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花火大会
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今日は八月十六日。朝から快晴でとても夏らしい日。
現在の時間は日本標準時で十八時ちょうど。そして彼女との待ち合わせは駅前に十九時。
……誰に何を言われずとも自分でもちろんわかっている。
都会ならいざ知らずここでは一時間に一本の電車しかこないのだから、この行動の無駄さは自分でよくわかっている。
目の前にある壁掛けのアナログ時計を信用しきれず、スマホでわざわざ日本標準時を確認しているのも無駄だとわかっている。
駅にあるこの時計は毎日正確だし、時刻表に狂いもないんだから無駄でしかない。だけど仕方がないのだ。
ここまで一人で来ると言う彼女を、待ち合わせの時間まで黙って家で待っていることなんて、僕には到底不可能だったんだから仕方ないんだ。
うん、仕方ない。これはしょうがないことなんだ。
本当ならこちらから彼女の最寄り駅まで迎えに行きたかったのに、「うん、時間とお金のムダだから駅前で待っててにゃん♪」と言われてしまったのだ。
当然、彼氏としてそれに食い下がりもした。
しかしそれも、「じゃあ、ウチにきてパパとママに挨拶する?」なんて彼女に言われたら無理だ。
きっとただの挨拶などでは済まないし、付き合って一ヶ月でママはともかくパパは無理だ。
見せてもらった写メだけしか僕は彼女のパパのことを知らないが、娘を夕方に迎えにくる男(彼氏らしい)なんて、事前のアポイントがなければ心身ともに痛い目にあうことだろう。
あの写メでもわかる鍛えられた身体と、あのマフィアみたいな顔からの妄想に過ぎないが、その妄想が現実になっては困るのだ。
彼女とお付き合いを始めて一ヵ月ほどが経過して、ようやく彼女という人間を多少は理解できてきたところなんだ。
まだまだ僕は死にたくないし、本当に挨拶に行くにしても準備は必須だし、覚悟も必要かもしれないし……。
夏休みの直前から彼氏彼女を始めた僕たち。
僕にとっては初めての彼女だから勝手も何もわからず。いや、本当に何もわからず毎日が発見の連続だった。
彼女を通じて女の子のことを何も知らなかったんだと日々感じ、僕は日々新しい情報を得てきた(あるいは覚えさせられた)。
だけど、それも一ヶ月足らずでは全然足りていない。今日のことだって適切な対応を見出せない僕が悪く、待ち合わせ場所で待っていてほしいという彼女の方が正しいのだろう。
要するに僕は彼氏彼女の加減がまだよくわからないのだ。
だから今回は僕が彼氏としてしたかったあれやこれを、もっと自分が彼氏としての経験を積んでからでないとできない行動なんだと諦めた……。
しかし、夏休みだというのに主に学校とその帰り道しか彼氏彼女の行為をしていない、そんな僕たちの言わば初めてのデートがこの花火大会なのは違いなく。
タイミングが合わなかった市内の大きなやつでないのは残念だけど、この地元の盆おくりの花火大会が、
「──っと、なんか人がたくさん。えっ、いつの間にかホームに電車が、十八時五十分!?」
「だーれだ」
「うわぁ!? 黒川さん。な、なんで背後から!?」
「一条くんせいかーい。みゆきちゃんでした」
気づけばいつの間にか目の前の時計の針は大きく進み、ホームには下りの電車はついていて、降りてきた人たちが次々横を通り過ぎているではないか。
そして、どうしてだかこの電車に乗ってきたはずの彼女は背後から僕に抱きついているのだが!?
こ、このくらいなら慣れたかと思ったけど、やっぱりいい匂いがするし、やっぱり触れられるというのは刺激が強すぎる。
抱きつかれるなんて温かくてフニュフニュで……──って違う!
