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花火大会 ⑤
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唖然としていた伯母さんは「すいませーん」とお客さんに呼ばれ、「い、今行きます」と口では言いつつも逡巡したのだが、やはり客商売である以上は仕方ないのか僕たちのテーブルから離れていってしまった。
伯母さんはその後も気になるのかこちらを絶えず伺っているが、この離れたところにあるテーブルの声が聞こえるわけもない。
普段なら店から最も道路側にあるこのテーブルは人気がない席のはずだが、建物に引っ掛からず花火を見れる今日だけはここが特等席になっているからだ。
そんなテーブルに真偽は不明だが、僕を略奪すると言って伯母を唖然とさせた姫川さんと二人きり……。
「私ね、付き合ってた彼と別れたのよ」
「い、いつ?」
「先週。私が学校を休んだ日があったでしょう。別れ話で揉めて、逆上されて殴られてね。顔にあざ作って学校に行くわけにもいかないからズル休みしたのよ」
「……なんで別れたの?」
周囲は道の駅で出しているのだろう出店に集まる人たちに、道の駅に入っている飲食店の客たちと、もうすぐ花火が始まるというのを感じさせるのか感じさせないのか、ただただ騒がしい。
そんなふうに周囲が騒がしい中でも、姫川さんの言葉ははっきりと聞こえる。
「最初から好きじゃなかったから、かしらね。彼は大学生でお金もあって、車も持ってて時間に融通もきいて、いろいろ都合がいいことが多いから付き合っただけ。家庭教師が生徒に手を出したのが私たちの始まりで、そんな下心しかない男と女なんて続くわけない。現に彼には他に付き合ってる女がいたわ」
「そんなのって……」
「別に一条くんが気にすることないわ。私は私の意思で付き合っていたし別れたのだから。まあ、気にしてくれると言うのなら黒川さんの暴走には是非ともブレーキをかけてもらいたいわね」
黒川さんに対して苛立ちを隠さない姫川さんに、彼氏がいると知っていたのは黒川さん一人だけ。
僕はそれを二人が友達だからだと思っていたけど、二人は連絡先も知らなければ友達ですらないと言う。
そして、どちらもそれに一切否定をしようともしなかった。
学校での二人は一見何ごともなく見えていても、実は互いに本性を隠す皮をかぶっていて、両方の素を知る今となっては僕も否定できない。
そう言うからにはそうなんだろう……。
だけど、黒川さんはダブルデートだと言って高木くんを連れてきた。
これは姫川さんが別れたことを黒川さんが知っているからで、そのためには二人にやり取りがなければ成立しない。
「姫川さんと黒川さんって友達じゃないんだよね。ならさ、どういう流れで今日があるの?」
「そうね、友達じゃないし今まで学校も同じじゃなかったけど、私たちの家はすごく近所なのよ。目立つ彼女の噂はいくらでも入ってくるし逆もそうでしょう。今回のは家の前まで送り迎えをしてもらったのは失敗だったというだけよ。まさか彼女に見られてるなんて思いもしなかった」
「な、なるほど。でも、それで付き合っているのはわかるとしても、別れたのはわからないよね?」
「ズル休みしだけど一日二日じゃあざは完全には消えなくてね。化粧であざを隠して学校に行ったのに、黒川さんだけは目ざとく気づいたのよ。それで仕方ないからどうしたのか話したわ。その結果こうなったのよ……」
僕は姫川さんの話すようなことに、姫川さんの隣の席なのに何にも気づかなかった。
これは他のクラスメイトも先生たちも同様で、誰も何も気づかなかったのだろう。
しかし、黒川さんだけは姫川さんのあざに気づいたと。
……ありそう。付き合ってみてわかったけど黒川さんはそういう感じがする。
「いい迷惑よ。花火大会に行きたいからと呼ばれて駅に行ったらあの男がいて、どういうつもりなのか黒川さんに聞いたらダブルデートよ。浴衣を着てしまっていたし、余計な借りなんて返しておきたいから、」
「──借り? 友達じゃないのに貸し借りなんてあるの?」
「な、なんでもないわ。気にしないでちょうだい」
「姫川さん。それは苦しいと思うよ」
姫川さんは思わず口を滑らせたというような顔をしていて、特に考えることなく流れで聞き返した僕も、姫川さんがそんな反応をするとは思わなかった。
だが、確かに何もなければ姫川さんはここにはきていない。先ほどのように逃走していただろう。
それを踏まえた上で姫川さんが従う借りとはなんだろう? 気にするなと言われても気になる。
「一条くんには関係ないことだから! 私と黒川さんの問題なの。私からは何も喋りません! ……どうしてもというのなら黒川さんに聞いたらいいじゃない」
「いや、ああ見えて黒川さんはすごく口が堅いんだ。聞いても絶対に教えてくれないと思う」
「なら諦めてちょうだい。でも、一条くんが私と付き合うと言うのなら教えてあげてもいいわよ」
姫川さんの別れ話で失念していたが、そういえばそんなのもあった! 僕は何故だか姫川さんに略奪されようとしていたんだった!
