後宮小説家、佐野伝達

秋月真鳥

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第一部

12.ジェレミア様の取材

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 翌日の午前中にはシャムス様は私の部屋に来てくれた。午前中のうちに私はジェレミア様への取材を終えておきたかった。
 バシレオスには昨日のように小説を書く紙に箔押しをして準備をしておいてくれるように頼み、シャムス様と一緒にジェレミア様の部屋に行く。
 ジェレミア様は庭の池が見える広い部屋で、快適に過ごしているはずだった。

「会いたくないと言っても許されぬのだな……俺に何が聞きたいのだ?」

 布で隠しているジェレミア様の髪が短く刈られていることに私は気付いていた。
 側室や妾の男性たちは少しでも自分を美しく見せようと髪を長く伸ばして、艶やかになるようにケアしている。それがジェレミア様には全く見られない。

「太陽の国とはどのようなところなのですか?」
「俺は太陽の国の王の一人息子だった。母上は俺に国王を譲るおつもりだったのだ。それが、反乱する輩のせいで、俺はこんなところに送られてしまった」

 不本意だと呟くジェレミア様は、十五歳という年齢に相応しい幼さが残っていた。唇を尖らせる動作もいかにも子どもっぽい。

「ジェレミア様は王太子殿下だったのですね」
「我が国では、男女問わず戦いに赴く。我らは勇敢な戦士なのだ」

 希少な男性を戦場に向かわせるなど、月の帝国からしてみれば考えられないことだろうが、私はそれが分かるような気がしていた。
 日の国で私の母上も姉上も、敵襲があったときに、私に自害するようには言わなかった。

「最後まで敵を倒し、あがきなさい。生きていることが何よりも大事なのです」

 今世の母上の言葉を思い出す。
 武芸を嗜みとして習うことはなかったが、私は日の国の領地では懐に短刀を備えていた。
 後宮では危険なので取り上げられているが、男性も戦うというのは、国が荒れている太陽の国においては当然のことなのだろう。

 月の帝国や日の国は統治が安定しているからこそ、男性を家の中に置いて守ることができる。戦場においては男性も女性も関係ないのだ。

「ジェレミア様は武芸を嗜んでおられるのですか?」
「当然だ。後宮に来てからも、あの池のほとりで木刀を振るっている。いつか、祖国に帰れる日のために」

 ジェレミア様は自覚のある立派な王太子殿下のようだった。
 それならば、何故デメトリオの後ろ盾にならなかったのだろう。王太子ならば国民を思うのが普通ではないのか。

「デメトリオがジェレミア様に後ろ盾になって欲しいと言ってきたと聞きます。それは真実ですか?」
「真実だ。だが、断った」
「何故でしょう?」
「まず、俺にそれだけの力がないと分かっていたからだ。デメトリオが来たときに俺はまだ後宮に入って一年も経っていなかった。後ろ盾も何も、自分の地位を確立するのに必死だった」
「それならば、貴族の送り込んだデメトリオを取り巻きに加えた方がよかったのでは?」

 私の問いかけに、ジェレミア様が額に手をやる。髪が短いので、布を巻いていても白い額が露わになっている。

「俺が幼いから愚かだと思っているのだろう? 俺はこの年だが、やるべきことはやる男だ。話を聞いて、その話を保留にして、俺はデメトリオの出自を調べたのだ」
「それで、何か分かりましたか?」
「送り込んだのは我が国の母上の臣下たる貴族だと分かったが、その貴族に拾われる前に、デメトリオは反乱軍に身を置いていたのだ」

 それは初耳だった。
 太陽の国が月の帝国の支配を受けていることに納得せずに、太陽の国の中で反乱を起こしている反乱軍。そこに所属していたデメトリオが、捕らえられて、教育されて後宮に送り込まれたとあれば、皇帝陛下のお命を狙う可能性もある。

「そのことを誰かに伝えなかったのですか?」
「千里様のお部屋には近付いてはならぬことになっていたので、アズハル様とイフサーン様とイフラース様にお伝えした。しかし、碌に聞いてくれなかった」