「黒川さん。すぐに離れてください。往来でのこれは学生らしいお付き合いに反するから!」
「そうでした。そういう約束だったにゃん」
彼女の行動には毎回ドキドキしてしまうがこの際それはいいとして、問題は制服ではないからか感じる、このダイレクトな抱きつかれている感の方だ。
こ、これは僕が今日は浴衣を着ているからだろうか? そうだよね。そうとしか考えられないし。
「ボーっとしすぎ。どこ見てんだかわかんないし、人混みに紛れて背後に回るの超簡単だったぞ」
「なっ、そ、その格好は──」
今日は驚くほど素直に離れてくれた黒川さんの方に振り返ると、いつもよりやけにダイレクトな感触の理由がわかった。
彼女も浴衣を着ているのだ。白地にピンクの花柄の浴衣を。
百四十センチしかない彼女の身長では、普段から制服がなかったら子供にしか見えないのに、浴衣なんて着たら余計に子供にしか見えないだろう。
しかし、目を引く金髪とバッチリされた化粧が印象を単なる子供ではないと思わせるのだ。
これは制服でも同じで、僕は派手派手な彼女が初めとても怖かった。
ギャル(最近覚えた)と言うらしい彼女の出で立ちは浴衣を着ても適応されていて、今日はサイドアップ(最近覚えた)にされた髪も印象を大人に見せている。
というか、黒川さんの制服と体操着以外の服を初めて見たぞ。
これはアレだ。カワイイというやつだ。
ちょうカワイイな。ヤバいぞ、これは……。
「うん? 花火大会なんだから浴衣でしょ。似合ってる♪」
「似合ってるけどそうじゃなくて! そんな話聞いてないし、そんな格好でここまできたの!?」
「そんな格好って……。周りみんなそんな格好じゃん。そう言う自分もね」
夏場の男なんてTシャツ一枚でいいんだから、肌着の上に浴衣を着ている今の方が厚着なくらいだ。
しかし彼女の、女の子のそれはどうなんだ!?
ブラウスにスカートの制服はまだいいとして。いや、あの不必要に透けてたりするのは許せないんだけど、今は、今はいい。それより浴衣って!
「黒川さん。あのね!」
「買うだけ買ってたんだけど着る機会があってよかったよ。実は水着も買ったんだぞ。見せてあげるから近日中にプールいこう、プール」
「……水着。プール。いいね、ぜひ行こう」
うちの学校では水泳の授業どころかプールすらないから水着の必要性は皆無で、僕は今の自分に合う水着なんて持ってない。
今さら海になんて遊びに行かないし、最後に泳いだのなんてもういつのことなのかもわからないが、彼女とプールまでに水着を買いに行かないとだな。
──で、急に決まったプールも大事だが、今はプールよりもはるかに大事なことがある。
水着って下着とどう違うのか。ではなく、女の子の浴衣ってその下はどうなっているんだろうということだ。
今のダイレクトな感じは本当に浴衣という物のせいなのかということだ。
浴衣の下には何もつけないとかいう話を聞いたことがあるような気がするのだが?
ダイレクトな感触の理由がそうなんだとしたら大変なのだが……。
「さ、参考までに聞くんだけどその浴衣の下ってどうなっているの。何もつけないとか言うけど、あれは嘘だよね?」
「えっ、本当だよ。この下は何も着てないよ」
「!?」
そんなわけがと思いはしても、本当にそうだったらとも考えてしまう。
本当にそれ一枚だったらどうしよう!?
自分の間違った認識をからかわれているだけだと、彼女がそんな格好で外に出歩くわけないと思いたいけど、本当にそれ一枚だったらどうしよう!?
