こんなに晴れた素敵な日には

輪島ライ

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6 誰にも言えない秘密

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「とりあえずどこに行こうか。日比谷先生お腹空いてる?」

 不自然にならないように距離を空け、肩を並べて歩き出した私に嶋田先輩は上機嫌でそう尋ねた。

「僕はどこでもいいかなあ、その辺のお寿司屋さんにでも入ろうか。アレルギーとかない?」
「私は別にお腹空いてないです。あと人に見られると困るのでお店なら個室がいいです」
「個室ねぇ……スマホで調べないとどこが個室の店か分かんないな。そうだ、適当にその辺のお店でテイクアウトしようか。それを個室で食べればいいし」
「個室? カラオケボックスとかですか?」
「そんな訳ないでしょ、ほらここにある」
「っ……!」

 先輩が路上で立ち止まり指差した先には、薄暗い街角に面したラブホテルの看板があった。


「ふ、ふざけないでください。どうして私が先輩とラブホテルに……」
「だって先生お金欲しいんでしょ? まさか僕とご飯食べただけでお金貰えるとか思ってないよね?」
「なっ……」

 パパ活はそういうものでしょうと怒鳴りそうになったけど、嶋田先輩は私をラブホテルに連れ込むことに何の心配も緊張も感じていないようだった。

「人を馬鹿にして……出るとこ出ますよ? こんなことが病院に知られたら、先輩の立場だってどうなるか……」
「ああごめん、最初に言っとくけど僕は日比谷先生とセックスをしたい訳ではないです。彼氏のいる同僚に手を出すなんてリスキーなことは僕は絶対にしない。ただ、一つお願いしたいことがあるのは確かです。これは本当に嘘じゃないからね」
「はあっ……?」

 嶋田先輩の口からセックスという言葉が出た瞬間に顔を真っ赤にした私は、続く言葉に疑問符を浮かべた。

 先輩は私をラブホテルに連れ込みたいけどセックスをしたい訳ではなく、一方で密室で私にさせたいことがあるという。


「それは一体、どういうことですか……?」
「まあ入ってみれば分かるよ。ホテル代もかかるしハンバーガーでも買っていこうか。別に僕はもっと高いものでもいいけどね」

 先輩はそう言うと私を無視してさっさと近くにあったモスバーガーに入り、まだスマホの写真を消して貰えていない私はやむなく先輩の後を追った。


 海老カツバーガーのセットを買おうとすると先輩は私と店員の間に割り込んで自分のチーズバーガーと一緒に注文し、バーコード決済で2人分の支払いを済ませた。

 2人分の袋を手に持った先輩は先ほどのラブホテルのエントランスに入り、私は周囲に誰の目もないことを確認して後に続いた。

 そして……


「もぐもぐもぐ、やっぱりモスバーガーは美味しいね。日比谷先生は普段マクド派?」
「自炊してるのでそもそもハンバーガー自体食べるの久しぶりです。モスのポテトは好きですけどね」

 ラブホテルの小さなテーブルに向かい合って座った私は先輩が美味しそうにチーズバーガーを頬張るのを眺めていて、大嫌いな先輩にラブホテルに連れ込まれて一緒にハンバーガーを食べているという奇妙な状況に何も考えられないでいた。


 ホテルの部屋に入る前、私柔道やってますからと言って先輩を睨みつけた私に、先輩はそうらしいねとだけぽつりと答えた。

 部屋に入ってからも先輩は私に襲いかかるどころか手を触れさえもしなくて、荷物を部屋の隅に置くといただきますと言ってハンバーガーを食べ始めた。


 個室に入ったのだからこの男を殴りつけるなり何なりしてスマホを奪えばいいとも思うけど、ここで暴力を振るって恨まれたら後がもっと怖いかも知れない。

 どうにか穏便にこの場をやり過ごす方法を思いつかないままで、私は美味しい海老カツバーガーを少しずつかじっていた。


 お互いバーガーを食べ終わり、ポテトもほとんど食べ尽くした所で私は先輩に気になっていたことを尋ねた。

「……どうしてあのアカウントが私だって分かったんですか? 髪型も今と違いますし、顔は分からないようにしてたのに」
「ああごめん、勘違いしてるかもだけど僕がマッチングアプリで日比谷先生に遭遇したのは本当に偶然だよ。先生に逃げられたくないって思って写真撮ったけど、あれもその場でとっさに思いついただけ。写真は絶対に悪用しないからね」
「じゃあ消してください。……写真撮って、それで私に迫るつもりじゃなかったんですか?」
「人聞きが悪いなあ、何度でも言うけど僕は彼氏がいる同僚の女の子に無理矢理関係を迫ったりはしない。日比谷先生のことは一人の異性として好きだけどね」
「その言葉、信じてもいいんですね。……それで、私は何をすれば?」

