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第2章 幼年編
309 45階層 ナイトメア④
しおりを挟む【 マリーside 】
「今朝もお山が綺麗ね。よーし、今日こそ叔父さんをギャフンと言わせてやるんだから!」
特徴的な長耳を持つ少女が独り言つ。
ここはエルフの里。結界により隔絶された深い森林の中である。
「今日こそ目にもの見せてやるわシルキー!」
「はいはいシンディ」
マリーに憑く風の精霊シンディと、同じくホークに憑くシルキーが空中でシャドウボクシングのような構えを見せながら笑顔で応酬する。
少女が居る里の家は周囲の森林から開け離れた高台にあった。ログハウス調の大きな建屋は里長の自宅である。
眼下に広がるのは先が見渡せないほどの大きな森林。
目線を上げれば。右から見ても左から見ても延々と続く高い山々。遥かに聳える山々の頂は季節を問わず1年を通して白く覆われている。
そこは中原南東部のアトラック山脈。夜明けの陽が上るころや夕暮れの陽が沈むころ。稜線に浮かび上がるオレンジと白のコントラストは、見惚れるほどの美しさがあった。
中原の南東部。
低いものでも標高は8,000メル弱。大陸有数の高さで聳えるアトラック山脈の麓に。古来よりエルフ族が住む里がある。そこは天然の要害に加え精霊魔法に長けたエルフ族の結界魔法により、人界より隔絶された地。興味本位の人族はおろか山中に詳しい獣人族でさえたどり着くには難しい隠れ里だ。
因みに、その道中の高原地帯には魔法使いの隠れ里と呼ばれる魔法使いばかりが住む自治領ガーデニアがある。地図上で隣接しているのがエルフ自治領エルファニア、通称エルフの里である。
エルフ族とわずかながらにも交易の手立てを持つ人族が魔法使いである。
エルフ族は多種族と比して圧倒的に人口は少ない。それは長寿であることと出生率の低さに起因していた。
本物語の幼年期前半部主要キャストの1人マリー・エランドルを例にとると、在校生1800人を数えるヴィヨルド学園中で唯一のエルフ族であるというこの比率が奇しくも中原におけるエルフ族の比率に近いものともいえる。
神族、悪魔族、天使族、巨人族、エルフ族……。中原の創世記を紡ぐ物語の世界で今も辛うじてその存在が明らかなエルフ族は生きる神話でもあった。
エルフ族200年ドワーフ族150年人族70年獣人族50年。その寿命の長さは他種族を大いに上回る。対して女性エルフの生涯出生率は2.0に満たない。
エルフ族を語る特徴に精霊の加護がある。
特に、生涯に渡って共に生きる風の精霊による加護は大きいと謂れる。風の精霊の加護ゆえに弓矢に秀でているとも謂われるが、人口比の限りなく9割を占める現代の人族には精霊を見ることはおろか薄々感知することも出来なくなっているため、「精霊の加護」というワードはドワーフ族のそれと同じに、伝承レベルの話である。
曰く、エルフは精霊に愛されているとも。
エルフ族は人里離れて厭世気質があるとも選民思想があるとも謂われる。これは創世神話に謂うところの人族の迫害に因ると伝えられている。
いずれにせよ、人界より離れた森に生き、人族との交流よりも花鳥風月に親しむ者が多いエルフ族。その一部は長寿を活かして学問の探求をする者も存在するがそれは極一部である。
里に住まう数千足らずのエルフ族の中で、さらに稀有な存在感を示す者が里長であるエランドルの系譜である。
エランドルの名を戴く者には、積極的に他種族と交流する者や菜食主義者でない者、ダンジョン攻略を好む者(過去には戦闘狂と呼ばれるエランドルもいた)などを輩出している。
マリー・エランドル。
彼女が多くのエルフとは違う生き方を好んだのはそうしたエランドルの血と叔父ホーク・エランドルの生き方に影響を受けたものと思われる。冒険者として中原中を旅する叔父ホークはマリーの憧れそのものだった。そして話に聴くホーク叔父の双子の兄デューク・エランドルもまたマリー憧れの人だった。
「ホーク、次はどこへ行くの?」
ホークの姉、ネビュラが言う。ネビュラには双子の弟デュークとホークがいる。ネビュラ夫婦は現在、次期里長として両親の手伝いをしている。
「今年もそろそろ刀を研いでもらわないといけないからね。ヴィンサンダーのヴァルカンのところへ行くつもりだよ」
「まあ、あんな北の荒野にまで行かなくても良いんじゃないかい?ヴィヨルドにもいただろうヴァルミューレが。妹も中原きっての刀鍛冶だろうに」
「ああ。でも途中の黒の森(魔の森)近くのダンジョンはまだ行ってないからね」
「そう‥‥」
エルフ族の同族、親族を想う気持ちは人族のそれよりも深いと考えられている。
ホークは行方不明の兄デュークの痕跡を求めて中原各地のダンジョンをしらみつぶしに探索していた。
ダンジョン内のトラップには他のダンジョンに飛ぶものがあるからと。
「ヴィヨルドのダンジョン経由で黒の森(魔の森)沿いを東に進むよ姉さん」
「叔父さん私も連れてってよ!」
「ハハハ。マリーいつも言ってるだろ。俺から1本とれたら連れてってやるって」
「だってだって!」
「マリー、お前はまだまだ子どもだからな。俺から1本とるか、もう少し大人になって武の誉れ高いヴィヨルド学園に行き、自分でデューク叔父さんを探してくれよ」
「わかった」
「頼もしいな、マリー」
「でも今日こそ1本とるからね。そしたら私も連れてってくれるんでしょ?」
「ああもちろんだよ」
この後。
マリーがホークと弓矢の的あてをするのだが……。ホークから1本も取れないのはいつものとおりだ。
「ホーク叔父さん、またヴィヨルド領の話をしてよ」
「ああ。ヴィヨルドは武を尊ぶ気質の高い領だ」
「学園は?」
「ああ。ヴィヨルド学園は1年から6年までの各学年300人だ」
「強い子からクラスが決まるんだよね?」
「ああ。学年300人はもちろんだけど、毎年秋には1800人の武力を競っての順位が決まるぞ」
「10着だっけ?10位だっけ?」
「10傑だよ。デューク叔父さんは1年から10傑の1位だったんだぞ」
「じゃあ私もヴィヨルド学園で1年から1位になる」
「フッ。マリーなららなれるさ」
「私がダンジョンでデューク叔父さんを見つけるからね」
「ああ。頼むよ」
「それからね‥‥」
「それから‥‥」
「それから‥‥」
「そ‥‥」
「‥‥」
「‥」
「はい、エルフの子も夢‥!」
「はーはーはー覚めたわ!」
「あら!エルフの娘さん、よく目覚めたわね」
「はーはーはー危なかったわ‥‥ずっと夢の中に居続けたい心地よさだったわ‥‥」
「そうよ。だから誰もが夢から覚めないのよ。よほどの意志、よほどの覚悟がなければね」
「ええ‥‥私はまだまだここでは終われないわ」
「いいわね、その心意気。これであなたたちチームの勝ちは決まったわ。じゃああと1人、懐かしい匂いのする男の子を待ちましょうか」
「ええ。アレク君‥‥」
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