88 / 101
天使のホワイトデー 後編
寝て起きてもホワイトデー! ⑦
しおりを挟む
水族館の1階部分。生命の進化と題されたフロアを見て歩いた。
壁側に水槽が順に並び、通路の真ん中にはケースに入った貝の化石たちが並んでいた。
その1階の最後であるシーラカンスの模型を見て1階部分は制覇。次は2階ではなく一気に4階へと移動する。
現在、そのエスカレーターの前に俺とルシアさんはいる。
んっ、なんで4階なのかって? 1階のエスカレーターは4階まで直通だからだよ?
1階、4階、3階、2階、1階の反対側と見ていくのが、この水族館の回り方なんだ。
で、まだ水族館は始まったばかりであるが、ここまでで感想を述べる。水族館って面白いな。
昔も子供心に楽しかったのは覚えているが、高校生になってからでも楽しいとは。
これは、俺が以前より大人になったからなのかもしれない。見え方が違うというのが正しいかな?
何回も来ているところのはずなのに、見え方が違うと、その度に新鮮さがあるんだな。
実際に水槽の位置は変わらずとも、水槽の中は変わっているんだけどね! 変わらないのはメンチ切ってるアイツくらいだ! まったくあの魚め……。
しかし、あれだ。大人になったという表現には、もうひとつ意味がある。子供時代とは『違う』ところがあるという意味が含まれる。
昔は、家族と来る。学校の遠足とかで来る。これしか水族館へと来る手段も理由もなかった。
だが、少しだろうと大人になった今は、手段も理由も異なっているらしい。
実は、入館口からもしやと思っていたんだが、これはどうやら間違いないようだ。1階の客層を見ても確かだろう。
俺たち在校生は中学生の受験のために休み。
中3の奴らも大半が昨日が卒業式だったから、今日から高校の入学式までは休み。つまり、最もそれをしたい奴らが揃って休みなわけだ。
「イチャイチャしやがって……」
──はっ! 思わず口に出てしまった!
先に口に出てしまったわけだが、分かるように言う。
水族館の中は少しの観光客を除くと、中高生くらいの若いカップルが客のほぼ全部を占めている。それが、めっちゃイチャイチャしている。
「イチャイチャって何? どの水槽?」
「魚ではなく、その前にいる奴らのことだ。まさか、俺と同じことを考える野郎がこんなにいるなんて」
ここら辺で何人くらい休みな学生がいて、その内の何人に彼女がいて、その内の何人がホワイトデーの今日、水族館にこようと思ったのかは分からんが。
仮に野郎が10人でも自動的に相手の女の子がいるわけで20人。野郎が20人なら女の子は40人と、倍になるわけで。
こんな日に観光客と、カップル以外でこんな場所に来る勇者もいないだろうしね! ちくしょう……彼女持ちのクソ共が……。
「おてて繋いで水族館を見て回る? 彼女いない勢にぶっころされても仕方ないな。俺が代表してやってやろうかな! 魚のエサにでもしてやりたいね!」
「……怒りの理由がいまいち分からないけど、自分も同じなんじゃないの? 男女でってことは、向こうもデートなんでしょ? 何に怒ってんのよ」
「──同じなんかじゃないんだよ! 俺たちと奴らには決定的な違いがあるんだ! 向こうは彼氏彼女であり、俺たちとは違うの!」
「どう違うのよ?」
どう? どう違うのか? ……どう違うんだろう。
どいつもこいつもイチャイチャしているように思えるが、おてて繋いでるのはその中の一部。あとは距離が近いとか、少し間があるという違いがあるくらい。
全員付き合っているのかと言われると、それも100パーセントそうだとも言えない気がしてきた。
なんの脈もないのに2人きりで水族館には来ないだろうが、現に俺たちは彼氏彼女ではないしな。
まあ……──今日、彼氏彼女になる可能性もある気もするけどね!
「例えばだ。あの2人、あの距離感は間違いなく付き合っている。見ろ。おてて繋いで、魚見てんだか何を見てんだがも分かったもんじゃない!」
「ひがみが大分入ってる気がするんだけど……」
「気のせいだ! あの調子では暗がりでチュッチュしてきたに違いない! 羨ま……──いかがわしい! 水族館は魚を見るところであり、イチャイチャ、チュッチュするところではないというのに!」
「自分も水槽まったく見てないじゃない」
「……」
そんな正論ばかりを言われ続けては黙るしかない。それに、少しばかりヒートアップしすぎだようだ。
辺りのバカップルから注目を集めてしまった。
奴らに、『何見てんだ、こら!』とか言いたい気持ちもあるけど、ルシアさんの前だしやめておこう。
どこぞのヤンキーたちと一緒にされてしまうし。
「──!!」
……な、なんだと?