 肝心なことに切り込んだ私に、先輩は無言で頷くと室内に置かれているあるものを手に取った。


「日比谷先生とセックスはできないけどさあ……一緒にAV観るぐらいはいいでしょ? 僕こういうのすごく興奮するんだよね」
「っ……セクハラですよ。私そんなことしたくないです」
「彼氏とはもっとすごいことしてるのに?」

 先輩がいかがわしいパッケージのDVDを見せながら口元を歪めてそう言った瞬間、私の堪忍袋の緒は切れた。

 無言で先輩に歩み寄り、私は全力を込めて右の平手で先輩の頬を叩きつけた。


「うぐうっ!!」
「ふざけんなよこの変態っ!! 死ねっ、死ねっ!!」

 平手打ちされた衝撃で床に倒れ込んだ先輩の肥満した胴体を何度も右足で蹴りつけ、私は叫んだ。


「私に何の恨みがあるか知らないけど!! 気持ち悪いんですよ!! 死んじゃえっ!!」
「あっ!! あがっ!! あああぁ……」

 私は靴を履いたまま、自分の足が痛くなるまで先輩を何度も繰り返し蹴りつけた。

 先輩が身体を丸めて全身をぴくつかせ始めた所で、私ははっと我に返って先輩を蹴りつけるのをやめた。


 先輩は痛みに苦しみながら唸り声を上げ始めて、まさか怪我をさせたのではと思った私は慌てて先輩の頭の横にかがみ込んだ。

 流石にそこまでのことはないと思うけど、もし腹腔内出血でも起こされていたら救急車を呼ばなくてはならなくなる。


「……大丈夫ですか?」
「そうだよ……これを求めてたんだ……日比谷先生っ!!」
「きゃあっ!!」

 先輩は突然床から身を起こすと、私の右腕を素早くつかんでそのまま私の上半身を床に押し付けた。

 突然の行為に私はすぐに抵抗できず、先輩の肥満した身体と重力に押しつぶされそうになる。


「や、やだっ!! やめてっ!!」
「好きだ、日比谷先生。もっと、もっと僕を……」
「いやあっ!!」

 私の両肩を両手でつかんで押さえつけ、顔を近づけてきた先輩に私の全身は瞬時に反応した。

 下半身をぐるりと回転させるようにして先輩の身体の重心を崩し、そのまま腰と背中の力だけで先輩を背中から床に投げ落とした。

 柔道の心得はこういう時に役に立って、私は床に仰向けに倒れた先輩のお腹を両脚で押さえつけるとそのまま先輩の首元に両手を突き出した。


「っあ!! あ、あ、あああぁ……ああぁ……」
「あんたなんかに……あんたなんかに、私の……」

 先輩の太い首を両手で絞めつけ、右手に強く力を込めると先輩は苦痛と快感に表情を歪める。

 脂肪を蓄えて丸々とした頬に不規則なえくぼが浮かび、私はこの最低な男をこのまま殺してやりたいという思いに駆られた。

 しかし彼のズボンを通じて嫌でも伝わってくる熱感に、形容できない気味の悪さを感じて少しだけ両手の力を緩める。


「あ、あ……はぁはぁ……日比谷先生っ……」
「もういいでしょう。お金は結構ですからこんなことはもうやめましょう。今日あったことは全部忘れて、それで……」
「忘れないよ……」
「っ……!!」

