俺の思っていた魔界と違う

霜月りの

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6.魔王城でお世話になります!?

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「この剣で何するつもり?」

「決まってんだろ、お前を倒すんだよ。ちょうど良い武器がそこにあるんだ。ってくれって言ってるようなモンだろ?」

「ブッ! あははははははは!! この人間……っ、オモシロすぎ! 今のは……ヒヒヒッ、最高のギャグだよ! これでクロエちゃんを……って……ゲホッ、ゲホッ」

 モリ君は盛大に笑い、盛大にむせて咳き込んだ。

ころ……ヒィッ、ハァ、フゥ……。あーもうダメ。秒単位で思い出し笑いしちゃう。我慢……できない。ボク、向こうに行ってるね。ププッ……」

 口元の歪みを抑えながら、モリ君は別の場所へと飛んで行った。
 通路でその様子を、メイド服の女性がすれ違いざまに見ていた。

 クロエが立ち上がると、「しまった!」といった表情でアスターは硬直する。
 今ので彼女を怒らせてしまったかもしれない。相手は魔族。勇者でも何でもない、一般人の自分が今生きているのですら、奇跡のようなもの。しかしそれも長くは続かなかったようだ。この後彼女の手により、バッサリと斬られてしまうのだ、と。

「ふむ……」

 クロエが右手で剣の柄を握った。が──
 鞘から抜こうとはしない。

「コレでって……。他の武器ならまだしもね、あなたがこの剣を持つことは不可能だから。コレを扱えるのは、今の時代は私だけだって、ウチのメイドが言ってたよ。けどねー……あんまり使いたくないのよねーコレ」

 自分だけの所有物に、まるで愛着を持っていないかのように言い放ち、玉座の置かれている段を下りる。
 アスターは彼女が武器を用いるつもりはないとわかり、怖さが減ったが、用心をやめない。

「クロエ様、どなたかいらっしゃるんですか? 凄い笑い声がしてましたけど」

 奥から女性が入って来た。
 外見年齢は二十台始めくらい。赤い髪は、毛先をくしゅっとさせたミディアムヘアー。黒いワンピース(丈は膝が隠れる程度)の上にフリルのついた白いエプロン。頭に装着しているカチューシャは少し変わったもので、河童かっぱの頭の皿を彷彿ほうふつとさせる。
 アスターは今すぐこの場から去りたかった。魔族がもう一人現れたのだ。しかし足がガクガクと震えて、ついにはヘナヘナと腰が抜けてしまった。

 ──もうダメだ──

 この二人のうちのどちらかに殺される──それ以外の思考ができなくなってしまったアスターは、攻撃を仕掛けられたらすぐに逃げ出せるよう、二人から目を離すまいと、少女とメイドを交互に睨む。

「この人……人間? たしかあの時から、人間界とを結ぶ手段は断たれていたはず……!」

 メイドが口を開いた。大人っぽい、しかし若さも感じられる声だ。『あの時』とは、アスターの兄が先の魔王を倒した時のことだ。

「うん。それが、あの『門』が現れたらしくてね、それを通って来たんだって。本人は事故って言ってたけど……まぁ、そうかもね。とても私ら魔族をやっつけるようなナリじゃないもんね。途中で会った魔物からも逃げてきたっていうし」

 クロエはもう少し付け足した。

「で、そんな人間『様』が、この剣で私を倒すって言ったんだけど……その割にこのザマって、ねぇ?」

「それでモリ君は、あんなに笑っていたのですね。なるほど……プッ。おおよそ事態は把握……クスクス……しまし……あぁいけない、私も笑いが……」

 メイドも声を上げて笑いたかったが、性格の破綻を恐れて必死に耐えている。何度かわざとらしい咳をし、深呼吸を一回する。バツの悪そうな顔をするアスターの方には、今は極力視線を合わせないようにする。でないと、笑いのツボがまた刺激されてしまうと睨んだからだ。