それにこれは伯母さんの言いように姫川さんがカチンときただけというのは違って、姫川さんはわりと本気で略奪と言っている気がする……。
「ぼ、僕は黒川さんとお付き合いしてるから。それに浮気とか二股?とかはいけないと思うんだ」
「あら、結婚しているわけじゃないのだから別にいいと思うけど? 法に引っかかるから問題なのであって、人を好きなることも付き合いたいと思うことも、何ら悪いことではないでしょう。付き合っただけでは法的拘束力は発生しないのよ」
「姫川さんは彼氏が浮気したから別れたんだよね。なら、それと同じことをしてはいけないと思うな。うん、絶対によくないよ」
「違うわ。好きじゃなかったから別れたのよ。別に浮気していようと私が変わらず好きならそれでいいわ。そうだったならむしろ浮気相手を責めるもの。単純につまらない男だったから捨てただけよ」
こ、こわい……。すごくこわい……。
どう言おうと返されるし、返ってくる言葉が恐ろしすぎる。普段の物静で優しくて優等生な姫川さんとは真逆すぎる。
たまに黒川さんも同じような顔をするけど、僕はその彼女に勝てるビジョンが見えたためしがない。
笑顔の裏にあるものがわからないから怖いし、わかったらわかったでなお怖い気しかしない。
た、助けて黒川さん……。
「黒川さんたち遅いから連絡してみるね。花火始まっちゃうし!」
ものすごく長い時間に感じたが、まだ十九時五十五分。花火が始まる二十時までは後五分もある。
花火が楽しみらしい姫川さんが花火に夢中になってくれればいいけど、後五分も僕一人で姫川さんを相手するのは厳しい。
「向こうは向こうでよろしくやっているのだからいいでしょう。放っておきましょう」
「そんなわけな……。あっ、なんか電波が悪い気がするーー」
今のも姫川さんのペースになってしまったら危なかっただろう。
五分もあれば付き合うと言わせられそう……。
そして言ったら最後、言質を取ったからと姫川さんとお付き合いすることになるだろう。
僕は黒川さんと花火を見にきたはずなのに、このままだと黒川さんを裏切ることになりそうで恐ろしいです。
黒川さん、早く戻ってきてください!
伯母さんはその後も気になるのかこちらを絶えず伺っているが、この離れたところにあるテーブルの声が聞こえるわけもない。
普段なら店から最も道路側にあるこのテーブルは人気がない席のはずだが、建物に引っ掛からず花火を見れる今日だけはここが特等席になっているからだ。
そんなテーブルに真偽は不明だが、僕を略奪すると言って伯母を唖然とさせた姫川さんと二人きり……。
「私ね、付き合ってた彼と別れたのよ」
「い、いつ?」
「先週。私が学校を休んだ日があったでしょう。別れ話で揉めて、逆上されて殴られてね。顔にあざ作って学校に行くわけにもいかないからズル休みしたのよ」
「……なんで別れたの?」
周囲は道の駅で出しているのだろう出店に集まる人たちに、道の駅に入っている飲食店の客たちと、もうすぐ花火が始まるというのを感じさせるのか感じさせないのか、ただただ騒がしい。
そんなふうに周囲が騒がしい中でも、姫川さんの言葉ははっきりと聞こえる。
「最初から好きじゃなかったから、かしらね。彼は大学生でお金もあって、車も持ってて時間に融通もきいて、いろいろ都合がいいことが多いから付き合っただけ。家庭教師が生徒に手を出したのが私たちの始まりで、そんな下心しかない男と女なんて続くわけない。現に彼には他に付き合ってる女がいたわ」
「そんなのって……」
「別に一条くんが気にすることないわ。私は私の意思で付き合っていたし別れたのだから。まあ、気にしてくれると言うのなら黒川さんの暴走には是非ともブレーキをかけてもらいたいわね」
黒川さんに対して苛立ちを隠さない姫川さんに、彼氏がいると知っていたのは黒川さん一人だけ。
僕はそれを二人が友達だからだと思っていたけど、二人は連絡先も知らなければ友達ですらないと言う。
そして、どちらもそれに一切否定をしようともしなかった。
学校での二人は一見何ごともなく見えていても、実は互いに本性を隠す皮をかぶっていて、両方の素を知る今となっては僕も否定できない。
そう言うからにはそうなんだろう……。
だけど、黒川さんはダブルデートだと言って高木くんを連れてきた。
これは姫川さんが別れたことを黒川さんが知っているからで、そのためには二人にやり取りがなければ成立しない。
「姫川さんと黒川さんって友達じゃないんだよね。ならさ、どういう流れで今日があるの?」
