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5.着いた先はトンデモな場所だった!
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「こーんな風に、邪魔する奴はパッと消しちゃえばいいんだよ。まったく、こんなのに手こずってるって、逆にどういうことか聞きたいくらいだよ」
魔物が人間の言葉を話すこと自体、そう珍しくもないことだとすんなり受け入れられたのは、兄・アズールから話を聞かされてきたおかげである。このコウモリは外見と一致したかわいい声を出すので、アスターが驚きの表情を見せたのは、コウモリと目が合った瞬間だけだった。
それよりも、馬鹿にされたみたいなのが気に食わず、ムスッとなった。
「な、何なんだよお前!?」
「ボクは魔界コウモリのモリ君。おい人間、本当はお前にも同じ目に遭ってもらいたいところだけど、今は我慢してやる。お前を連れて来いって、ボクのご主人様に言われたんだ。一緒にお城まで来てもらうぞ」
こうしてまともに会話をすることができるので、ただの『コウモリ』という種類でないことは明白だった。問題は、その前についているフレーズだった。
「魔界……?」
確かにこの猛禽類はそう言った。イヌでもネコでも魔物でも、生息地がその名の始めについている生き物は多く存在する。なのでこの生物は、その法則に則るならば、コウモリの中でも魔界に生息しているから、そう名付けられたと考えられる。
アスターは今一度確かめたかった。しかし怖かった。モリ君が自己紹介をしたおかげで、自分の位置情報が入手できた。とはいえ、「そうですか」とあっさり受け入れられる度量までは、持ち合わせていなかった。むしろ出鱈目であってほしかった。
──ここは魔界ですか──?
このたった一つの質問さえ、できないでいた。
「ほらほら、何ボーッとしてるんだよ。さっさと歩いて歩いて! クロエちゃんが待ってるんだから!」
モリ君が急き立てると、アスターは軽くチッ、と舌打ちして、
「わーったよ、うるせーな。……つーか誰だよ、クロエって」
モリ君には聞こえないような小声で文句を垂れながら、アスターは渋々とモリ君の後をくっついて歩く。
幅の広い、何十段もの石造りの階段をようやく登り終えると、せっかく出て行った疲労が再びアスターにのしかかった。
「あー疲れた。……やっとこさ玄関かよ」
喉がすっかりカラカラに渇いて、喋るのも億劫だったが、無意識に出てしまう言葉もある。
「情けないなぁ、このくらいでへばるなんて。ボクなんかホラ、まだまだ元気!」
ピン! と胸を張るモリ君。
「お前な……ズルいぞ。飛んでばっかりいりゃ、疲れ知らずなのは当然だろ。なに自分だけラクしてんだよ」
呼吸を整えながら、アスターが愚痴る。
「ラクして悪いなんて、全然思わないもんね。人間が不便なだけじゃん。それより早くドア開けなよ。こんな小さいボクに、こーんな大きいドア開けさせる気?」
「ンガッ、もっと他に言い方ねーのかよ。それにな、開けてって言われて、この俺がホイサッサとその通りに動くと思うか?」
モリ君は五、六秒考える。そして開けないのか訊ねると、
「開けるわけねーだろ! 大方、開けたら中で待ってた化け物がウジャウジャ出てきて、俺をどうにかしようってんだろ? その手には乗らない誰も乗らない! 中に入りたいんなら、お前一人で行けよな。それと、お前の主人とやらに伝えとけ。こんな展開見え見えの罠に引っ掛かる奴ぁいねーよ! ってな」
モリ君に言いたいことは、とりあえず言った。もう構いたくないので、一人になって帰る手立てを見つけたい。そう思ってアスターは踵を返し、階段を降りること数段。
「……げ」
眼下に、先程のと同一個体かどうかはわからないが、黒い四足歩行の獣の姿を捉えた。このまま下に行けば、見つかってしまうかもしれない。アスターはもう全力では走れないほどに、体力が落ちている。断然、あちらが有利である。引き返すということは、何が待ち受けているのかわからない城の方へ行くということ。
──どっちを選ぶ──!?
