異世界無宿

ゆきねる

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第二十六章 梅雨の季節

第五百十五話 女王蜂の悩み事

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フレンチトーストの材料はパンと卵と牛乳と砂糖にバターである。
手持ちの白パンはラミア族のパン職人が丹精込めて作ってくれた自信作であり、元いた世界の食パンを彷彿とさせる一品になっている。
そのまま食べたりジャムを塗って食べたいくらいだが、今回はフレンチトーストだ。

段取りとして手早く卵液を作ってゆく。
混ぜ終えた卵液を深皿に注ぎ、白パンを食べやすく切ってから卵液に浸した。
卵液を吸わせている間にベリアに火魔法で火を用意してもらうと、途中でパンをひっくり返したりしながらフライパンを温めてバターを投入する段取りを整えた。

「イズミって凝った料理も出来るんだな」

「凝ってるのか?」

イズミとベリアの凝った料理に対する認識の違いが見えた所で、パンがしっかりと卵液を吸った事を確認しフライパンにバターを投入する。
半分くらい溶けた所で、主役のパンをフライパンに投入し焼いてゆく。
腕時計のプッシュボタンを操作して計測を始めたら、1分30秒後にひっくり返した。
1分30秒にしたのは丁度よいタイミングな気がしたからであって、根拠を説明出来る自信は無い。

「…よし、こんな感じかな」

皿に盛り、ほんの少しだけ砂糖をかけて完成とした。
出来たてのフレンチトーストを持っていこうとしたが、アヤが何処からか取り出した包丁で食べやすいように小さく切り分けると、皿を持って近くに生えている木の側に置いた。

「あそこに置いておけば、食べてくれますよ」

どうやらアヤには見えているのか探知出来ているのか、姿を見せない相手の事を考えた動きを取ってくれている。

「イズミ、アタイもあのパンを食べてみたいんだけど」

ベリアのジト目がイズミへ向けられる。
試作料理の試食に参加出来ていなかったベリアは、目の前で作られていたフレンチトーストが気になって仕方が無いようだ。

「分かった分かった、ちょっと待っててくれ」

イズミは追加で材料を用意すると、先程と同じ手順で料理をしてゆく。
ベリアとアヤの2人分を作ると、小皿に盛って渡した。

「ありがと…ウマッ!コレは固い黒パンで作っても美味いヤツだ」

「材料に卵と牛乳が必要だから、旅路じゃ作れる環境が限られてるけどな」

「イズミは常に満たしてるだろ、その環境ってやつ」

「まぁな。マスタングのお陰さ」

早速大きな一口でフレンチトーストに齧り付いたベリアが、幸せそうに尻尾を揺らしながらペロリと平らげてしまった。

「ほう…人間の作る料理にしては、まずまずの出来だな」

「それはどうも。目分量の野郎料理ですので、これ以上の出来はご勘弁ください」

イズミはアヤが持っていった皿の方に目を向けずに返事をすると、トーストを半分食べ終えたアヤが確認に向かってくれた。

「イズミさん、試食分の蜂蜜を頂けましたよ」

それを聞いたベリアが空になった皿を見ると、目に見えてションボリとしてしまったのでイズミは自分の分のトーストの半分をベリアに譲った。

アヤが小さな壺に入った蜂蜜をトーストにかけてくれたので、改めて3人は試食をしてみる。

「…なんか笑えてきちまった」

蜂蜜が加わったフレンチトーストは、ベリアのパンの食べ方に大きな変革を与えてしまったようである。

「この料理を屋敷で従者達に振る舞ったら、確実に揉めますわね」

「屋敷で出すなら、黒パンで作って蜂蜜無しでも良さそうだが」

「それでも、料理長が悩む姿が目に浮かびます」

美味しい料理を一度味わってしまったら、忘れる事は非常に困難なのだ。
毎日でなくても、たまには食べたくなってしまうのが性のようなもの。

そんな事を考えていると、イズミ達の目の前に一匹の蜂が姿を見せた。
全長凡そ10cmはありそうなサイズで、黒と黄色の危険色が元いた世界のスズメバチが思い出される。
強靭そうな顎と刺されたら激痛間違い無しの針、身の毛もよだつ羽音がイズミの目の前を通過する。