「そうね、友達じゃないし今まで学校も同じじゃなかったけど、私たちの家はすごく近所なのよ。目立つ彼女の噂はいくらでも入ってくるし逆もそうでしょう。今回のは家の前まで送り迎えをしてもらったのは失敗だったというだけよ。まさか彼女に見られてるなんて思いもしなかった」
「な、なるほど。でも、それで付き合っているのはわかるとしても、別れたのはわからないよね?」
「ズル休みしだけど一日二日じゃあざは完全には消えなくてね。化粧であざを隠して学校に行ったのに、黒川さんだけは目ざとく気づいたのよ。それで仕方ないからどうしたのか話したわ。その結果こうなったのよ……」
僕は姫川さんの話すようなことに、姫川さんの隣の席なのに何にも気づかなかった。
これは他のクラスメイトも先生たちも同様で、誰も何も気づかなかったのだろう。
しかし、黒川さんだけは姫川さんのあざに気づいたと。
……ありそう。付き合ってみてわかったけど黒川さんはそういう感じがする。
「いい迷惑よ。花火大会に行きたいからと呼ばれて駅に行ったらあの男がいて、どういうつもりなのか黒川さんに聞いたらダブルデートよ。浴衣を着てしまっていたし、余計な借りなんて返しておきたいから、」
「──借り? 友達じゃないのに貸し借りなんてあるの?」
「な、なんでもないわ。気にしないでちょうだい」
「姫川さん。それは苦しいと思うよ」
姫川さんは思わず口を滑らせたというような顔をしていて、特に考えることなく流れで聞き返した僕も、姫川さんがそんな反応をするとは思わなかった。
だが、確かに何もなければ姫川さんはここにはきていない。先ほどのように逃走していただろう。
それを踏まえた上で姫川さんが従う借りとはなんだろう? 気にするなと言われても気になる。
「一条くんには関係ないことだから! 私と黒川さんの問題なの。私からは何も喋りません! ……どうしてもというのなら黒川さんに聞いたらいいじゃない」
「いや、ああ見えて黒川さんはすごく口が堅いんだ。聞いても絶対に教えてくれないと思う」
「なら諦めてちょうだい。でも、一条くんが私と付き合うと言うのなら教えてあげてもいいわよ」
姫川さんの別れ話で失念していたが、そういえばそんなのもあった! 僕は何故だか姫川さんに略奪されようとしていたんだった!
それにこれは伯母さんの言いように姫川さんがカチンときただけというのは違って、姫川さんはわりと本気で略奪と言っている気がする……。
「ぼ、僕は黒川さんとお付き合いしてるから。それに浮気とか二股?とかはいけないと思うんだ」
「あら、結婚しているわけじゃないのだから別にいいと思うけど? 法に引っかかるから問題なのであって、人を好きなることも付き合いたいと思うことも、何ら悪いことではないでしょう。付き合っただけでは法的拘束力は発生しないのよ」
「姫川さんは彼氏が浮気したから別れたんだよね。なら、それと同じことをしてはいけないと思うな。うん、絶対によくないよ」
「違うわ。好きじゃなかったから別れたのよ。別に浮気していようと私が変わらず好きならそれでいいわ。そうだったならむしろ浮気相手を責めるもの。単純につまらない男だったから捨てただけよ」
こ、こわい……。すごくこわい……。
どう言おうと返されるし、返ってくる言葉が恐ろしすぎる。普段の物静で優しくて優等生な姫川さんとは真逆すぎる。
たまに黒川さんも同じような顔をするけど、僕はその彼女に勝てるビジョンが見えたためしがない。
笑顔の裏にあるものがわからないから怖いし、わかったらわかったでなお怖い気しかしない。
た、助けて黒川さん……。
「黒川さんたち遅いから連絡してみるね。花火始まっちゃうし!」
ものすごく長い時間に感じたが、まだ十九時五十五分。花火が始まる二十時までは後五分もある。
花火が楽しみらしい姫川さんが花火に夢中になってくれればいいけど、後五分も僕一人で姫川さんを相手するのは厳しい。
「向こうは向こうでよろしくやっているのだからいいでしょう。放っておきましょう」
「そんなわけな……。あっ、なんか電波が悪い気がするーー」
今のも姫川さんのペースになってしまったら危なかっただろう。
五分もあれば付き合うと言わせられそう……。
そして言ったら最後、言質を取ったからと姫川さんとお付き合いすることになるだろう。
僕は黒川さんと花火を見にきたはずなのに、このままだと黒川さんを裏切ることになりそうで恐ろしいです。
黒川さん、早く戻ってきてください!
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