差し出された選択肢は、どちらもアスターにとっては厳しいものだった。
「うぅ~~……。下にはさっきの奴がいて危険だし、あっちも安全な場所って感じはしねーし。あの化け物がどっか行ってくれりゃあなぁ……」
すると、願いが通じたかのごとく、獣はアスターのいる階段に背を向けるかたちで歩き出した。
「お!」
アスターは階段を静かに降りた。大地に足をつけると、獣の様子を見ながら、土の壁に手を添えて、そろりそろり。
「ギャーッ! ギェーッ!」
「おわぁッ!!」
上から届いた醜い声に、アスターはついうっかり大声を出してしまった。両方の翼を広げた状態ならば四メートル近くはあるだろう怪鳥が、荒涼とした大地に目を落としている。
「あんなのもいんのかよ……」
あれもまた、魔物の部類なのだろうか? 考えつつ首の傾きを元に戻すと、
「ヒッ!?」
喉の奥から変な声が出た。黒い獣がアスターを見ている。気づかれてしまったのだ。
アスターは、有無を言わさず階段を駆け上った。またも全力で。
「ハァッ、ハァッ、また……追っかけられる……トコだった……ハァ……ッ」
「おかえりー」
城の出入り口前に座り込むアスターを、モリ君がニヤニヤして迎える。
「うるせー、化け物が怖くて逃げたんじゃねえ。休憩に来たんだよ。俺はな、もの凄く疲れてんの」
「だったら尚更、中に入りなよ。クロエちゃんも待ちくたびれてるだろうし」
アスターは鼻でフンッ、と息を鳴らし、立ち上がって扉に右手を当てる。
二メートル以上はありそうだ。鉄製で青銅色、全体に装飾の入ったいかにも重厚そうな扉を両手でグイッと押すと少し動いた。鍵は掛かっていなかった。
ギギィ……。
金属らしい音が、一人と一匹の耳を刺激する。
まずは一、二センチメートル分だけ動かして、中を覗いてみる。特に何かが動いている様子はなかった。安心した証拠に、自分とその先にあるものを隔てていた扉を、アスターは意外とあっさり開いてしまった。
玄関ホールに足を踏み入れる。アスターは、自分の部屋ほどあるこの空間を見回した。壁には大きくひびが入っており、床には赤黒いものがこびりついている。血の跡だと、彼の脳が判断した。
戦いの形跡が、そこにあったのだ。いつ、誰が、誰を相手に、どのような戦闘があったのか。ここに初めて訪れたアスターには知る由もなかった。
照明がどこにもないのにも関わらず、内部は一定の明るさが保たれている。アスターは、そこは何者かが魔力でなんとかしているのだろうと考えた。
入って正面に、もう一つ扉があった。同じく鉄製で、今度は取っ手を持って開けられそうだ。
──本当は怖い。この扉を開けたくない。けれど外には魔物がいる。後戻りはできない。なぜなら、俺は既にこの扉を開ける動作に入っていて、拒むものがどこにもないのだから──
モリ君の羽音しか聞こえない中、アスターはまたゆっくりと、二つ目の黒ずんだ青い扉を開ける。
──どうか、何も出てきませんように──
天井が高いその部屋でアスターが最初に思ったのは、彼の家族が所有する畑よりも広いかもしれない、ということだった。
モリ君がアスターから離れる。
「クロエちゃんお待たせ、連れてきたよ!」
アスターの心臓が一度だけ、通常より大きく脈打った。
──いる。俺を連れてこいと言った奴が、同じ空間に──
アスターは扉を閉め、重い足取りで(モリ君の)依頼主の姿を知るべく、前進した。
一段高くなっている所に置かれた椅子に、彼女がいた。頬杖をついたまま、顔をアスターに向けて言った。
「あなたね? この辺をうろついてたって人間は」
「あ? あぁ……」
アスターの返事は、どこか間が抜けていた。相手がどんな化け物かと思いきや、自分と同年代と思われる少女だったからだ。
「ふーん…………」
少女がまじまじとアスターを見つめる。彼はそのうち気恥ずかしくなって、目を反らす。
「人間のクセに丸腰で来るなんて、おかしな話ね。けどまぁ、そのわりにここまで来れたってことは、よっぽど運がいいんだね」
喋り方も、ごく普通の人間の女性と変わらない。訊ねたいことがいくつもあるアスターは、彼女となら話ができるかもしれないと思い、会話しやすい距離まで歩み寄った。
「訊きたいことがあるんだ。ここはどこなんだ? 人間のクセにって言い方するってことは、お前は人間じゃないのか?」
少女はまばたきをしてから答えた。
