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第1章 神官になった少女
国教歴史研究所(3)
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「これで、全部です」
ユリアが疲れた腕を揉みながら報告すれば、アランは一瞥をくれただけで、次の指示が書かれた紙片を差し出した。
「えっと……?」
「ここに書いている語句が書かれている箇所をすべて抜き出して纏めてくれ。できるだけ早くだ」
「……はい……」
「ああ、それと。しばらくマリー司教は出張だそうだからな。しっかり頼むぞ」
「マリー様、どちらに行かれるんですか?」
「俺は知らん」
「ですよねー。では、わたくし、業務に戻ります!」
「お、おお。頑張れよ」
いきなりビシッとした後輩に戸惑いの視線を向けるアラン。
ユリアはそんな先輩の視線を気にする素振りもなく席に戻った。
(アラン先輩の理不尽をいちいち気にしてたらダメって分かったもの。私、強く生きるの!)
紙片に書かれている語句を頼りに、本に書かれている文字をひとつひとつ追って行く。
それは途方もない作業に思われたが、他のことを考えず没頭できるという点は良かった。
(ふむふむ……学校では習わなかったような出来事も書かれているわ……。私が知っていることなんて、本当はとても少ないのかも知れないわね)
アランが指定した書籍は、どれも各地の伝承や検証された事実などが書かれているような物で、実に興味深い内容だった。
語句を拾い上げるのを忘れてしまうくらいに没頭して読んでいることもあり、我に返る度にもう一度ページを戻るということを何度か繰り返してしまった。
(いけない、いけない。アラン様はなるべく早くって仰ったんだもの。とりあえず内容は後回しにしなくては)
そんなユリアの様子を前の席に座るアランが見ていた。その口元には、ユリアには未だ見せたことのない笑みが浮かんでいて。
それは静かに後輩を見守る先輩の風情、そのものだった。
「ユリア・タズハ。孤児院から神学校に入学。成績は優秀だけれど、真っ直ぐ過ぎて融通の利かない所もある、らしいわ」
ユリアが研究室に来る前、配属が決まった彼女の資料を手に、マリー司教がそんな報告をしたことがあった。
「孤児院出身ですか……。ここでは珍しい事ではないですがね」
「そうね。彼女もまた……と言ったところかしら。ともかく、あなたが直接指導に当たることになりますから、よろしくね、アラン」
そんな上司の言葉に、アランは了承の意味を込めて肩をすくめて見せた。
「若い娘をこんな暗い所に押し込めるのも可哀相だけれど、この子は授業の時から歴史に興味がある風でしたからね。きっと頑張ってくれるでしょう」
「まさか、マリー司教の口添えという訳ではないでしょう?」
「あら。私はコネなんて活用しませんよ。結果そうなっていたというだけ。新人さんにせいぜい期待してちょうだいな」
(期待か……)
目の前に座る少女の、最初見た時の頼りなさそうなことと言ったらなかったが。
(打てば響くという所はあるかも知れんな)
何冊もの本を抱えて何度も廊下を行き来したことも、意外と言えば意外な事だった。
どこかでへこたれて、助けを求めると思っていたが、ひとりで最後までやり遂げた。
17歳の娘の根気と責任感は評価してやってもいい。
(少しは期待してもいいだろうか)
これまで、このやり方で何人もの後輩が他の部署に異動して行ったことを思い、アランはそれまでとは少し違う目でユリアを見ていた。
少しずつ馴染んでいく新しい環境と人間関係。
ユリアにとっては新しく覚えることばかりだが、適度な疲労感を伴う充実した毎日だった。
そんな毎日を薄暗い研究室で過ごしていると、時節というものはとかく見えにくいものだ。
ユリアがたくさんの書籍と向き合っている間に、研究室の外で、事態は緩やかに、けれど確実に動いていた……。
マリー・レーヴェニヒ司教は、数人の同僚と共にある地を訪れていた。
そこは小高い山の上。頂上には天文観測所があり、日夜太陽の動きや星の動き、そして気象を観測している。
「報告ありがとうございます。博士」
「いえ。さっそくのお越しありがとうございます」
「報告書にあったことは本当ですか?」
マリー司教の珍しく性急な口調に同僚の視線が集まる。
「はい。こちらをご覧ください」
天文博士に手渡された資料には、マリー司教が危惧していたことが書かれていたようだ。
たちまち曇る彼女の表情に、同僚たちも難しい顔を作る。
「数十年ぶり……でしょうか」
「そうですな。私がこの観測所に来て2回目。まさか、ここにいる間に2回も立ち会うことになるとは思ってもみませんでしたが……」
「そうあることではありませんものね」
「歴史に精通しておられるマリー司教ならご存知でしょう。アレは、そうそう起こるコトではありませぬ」
「ええ、知っています。ですから、こうして急ぎ参った訳ですが……。アレがいつかは分かりましたか?」
「恐らく……あと一週間後。太陽と星の動きを観測した結果に過ぎませんが」
「博士が仰るのなら、そうなのでしょう。では、それ相応の対策も、私たちもしなくてはいけませんね。一刻も早く」
「連絡手段なども、もういちど確認しておきましょう」
別の同僚が言うと、博士は深く頷いた。
「その当たりのことは、お任せいたします。この中で前回のことを知っているのは、私とマリー司教だけですからな」
「ええ、そうですね。では、何か変わったことがあれば、すぐにご連絡くださいね」
「お互い気の抜けない一週間になりそうですな」
博士は苦笑を浮かべ、マリー司教は穏やかな笑みに鋭さも交えて。
2人の緊迫した雰囲気に、やや置いて行かれている様子の同僚たちはとても所在無げにしていた。
ユリアが疲れた腕を揉みながら報告すれば、アランは一瞥をくれただけで、次の指示が書かれた紙片を差し出した。
「えっと……?」
「ここに書いている語句が書かれている箇所をすべて抜き出して纏めてくれ。できるだけ早くだ」
「……はい……」
「ああ、それと。しばらくマリー司教は出張だそうだからな。しっかり頼むぞ」
「マリー様、どちらに行かれるんですか?」
「俺は知らん」
「ですよねー。では、わたくし、業務に戻ります!」
「お、おお。頑張れよ」
いきなりビシッとした後輩に戸惑いの視線を向けるアラン。
ユリアはそんな先輩の視線を気にする素振りもなく席に戻った。
(アラン先輩の理不尽をいちいち気にしてたらダメって分かったもの。私、強く生きるの!)