「失礼しました。では、私から説明させていただきますね」

 少なくとも、このメイドが話をしている間は生存が保障されるのだろう。ならば是非とも長話であってもらいたいと願いつつ、アスターは腰を上げる。

「まず、この世界はあなたの住む人間界ではなく魔界であるということ、今いる場所は『魔王城』と呼ばれている、魔界の王族の居城であるということ」

「ああ、聞いたよ。それで凄いショックを受けてんだ」

「では、あなたをこの魔界にいざなった『門』についてですが……。正直に言いますと、どうして今頃になって現れたのかは、私にはわかりません。というより、わかる者など過去にいませんでしたし、未来永劫、その性質は謎のままではないのかとも言われているくらいです。それから、一度くぐったら消える、なんてことも過去にはありませんでした。でなければ、何千年も絶えずに人間界へ乗り込んでいたどうか……。先代の魔王様が討たれたから消えた、というのも不思議ですね。王の消滅と門は関係ないはずですから。消えてしまった門が今度いつ現れるのかは、私にもわかりかねます。そんなに詳しくはないので。ハッキリいって、お手上げですね」

 アスターがガックリする。帰れるメドが立たなくなったのだ。

「以前の私たちでしたら、人間が目の前にいるのなら喜んで殺しをしていたんですけど……なんだかこの五年間で、すっかりやる気がなくなってしまいまして。あなたをるのは簡単です。私は武器となるものを持っていますが、それを使わずとも……素手でも造作ないことなんですよ。けど、文字通りつまらないことになりそうで。要は、あなたを殺しても面白くないから、さてどうしようかと思っているわけなんですが……クロエ様、いかがなさいます?」

 クロエが再び玉座に座ると、アスターはゆっくり右手を、胸の高さまで挙げる。何か意見があると察したメイドは、

「はい、なんでしょうか?」

 彼に発言権を与えた。

「俺を殺すつもりは……ないんだな?」
「うん、今のところはね」

 クロエが答える。意見が一致して、マゼンタは嬉しくなった。

「人間界に帰るには、あの門をくぐる以外はないの。それで考えたんだけど、
……しばらくここで暮らしてみない?」

「は……!?」

 アスターは、これでもかと目を丸くする。メイドは平然としている。

「人間が魔界で野宿ってのは、立派な自殺行為だからね。それならお城の中の方が安全だし、門が現れるまでの間は、ここで過ごすといいワケよ」

 アスターからしてみれば、全然よくなかった。ほんの五年前に勇者と魔王の激しい戦いがあった現場で、寝泊まりをする──どんなに居心地が悪いかは、たやすく想像できた。魔族に危険な行為を抑制されるのも、面食らうほど奇妙な話だった。

「いいワケよ、じゃねーよ! 何が悲しくて魔王の城で! お前らがいいっつってもな、俺はよくねーの。こんな危険極まりない所じゃ、一睡もできないだろうし、メシもロクに食えないだろうし。外の方がずっとマシだ! 犬に追っかけられたりスライムに絡まれたりはしたけど、お前らと一緒にいるよりはマシだろ」

「犬? もしかして、ヘルハウンドのことですか?」

 メイドによって、最初に会った魔物の名前が判明した。

「ヘルハウンド?」

 アスターは初めて聞く名前だった。

「この辺で見かける犬といったらそう、あの黒い奴ですね。アレに目をつけられて生きてるなんて、運がいいですね。何の力もない人間には、死以外の未来しかないのですが……」

「俺は逃げ足は早いんだ。自慢にもなんねーけどな。あのあとスライムとメチャクチャ戦った。この世界のスライムは火を吐くのか?」

 メイドは、それは否定した。火を吐いたり魔法を使うスライムは、人間界にも存在するからだ。魔界のスライムは生命力が人間界のそれより高いことも教えた。
 アスターは、本当に何の能力もないスライム以外は話でしか聞いたことがなく、実在するとは思っていなかった。『スライムイコール最弱』という式が、アスターの頭上からガラガラと崩れ去った。