 デメトリオが反乱軍に所属していたことを伝えに行ったら、アズハル様は会ってくれなかった。イフサーン様とイフラース様には取り巻きたちによって追い払われた。
 結局、ジェレミア様は重要なことを誰にも伝えられずにいたのだ。

「俺は後宮に入ったのは本意ではなかったが、皇帝陛下は敬っている。皇帝陛下のような強い女性と結婚したいとは思っていた。だから、皇帝陛下のお命は守りたかった」

 何度もアズハル様とイフサーン様とイフラース様のところに行くにつれて、扱いが酷くなって、ジェレミア様はアズハル様とイフサーン様とイフラース様に危害を加える可能性があると言われて、近寄れなくなってしまったのだと語ってくれた。

「デメトリオのことを知っているのは、ジェレミア様だけですか?」
「どうしても聞いてくれないので、イフラース様の側近に言ったことがある。それだけだ」

 イフラース様はデメトリオが反乱軍の出身だということを知っていた。
 新しい情報に私は目を見開いていた。

 もう少しで何かが繋がりそうで繋がらない。
 部屋に戻ると、食事を持ってきてもらって、シャムス様と一緒に食べた。

 今日は前世でも食べたことのある、月の帝国の串に刺して炭火で焼く肉料理、ケバブと、シナモンやベイリーフ、サフランなどのスパイスでお米を炊き込んで鶏肉を添えた料理だった。

 サフランは同量の金と同じ価値があるという。
 黄色く色付いた長いお米を食べていると、お米が主食の日の国を思い出す。

「そういえば、イフラース様は、米を野菜と一緒に炒めたものに肉が入っていたから、椀ごと投げ捨てたと言っていましたね」
「そうだったな。食べ物を粗末にするなど信じられん」
「私も驚きました」

 肉を食べたくないのは分かるのだが、それを床に捨てていい理由にはならない。他のものに食べさせればいいだけのことではないか。

「イフラース殿の取り巻きも皆、そなたの言う、菜食主義というのにハマっているらしい」
「そうなのですね。主義主張は自由ですが、食べ物を捨てないで欲しいものです」

 食べながら私はシャムス様と話し、食後にはお茶を入れて飲んだ。

 廊下にいた兵士から声がかかって、デメトリオのいる部屋まで行っていいとの許可が伝えられる。私は絨毯から立ち上がり、シャムス様と肩を並べて歩き始めた。
 本来ならば皇帝陛下の妾が後宮を出ることは許されないのだが、今回のみ皇帝陛下の許しを得て後宮を出て、デメトリオが療養している北の棟に向かう。

 塔までの廊下はびっしりと兵士が並んでいて、他のものが私とシャムス様に近寄らないように見張っている。この廊下も、この時間だけは一時的に封鎖されて、私とシャムス様が通れるようにしてくださっているようだ。

「皇帝陛下直属の吟遊詩人、佐野伝達と護衛のシャムスだ」
「聞いております。お入りください」

 渡り廊下を歩いて、塔の入口で兵士に告げると、入口の鍵を開けてくれる。
 長い螺旋階段を上がっていくとデメトリオの部屋に辿り着いた。

 拘束されていると聞いていたので、寝台に縛り付けられているかと思えば、逃げられないように足を鎖で柱に繋いであった。
 鎖の長さは部屋を歩き回れるくらいはあって、生活には困っていない様子だ。

「デメトリオだな。私は皇帝陛下の乳姉妹で騎士のシャムス。こちらは皇帝陛下直属の吟遊詩人の佐野伝達だ」
「佐野伝達と申します。初めまして」

 身分はあまり変わらないはずなので、軽く頭を下げて部屋に入ると、デメトリオはきょとんとして私たちを見ていた。

「処刑の日が決まったのですか?」

 その口から出た問いかけに、私は驚いて否定した。

「皇帝陛下はあなたを処刑したりしません」
「私の出身は、まだ誰にも知られていないのですか?」

 デメトリオの言葉に、私はこれは真剣に聞き取りをしなければいけないと思っていた。
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