後宮小説家、佐野伝達

秋月真鳥

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第一部

7.双子の取り調べ

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 イフサーン様とイフラース様は双子なので隣りの部屋に住んでいるが、特に仲がいいという話は聞かなかった。
 いがみ合っているわけではないが、べったりと一緒にいるわけでもない。
 皇帝陛下が渡って来たときのための寝室は広い寝台で二人が侍れるようにしているようだが、普段はその寝台では寝ないで、別々の寝台で寝ているという。

 よく考えてみればイフサーン様もイフラース様も二十歳の成人男性なのだ。双子とはいえ一緒に生活しているわけがないし、一緒の寝台で眠るはずもない。
 皇帝陛下の歪んだ考えが私にも移ってしまったようだ。

 まずイフサーン様の部屋に行くと、アズハル様のときと同じように不機嫌に迎えられた。イフサーン様は黒い衣装を身に着けられて、目しか見えないように黒い布を被っている。

「皇帝陛下の命とは言え、東方の島国の一貴族の質問に答えねばならぬとは、面白くないな」

 イライラした様子で指先で絨毯をトントンと叩いている。これがいら立っているときのイフサーン様の癖なのかもしれない。

 月の帝国では絨毯に直に座ることが多い。外でも女性たちは敷物を敷いて地面に座る。絨毯にはクッションがたくさん置いてあって、それに寄りかかったり、クッションを敷いたりするのが普通だ。
 クッションには細かな刺繍が入っていて、絨毯は美しく模様が織り上げてあった。

 位の高い者ほど高級な絨毯やクッションを使えるので、後宮では千里様の部屋が一番豪華に整っていて、次がアズハル様で、その次がこのイフサーン様となる。

「イフサーン様、イフラース様とは毎日お会いになっているのですか?」
「私の前で弟の名前を出すな! あいつはいつも私の真似ばかりしている。私が蜜の国から乳液を取り寄せたら、同じものがあいつの部屋にあった! こそこそと従者に調べさせずに堂々と聞きにくればいいのに!」

 双子で同じ顔をしているという話だが、イフサーン様はイフラース様を好ましく思っていない様子だった。そっくりな兄弟ゆえの拗れた感情なのかもしれない。

「イフラース様の従者がイフサーン様の部屋に入って来るのですか?」
「うちの従者と仲良くして、情報を流させているのだ」
「イフサーン様はどうしてそれに気付かれたのですか?」
「あいつが茶を飲みに来ないかと誘うから、仕方なく行ったら、化粧台の上に堂々と置いてあった。私に見せるために私を呼んだのだ! あいつはそういう妙な奴なのだ」

 理解できん!

 吐き捨てるイフサーン様の気持ちが私にも分かる気がした。そんな風に真似していることを堂々と明かされたら私も困惑してしまうだろう。

「イフサーン様の好物を真似して食べたりすることもあるのでしょうか?」
「いや、私は肉が好きで、あいつは野菜や果物が好きだ。肉は美容によくない、血を汚すとか言って食べたがらない」
「イフラース様は菜食主義ですか?」
「さいしょくしゅぎとは、なんだ?」
「えーっと、肉や魚などひとの手で殺された生き物を食べずに、野菜や穀物や果物だけを食べる方のことを言います」
「日の国の言葉か。その、菜食主義というのは、牛の乳や山羊の乳は食べてもいいのか?」
「主義主張がそれぞれ異なりますが、牛の乳や山羊の乳は命を奪っていないと考える者もいます」
「それならば、菜食主義なのだろうな。私が食事に肉を混ぜたらその椀をひっくり返して手を付けなかったことがある」

 イフサーン様はイフラース様の食事にこっそりと肉を混ぜさせたことがあるようだ。それならば菜食主義のイフラース様はそのときに怒ったことだろう。

「最後にお聞かせください。デメトリオという名前を聞いたことがありますか?」

 その名前を聞いた瞬間イフサーン様が眉根を寄せたのが黒い布越しにでもはっきりと分かった。立ち上がったイフサーン様が私のシャツの胸倉を掴み上げる。

「何故その名前を口にする! それは自害しようとした妾の名前! 貴様、何を調べている!」

 ものすごい剣幕で怒鳴られて、震え上がった私とイフサーン様の間に、シャムス様が入って私を助けてくれた。

「デメトリオは、佐野伝達の書いている物語に出て来る登場人物の名前だ。伝達はあの事件が起きて、上のものが緘口令を布いてから後宮に来たので、知らなかったのだ。皇帝陛下もその登場人物を気に入っていて、そのまま書けと仰っている。イフラース殿こそ、そんなに興奮してどうなされたのだ」

