遥かな宇宙 久遠の絆

藤原ゆう

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1.瑠璃の章

5.前線

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「半日で移動を完了しろってお達しだ! ちゃきちゃき働け! ちゃきちゃきなっ!」

 熊の咆哮が響き渡る船内。
 移動を開始して2時間あまり。
 それでも多くの戦艦を擁する第3師団の移動には、かなり手間取っているようだった。
 しかしそこはそれ、優秀な人材が集まっている師団だけに着々と指定された地域へと近付いている。

「あと少し、あと少し、だ……」

 ゲルシュ・グレンは司令官席に座ることなく、腕組みをしながら仁王立ちし、睨みつけるように目の前のスクリーンに眼を向けていた。
 傍から見れば落ち着いているようだが、胸の内の焦燥は強い。
 胸がざわめいて落ち着かない。
 苛立ちと焦りと不安と。
 そのようなものがないまぜになって彼の厚い胸を支配する。
「なんでこんなに胸が騒ぐんだ?」
 これほどの胸騒ぎは初めてだった。
「やっぱ、あいつが絡んでるせいかな~」
 やだやだ。
 その面影を消し去るように頭を振ってみるが、どうしても振るいきれない。
「それだけ、あいつが怖いのか?」
 俺が?
 自嘲的な笑いを漏らし、ゲルシュ・グレンはかつて部下であった男のことを思う。

「シド・フォーン」

 思わず名前を呼ぶと、オペレーターの一人がぎょっとしたように振り向いた。
 中将の独り言はすでにこの管制室のBGMのようになっているが、それだけにその名詞は耳に残るものだったのだ。
「なんかやりそうな奴だとは思ってたけど、まさかここまでするとはなあ……」
 顔色の悪くなるオペレーターのことなど目に入らないかのように、ゲルシュ・グレンは思いの丈を声に出していく。
 彼を思い出す時まず浮かぶのが、あの冷たい漆黒の瞳だった。
 すべてを冷ややかに見つめ、瞬時に自分に必要であるかそうでないかを判断する冷徹さを持ち、それでいて小動物など弱いものには愛情を注ぐ細やかなところも持つ。
「まあ、複雑な奴ではあったよなぁ」
 それを理解できるものは彼に親しみ、そうでない者は怖れを抱いた存在だった。
「シドよ。今こそお前さんとゆっくり語り合いたいよ」
 かつてそうであったように。
 居酒屋の片隅で酒を酌み交わしながら、お前さんがどこに向かおうとしているのか、じっくり聞きたいなあ……。

「グレン中将!!」
 オペレーターの緊迫した声。
 グレン中将は物思いから引き戻されると、「どうした?!」と怒ったように返した。
「あ、あれを……」
 山地の向こうが赤々と燃えている。
 激しい戦闘が繰り広げられているのだ。
 そこは今向かおうとしている場所だった。
 ゲルシュ・グレンの熊のような顔が引きつった。
「急げ!!」
 短く指示を与えると、足早にレーダー画面へと近付いていった。
「どんな状況だ?」
 レーダーの前に座る兵士の顔は、冷や汗でいっぱいだった。
「おい、どうした?」
「・・・」
「なんだ?!」
「ものすごい数です……」
 答える兵士の声は、かすれていて要領を得ない。
「どけ!」
 中将は兵士を押しのけ、画面に見入った。
 そこには帝国側の艦隊の数を遥かに凌ぐ数の、同盟軍の艦隊が映し出されていた。
 そしてすでに海上の第一師団は、壊滅的な打撃を受けている。
「こりゃあ、どういうことだ……?」
 そう呟いたゲルシュ・グレンの声もかすれていた。


***


「総統」
 隻眼の部下に呼ばれ、漆黒の青年が振り返る。
「また新たな師団の姿が見えますが」
 ふっと冷笑を浮かべ、漆黒の青年は、
「いくら来ても同じだ。すべて、消せ」
 と、静かに命じた。
 隻眼の男は満足そうに微笑む。
 そして。
「本願を達成されるのも、もうすぐですな」
 そう言って辞して行った。