「そんなに気になるなら覗いてみるかにゃん♪ 直接手を入れてみてもいいよ」
「そ、そんなわけには、」
「もう誰もいないよ。そ、れ、に、あーしがいいって言ってるんだからいいじゃん」
一気に流れてきたというだけで実際にはそれほど数がいたわけではない電車を降りてきた人たちは、みんな花火が始まる二十時までに海の方に移動するんだから周りにはとっくに誰もおらず。
役目を終えた駅員も引っ込んでしまえば見ている人もいない。
もう何度目になるのかわからないけど、彼女からの誘いに屈しないと決めたはずが、最近少しだけ誘惑に負けそうになる。
ちょ、ちょっとだけならいいんじゃないかな……。
現在の時間は日本標準時で十八時ちょうど。そして彼女との待ち合わせは駅前に十九時。
……誰に何を言われずとも自分でもちろんわかっている。
都会ならいざ知らずここでは一時間に一本の電車しかこないのだから、この行動の無駄さは自分でよくわかっている。
目の前にある壁掛けのアナログ時計を信用しきれず、スマホでわざわざ日本標準時を確認しているのも無駄だとわかっている。
駅にあるこの時計は毎日正確だし、時刻表に狂いもないんだから無駄でしかない。だけど仕方がないのだ。
ここまで一人で来ると言う彼女を、待ち合わせの時間まで黙って家で待っていることなんて、僕には到底不可能だったんだから仕方ないんだ。
うん、仕方ない。これはしょうがないことなんだ。
本当ならこちらから彼女の最寄り駅まで迎えに行きたかったのに、「うん、時間とお金のムダだから駅前で待っててにゃん♪」と言われてしまったのだ。
当然、彼氏としてそれに食い下がりもした。
しかしそれも、「じゃあ、ウチにきてパパとママに挨拶する?」なんて彼女に言われたら無理だ。
きっとただの挨拶などでは済まないし、付き合って一ヶ月でママはともかくパパは無理だ。
見せてもらった写メだけしか僕は彼女のパパのことを知らないが、娘を夕方に迎えにくる男(彼氏らしい)なんて、事前のアポイントがなければ心身ともに痛い目にあうことだろう。
あの写メでもわかる鍛えられた身体と、あのマフィアみたいな顔からの妄想に過ぎないが、その妄想が現実になっては困るのだ。
彼女とお付き合いを始めて一ヵ月ほどが経過して、ようやく彼女という人間を多少は理解できてきたところなんだ。
まだまだ僕は死にたくないし、本当に挨拶に行くにしても準備は必須だし、覚悟も必要かもしれないし……。
夏休みの直前から彼氏彼女を始めた僕たち。
僕にとっては初めての彼女だから勝手も何もわからず。いや、本当に何もわからず毎日が発見の連続だった。
彼女を通じて女の子のことを何も知らなかったんだと日々感じ、僕は日々新しい情報を得てきた(あるいは覚えさせられた)。
だけど、それも一ヶ月足らずでは全然足りていない。今日のことだって適切な対応を見出せない僕が悪く、待ち合わせ場所で待っていてほしいという彼女の方が正しいのだろう。
要するに僕は彼氏彼女の加減がまだよくわからないのだ。
だから今回は僕が彼氏としてしたかったあれやこれを、もっと自分が彼氏としての経験を積んでからでないとできない行動なんだと諦めた……。
しかし、夏休みだというのに主に学校とその帰り道しか彼氏彼女の行為をしていない、そんな僕たちの言わば初めてのデートがこの花火大会なのは違いなく。
タイミングが合わなかった市内の大きなやつでないのは残念だけど、この地元の盆おくりの花火大会が、
「──っと、なんか人がたくさん。えっ、いつの間にかホームに電車が、十八時五十分!?」
「だーれだ」
「うわぁ!? 黒川さん。な、なんで背後から!?」
「一条くんせいかーい。みゆきちゃんでした」
気づけばいつの間にか目の前の時計の針は大きく進み、ホームには下りの電車はついていて、降りてきた人たちが次々横を通り過ぎているではないか。
そして、どうしてだかこの電車に乗ってきたはずの彼女は背後から僕に抱きついているのだが!?
こ、このくらいなら慣れたかと思ったけど、やっぱりいい匂いがするし、やっぱり触れられるというのは刺激が強すぎる。
抱きつかれるなんて温かくてフニュフニュで……──って違う!
