなかった。ニコラの両親のニコラに似た方が小柄だったというのでジェルマンもそうではないかと思ってはいたのだが、ニコラはあまり大柄に育ちそうにはなかった。
 ジェルマンは身長も190センチを超えて、体重も90キロを超える。オメガはアルファを誘うために美しく産まれてくるという話なのに、ジェルマンは筋骨隆々としてオメガらしくないと言われ続けて来た。アルファが生まれなかったので、せめてジェルマンを良い家に嫁がせるか婿を取って家を継がせようと考えていた両親だが、15歳の時点でジェルマンの身長が180センチを超えて諦められた節はあった。
 自分を気にいるアルファなどいない。オメガといえば美しく守られるために存在する花のようなもので、筋骨隆々としたジェルマンはその枠から大きく外れている自覚があった。自分が求められることのないオメガだからこそフェロモンを操ってアルファを良いようにできるのだと信じ込んでもいた。
 それが今は華奢で美しいニコラに求められて、愛されている。
 学校から帰って来て宿題を終えるとニコラはジェルマンを膝枕してその髪を優しく撫でてくれた。頬にキスを落とし、耳元でまだ声変わりしていない声で甘く囁く。
「ジェルマン、大好きだよ。早く15歳になりたい」
 もう完全にニコラに堕ちているというのにジェルマンは大人の理性でそれに応えることができない。もう38歳という現実もジェルマンには重くのしかかってきていた。
 好意を隠さずにニコラは大事にしてくれるが、ジェルマンは今の時点でも高齢出産になってしまうし、ニコラと結婚できる年になる頃には四十路である。大会社の社長の息子であるニコラには跡継ぎが必要に違いないし、そのためだけに他の相手を準備されても文句は言えない立場だった。
「ジェルマン、僕が嫌い?」
 不安になることなどないと信じていた自信満々のニコラの口からその言葉が漏れて、ジェルマンは狼狽えてしまう。
「そんなこと……どうして?」
「僕は大きくならないから」
「ニコラこそ、私が大きすぎると思っているのではないですか?」
 気になっていたことを今ならば口に出せると行ってみると、ニコラはうっとりと蕩けるように微笑む。
「ジェルマンは本当に可愛いよね」
「へ?」
「僕、大きいひとが好きだよ。猫のジェルマンも大きかった」
 そうだった。ニコラが飼っていたメインクーンという種類の猫は非常に大きいのだ。写真を見せてもらったが幼いニコラよりもずっと大きな愛猫のジェルマンを抱き締めて、その毛を吸ってニコラは眠っていた。4歳で亡くなってしまってからずっと悲しみを抱えていたが、それも6歳でジェルマンと出会って消えたという。
「ニコラは美しいと思います」
 部屋着のハーフパンツから覗く膝小僧を撫でるとニコラがくすぐったそうに笑う。それを聞いてジェルマンも頬が緩んでしまう。
 こんなにも可愛い。こんなにも愛しい。
 愛してしまっても良いのだろうか。
 大人である分だけジェルマンは臆病にならざるを得なかった。


 15歳の誕生日が来ればニコラはジェルマンを抱くものだと勝手に思っていた。この国では15歳から合意があれば性行為は合法で行える。そうでなくても両親にも認められているし、ニコラが若すぎて気持ちが変わるかもしれないという恐怖はあったがニコラも15歳になる日を待ちわびていたので、ジェルマンは当然ニコラの15歳の誕生日には期待していた。
 キッチンを借りて作った小さなケーキにニコラは喜んでくれて、ジェルマンと半分に分けてそれを食べた。シャワーを浴びて寝室に入るニコラにジェルマンは自分もシャワーを浴びて来て寝室に来るように言われると信じ込んでいたのだ。
「今日はありがとう。おやすみなさい」
 だから、そう言われたときにジェルマンはきっと物凄く変な顔をしてしまったと思う。どれだけ自分が期待していたのか自覚させられて、恥ずかしくてニコラの顔を見ていられない。