そんなイズミの姿を見た蜂は、マスタングのルーフの縁に留まるとため息をついた。

「人間、妾のこの姿は苦手か?」

「申し訳ない。遠い昔に、ちょっとしたトラウマがありまして」

「ふん…まあ良い」

蜂は変化魔法を発動すると、全長はそのままに女妖精のような姿へと変わった。

「人間、名を名乗れ」

「イズミと申します。只の旅人です」

「旅人にしては、独特な仲間のようだが」

「助けられてばかりですよ」

イズミが素直に答えてから2人の紹介をすると、妖精が頷きながら話をしようとした。

「マスター、敵性反応を確認しました。数は5名、此方へ接近中です」

「分かった…話の腰を折ってしまい恐縮ですが、良くない奴が近くに居るようですので退治して来ます」

イズミは蜂にそう言うとメガネを掛け、相手の位置を表示させる。
5人はバラけながら、確実に接近しているのが分かった。

「アヤさんはマスタングの後部座席へ、ベリアは一緒に戦闘態勢で頼む」

「私も戦えますよ?」

「アヤさんは妊娠中ですので、マスタングに乗って戦闘のサポートをお願いします」

アヤは少し考えこむと、肩に妖精…元はあの巨大蜂…を乗せてマスタングに乗り込んだ。
それを見届けたベリアと一緒に、イズミは料理で使った火を片付けて戦闘準備を始める。

「森の中や木々に隠れられると、戦いにくいんだよな」

「イズミの武器なら命中精度も良いから、結構イケる気がするけど」

「流石に木の幹は貫通しない」

ショルダーバッグからアサルトライフルを取り出し、初弾を装填するとスコープを駆使して相手の姿を探す。

魔法反応を目印に探りを入れると、木々の間から人間の頭が動いているのが分かった。
顔にはドーランのような何かを塗っているのか、上手く自然に溶け込んでいるのが憎らしい。

「小癪な真似をするもんだ」

セレクターが単発になっている事を確認し、スコープ越しに相手と目が合ったような気がした瞬間、イズミは引き金を指をかけて1発撃ち込んだ。

鉛弾を喰らった相手の魔法反応が消えてゆくのがメガネ越しに分かったが、ほぼ同時に4人の敵が逃げ出してしまった。
ベリアに追撃を頼もうか悩んだが、倒した奴の回収だけ頼んだ。

「…転移魔法って、便利だな」

「急にどうした?…って」

ボソリと呟いたベリアの方へ顔を向けると、転移魔法を使って倒れた敵を引っ張り込んでいる所だった。

「ベリア、もう転移魔法を体得したのか?」

「いや、まだ自分が出入り出来ないんだよな」

「俺には上出来過ぎると思うが」

「それはグラテミアさんに言わない方が良い。あの人は出来ると踏んだらトコトン追い込んで来て、妥協なんて許さないから」

「…怖いな」

引っ張り込まれた相手は人間の男で、既に事切れていた。
装備を確認するも、特に怪しく感じる物は無いように見える。

「此奴は、この地域で略奪行為を繰り返しておる賊の1人だ」

妖精の姿をした蜂が嫌そうな声色で教えてくれた。

「妾の巣も何ヶ所か壊された事がある。迷惑な連中よ」

「それは厄介な話ですね。まだ時間もありますし、お掃除でもしますかね」

「イズミ、コイツ魔物除けのミサンガを付けてる。手練れかもしれない」

「手練れの厄介者か…早めに始末をつけておいた方が、後々の為になりそうだ。とは言え」

イズミはアサルトライフルをショルダーバッグに仕舞うと、ゆっくりと敵の反応が移動する方角を見つめる。
木々の間隔が狭く、マスタングでの移動は難しい。
追いかけるとなると、相手に待ち伏せされたり罠を仕掛けられたりと不利なのは明らかだ。

「マスター、上空から追跡し攻撃を仕掛けましょう。私に考えがあります」

「どんなだ?」

「私が飛べば良いのです」

マスタングは事も無げに言い切った。
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