今、確かに聞いた『あの子可愛い』と。
あの子とは注目を集めた俺たちのどちらかであり、発信元が野郎であることから、ルシアさんのことを言ったものと思われる。
「今度はどうしたの。いい加減進まない?」
「そうしよう。次に行きましょう!」
そうだった。普通に隣にいるがルシアさんは姫。それも、数え切れない信者を抱える偶像にして超美人だった。
そんな女の子と2人で水族館に来ているというのに、他を羨ましがるとはなんたる自惚れ。
もしこの場に一愛がいたら、俺は殺されていただろう。セバスでもヤられていただろう。
こんな幸運なことにすら、他から言われないと気づかないとは。
普段から普通に接しているもんだから、感覚が麻痺していたようだ。
「こっから挽回しますんで!」
「何か失敗したの? まあ、頑張るというのなら頑張りなさい。何をかは知らないけど」
「エスカレーターは危ないんでお手をどうぞ!」
「あら、ありがとう」
※
そんなわけで直通エスカレーターで4階へと来た。
ここは上にガラスの屋根は付いているが、見た感じは中なのに外だ。
木が生い茂り、ジャングルっぽいフロアになる。下では感じなかった匂いも感じる。
テーマは川と沿岸とある。ジャングルじゃなかったわごめん。
生き物が生息する環境を、そのまま再現したフロアとのことだ。季節によっては繁殖行動も見られるとある。
環境再現のために木や植物があったりするから、日光が当たるようになっているというわけだな。知らなかった……。
「ねぇ、今なんか鳴き声しなかった?」
「いや、水の音しか聞こえなかったけど」
「──向こうからした! 行ってみましょう!」
「まてまて、ここにだって見るところはたくさんあるんだ。アザ……ごほっ、ごほっ、なんか他に興味が出たからといって見ないのはもったいない」
意外と大事なんだ、ここ。次への布石というか、この下の階がこの水族館のメインだから。
気持ちを作っておいて欲しいというか、気づかないままでもいいような気もするというか。複雑だ。
「……何か隠してるわね?」
「そ、そんなことはないよ? ほら、こっち見て。こっち」
「まあ、いいわ。どうせすぐ分かるだろうし。って、何よこれ」
このフロアの終わり。次へと向かう通路の左側。そこには環境再現とは無縁の世界が広がっている。
確か、8メートルとパンフレットにあった。
この大きさに、ルシアさんが驚くのも無理はない。
「この水族館最大の水槽。その上部分だ。どうだ、上からだとまるで海の中を覗いたみたいだろ? そして上がこうということは下は──」
「──海の中ってことね!」
「その通りなんだけど……俺に言わせて欲しかったな。すっげー、大事なとこだったじゃん」
「──下から見たらどうなってるのかしら」
そりゃあスゴイことになってるよ。しかし、このフロアもまだ隣があるんだ。
大変ワクワクしているとこ申し訳ないが、下にはまだ行けないとは言えない……。
壁側に水槽が順に並び、通路の真ん中にはケースに入った貝の化石たちが並んでいた。
その1階の最後であるシーラカンスの模型を見て1階部分は制覇。次は2階ではなく一気に4階へと移動する。
現在、そのエスカレーターの前に俺とルシアさんはいる。
んっ、なんで4階なのかって? 1階のエスカレーターは4階まで直通だからだよ?
1階、4階、3階、2階、1階の反対側と見ていくのが、この水族館の回り方なんだ。
で、まだ水族館は始まったばかりであるが、ここまでで感想を述べる。水族館って面白いな。
昔も子供心に楽しかったのは覚えているが、高校生になってからでも楽しいとは。
これは、俺が以前より大人になったからなのかもしれない。見え方が違うというのが正しいかな?
何回も来ているところのはずなのに、見え方が違うと、その度に新鮮さがあるんだな。
実際に水槽の位置は変わらずとも、水槽の中は変わっているんだけどね! 変わらないのはメンチ切ってるアイツくらいだ! まったくあの魚め……。
しかし、あれだ。大人になったという表現には、もうひとつ意味がある。子供時代とは『違う』ところがあるという意味が含まれる。
昔は、家族と来る。学校の遠足とかで来る。これしか水族館へと来る手段も理由もなかった。
だが、少しだろうと大人になった今は、手段も理由も異なっているらしい。
実は、入館口からもしやと思っていたんだが、これはどうやら間違いないようだ。1階の客層を見ても確かだろう。
俺たち在校生は中学生の受験のために休み。
中3の奴らも大半が昨日が卒業式だったから、今日から高校の入学式までは休み。つまり、最もそれをしたい奴らが揃って休みなわけだ。
「イチャイチャしやがって……」
──はっ! 思わず口に出てしまった!
