自由になりたい 

101の水輪

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 熊田コーチが、練習に来てない三沢聡司のことを、山下隆次に確認している。
「山下、三沢は今日も休みか。あいつ学校も休んでるそうだな。お前、何か知ってるか?」
「知りません。聡司にも理由があるんじゃないですか?」
「まあ、来ないやつは相手にしないから。追わないよ。さあ練習だ、練習」
 隆次と聡司が加入している港中学校バスケット部は、地区大会はもちろん、県大会をも勝ち抜き全国大会出場するほどの強豪だ。特に聡司は、身長が185cmもの身長があるだけでなく、ドリブルでもボールを運べるため、このチームの要だ。そんな聡司が、近ごろ部活動から遠ざかり、練習もおろそかにしている。
「先生の言う通り、最近の聡司の様子おかしいよ」
  部活終わりに、隆次と同じ3年のチームメートの雄祐が、心配そうに話してきた。
「このままだったら、聡司のやつレギュラーはずされちゃう」
 隆次はその言葉に引っかかり、雄祐を誘って顔を出させてみることにした。
「だよね。心配だから聡司ん家行ってみようか?」
「ごめん、俺、塾あんだ。それに隆次が言ったようにきっと何か理由があると思うよ」
  隆次はその場では納得したつもりだったが、1人でも聡司の家へ寄ってみることにした。

 そのアパートは繁華街にあり、付近は、聡司の家があった。
『ようやく見つけたぞ、俺が聡司を説得して学校に戻してやる』

♬ ピ~ンポ~ン ♬

  隆次は自分が聡司を連れ帰すんだという意気込みで、今1度インターホンを鳴らしたが、やはり反応はない。さらに3度、4度と。
『あれっ、おかしいな?』
とつぶやいたそのときだ。年のころなら7、8歳くらいの女の子が、ドアを開け隙間からつぶらな瞳をこちらに向けてきた。
「妹さん、かな?お兄ちゃんいる?」
「誰?」
 少女の後ろから聞こえてきた声の主は、聞き覚えのある聡司だった。
「なんだ、隆次か。よく分かったなあ。でどうした?」
「どうしたもこうしたもないよ。もうかんべんしてくれよ」
 心配していた隆次は、少しムッとしたが、顔を見て安心し力が抜けた。
「聡司、近ごろおかしいぞ。何かあったのか?」
 聡司の背後からは、妹と思われる少女がこちらをジッと見ている。
「別に何もないよ。用なんてないから帰ってくれ」
と言うと、いきなりとドアを閉めようとした。すると、
「聡司、誰かいるのか?」
と奥の方から弱々しい男性の声が、聞こえてきた。
「何でもない。寝てな。さあいいから早く帰ってくれ!」
  そのままドアは、閉められてしまった。しかたなく隆次は帰ろうとしたところ、背広にネクタイ姿の男性2人が聡司の家にやって来て、インターホンを鳴らした。
 帰ろうと思っていた隆次だったが、なぜか気になり、足を止め耳をそばだててしまった。
「三沢さん、市役所の川村と境です。少しよろしいですか?」
 ドアが開き、隆次が顔をのぞかせた。
「前のことならいいです。お帰りください」
「そう言わず。お父さん体だいじょうぶ?聡司君も学校へ通うの大変でしょ」
『えっ、聡司ん家って。・・・何か理由ありなんだ』
 聞くつもりではなかったが、このまま帰っちゃいけないと強く感じてしまった。
「とにかく市役所で福祉の手続きをとりましょう。食べるのも大変になりますよ」
「大丈夫!大丈夫って言ってんじゃないか。ちゃんと自分たちでできる」
 
 ♬ バターン ♬
 
 2人を追い返すような大きな音をたててドアは閉められ、聡司は家の中に入っていった。そのやり取りを眺めていた隆次は、なぜか聞いてはいけない秘密を知ってしまったような気持ちになった。
 それでもどうしても聡司に確かめたくて、再びドアをノックすると、聡司が顔を出しきた。
「あのっ、ごめん。俺聞いちゃったんだけど、何か大変みたいだな」
 聡司はふいをつかれたような表情だったが、語気を強めて答えてきた。
「おい、絶対に人に言うな。学校も知らないんだから。言ったら一生縁切るぞ」
 殺気にも満ちた形相に、隆次には返す言葉がない。
『このことは人に言えない。いや言っちゃいけない』
 隆次は、何度も自分に言い聞かせるように、その場を去った。
 
