後宮小説家、佐野伝達

秋月真鳥

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第一部

13.デメトリオの供述

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「お茶を入れようにも、火を使わせてもらえないのです。私が再び自殺をするかと思っているのでしょうね」

 素焼きの壺に入ったレモン水をカップに入れて差し出してくれたが、私もシャムス様もそれを飲む気はなかった。覚悟を決めたようにデメトリオは落ち着いて椅子に座った。
 シャムス様が私に視線を向ける。

「本当に自殺だったのですか?」

 まずは確認しておきたいことを私は最初に口にした。
 デメトリオが自殺ではなかったとすれば、この待遇は間違っているし、皇帝陛下の気遣いもいらなくなる。

「自殺と言えば自殺なのかもしれません」
「その曖昧な答えの真意は?」
「私は、死ぬかもしれない薬を、自ら選んで飲んだのです」

 誰にも言えなかったとデメトリオは長く息を吐きながら、椅子に身を深く沈める。天井を仰ぎ見た目には涙が浮かんでいる気がしていた。

「私が太陽の国の反乱軍の出身ということは、もう知っておられるのでしょう? 私は貧しい家に生まれました。反乱軍に家を壊され、両親を殺されて、反乱軍の女性たちの慰み者になっていたのです」

 平民が貴族の元で教育を受けて後宮に送り込まれていたという情報は、一部合っていて、一部誤りだった。平民は平民でも、デメトリオは反乱軍の女性たちを慰める職につかされていた。

「毎日何人もの女性の相手をさせられて、暴力も振るわれて、私はあそこが地獄だと思っていた。逃げ出したかったのです。そこへ国王軍が来て、男の私は生かされて捕らえられました」
「太陽の国でも男性は殺さぬようにしているのですね」

 希少な男性は戦場においても殺されることはない。
 それが月の帝国の決まりだが、太陽の国でも同じようにされているとは思わなかった。

「国王軍に保護されて傷を癒していると、貴族が私を引き取ってくれました。私は貴族の家で教育を受けて、後宮に送られることになったのです」
「そのことをジェレミア様にはお話ししたのですか?」
「私が反乱軍にいたことは絶対に秘密にしておくように、貴族から言われていました。ジェレミア様にそれが発覚したとき、違うのだと言いに行ったのですが、ジェレミア様は私に会って下さらなかった」

 デメトリオが本当のことを言っている保証はないが、一旦デメトリオを信じることにする。デメトリオは反乱軍に所属していたが、それは本意ではなく、無理矢理に連れて来られて女性たちの慰み者にされていただけで、助けられた国王軍にこそ感謝し、貴族の元で教育を受けて、国王側として後宮に送り込まれたのだと言っている。

「その後、イフサーン様とイフラース様のところにも行っていますね」
「反乱の意思がないことを示すためには、発言力のある方の後ろ盾が必要だったのです。話を聞いてもらって、信じてもらえれば、私は後宮で安全に暮らせるはずだった」

 それを利用したのがイフラース様だという。

「イフラース様に、私は何でもすると言いました。そのとき、イフラース様はイフサーン様に食事の椀に肉を紛れ込まされて、大変お怒りで、『毒見でも何でも致します』と申し出たのです」
「イフラース様はどうされたのですか?」
「『少し考えさせてほしい』と言われました」

 数日後にデメトリオはイフラース様の元に呼ばれたのだという。

「『一人でいるときにこれを飲むように』と小瓶を渡されました。『少しずつ飲んで行けば毒に耐性ができるようになる。毒見役として毒に耐性がなければいけない』と言われました。私は、その小瓶の中身を飲みました。毒だと分かっていて飲んだのです」

 イフラース様だった。
 デメトリオの発言で全てが繋がった。
 デメトリオが自殺未遂をしたと思われたのは、イフラース様の渡した毒を飲んだからだった。

「イフラース様は悪くないのです。私が一度に飲む量を間違えてしまって……」
「ここまできて、イフラース様を庇うのですか?」
「私は……後宮に来てイフラース様に初めて優しくされました。イフラース様の毒見役になるということは、イフラース様に命を捧げるということです。最初から、私の命はイフラース様のものだったのです」

 強い口調で主張するデメトリオに、私は感じるものがあった。デメトリオは戦場で女性たちの慰み者になって、つらい思いをしている。そんなデメトリオが美しいイフラース様と出会って、優しくされたらどうなってしまうのだろう。

「デメトリオは、イフラース様が好きなのですか?」
「私は……そうだったのですね……。そうです、あの美しいイフラース様にいけないと知りながら恋心を抱いていました」

 死んでもいいから庇うほどにイフラース様を思っている。
 デメトリオの献身につけ込んで、イフラース様はデメトリオの命を弄んだ。

「シャムス様、一度部屋に戻りましょう」
「分かった。デメトリオ、そなたの処分は皇帝陛下が追って下すであろう。それまで妙な気を起こすでないぞ?」
「はい、分かっております」