先に口に出てしまったわけだが、分かるように言う。
水族館の中は少しの観光客を除くと、中高生くらいの若いカップルが客のほぼ全部を占めている。それが、めっちゃイチャイチャしている。
「イチャイチャって何? どの水槽?」
「魚ではなく、その前にいる奴らのことだ。まさか、俺と同じことを考える野郎がこんなにいるなんて」
ここら辺で何人くらい休みな学生がいて、その内の何人に彼女がいて、その内の何人がホワイトデーの今日、水族館にこようと思ったのかは分からんが。
仮に野郎が10人でも自動的に相手の女の子がいるわけで20人。野郎が20人なら女の子は40人と、倍になるわけで。
こんな日に観光客と、カップル以外でこんな場所に来る勇者もいないだろうしね! ちくしょう……彼女持ちのクソ共が……。
「おてて繋いで水族館を見て回る? 彼女いない勢にぶっころされても仕方ないな。俺が代表してやってやろうかな! 魚のエサにでもしてやりたいね!」
「……怒りの理由がいまいち分からないけど、自分も同じなんじゃないの? 男女でってことは、向こうもデートなんでしょ? 何に怒ってんのよ」
「──同じなんかじゃないんだよ! 俺たちと奴らには決定的な違いがあるんだ! 向こうは彼氏彼女であり、俺たちとは違うの!」
「どう違うのよ?」
どう? どう違うのか? ……どう違うんだろう。
どいつもこいつもイチャイチャしているように思えるが、おてて繋いでるのはその中の一部。あとは距離が近いとか、少し間があるという違いがあるくらい。
全員付き合っているのかと言われると、それも100パーセントそうだとも言えない気がしてきた。
なんの脈もないのに2人きりで水族館には来ないだろうが、現に俺たちは彼氏彼女ではないしな。
まあ……──今日、彼氏彼女になる可能性もある気もするけどね!
「例えばだ。あの2人、あの距離感は間違いなく付き合っている。見ろ。おてて繋いで、魚見てんだか何を見てんだがも分かったもんじゃない!」
「ひがみが大分入ってる気がするんだけど……」
「気のせいだ! あの調子では暗がりでチュッチュしてきたに違いない! 羨ま……──いかがわしい! 水族館は魚を見るところであり、イチャイチャ、チュッチュするところではないというのに!」
「自分も水槽まったく見てないじゃない」
「……」
そんな正論ばかりを言われ続けては黙るしかない。それに、少しばかりヒートアップしすぎだようだ。
辺りのバカップルから注目を集めてしまった。
奴らに、『何見てんだ、こら!』とか言いたい気持ちもあるけど、ルシアさんの前だしやめておこう。
どこぞのヤンキーたちと一緒にされてしまうし。
「──!!」
……な、なんだと?
今、確かに聞いた『あの子可愛い』と。
あの子とは注目を集めた俺たちのどちらかであり、発信元が野郎であることから、ルシアさんのことを言ったものと思われる。
「今度はどうしたの。いい加減進まない?」
「そうしよう。次に行きましょう!」
そうだった。普通に隣にいるがルシアさんは姫。それも、数え切れない信者を抱える偶像にして超美人だった。
そんな女の子と2人で水族館に来ているというのに、他を羨ましがるとはなんたる自惚れ。
もしこの場に一愛がいたら、俺は殺されていただろう。セバスでもヤられていただろう。
こんな幸運なことにすら、他から言われないと気づかないとは。
普段から普通に接しているもんだから、感覚が麻痺していたようだ。
「こっから挽回しますんで!」
「何か失敗したの? まあ、頑張るというのなら頑張りなさい。何をかは知らないけど」
「エスカレーターは危ないんでお手をどうぞ!」
「あら、ありがとう」
※
そんなわけで直通エスカレーターで4階へと来た。
ここは上にガラスの屋根は付いているが、見た感じは中なのに外だ。
木が生い茂り、ジャングルっぽいフロアになる。下では感じなかった匂いも感じる。
テーマは川と沿岸とある。ジャングルじゃなかったわごめん。
生き物が生息する環境を、そのまま再現したフロアとのことだ。季節によっては繁殖行動も見られるとある。
環境再現のために木や植物があったりするから、日光が当たるようになっているというわけだな。知らなかった……。
「ねぇ、今なんか鳴き声しなかった?」
「いや、水の音しか聞こえなかったけど」
「──向こうからした! 行ってみましょう!」
「まてまて、ここにだって見るところはたくさんあるんだ。アザ……ごほっ、ごほっ、なんか他に興味が出たからといって見ないのはもったいない」
意外と大事なんだ、ここ。次への布石というか、この下の階がこの水族館のメインだから。
気持ちを作っておいて欲しいというか、気づかないままでもいいような気もするというか。複雑だ。
「……何か隠してるわね?」
「そ、そんなことはないよ? ほら、こっち見て。こっち」
「まあ、いいわ。どうせすぐ分かるだろうし。って、何よこれ」
このフロアの終わり。次へと向かう通路の左側。そこには環境再現とは無縁の世界が広がっている。
確か、8メートルとパンフレットにあった。
この大きさに、ルシアさんが驚くのも無理はない。
「この水族館最大の水槽。その上部分だ。どうだ、上からだとまるで海の中を覗いたみたいだろ? そして上がこうということは下は──」
「──海の中ってことね!」
「その通りなんだけど……俺に言わせて欲しかったな。すっげー、大事なとこだったじゃん」
「──下から見たらどうなってるのかしら」
そりゃあスゴイことになってるよ。しかし、このフロアもまだ隣があるんだ。
大変ワクワクしているとこ申し訳ないが、下にはまだ行けないとは言えない……。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
21
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる