後宮小説家、佐野伝達

秋月真鳥

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第一部

11.禁忌の名前を口にして

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 書き上げた小説はこれまでよりも長いものになっていた。
 私一人の手では短い短編小説しか書き上げることができなかったが、バシレオスに手伝ってもらえばもう少し長いものを書くことができる。

「こんな文字数を書いて疲れただろう。バシレオスは休んでいてくれ」
「このくらいは平気ですよ。いつでもお申し付けください」

 誤字脱字もチェックもお互いにチェックして、私の小説をバシレオスに綺麗な字で書いてもらって、紙に箔押しまでしてもらって、私は皇帝陛下に届けることにした。

 皇帝陛下が来られるより一足先に千里様の部屋についた私に、千里様が問いかける。

「事件の調べはどのようになっている?」
「側室の方々に一人一人話を聞いている段階です。できればデメトリオ本人に話を聞きたいのですが実家に帰されてしまったのでしょう?」

 デメトリオの名前を出すと千里様が顔を顰める。

「デメトリオは太陽の国でも身分が高くない男性だったようなのだ。容姿の整った平民が買われて、貴族の養子とされて、連れて来られた。故に、デメトリオには帰る場所がなかった」
「それでは、どこにいるのですか?」
「城の一室に閉じ込められて、二度と自害などできないように拘束されていると聞いている」

 私が聞いていたのとデメトリオの扱いは少し違っていた。デメトリオは実家に帰されたとばかり思っていたが、帰る実家が受け付けなくて、城の一室で拘束されて監視されて暮らしているという。

「デメトリオに会う方法がないのでしょうか……」
「それも、取材とやらでなんとかならないのか?」
「それは……」

 取材として皇帝陛下にデメトリオに会うことを許可していただくとなると、どんな理由付けが必要だろう。考えている間に皇帝陛下とシャムス様が現れた。
 美しく箔押しをされて、印刷したようなバシレオスの整った字で書かれた小説を見て、皇帝陛下はため息を吐いた。それは感嘆のため息ではなかった。

「情熱に溢れた伝達の文字がよかったのに……」
「恐れながら申し上げます、皇帝陛下。この物語はいつもより枚数が多くなっております」
「そういえばそうだな」
「伝達殿だけで書くのには無理があったのです。伝達殿は萌える展開を考えて、他のものに書き写させることが伝達殿を疲れさせず、より多くの文字を書いてもらえる方法なのでは」
「そうか、シャムス。それならば、私もこの面白みのない字で我慢しよう」
「誤字脱字も減っていることでしょう」
「誤字脱字も伝達の味だと思って楽しんでおったのだがな」

 どれだけ私の汚い文字や誤字脱字まで皇帝陛下は気に入って下さっているのか。シャムス様も私の文字を気に入って下さって、誤字脱字は愛嬌とまで言ってくださっていた。
 これだけ大事にされているのならば皇帝陛下に申し出ても許されるかもしれない。

 まずは皇帝陛下が読むのを待つ。皇帝陛下が一枚読むとシャムス様にそれを渡し、シャムス様が読んで順番に整えていく。

「やはり、伝達の字の方がいいな。文字数が詰まっていて、この文字だと整って読みやすいのだが一枚の情報量が少ない」
「それは仕方がないことです。それにしても、ニキアス殿が従者に慕われていたなど」
「そう! それだ! 気位の高いニキアスは従者に思いを告げられても手酷く振ることしかできなかった。しかし、月の帝国に送られて、心の底では従者だけを心の支えにしていたなど!」
「実に素晴らしい展開です。ニキアス殿が月光の下で肌を晒す描写の美しかったこと!」
「従者はニキアスの口にすることのない想いに気付いて、ニキアスを抱く! これまでのものもよかったが、今回の物語は特によかった! 快楽に耐え、快楽に堕ちて行くニキアスがとてもとてもエッチだった!」

 盛り上がっている皇帝陛下とシャムス様は興奮している様子だった。これだけ皇帝陛下とシャムス様を興奮させる小説が書けたことは誇らしいが、それがボーイズラブということにはやはり私の心のどこかに「解せぬ」という思いがあった。

「皇帝陛下、実は、デメトリオに会ってみたいのです」
「伝達、そなた、何を……」

 申し出た私に皇帝陛下の表情が硬くなる。デメトリオの名前は緘口令が敷かれて、後宮では事件と共に口に出してはいけないことになっていた。

「話を聞いてみたいのです。私は想像で男性同士の恋愛を書いているのですが、まだ男性同士で本当に恋愛をしているものに出会ったことがない」

 これは本当の話だった。ただし、今世に限ってである。前世では同性愛者の方やそういう商売をしている方などに取材をしてきた。その上で作り上げたリアリティだったのだ。

 今世では男性同士の同性愛に触れたことがないという私の言葉に皇帝陛下は眉間の皺を少し緩めたようだった。

「そうよな。希少な男同士が恋愛をしていては、国は滅びてしまう」

 出生率が低く、病気にかかりやすく死にやすいこの世界の男性は、女性よりも免疫力の問題や、遺伝子的な問題がありそうだと私は考えていた。
 その謎は解けなくてもいいから、後宮の謎は解いてしまいたい。