「知らないで来たの? ここは魔界。魔族が棲んでいる世界よ。この世界にいるは輩は皆そう。この子──モリ君っていうんだけど、この子もただのコウモリじゃなくて、『魔界コウモリ』って種類なの」
アスターはここで、モリ君が言っていたことを真実と受け止めた。同じことを言った少女が嘘をついているようには見えなかったからだ。
「やっぱり魔界……かぁ……。聞き間違いでも何でもなかったのな」
言いながら、アスターはポリポリと頭を掻く。
「ついでに言うと、ここは魔王城。魔界の王族が住む所よ」
「え…………?」
かつて、多くの人間が魔王軍討伐のために踏み入れた場所。アスターの兄・勇者アズールも、この地で激闘を繰り広げたその一人。この建物は何を隠そう、その勇者が魔王を討ち滅ぼした場所、この世界の統治者の根城だったのだ。村で穏やかに暮らしていたアスターには、永遠に無縁の地のはずだった。
「私もね、こう見えて人間じゃなくて魔族の一員なの。正確に言うと、魔族と竜族のハーフなんだけど……その話はどうでもいいや。これで二つ答えたわね? それじゃ、私からも質問だけど……どうやって、この世界に来たの?」
受けた衝撃が想像を超える強さで、いまいち実感が持てないアスターが、最も伝えたいことを伝えられる時が来た。
「人間界と魔界を繋ぐものは、先代の魔王様が亡くなられたすぐ後に消えた。つまり、もう二つの世界を行き来できなくなったのね。実際、あれから人間は見かけなくなった……らしいから、おかしいなーって。それとも……五年だっけ? それくらい長くこっちで生活できるくらいの、強い人間なのかなーとも思ったけど、全然そんなふうには見えないし」
アスターは、思い出しながら話すクロエにわずかな違和感を覚える。
「コイツ、まるでダメダメだよ。逃げてばっかりだったたもん」
モリ君が口を挟む。
そこは黙ってくれてもいいのではないかと、アスターが睨む。涙目で逃げ惑う男の姿を、充分に美少女と言えるクロエに想像してほしくなかったのだ。彼女が脳内の白いキャンバスに、何も描いていないことを切に願う。
「俺は別に強い人間じゃない。小さい村に住む一般人だ。だからこの通り、武器なんて持ってない。必要がないからな。ここには来たくて来たんじゃない。俺の近くに黒い何か……変なのが現れて、触ったら吸い込まれて、気づいたらこの世界にいた。これは事故なんだ。でなきゃ、俺がこんな所にいるのはおかしい。今のこの状況だって、ありえない! 俺が魔王の城にいるなんて! 成り行きで連れてこられたととはいえ、こんな……ッ!」
頬杖を解いたクロエは、興奮したアスターを止めるタイミングを見計らう。
「それで、俺に何しろって言うんだ? 確か王族って言ってたな。ってことは、お前が現在の魔王か!? お前を倒せば、話が良い方向に展開するのか!? だったら──!」
アスターは、クロエが座っている椅子──玉座に立て掛けられている剣に目をつけた。
魔物が人間の言葉を話すこと自体、そう珍しくもないことだとすんなり受け入れられたのは、兄・アズールから話を聞かされてきたおかげである。このコウモリは外見と一致したかわいい声を出すので、アスターが驚きの表情を見せたのは、コウモリと目が合った瞬間だけだった。
それよりも、馬鹿にされたみたいなのが気に食わず、ムスッとなった。
「な、何なんだよお前!?」
「ボクは魔界コウモリのモリ君。おい人間、本当はお前にも同じ目に遭ってもらいたいところだけど、今は我慢してやる。お前を連れて来いって、ボクのご主人様に言われたんだ。一緒にお城まで来てもらうぞ」
こうしてまともに会話をすることができるので、ただの『コウモリ』という種類でないことは明白だった。問題は、その前についているフレーズだった。
「魔界……?」
確かにこの猛禽類はそう言った。イヌでもネコでも魔物でも、生息地がその名の始めについている生き物は多く存在する。なのでこの生物は、その法則に則るならば、コウモリの中でも魔界に生息しているから、そう名付けられたと考えられる。
アスターは今一度確かめたかった。しかし怖かった。モリ君が自己紹介をしたおかげで、自分の位置情報が入手できた。とはいえ、「そうですか」とあっさり受け入れられる度量までは、持ち合わせていなかった。むしろ出鱈目であってほしかった。
──ここは魔界ですか──?