 漆黒の青年。
 反帝国同盟ガルーダ総統シド・フォーンは。
 もう一度船窓に体を向け、眼前で繰り広げられている砲火の応酬を眺め。
「帝国の末日も近い……」
 と、薄い笑みを貼り付けた。


***


 カイルが神殿から本営に戻って来たのは、すでに深夜に近い時間帯だった。

「第一師団が……。グレン中将から連絡は?」
 ハウレン少将は渋面で首を横に振った。
「そうか……」
 帝国の誇る軍隊が、悉く壊滅的な被害を受けている。
 これが同盟軍の力なのか?
 長い平和にあぐらをかいてきた帝国の、これが今の本当の力だというのだろうか?
「いや、シド・フォーンの力か……」
「閣下?」

『グレン中将より映像通信が』

 オペレーターの声が終わるよりも早くに、目の前のスクリーンに熊の顔が映し出された。
「中将」
「なんとか持ち堪えたぜ」
 今まで応戦していたため、通信が遅くなったと言う。
「奴らはどこで見つけたのか、とんでもない船を持ってやがるらしい。それに対応するのに少しばかり時間がいったが、まあ今日のところはなんとか、な」
「とんでもない船?」
「そうそう。そのデータはまた別便で送るからさ。待っててちょ☆」

どうも熊と話していると、緊張感に欠けるのだ。

「カイルっちは、こっちのことは心配しないで、そっちで頑張ってろよ」
 じゃーな!とゲルシュ・グレンは右手を上げ、一方的に通信を切ってしまった。
「相変わらず……」
 傍らでハウレン少将が渋面を作った。
「中将がああ言われる時は、何とかなる時だ。こちらはこちらのできることをしよう」
「は!」
 カイルは敬礼する少将に微笑みかけ、すぐに自分の思考の中に沈むと、少将はそんな元帥の側をそっと離れ、自分の席へと戻って行った。


***

 月のない夜だった。
 頭上に幾千もの星が瞬く前線。
 戦闘は一時停止し、静かだった。
 同盟軍の圧倒的勝利かと思われた矢先、その艦隊は突然海上へと後退したのだ。
 そこでぴくりと動かなくなり、今に至る。
 ゲルシュ・グレンは旗艦の管制室に仁王立ちし、じっと何も映し出されていないスクリーンを見つめていた。
 もう日付が変わりそうな時間だった。
「シドの野郎、何考えてやがんだ?」
 これじゃおちおち眠れやしない。

「あの船……」
 いつの間に開発していたのだろうか。
「帝国から持ち出した兵器じゃ、飽き足らなかったって訳か」
 手強いなあ。

 背中をむずむずと這い回る、悪寒の様なものをずっと感じていた。
「胸くそ悪いんだよ」
 この静けさがまた嫌だった。

 あの船にシドは乗っているのか?

 そう思う一方で、そうではないと否定する自分がいた。

 シドは別な場所でこの戦闘を傍観している。
「高見の見物、だな」
 恐らくはそうなのだろう。
「お偉いさんになったもんだな、シドよ」
 戦闘が再開されるのは、夜明けか?
 いずれにせよ、今夜は眠れそうになかった。
「いくら俺の神経が図太いって言っても、ね」
 けれど、この身がぼろぼろになっても、カイルっちの期待に応えなけりゃいけないんだ。
 あの、帝国を誰よりも愛す、若き元帥のために……。


 しかしグレン中将の懸念は外れ、その後前線での戦闘は膠着状態に。
 中将の第三師団が到着して以降、同盟軍の艦隊は海上に待機したまま、ぴくりとも動かなくなってしまったのだ。
 夜明けとともに戦闘が再開されるものと思っていた帝国側は拍子抜けした。
 おそらくは嵐の前の静けさというものだろうが、それがかえって帝国側の兵士たちの神経を弱らせ、士気を減退させるものになってしまった。
「これじゃあいかん。だが、こちらから動くわけにもいかんしなあ」
 今や同盟軍の戦闘力の方が上回っていることは明白。
 防戦に徹するしかないことを、中将は悟っていた。

 よって、前線はしばし停戦状態にある――。
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