 椅子から降りて床に膝をついて深々と頭を下げたデメトリオに、シャムス様は苦い顔のままで塔の長い螺旋階段を降りて行った。
 廊下を歩いて、後宮まで戻ると、私の部屋でシャムス様はお茶を飲みながら話す。

「デメトリオの自殺未遂がイフラース殿の企みだったとは」
「デメトリオの部屋から毒物は出たのですか?」
「それが、出なかったのだ。デメトリオは明らかに毒物の中毒状態で死にかけていたのに、毒物の入った小瓶というものは見付からなかった」

 後宮で起きた事件なので、デメトリオの部屋は念入りに探されたのだろう。それでも誰も毒物の入った小瓶を見付けていないとなると、イフラース様の手のものが回収して行った可能性がある。

「毒見とは名目だけで、計画的なものだったのかもしれません」
「それをどうやって証明する?」
「毒の入った小瓶を探さねばなりませんね」

 私たちは後宮の誰からも話を聞くことができるし、後宮のどこにも入ることができるのだが、部屋を探る権利などない。それに、もう半年近く前の事件なのだ。犯人も余程の間抜けでなければ、証拠品は処分しているだろう。

「デメトリオの証言だけではイフラース様を追い詰めるのは難しいですね」
「そうだな。デメトリオが嘘をついているとイフラース殿が言えば、イフラース殿を慕っているデメトリオはそれを受け入れて処刑されることを選ぶかもしれない」
「イフラース様が毒物を持っていたという証拠を示す方法があります」

 それに関して、私は一つ考えていることがあった。

「今日はジェレミア様の物語を書きますが、イフサーン様とイフラース様の物語、物足りないところがあったのではないですか?」

 悪戯っぽい目でシャムス様に問いかければ、シャムス様ははっと息を飲んで深く頷く。

「あのときには伝達殿にはバシレオスのような従者はいなかった。そのせいで、イフサーン殿とイフラース殿のどちらもの視点を読めて最高に興奮したのはよかったが、エッチの部分が有耶無耶になっていた!」

 そうなのだ、あのときは筆が乗ってイフサーン様とイフラース様の視点を書いてしまったがために、一日に書ける文字数を超えてしまって、肩も腕もバキバキのボロボロで、性行為のシーンを深く書き綴ることができなかった。そのため、イフサーン様とイフラース様の小説は、性行為のシーンを切り取って、翌朝のシーンを書くという手法を取ってしまった。

「イフサーン殿が我慢できなくなってイフラース殿に覆い被さって、その後、翌朝の描写になっておった。もっとエッチでもいいのにとは思ったが、あれはあれで、二人の心情がよく分かって素晴らしかった」
「その性行為のシーンを続きとして書くとしたら」
「取材が必要、か?」
「そうです! もう一度、イフサーン様とイフラース様のところに行きましょう」

 私は忘れていなかった。
 イフラース様はイフサーン様が取り寄せるものを真似て取り寄せている。その毒物もそうだったのならば、イフラース様は処分していても、何も知らないイフサーン様は持っている可能性がある。

「伝達殿、そなたは天才だ!」
「ありがとうございます、シャムス様!」

 あまりのことに抱き合って喜んでから、私は慌ててシャムス様から離れた。シャムス様の豊かな胸が私の貧弱な胸に当たって、その柔らかさに夢中で胸を揉んだ初対面を思い出してしまったのだ。

「伝達殿、今日の小説も楽しみにしている」

 シャムス様は気にしていない様子で、爽やかに挨拶をして部屋から出て行く。
 私はバシレオスを呼んで今日の小説の打ち合わせをした。

「ジェレミア様は、抱かれる方ではなく、抱く方を皇帝陛下は好まれると思う」
「ジェレミア様はどのような性格だったのですか?」
「とても女性的で、勇敢だった。武芸も習っていると聞いた」
「それでは、武芸の指南役との恋はどうですか?」
「それだ!」

 年上のぶっきらぼうな武芸の指南役に木刀で挑んで、何度も打倒されるジェレミア様。そのうちに武芸の指南役を倒すことが目標となってくる。
 倒した暁には、武芸の指南役を抱かせてくれというジェレミア様の爽やかなボーイズラブが浮かんでいた。

「性行為はなくていいのですか?」
「ジェレミア様はまだ十五歳だ。性行為には早い」
「市井では普通に行われていることですが」
「私の倫理観が許さないのだ」

 月の帝国で十五歳での性行為が許されているとしても、私は前世の記憶があるから十八歳以上でないと性行為は書きたくなかった。
 このことは皇帝陛下も理解してくれるだろう。
 私が語る小説を、バシレオスが文字に起こしてくれていた。
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