このたった一つの質問さえ、できないでいた。
「ほらほら、何ボーッとしてるんだよ。さっさと歩いて歩いて! クロエちゃんが待ってるんだから!」
モリ君が急き立てると、アスターは軽くチッ、と舌打ちして、
「わーったよ、うるせーな。……つーか誰だよ、クロエって」
モリ君には聞こえないような小声で文句を垂れながら、アスターは渋々とモリ君の後をくっついて歩く。
幅の広い、何十段もの石造りの階段をようやく登り終えると、せっかく出て行った疲労が再びアスターにのしかかった。
「あー疲れた。……やっとこさ玄関かよ」
喉がすっかりカラカラに渇いて、喋るのも億劫だったが、無意識に出てしまう言葉もある。
「情けないなぁ、このくらいでへばるなんて。ボクなんかホラ、まだまだ元気!」
ピン! と胸を張るモリ君。
「お前な……ズルいぞ。飛んでばっかりいりゃ、疲れ知らずなのは当然だろ。なに自分だけラクしてんだよ」
呼吸を整えながら、アスターが愚痴る。
「ラクして悪いなんて、全然思わないもんね。人間が不便なだけじゃん。それより早くドア開けなよ。こんな小さいボクに、こーんな大きいドア開けさせる気?」
「ンガッ、もっと他に言い方ねーのかよ。それにな、開けてって言われて、この俺がホイサッサとその通りに動くと思うか?」
モリ君は五、六秒考える。そして開けないのか訊ねると、
「開けるわけねーだろ! 大方、開けたら中で待ってた化け物がウジャウジャ出てきて、俺をどうにかしようってんだろ? その手には乗らない誰も乗らない! 中に入りたいんなら、お前一人で行けよな。それと、お前の主人とやらに伝えとけ。こんな展開見え見えの罠に引っ掛かる奴ぁいねーよ! ってな」
モリ君に言いたいことは、とりあえず言った。もう構いたくないので、一人になって帰る手立てを見つけたい。そう思ってアスターは踵を返し、階段を降りること数段。
「……げ」
眼下に、先程のと同一個体かどうかはわからないが、黒い四足歩行の獣の姿を捉えた。このまま下に行けば、見つかってしまうかもしれない。アスターはもう全力では走れないほどに、体力が落ちている。断然、あちらが有利である。引き返すということは、何が待ち受けているのかわからない城の方へ行くということ。
──どっちを選ぶ──!?
差し出された選択肢は、どちらもアスターにとっては厳しいものだった。
「うぅ~~……。下にはさっきの奴がいて危険だし、あっちも安全な場所って感じはしねーし。あの化け物がどっか行ってくれりゃあなぁ……」
すると、願いが通じたかのごとく、獣はアスターのいる階段に背を向けるかたちで歩き出した。
「お!」
アスターは階段を静かに降りた。大地に足をつけると、獣の様子を見ながら、土の壁に手を添えて、そろりそろり。
「ギャーッ! ギェーッ!」
「おわぁッ!!」
上から届いた醜い声に、アスターはついうっかり大声を出してしまった。両方の翼を広げた状態ならば四メートル近くはあるだろう怪鳥が、荒涼とした大地に目を落としている。
「あんなのもいんのかよ……」
あれもまた、魔物の部類なのだろうか? 考えつつ首の傾きを元に戻すと、
「ヒッ!?」
喉の奥から変な声が出た。黒い獣がアスターを見ている。気づかれてしまったのだ。
アスターは、有無を言わさず階段を駆け上った。またも全力で。
「ハァッ、ハァッ、また……追っかけられる……トコだった……ハァ……ッ」
「おかえりー」
城の出入り口前に座り込むアスターを、モリ君がニヤニヤして迎える。
「うるせー、化け物が怖くて逃げたんじゃねえ。休憩に来たんだよ。俺はな、もの凄く疲れてんの」
「だったら尚更、中に入りなよ。クロエちゃんも待ちくたびれてるだろうし」
アスターは鼻でフンッ、と息を鳴らし、立ち上がって扉に右手を当てる。
二メートル以上はありそうだ。鉄製で青銅色、全体に装飾の入ったいかにも重厚そうな扉を両手でグイッと押すと少し動いた。鍵は掛かっていなかった。
ギギィ……。
金属らしい音が、一人と一匹の耳を刺激する。
まずは一、二センチメートル分だけ動かして、中を覗いてみる。特に何かが動いている様子はなかった。安心した証拠に、自分とその先にあるものを隔てていた扉を、アスターは意外とあっさり開いてしまった。
玄関ホールに足を踏み入れる。アスターは、自分の部屋ほどあるこの空間を見回した。壁には大きくひびが入っており、床には赤黒いものがこびりついている。血の跡だと、彼の脳が判断した。
戦いの形跡が、そこにあったのだ。いつ、誰が、誰を相手に、どのような戦闘があったのか。ここに初めて訪れたアスターには知る由もなかった。
照明がどこにもないのにも関わらず、内部は一定の明るさが保たれている。アスターは、そこは何者かが魔力でなんとかしているのだろうと考えた。