「魔王として君臨する者がいなくなったからって、この世界も静かになったわけではありません。獣なんか、相変わらず掃いて捨てるほどいます。話が通じない低脳も多いので、見逃してはくれないでしょうね。外に出れば、あなたはいずれ死に至るでしょう。それがイヤなら、この城に留まるのが一番ですよ」

「脅しか? そのテには乗らないぜ。食べ物も寝る所も自分で何とかしてやる。お前らの世話になんか、死んでもなるもんか。じゃあな」

 離れていくアスターに、クロエは軽い溜め息をつき、ボソリと漏らした。

「そんなこと言っていいのかねー」

 アスターは聞き流した。扉を開け、耳を塞ぎたくなるくらいの大きな音が出るよう、わざと強く閉める。刹那、静寂だけが部屋に残った。

「何考えてんだ、あの女。魔王の城なんかに住めるか普通。……アレは人間界と魔界を行き来するための門だったんだな。アレが出りゃ帰れるってんなら、いくらでも待ってやらぁ」

 再び降る雨の中、呟きながら石の階段を降りる。直後、聞き覚えのある鳴き声が上から聞こえてきたので、見上げてみると、先程見たものと同じ鳥が、心なしか低く飛んでいるのが見えた。
 彼は思い出した。魔物の恐ろしさを。

「要は見つかんなきゃいいんだ。そっと行けば大丈夫……」

 足音を立てずに残りの段を下り終えると、近くに魔物が闊歩していないか確かめる。怪鳥の羽ばたきの音で気が散るが、声を上げたら終わりだと思い、我慢した。
 曲げていた背筋をまっすぐにし、鳥の動きを時折見ながら歩く。アスターに気づいているのかいないのか、動きがハッキリしていないので、余計に怖かった。
 城から数百メートル離れたところで、二匹のヘルハウンドを発見した。一匹だけでも脅威なのに、複数ならばすぐさま惨殺待ったなし。まだ体力が完全に戻ってはいないので、全力で走れる時間はいつも以上に限られている。
 見通しが実に良い大地で、果たしてあの魔獣二匹に気づかれずに別の場所へ行けるか。自信はあまりなかったが、アスターは、行くしか活路を見いだせないと割り切って歩いたが──
 気づかれてしまった。

「わッ、やべッ!」

 早足でアスターに近づくヘルハウンドたち。アスターも合わせて後ろに早く歩く。

 ──あぁ、これはマズい。この状況から生きて抜け出るには──

 クロエの顔が脳裏に浮かぶ。城で暮らさないかと言われたのを思い出し、首を思い切り左右に振った。言うとおりにしたら負けだからと、城とは別の方向に走ろうと思ったが、アスターの体は正直である。思っていたことをすぐに忘れて、まっすぐ魔王城への階段を走っていることに気づいた。

 ──何やってるんだ俺! けれどここで引き返したら、確実にヘルハウンドに殺される! 結局、今の俺はこうするしかないのか。畜生ッ──!!

 バタン!
 アスターは玉座の間の扉を閉め、その場で荒い息を立てながら、魔物から逃れられた安心感に浸っていた。

「あ、お帰り」

 クロエとメイドの女性がいた。

「あ……雨宿りだよ雨宿り! 雨降ってんだぞ。濡れたくねーから仕方なくだな! ハァ~……」

 アスターの体力は現界に達したか、超えているか。二人の方へヨロヨロ歩き、火の消えたロウソクのようにグッタリしてしまった。

「……もういい。煮るなり焼くなり好きにしろ」

 投げやりの言葉を口にした。

「そんなことしないわよ。少なくとも私たちは」

 クロエが心配そうな顔をしている。

「なんで戻ってきたのか、本当の理由はなんとなくわかる。……ね、言ったでしょう? あなたにとって、外はとっても危険なの。帰る手立てが見つかるまででいいから、ここに身を置いた方がいいわよ」
「…………」

 言い返す力もないアスターは、少し考えた後、とうとう首を縦に振った。
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