 私が両手から力を抜いた瞬間に、先輩は肥えた右手で私の白く細い左腕をつかんだ。

 原初的恐怖に襲われた私は反射的に右手で先輩を殴りつけ、再び彼の首の脂肪に両手の指を押し込む。


「あはあっ!!」
「何するんですかこの変態! 死ねっ! あんたなんか今日ここで死ねっ!!」
「くっ、くうっ、ああああああああああああああ!!」

 激昂した私はこれまでで最も強い力で先輩の首を絞めて、その瞬間に先輩は下半身を痙攣させた。


「な、何よこれ……こんなのって……」
「最高だった……日比谷先生、もっと、もっと僕を……」
「いやっ!! もう無理です、こんなのとても付き合ってられない!! 私帰りますからね!!」
「ま、待って……」

 私は涙目になりながら先輩の肥満したお腹の上から立ち上がり、そのまま部屋を出ようとした。

 痙攣の余韻で動けなかったはずの先輩は私が立ち上がった瞬間に素早く私の右の足首を右手でつかみ、私は思わず転びそうになってしまう。

 再びこの最低な男を蹴りつけてやりたいと思ったけど、今現在のこの男にはそんな形だって触れたくはない。


「日比谷先生、待って……」
「何ですか!? 私もう限界なんです、何であんたとこんな所でこんなことしなきゃいけないんですか!?」
「隠しカメラがある」
「っ……死ねっ!!」

 私は先輩の言葉に再び恐怖すると右脚を振り上げて先輩の手を振り払い、そのまま彼の肥満した腰を何度も右足で蹴りつけた。

 隠しカメラ。一体どこにあるのか。まさか部屋の隅に置いたカバンの中か。


「消せ、消せっ!! 人前で見せびらかしたりしたら本当に殺しますから。今すぐ消してください!!」
「消さない!!」
「何でですか!?」

 先輩は私に太った身体を蹴りつけられる度にあえぎ声を漏らし、私は今の状況の気持ち悪さに両目から涙を流しながら叫んだ。

 こんな不気味な状況に追い込まれるぐらいなら、コンドームを着けさせて1回セックスして終わりにした方がよっぽどましだったかも知れない。


「動画を消したら、日比谷先生はもう会ってくれない。動画さえ消さなければ、僕は何回でも日比谷先生にこうして貰える」
「消したってそれぐらいしてあげますよ!! お願いだから、どうか……」
「消さない!! 5万円!!」

 先輩は子供が駄々をこねるようにして叫び返すと、ポケットの定期入れから雑に折りたたまれた紙幣を取り出した。

 身体中を蹴られた痛みに唸りつつ、先輩はホテルの床をうつ伏せで這って私に5万円を差し出した。

 目の前にある5万円もの大金に目を奪われ、私は何も言えなくなってしまう。


「僕とこうやってデートしてくれたら、その度に君に5万円をあげる。悪い話じゃないはずだ」
「いっ、要りません、そんなお金……」
「だったらどうして会ったんだ、正体が誰かも分からないような男と!!」
「……」

 私を床から見上げながらそう言った先輩の目には、確かな光が宿っていた。

 先輩はきっと知っている。私がこうまでしてお金を稼がなければならない状況にあることを。


「受け取れ。僕とここでこうした以上、君にはこれを受け取る義務がある」
「……っ!!」

 私は先輩が差し出した5万円を奪い取るように右手でつかみ取り、そのままバッグの中の財布にしまい込んだ。

 そして先輩を置き去りにしたまま私はラブホテルの部屋を出て、泣きながら阪急京都本線の大阪梅田駅へと走った。



 大学最寄駅の阪急皆月市駅へと向かう電車の中で、私はバッグに顔をうずめるようにして泣き続けた。

 まだ乗客も多い夜20時頃の車内では周囲の人々が座席で泣いている私を見て眉をひそめていて、知り合いに出くわす可能性もあったけど今はそんなことを考えていられなかった。


 私は嶋田先輩を殴って蹴りつけて首を絞めて、先輩はその行為に興奮して快楽を味わった。

 その見返りに先輩は私に5万円を差し出して、これからも私に同じことをさせてお金を払うと言った。


 私はもう逃げられない。先輩は私の写真や動画を持っていて、きっとこれからバックアップも保存するだろう。

 警察に駆け込んだところで民事不介入で済まされるだろうし、事を荒立てて病院内に悪い噂が広まるのは絶対に嫌だ。


 今日から誰にも言えない秘密を抱えなければならない事実に悲嘆しつつ、私はこの5万円でこれから一体何ができるかを考えてしまっていた。
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