「デメトリオは、男性に恋をしていてそれで我が身を悲観して自害に至ったのだという噂を聞いたのです」
「それは誠か!? 誠ならば、私はデメトリオをその男と結ばせるのもやぶさかではない」
「お優しい皇帝陛下ならばそう言ってくださると思いました。その真相を聞いてくると共に、私はデメトリオが同性愛者だったら、その取材もできるとおもいまして」

 大嘘である。
 デメトリオが男性に恋をしているなどという噂が流れているなどということは全くない。
 それでも、皇帝陛下の気を引くためには私は嘘をつかなければいけなかった。
 これで皇帝陛下が興味を持ってくだされば、デメトリオと会えると思ったのだ。

「分かった。デメトリオの部屋に行くことを許そう。明日の昼過ぎ、通路に兵を配備する。シャムスと共に行け。絶対にシャムスと離れるな」
「心得ました」

 皇帝陛下の許しを得て私は安堵して深く頭を下げていた。

 小説を読み終わった後には、皇帝陛下は興奮を冷ますようにお茶を飲んでシャムス様と話し合う。話の内容はほとんど小説のことだった。

「物語は遂にニキアスまで来たのだな。ジェレミアの物語を書いた後、伝達は誰の物語を書くのであろう?」
「それは伝達殿に聞かねば分かりません」
「伝達のために上位の妾達を集めて茶会を……いや、それもいいが、これまで伝達が書いた物語を書き写させて、数冊用意して、女同士の茶会を開くのはどうだろう?」
「それはいいですね。他の貴族たちにもこの素晴らしい物語を読んでもらうのですね!」
「貴族を集めた茶会を開くのだ!」

 それだけはやめて欲しい。
 集まった貴族の方々が、モデルにしている側室の方々に気付いて、「これはアズハル様!?」とか「これはイフサーン様とイフラース様!?」とか言われたら、私の首が飛びかねない。

「そ、それはちょっと……」
「大丈夫だ。原本は私がしっかりと保管しておく。見せるのは書き写したものだけだ」
「伝達殿、字の汚さも気にすることはないし、誤字脱字もきちんと直させる。安心されよ」

 全然安心できない。

「ナマモノだけは絶対にやめてくださいね。先生の作品が炎上しますからね!」

 前世の編集さんの声が聞こえる。
 ネタがなかったからといって、最初にアズハル様をモデルにしたのがいけなかった。私はこのジャンルに手を出してはいけなかったのだ。

 後悔をしてももう遅い。
 皇帝陛下は茶会を開く気満々だった。

 皇帝陛下と千里様が夜を過ごされるので、私はシャムス様に部屋まで送っていただいた。部屋の前に来るとシャムス様が真剣な面持ちになっている。

「皇帝陛下の前でデメトリオの名前を出すとは思わなかった」
「私の首が飛ぼうとも、私は千里様のために真相を暴かねばならぬのです」
「伝達殿、命を大事にしていただきたい」

 急に肩を掴まれて私は間近にシャムス様の顔を見る。

「私は蜜の国から来た父と、騎士の母の間に生まれた。この金色の髪も緑の目も、父に似たのだ。騎士の母は、先帝陛下に望まれて、皇太子殿下だった今の皇帝陛下の乳母となった」

 男女が逆転しているこの世界でも、女性しか母乳は出ないので、乳母は女性の仕事のようだ。

「乳母になるために騎士をやめた母がそのことを悔いて、皇帝陛下が十五歳で結婚された後に、再び騎士として騎士団に戻った。私は母を見て育ったので、結婚などして子どもを生めば、騎士団にいられなくなる期間があるのだと知っていて、結婚をこの年まで拒んで来た」

 シャムス様は髪を隠す私の布に触れる。
 それはシャムス様と出会った日にシャムス様からいただいたものだった。

「伝達殿の髪は艶やかに黒く、目も黒曜石のように輝いて黒い。母と同じ色だ。私はその色に憧れていた」
「シャムス様、何を……」
「伝達殿、私はそなたを死なせない。絶対にだ」

 強い決意をもって発せられた言葉に、デメトリオという存在に触れることがどれだけ後宮内で禁忌とされているかを肌で感じる。
 それでも私はデメトリオと話してみなければいけなかった。
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