紙片に書かれている語句を頼りに、本に書かれている文字をひとつひとつ追って行く。
それは途方もない作業に思われたが、他のことを考えず没頭できるという点は良かった。
(ふむふむ……学校では習わなかったような出来事も書かれているわ……。私が知っていることなんて、本当はとても少ないのかも知れないわね)
アランが指定した書籍は、どれも各地の伝承や検証された事実などが書かれているような物で、実に興味深い内容だった。
語句を拾い上げるのを忘れてしまうくらいに没頭して読んでいることもあり、我に返る度にもう一度ページを戻るということを何度か繰り返してしまった。
(いけない、いけない。アラン様はなるべく早くって仰ったんだもの。とりあえず内容は後回しにしなくては)
そんなユリアの様子を前の席に座るアランが見ていた。その口元には、ユリアには未だ見せたことのない笑みが浮かんでいて。
それは静かに後輩を見守る先輩の風情、そのものだった。
「ユリア・タズハ。孤児院から神学校に入学。成績は優秀だけれど、真っ直ぐ過ぎて融通の利かない所もある、らしいわ」
ユリアが研究室に来る前、配属が決まった彼女の資料を手に、マリー司教がそんな報告をしたことがあった。
「孤児院出身ですか……。ここでは珍しい事ではないですがね」
「そうね。彼女もまた……と言ったところかしら。ともかく、あなたが直接指導に当たることになりますから、よろしくね、アラン」
そんな上司の言葉に、アランは了承の意味を込めて肩をすくめて見せた。
「若い娘をこんな暗い所に押し込めるのも可哀相だけれど、この子は授業の時から歴史に興味がある風でしたからね。きっと頑張ってくれるでしょう」
「まさか、マリー司教の口添えという訳ではないでしょう?」
「あら。私はコネなんて活用しませんよ。結果そうなっていたというだけ。新人さんにせいぜい期待してちょうだいな」
(期待か……)
目の前に座る少女の、最初見た時の頼りなさそうなことと言ったらなかったが。
(打てば響くという所はあるかも知れんな)
何冊もの本を抱えて何度も廊下を行き来したことも、意外と言えば意外な事だった。
どこかでへこたれて、助けを求めると思っていたが、ひとりで最後までやり遂げた。
17歳の娘の根気と責任感は評価してやってもいい。
(少しは期待してもいいだろうか)
これまで、このやり方で何人もの後輩が他の部署に異動して行ったことを思い、アランはそれまでとは少し違う目でユリアを見ていた。
少しずつ馴染んでいく新しい環境と人間関係。
ユリアにとっては新しく覚えることばかりだが、適度な疲労感を伴う充実した毎日だった。
そんな毎日を薄暗い研究室で過ごしていると、時節というものはとかく見えにくいものだ。
ユリアがたくさんの書籍と向き合っている間に、研究室の外で、事態は緩やかに、けれど確実に動いていた……。
マリー・レーヴェニヒ司教は、数人の同僚と共にある地を訪れていた。
そこは小高い山の上。頂上には天文観測所があり、日夜太陽の動きや星の動き、そして気象を観測している。
「報告ありがとうございます。博士」
「いえ。さっそくのお越しありがとうございます」
「報告書にあったことは本当ですか?」
マリー司教の珍しく性急な口調に同僚の視線が集まる。
「はい。こちらをご覧ください」
天文博士に手渡された資料には、マリー司教が危惧していたことが書かれていたようだ。
たちまち曇る彼女の表情に、同僚たちも難しい顔を作る。
「数十年ぶり……でしょうか」
「そうですな。私がこの観測所に来て2回目。まさか、ここにいる間に2回も立ち会うことになるとは思ってもみませんでしたが……」
「そうあることではありませんものね」
「歴史に精通しておられるマリー司教ならご存知でしょう。アレは、そうそう起こるコトではありませぬ」
「ええ、知っています。ですから、こうして急ぎ参った訳ですが……。アレがいつかは分かりましたか?」
「恐らく……あと一週間後。太陽と星の動きを観測した結果に過ぎませんが」
「博士が仰るのなら、そうなのでしょう。では、それ相応の対策も、私たちもしなくてはいけませんね。一刻も早く」
「連絡手段なども、もういちど確認しておきましょう」
別の同僚が言うと、博士は深く頷いた。
「その当たりのことは、お任せいたします。この中で前回のことを知っているのは、私とマリー司教だけですからな」
「ええ、そうですね。では、何か変わったことがあれば、すぐにご連絡くださいね」
「お互い気の抜けない一週間になりそうですな」
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2人の緊迫した雰囲気に、やや置いて行かれている様子の同僚たちはとても所在無げにしていた。
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