「おやすみ、なさい」
 蚊の鳴くような声で告げて自分の部屋に戻ってから、ジェルマンはベッドに倒れ込んで悶絶した。抱かれるとばかり思っていた体は完全に期待して後孔を濡らしているのに、ニコラはあっさりと一人で眠ることを選んでしまった。
 やはり厳ついジェルマンを抱きたくなかったのだろうか。
 気持ちは変わってしまったのだろうか。
 ここ数日のニコラの態度に変化はなく、誕生日を待っていたように見えたのはジェルマンが都合のいいようにとってしまっただけなのかもしれない。
 あまりの恥ずかしさに悶絶してベッドの上でのたうつジェルマンは、フェロモンが漏れ出していることにも気付いていた。ニコラが欲しくて無意識に体が発情状態になるのをジェルマンは今日抱かれるのだと思い込んで放置していたのだ。
 発情期が来てしまった身体はニコラだけを求めて止まることができない。
 薬を打つ余裕もなく、とりあえずシャワーで頭と体を冷やそうとしたが冷たい水をかぶっても火照った体は全く治まりそうになかった。
 精通を迎えた日以来、ジェルマンはニコラの中心に触れることを許されてはいなかった。
「我慢できなくなるから」
 そう言われてしまうとニコラに求められればジェルマンも拒むことができないので無理に触れさせてもらうこともできない。一度触れたことがあるだけにあの熱い飛沫を胎で受けたいという思いは日に日に強くなるばかりだった。
 冷水のシャワーを浴びて冷えてしまったが胎はじくじくと疼いて熱でも出そうなジェルマンがバスルームから出ると、ニコラが廊下に立っていた。近寄れば跪いてニコラに欲しいと懇願してしまう。
 分かっているからこそ部屋に逃げようとするジェルマンの手をニコラが握った。
「冷たい……こんなに冷えて、なにをしてたの?」
「あ、暑くて、シャワーの温度を下げていただけです」
「甘い匂い、漏れてるよ?」
 この時点でジェルマンは自分が発情期の抑制剤を打っていなかったことを後悔した。冷えた指先が震えるのは寒さからだけではない。
 欲しくて堪らない。
「ニコラ……」
「どうしたの、ジェルマン?」
 分かっているはずなのに問いかけるニコラに意地悪をされている気分になってしまう。発情期のオメガがどれだけアルファを求めていて、ニコラがそれに応えられる年になったのに、ニコラは与えてくれない。
「欲しい……」
 掠れた声で懇願するとニコラは菫色の瞳を細める。
「なにが、欲しいの?」
「ニコラが……」
「僕に、何をして欲しいの?」
 核心まで求めなければニコラは与える気がないようだ。
 発情期の熱に浮かされて、快楽を求める体はどろどろに思考を溶かしてしまう。与えられるならばどんなことをしても構わない。
 チョーカーを外して跪いてジェルマンはニコラの思惑に堕ちて行った。
「ニコラのものに、して欲しい」
 うなじを晒すということはそういう意味だ。
 発情期のオメガとアルファが性行為をしてうなじを噛む。その先には番という関係が待っている。
 求めてはいけないという理性もなかったわけではない。ジェルマンの年齢からしてニコラの子どもを無事に産める確証はない。それならばニコラが他のオメガや女性とも関係を持てるように、番という位置を奪ってしまってはいけないはずだった。
 それなのにジェルマンの脳は完全に発情期の熱と火照った体に侵されてしまって、正常な判断などできなかった。
「素直だね、ジェルマン」
 良い子。
 自分の息子でもおかしくない年齢のニコラに囁かれて手を引かれて寝室に連れて行かれる陶酔感と背徳感。
 もう逃げ出すことなどできない。
 逃げ出すことを考えようとも思わない。
 ニコラに抱かれて満たされたい本能だけがジェルマンを支配していた。
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