 次の日、隆次が登校すると、雄祐が声をかけてきた。
「何かわかった?昨日聡司ん家行ったんだろ。聡司のやつ元気だった?」
「いや・・・結局は家見つかんなくて、あきらめちゃった」
「そうなんだ。聡司って当分学校来ないって、先生が言ってたぞ」
 その理由を、薄々だけど隆次は知っている。しかし・・・。
「へ~、そうなると強豪港中のバスケット部も、大ピンチか」
 そう答えるのが精一杯の隆次は、自分自身にどこかもどかしさを感じてしまっている。
「とにかく大会が近いからがんばろうぜ」
 
 放課後の体育館では、バスケット部員が大粒の汗を流しながら、練習に励んでいる。しかしここにきて、なかなかチームの調子が上向かず、県大会出場すらも危うい状態だ。
「こんな気持ちで勝てると思ってんのか、ぜんせん勝つ気が見えない!」
 熊田の気合い注入にも、一段と力が入っている。
「お前たち、三沢がいないから負けたって言われたら悔しくないのか!」
 その言葉を聞いて、隆次はギクッとした。
『違うんだ、そうじゃないんだ』
 隆次は、モヤモヤした気持を抱えたまま、練習を終えた。それは誰にも話せない秘密のこととして、そっと胸の奥にそっとしまっておく。
 
 バスケット部は、3年生が後片付けをすることが伝統になっている。3年生が率先して動けば、下級生を引き締めることができるというねらいがある。
 ようやく片付けた終わったころには、日もどっぷりと暮れてきた。そのとき、いたたまれなくなった隆次は、思い切って行動に出た。
「コーチ、お話があるんですけど」
 隆次は、自分がこれまで見聞きしてきた全てを熊田に伝えると、熊田はすかさず学校に伝えてくれた。
 そこからの学校の動きは早く、すぐに聡司ためのケース会議が開かれた。
「担任の村上先生、家庭訪問して本人と会ってきてください」
 教頭から指示を受けた村上が、聡司を学校に連れ帰ってきて、事情を聞いた。

聡司には、小学1年生の妹がいて、その妹は一度も学校へは通っていない。1年前に父親が交通事故に遭い、ほとんど寝たきり状態になった。それから半年ほど母親は父親を介護していたが、ある日突然家を出て行ってしまった。その結果、聡司が父と妹の身の回りの世話を、一手にしなければならなくなり、とてもじゃないが登校できる状態ではなくなってしまった。初めのころは、学校への未練からストレスがあったが、いつのまにか仕方ないことだと感じてしまうようになっていた。

 そんな衝撃的な事実を聞いた村上だったが、言葉を選びながらも声を掛けた。
「辛かったよなあ。もっと早く気付いてやればよかった。これからは先生たちに任せてくれ。スクールカウンセラーの串木さんが、お父さんと今後について相談してくださることになってる。安心しろ」
 そこまで聞いてた聡司は、全身の力が抜け、人目をはばからず大声で泣き出した。
「泣け、思いっきり泣け。そして気がすんだら、また歩き出せ」
 どれくらい時間が経っただろうか、聡司も落ち着きを取り戻してきたので、再び村上が語り出す。
「ところで三沢、いい話があるんだ。あのバスケットの強豪、三田学園がお前を欲しいと言ってきてる。知ってると思うが、三田はインターハイの常連校だ」
 その言葉を聞いて、聡司の顔が一瞬にして変わった。
「えっ本当ですか?・・・でもずっと練習はしてないし・・・」
「そうだ。お前の人生はお前が決めろ」
 聡司は生まれて初めて、自分で決められる選択権を得た気分となった。
『俺が決めていいんだ!』
 聡司を覆っていた深い霧が一気に消え去り、目の前が澄み渡っていく。  

 子どもの自由を奪うような負担の除去は、大人の責任として担なわなければならない課題だ。
 ヤングケアラーを出さない、そんな社会の仕組みの整備が求められる。   

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