入って正面に、もう一つ扉があった。同じく鉄製で、今度は取っ手を持って開けられそうだ。
──本当は怖い。この扉を開けたくない。けれど外には魔物がいる。後戻りはできない。なぜなら、俺は既にこの扉を開ける動作に入っていて、拒むものがどこにもないのだから──
モリ君の羽音しか聞こえない中、アスターはまたゆっくりと、二つ目の黒ずんだ青い扉を開ける。
──どうか、何も出てきませんように──
天井が高いその部屋でアスターが最初に思ったのは、彼の家族が所有する畑よりも広いかもしれない、ということだった。
モリ君がアスターから離れる。
「クロエちゃんお待たせ、連れてきたよ!」
アスターの心臓が一度だけ、通常より大きく脈打った。
──いる。俺を連れてこいと言った奴が、同じ空間に──
アスターは扉を閉め、重い足取りで(モリ君の)依頼主の姿を知るべく、前進した。
一段高くなっている所に置かれた椅子に、彼女がいた。頬杖をついたまま、顔をアスターに向けて言った。
「あなたね? この辺をうろついてたって人間は」
「あ? あぁ……」
アスターの返事は、どこか間が抜けていた。相手がどんな化け物かと思いきや、自分と同年代と思われる少女だったからだ。
「ふーん…………」
少女がまじまじとアスターを見つめる。彼はそのうち気恥ずかしくなって、目を反らす。
「人間のクセに丸腰で来るなんて、おかしな話ね。けどまぁ、そのわりにここまで来れたってことは、よっぽど運がいいんだね」
喋り方も、ごく普通の人間の女性と変わらない。訊ねたいことがいくつもあるアスターは、彼女となら話ができるかもしれないと思い、会話しやすい距離まで歩み寄った。
「訊きたいことがあるんだ。ここはどこなんだ? 人間のクセにって言い方するってことは、お前は人間じゃないのか?」
少女はまばたきをしてから答えた。
「知らないで来たの? ここは魔界。魔族が棲んでいる世界よ。この世界にいるは輩は皆そう。この子──モリ君っていうんだけど、この子もただのコウモリじゃなくて、『魔界コウモリ』って種類なの」
アスターはここで、モリ君が言っていたことを真実と受け止めた。同じことを言った少女が嘘をついているようには見えなかったからだ。
「やっぱり魔界……かぁ……。聞き間違いでも何でもなかったのな」
言いながら、アスターはポリポリと頭を掻く。
「ついでに言うと、ここは魔王城。魔界の王族が住む所よ」
「え…………?」
かつて、多くの人間が魔王軍討伐のために踏み入れた場所。アスターの兄・勇者アズールも、この地で激闘を繰り広げたその一人。この建物は何を隠そう、その勇者が魔王を討ち滅ぼした場所、この世界の統治者の根城だったのだ。村で穏やかに暮らしていたアスターには、永遠に無縁の地のはずだった。
「私もね、こう見えて人間じゃなくて魔族の一員なの。正確に言うと、魔族と竜族のハーフなんだけど……その話はどうでもいいや。これで二つ答えたわね? それじゃ、私からも質問だけど……どうやって、この世界に来たの?」
受けた衝撃が想像を超える強さで、いまいち実感が持てないアスターが、最も伝えたいことを伝えられる時が来た。
「人間界と魔界を繋ぐものは、先代の魔王様が亡くなられたすぐ後に消えた。つまり、もう二つの世界を行き来できなくなったのね。実際、あれから人間は見かけなくなった……らしいから、おかしいなーって。それとも……五年だっけ? それくらい長くこっちで生活できるくらいの、強い人間なのかなーとも思ったけど、全然そんなふうには見えないし」
アスターは、思い出しながら話すクロエにわずかな違和感を覚える。
「コイツ、まるでダメダメだよ。逃げてばっかりだったたもん」
モリ君が口を挟む。
そこは黙ってくれてもいいのではないかと、アスターが睨む。涙目で逃げ惑う男の姿を、充分に美少女と言えるクロエに想像してほしくなかったのだ。彼女が脳内の白いキャンバスに、何も描いていないことを切に願う。
「俺は別に強い人間じゃない。小さい村に住む一般人だ。だからこの通り、武器なんて持ってない。必要がないからな。ここには来たくて来たんじゃない。俺の近くに黒い何か……変なのが現れて、触ったら吸い込まれて、気づいたらこの世界にいた。これは事故なんだ。でなきゃ、俺がこんな所にいるのはおかしい。今のこの状況だって、ありえない! 俺が魔王の城にいるなんて! 成り行きで連れてこられたととはいえ、こんな……ッ!」
頬杖を解いたクロエは、興奮したアスターを止めるタイミングを見計らう。
「それで、俺に何しろって言うんだ? 確か王族って言ってたな。ってことは、お前が現在の魔王か!? お前を倒せば、話が良い方向に展開するのか!? だったら──!」
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