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第5部 天然女子高生のための真そーかつ

第136話 サブスクリプション

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 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生にはリベラルアーツ精神と左派系の思想が叩き込まれている。


「あっちゃー、バラピーの解約忘れてた。お母さんに何て言おうかな」

 ある日曜日の昼、私、野掘のぼり真奈まなは部屋着のまま自室でノートパソコンを操作していた。

 硬式テニス部の顧問でもある国語科の金坂かなさかえいと先生は教師ドラマの金字塔と呼ばれる「三年乙組銅金どうがね先生」の大ファンであり、私も以前から気になっていたそのドラマが定額動画配信サービスの「バラピー」で配信開始となった際はすぐに契約して家族で見ていた。

 昨月「銅金先生」の最終回スペシャルを見終わったことを受けIT関係に弱いお母さんから「バラピー」の月額コースを解約するよう頼まれていたのだが、すっかり忘れていたせいでもう何も見ないのに1か月分の料金が余分に請求されてしまったのだった。

「お疲れ様です、実はご相談したいことがぐふっ!!」

 そろそろ弟の正輝まさきがノックせずに入ってくる頃だろうと予測して準備していた350ミリリットルのアルミ缶を投げつけると、顔面にアルミ缶が直撃した正輝は頭から床に倒れた。

 倒れている正輝を一旦部屋の外に出してから部屋着に着替えると、私は正輝を再び室内に蹴り入れた。


「いつもながら申し訳ありません、ちょうど用件と関係のある作業をされていたようなので。早速本題に入りますが、この惑星では近年サブスクリプションというビジネスモデルが流行しているそうですね。映像や音楽といった創作物のみならず、月額料金を払えばラーメンという料理を毎日1杯食べられるというサービスもお聞きしています」
「確かに、ここ5年ぐらいで一気に一般化してますね。この家では動画配信以外は通販サイトの月額配送料無料サービスだけしか契約してませんけど……」

 例によって正輝に憑依している外宇宙の異星人であるローキ星人は地球の文化を研究しており、今日はサブスクリプションについて学びに来たらしい。

「サブスクリプションというビジネスモデルは手頃な料金で様々なサービスが受けられる点で魅力的なので私の母星でも取り入れてみたいのですが、一体なぜビジネスモデルとして成立しているのでしょうか? 例えば、この日本という国ではアニメの映像記録媒体は安くても数千円はするのに、サブスクリプションでは月額500円ほどの料金で無数のアニメをいくらでも見られるそうですね。どう考えても商売が成り立つとは思えないのですが……」
「うーん、私も専門家ではないのではっきりしたことは言えないんですけど、映像配信サービスって実際に使ってみると毎月そんなにはドラマとかアニメを見ないんですよ。理論上は1か月に大量の作品を見られても実際にはそんなに時間を割けないですし、サービスによって取り扱ってる作品も違うので複数のサービスを契約することもあります。あと、作品を売る側からしてみれば動画配信サービスに配信権を提供するだけで自動的に利益が入るのも美味しいんじゃないですか? 配信だけなら在庫の心配もないですし」

 これまでよく考えたことはなかったが、異星人相手に説明しているうちにサブスクリプションというビジネスモデルは消費者側が有利すぎるように見えて実際にはそうでもないのかも知れないと思った。

「なるほど、以前学んだ『食べ放題』が儲かる理由にも似た所がありますね。定額で財やサービスを無制限に提供する一方、それにかかるコストを極限まで削減するという工夫が一致しています」
「サービスを利用する側からすればサブスクリプションは実際便利なので、そちらの母星でも導入してみる価値は十分にあると思いますよ。……あっ、ちょっと見たいアニメがあるので1階に降りますね」

 部屋の時計を見ると時刻はもうすぐ14時で、ちょうどMHKで『ふしぎな空のセディア』の再放送が始まる時間だった。

 少し前に2年生で書道部員の金原かねはら真希まき先輩に勧められて見始めたら私もすっかりはまってしまい、今では録画しているのに毎週リアルタイムで見るほどになっていた。


「あー、今回も面白かった。これだけ面白い番組ばっかり作ってくれたら受信料も払いがいがあるんだけど」
「受信料? そういえばこの日本という国では公共放送の受信料は支払う義務があるそうですね。受信料は具体的にどの程度かかるのでしょうか?」
「えーと、うちは衛星契約だから確か年間で2万4千円ちょっとのはずです。オンデマンド配信サービスは月額1000円ぐらいだったかな?」
「何だって!? この国の公共放送は放映されている番組を見るだけで月額2000円以上もかかるのか!? しかもオンデマンド配信は別料金!?」
「いやまあ、確かに高すぎるとは思いますけど……」
「これは明確な人権侵害です。今からMHKの本社にワープして受信料の支払いを任意のサブスクリプションとするよう働きかけてきます! 従わない場合は経営陣をローキ光線でイッーーーー」

 頭から生えている不自然に太いアホ毛を勢いよく引っこ抜くと、異星人に憑依されていた正輝はいつもながら失神した。


「あれ、俺テレビ見ながら寝ちゃってたのかな? あっ、セディアの時間が終わってる。今からLuhuルーフーで見ていい?」
「えっ、セディアってLuhuで配信されてたの!? 早く教えてよ!!」

 正輝と一緒に『ふしぎな空のセディア』の続きを見ながら、私は今回はローキ星人を止めない方がよかったかも知れないと思った。


 (続く)
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