 よかった。
 シャムス様がなんとかうまいように言い訳を考えてくれていた。
 もう一度絨毯の上に座ったイフサーン様は、深く息を吐いてがりがりと頭を掻いていた。

「すまぬ。知らなかったのならば、知らせてはいけなかったな……シャムス様、許されよ」
「いや、イフサーン様が動揺されるのも分かる」
「あの者は、私とイフラースの後ろ盾を欲しがっていた。同じ太陽の国のジェレミア殿が後ろ盾になってくれぬと言われたが、私もイフラースも断った。その後にあんな事件があったから、私は気になっていたのだ」
「太陽の国のジェレミア様は、デメトリオという方の後ろ盾にはならないと仰ったのですか?」
「デメトリオという男はそう言っていた」

 一つ情報が入った。
 デメトリオという自殺未遂をした下位の妾と出身が同じジェレミア様は、デメトリオに後ろ盾になってくれるように頼まれたが断ったのだという。

 後宮では男性たちは側室や正室、それに位の高い妾を中心に、その取り巻きでグループになって行動している。
 大浴場に行くときも自分たちのグループと共に行くし、お茶会を開いて集まることもある。
 側室や位の高い妾の部屋は広く、従者もいるので、十数人が集まってお茶会を開くことくらいは簡単だった。

 千里様は自分の従者だけで取り巻きを作るようなことはなさっていないが、同郷の私が千里様の初めての取り巻きということになる。

「後、もう一つ。正室や、他の側室、妾達についてどうお思いですか?」

 部屋を出る前に私が問いかけると、イフサーン様は短く答えた。

「邪魔だな」

 それが偽らざる後宮の男性の感想なのだろうと私は、受け止めた。

 イフラース様の部屋に入ると、イフラース様は肌が見える格好ではないが、長袖の薄いシャツにズボンというラフな格好で、髪にも布を巻いているだけだった。
 正式な場にも出られるような格好をしていたイフサーン様とは全く違う。

「シャムス様、僕の部屋に来て下さって嬉しいです。伝達殿も、お茶を入れましょう。水煙草はいかがですか?」

 部屋には大きなカットガラスの瓶から管が伸びていて、それをイフラース様は吸って煙を吐き出している。部屋全体が甘ったるいような妙な匂いが充満していた。

「イフラース様は菜食主義……肉や魚は食べない主義と聞いたのですが、本当ですか?」
「後宮に来てから、体型を保つために、肉や魚は脂が多いから食べていないよ。その代わりにチーズやヨーグルト、ミルクはたっぷりと摂っている」

 イフサーン様から聞いた通り、イフラース様は菜食主義のようだった。

「イフサーン様から肉を食べさせられそうになったそうですが……」
「イフサーンは酷いんだよ。僕に内緒で米を野菜と一緒に炒めたものに肉を紛れ込ませていたんだ。匂いで気付いて、椀ごと投げ捨てたよ」

 食べられるものを投げ捨てるなど神経を疑う行為だが、イフラース様は貴族で食べることに困った経験がないのだろう。私など日の国では、米粒一粒も残してはいけないと教育されていたし、食べ物を捨てるなど考えられないことだった。

「あの化粧水はどうされたのですか? 私も使ってみたいです」

 化粧台を指差して当てずっぽうに言ってみると、イフラース様は嬉しそうに話しだす。

「あの化粧水は蜜の国から取り寄せた最高級のものだよ。肌がとても美しくなる。僕とイフサーンはこの国でも色白だろう? 千里様も色が白い。色が白いのを皇帝陛下が好まれると聞いて、美白成分があるものをイフサーンが取り寄せたと聞いたから、僕も同じものを取り寄せたのさ。イフサーンの肌に合うものは、僕にも合うからね」

 得意そうに語ってくれるイフラース様は、イフサーン様と全く違って、美容が大好きな明るい性格のようだ。
 双子で顔はそっくりと聞いているのにこれだけ性格が違うとは思わなかった。

「デメトリオという名前を聞いたことがありますか?」
「あぁ、あの可哀想な子だね。僕かイフサーンに後ろ盾になって欲しいとお願いに来たけど、僕は基本的に自分の周りには同郷のものしか置きたくない主義でね。断ったんだ。それを気に病んでしまったのかな」

 少し暗い表情になって俯くイフラース様は、この質問が来ることを予測していたようにすらすらと答えていた。

「正室や、他の側室、妾達についてどう思いますか?」
「みんな仲良く、寵愛を分け合えればいいんだけれどね。ほら、神は仰ってるでしょう? 平等に愛せる限り、夫は何人でも持っていいと。皇帝陛下は、それが実践できているか……いや、皇帝陛下を批判するつもりはないんだ」

 神の言葉まで持ち出すイフラース様。月の帝国では女性が複数の夫を持つのは当然であるし、夫と子どもを養える富がある前提で、平等に愛せるならば何人夫を持ってもいいという教えがあった。

 イフラース様の態度に私は若干の引っかかりを感じていた。
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