「黒川さん。すぐに離れてください。往来でのこれは学生らしいお付き合いに反するから!」
「そうでした。そういう約束だったにゃん」
彼女の行動には毎回ドキドキしてしまうがこの際それはいいとして、問題は制服ではないからか感じる、このダイレクトな抱きつかれている感の方だ。
こ、これは僕が今日は浴衣を着ているからだろうか? そうだよね。そうとしか考えられないし。
「ボーっとしすぎ。どこ見てんだかわかんないし、人混みに紛れて背後に回るの超簡単だったぞ」
「なっ、そ、その格好は──」
今日は驚くほど素直に離れてくれた黒川さんの方に振り返ると、いつもよりやけにダイレクトな感触の理由がわかった。
彼女も浴衣を着ているのだ。白地にピンクの花柄の浴衣を。
百四十センチしかない彼女の身長では、普段から制服がなかったら子供にしか見えないのに、浴衣なんて着たら余計に子供にしか見えないだろう。
しかし、目を引く金髪とバッチリされた化粧が印象を単なる子供ではないと思わせるのだ。
これは制服でも同じで、僕は派手派手な彼女が初めとても怖かった。
ギャル(最近覚えた)と言うらしい彼女の出で立ちは浴衣を着ても適応されていて、今日はサイドアップ(最近覚えた)にされた髪も印象を大人に見せている。
というか、黒川さんの制服と体操着以外の服を初めて見たぞ。
これはアレだ。カワイイというやつだ。
ちょうカワイイな。ヤバいぞ、これは……。
「うん? 花火大会なんだから浴衣でしょ。似合ってる♪」
「似合ってるけどそうじゃなくて! そんな話聞いてないし、そんな格好でここまできたの!?」
「そんな格好って……。周りみんなそんな格好じゃん。そう言う自分もね」
夏場の男なんてTシャツ一枚でいいんだから、肌着の上に浴衣を着ている今の方が厚着なくらいだ。
しかし彼女の、女の子のそれはどうなんだ!?
ブラウスにスカートの制服はまだいいとして。いや、あの不必要に透けてたりするのは許せないんだけど、今は、今はいい。それより浴衣って!
「黒川さん。あのね!」
「買うだけ買ってたんだけど着る機会があってよかったよ。実は水着も買ったんだぞ。見せてあげるから近日中にプールいこう、プール」
「……水着。プール。いいね、ぜひ行こう」
うちの学校では水泳の授業どころかプールすらないから水着の必要性は皆無で、僕は今の自分に合う水着なんて持ってない。
今さら海になんて遊びに行かないし、最後に泳いだのなんてもういつのことなのかもわからないが、彼女とプールまでに水着を買いに行かないとだな。
──で、急に決まったプールも大事だが、今はプールよりもはるかに大事なことがある。
水着って下着とどう違うのか。ではなく、女の子の浴衣ってその下はどうなっているんだろうということだ。
今のダイレクトな感じは本当に浴衣という物のせいなのかということだ。
浴衣の下には何もつけないとかいう話を聞いたことがあるような気がするのだが?
ダイレクトな感触の理由がそうなんだとしたら大変なのだが……。
「さ、参考までに聞くんだけどその浴衣の下ってどうなっているの。何もつけないとか言うけど、あれは嘘だよね?」
「えっ、本当だよ。この下は何も着てないよ」
「!?」
そんなわけがと思いはしても、本当にそうだったらとも考えてしまう。
本当にそれ一枚だったらどうしよう!?
自分の間違った認識をからかわれているだけだと、彼女がそんな格好で外に出歩くわけないと思いたいけど、本当にそれ一枚だったらどうしよう!?
「そんなに気になるなら覗いてみるかにゃん♪ 直接手を入れてみてもいいよ」
「そ、そんなわけには、」
「もう誰もいないよ。そ、れ、に、あーしがいいって言ってるんだからいいじゃん」
一気に流れてきたというだけで実際にはそれほど数がいたわけではない電車を降りてきた人たちは、みんな花火が始まる二十時までに海の方に移動するんだから周りにはとっくに誰もおらず。
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