異世界の道具屋さん、引き継ぎます

冬生羚那

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 午前中は酷い目にあった。
 水を飲んでも解消されない違和感の口直しも含めて昼食をとった後、メモ帳を片手にいーちゃんに商品の説明を受けて早数時間――。

「最低でもこれだけ知っておけば大丈夫だよ。後はそこまで細かくないし、店をやりながら覚えていけばいいと思うよ」

 メモを取り続けて疲れた腕を振っていると、親指を立てていーちゃんがそう言った。
 わたしとしては知識が無さすぎるから、そんなやり方でいいのか少し疑問だけど……いーちゃんはやっぱり大らかだ。
 この言葉は、多分、祖父や母も言いそう。

「ここまで覚えなくてもな、客が欲しいと言ったモンを売っとけばいいんじゃ」
「そうよねぇ、お客さんも自分の欲しいものの効果ぐらいわかってるでしょうに」
「いやいや、売り手側からしたら知識もなく商品の売買をしてたら後々困ることになるかもしれないだろ?」
「はっはっは、そこまで細かく考えて商売なんぞしとらんわ!」
「うふふ、望む商品と違うものさえ渡さなきゃいいのよぉ」
「お義父さん……母さん……」

 うん、わたしの細かい性格は父に似たんだな。
 想像の世界でのみんなのやり取りに苦笑いが浮かぶ。
 からからと笑う祖父と母に、額に手を当ててため息を吐く父。
 わたしの想像だけど、こんなやり取りが本当にありえそうで……。
 ……ここに祖母がいたらどんな風になるのかな?
 祖母は少し口を挟むだけで、祖父の後ろでため息を吐いてる姿をよく見ていた気がする。
 大体祖父と母がこの『おおらか』な性格だ。
 何かあった時には「まったくもう」と祖母と父が結局は動き、補佐とか秘書みたいな感じだったと思う。
 そうなると店でも祖母がお客さんの質問に答えたりとかしていたんじゃないかと推測出来る。

「そうだ、皇都に出てみるかい?」
「え……」

 自分の世界に浸(はい)っていたわたしは、いーちゃんの言葉に現実に引き戻される。
 皇都に出てみる……?
 それはようするに、異世界へと行こうというお誘いだ。

「店やるんなら近所に挨拶もしとかなきゃだろ?じーちゃんが死んだことも言っておきたいし」
「……そうだね、行って、みようかな」
「おし、えーっと鍵鍵……」

 カウンターに向かういーちゃんの後ろを歩き、手にしていたメモ帳をそのカウンターへと置く。
 いーちゃんはカウンターの中から小箱を取り出し、その中から鍵を取り出した。

「これが店の扉の鍵な?向こうで無くしても帰還の魔術がかけてあるから手元に戻ってくるだろうけど、日本で無くしたらどうなるかわかんないから気をつけてね」
「あ、うん。わかった」

 異世界というのは本当に魔術でどうにでもなりそうだな、と思う。
 魔術師という人達はみんなこういうことが出来るのだろうか。

「みんながみんな出来るわけじゃないよ。この魔術はばーちゃんが創ったんだ」
「……こうやって聞くとホントおばあちゃんって凄かったんだね」
「そうだね。おかげで俺は『大魔術師の息子』って呼ばれてるよ」

 肩を竦めてそう言ういーちゃんはちょっと苦笑いだ。
 嬉しいだけじゃない、複雑な色をその瞳に浮かべている。
 これはあれだね、『親が凄すぎて苦労している』ってことなんだと思う。
 尊敬だとか、敬愛もあるけれど、親を抜きにして自分を見てもらいたい、みたいな感情があるんじゃないかと思う。
 いーちゃんは祖母と同じ魔術師だし。
 芸能人とかでもそういうこと言う人いるよね。
 偉大な親を持つ子は苦悩する、って。
 だけど、わたしにはその気持ちが正しくは理解出来ない。
 そう言ってしまうとなんだこいつ、と思われるかもしれないが、両親や祖父母を好きだけど、『偉大さ』はあまりよくわからないからだ。
 理解出来ない、というか同調しにくい、と言う方が正しいかもしれない。
 いーちゃんは祖母と同じ魔術師だから周囲の人間の目とか気になるのかもしれないけれど、わたしは魔術師じゃないから。
 祖母は祖母で凄かったのかもしれないけれど、わたしからすれば昨日のいーちゃんの魔術も非現実的で凄いと思うしね。
 そしていまだに現実味は……事実なんだな、とは思うけどね?

「でもいーちゃんはいーちゃんだし」
「ふ、そうだね。……さ、行こうか」
「うん」

 いーちゃんの感情に寄り添えない気まずさを抱えたわたしはいーちゃんからふい、と目を逸らす。
 そうすると異世界に繋がる扉が目に入り、心臓がどきりと鳴った。
 昨日はわけもわからずにいたから、こうしてしっかりと扉を見るのは初めてだ。
 ……初めて、だと思う。
 なのに、なんだか、凄く……。

「菜摘ちゃん?」
「あ、うん……!」

 いーちゃんの声にどこかに沈んでしまいそうだった意識が引き戻される。
 よくわからない胸の高鳴りに首を傾げながらわたしはいーちゃんの服を掴むと、いーちゃんは笑って手を繋いでくれる。
 よくわからないけど、ほっとした。
 そうして手をひかれながら後ろを歩き、わたしは再び異世界へと足を踏み出した。
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