俺の思っていた魔界と違う

霜月りの

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7.食べられる肉を所望する!

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「ね、そういえば名前言ってなかったね。私はクロエ。こう見えて、魔王の血を引いてる、ピチピチの十七歳です☆ よろしくね」

 相手が先に名を名乗ったら、同じように自己紹介するのが礼儀だとわきまえていたアスターだが、早速クロエの正体を知って、口が開けなくなった。

 ──魔王の座は空席だと、どちらだったかは早くも記憶が曖昧だったが言っていた。しかし、魔王の血筋の者がその豪奢な椅子に座っているということは、それはもしかすると玉座というもので、今座っている少女が現在の魔界の王なのでは──?

 アスターがこう推測すると、顔全体が硬直してしまった。いち村人が普通の生活を送っていれば、まずありえない展開。手ぶらで別世界に迷い込み、ようやく辿り着いたのが、あろうことか魔界の王居城だった。そして目の前にいる異種族の少女が、

「こんな椅子に座ってるからって、私が魔王だとでも思ってる? でもそれなら不正解。私はまだ王になるつもりはないんで」
「へ?」

 王ではないのに王の椅子に座るクロエは、こう語った。

「本当はね、私のお父様が次の王になる予定だったの。けど、門が消えて人間界に侵攻する手段がなくなってからは、すっかりやる気をなくしてしまって。また門が現れたら本気出すって言って、二階うえで寝てばっかり。冗談半分で座っていいか訊いたら、『なんなら王位を譲ろうか?』なんて言う始末だし。本当に座ってやったけど、全然おとがめなしだったモンだから拍子抜けしちゃってね。こっちもどうでもよくなったワケ。結局はこの椅子、今は誰の物でもないのよ」
 話を聞いているうちに、間の抜けた顔になっているアスター。しかしそれを指摘する者は誰もいなかった。

「あぁ……そうかい……」

 間違っても相手が牙を向けることのないよう、最小限の返事に留めた。
 話を一旦止めたクロエが、少し前のめりになってアスターの顔色をうかがう。物騒な物を傍に置いておきながら、自らの手の内は見せず、『私は怖くないアピール』をしたつもりだったが、彼には今ひとつ通じなかったようだ。

「そうだ、名前まだ知らなかった」
「名前……って、俺の? だよな……?」

 クロエは笑顔で「そうそう」と返すが、アスターは一句一句に気を遣い、どうも心がせわしない。

「そんなに緊張なさらなくても、いいんですよ」

 メイドもこう言うが、長い間人間と敵対してきた種族を二人も前に、ただの村人が平常心を保てるわけがない。

「私もクロエ様も、発言の内容であなたの生死を判断するつもりはありませんから。普段通りに喋って構いませんよ」
「……そうか? じゃあ普通に喋るぞ。いいって言ったのはそっちなんだからな。証拠を残せる物でもあればいいんだけど、都合の良い物なんてあるわけがねえしな。いいか? 絶対だぞ? 何を言っても、俺の生きる権利がお前らに奪われる筋合いはないんだからな!?」

 アスターが念を押すたびに、メイドは首を縦に振った。

「……んじゃ。俺はアスター。歳は十七。見ての通り、ただの人間だ。言っとくが、俺は美味うまくないからな。腹こわすだけで、何も良いことなんてないからな」

 震えそうになりながらも、自己紹介を簡単に終えて、アスターは一息ついた。
 きょうだいがいることは明かさなかった。もし、先の魔王を滅ぼした勇者の弟であることが二人にばれたらと思うと、これ以上は話せなかった。

「誰も食べないよ。エヘヘ……同い年だ嬉しいなー♪」

「私はこの城でメイドをやっております、マゼンタと申します。以後よろしくお願い致します」

 クロエは同年代の者と会話ができたことで、機嫌が良くなった。しかし彼女の腹の虫は逆のようで、キュ~という音を出して催促した。
 クロエが立ち上がるが、たったそれだけでもアスターは、ついつい身構えそうになる。
「ね、アスター、おなかすいてない?」

 アスターの人生初、異性からの食事の誘いである。
 彼自身、たくさん走ったからか、空腹をいつも以上に感じている。腹の中が、家具の一切ない部屋のごとくガランとしているに違いない、と思うほどに。
 今回、このままの流れだと、魔族と食卓を囲むという前代未聞の出来事となり、それによるアスターのプレッシャーはとてつもないものとなる。それではどんなご馳走が並べられても、楽しめるはずがない。
 だからといって嘘を言って断ったら、二人が発言を取り消して、アスターの存在をなくしてしまうかもしれないと、勘ぐってしまう。
 空腹は我慢できても、存在の消滅はもちろん嫌なので、

「ああ、ペッコペコだ。今すぐ何か食いたい」

 正直な自分を出した。

「そのことなのですが……」

 マゼンタは浮かない顔でアスターに告げる。

「今日のお夕飯は牛のお肉にしようかと思っていたのですが、こちらの物がアスターさんののお口に合うか、ちょっと心配で。何せ好みが分かれるような物ですから」
 
 ──牛? 意外と普通だな──

「牛の肉なら普通に食べてるぞ。と言っても、薄っぺらいのをちまちま焼くか、スープにカケラが入ってる程度だけどな。金持ちみたいに、分厚いステーキを一度食べてみたいなーって夢見ることもたまに……あー何でもない! 何でもないです!! 別にそういうのが食べたいとか、全然思ってないから! 今のナシ! だから俺を肉片にくにするのは勘弁して……」

 親にもなかなか言えないことを、魔族に言ってしまった。そこにいる者たちの機嫌次第では、『ならばお前を肉にしてやろう』とても言われ、元はアスターだった肉の塊が転がってもおかしくなかった。
 しかしそこにいる魔族──クロエとマゼンタは、勝手に萎縮している人間・アスターに少々呆れつつも、そんなことはしないよ、と言いつつ手を差し伸べた。逆に何をそんなに恐れているのかと、不思議に思うくらいだった。
 
「では、今から獲物を狩りに行きますが……せっかくなので、クロエ様とアスターさんも一緒に行きませんか?」
「それ、外に出ようってことだよな? ……そりゃそうだな。城の中に牛なんていたらおかしいもんな」

 怖さで身が縮むアスター。

「先程、外は危険だというお話でしたが、私たちがご一緒しますから、何も心配しなくて大丈夫ですよ。」
 
 アスターに狩りの経験はないが、牛自体はそう怖くないし、マゼンタたちに任せて自分は見ているだけ、という流れになってくれるのであれば、同行しても悪くないだろうと思った。イレギュラーの可能性は考えずに、前向きに検討し始めた。

「それならまぁ……ついて行ってもいいかもな。狩りの様子ってのもちょっと見てみたいし。魔界にも牛がいるってのはちょっとビックリだけど、どの辺にいるんだ?」
「主な生息地というのは決まっていないんですよ。ただ、この辺りでは時々見かけるので、そのたびに捕獲しています。……そうですね。森なんかだと、満足に斧を振り回せませんものね。やはり何もないこの辺りが、色々とやりやすいんでしょう」

 ──斧? 誰が? まさか牛が……じゃないよね? いくらなんでもね──!?

 何らかのキーワードが入ると、良からぬ想像をしてしまうアスター。右の人差し指で頬をポリポリ掻いて、気を紛らわせる。

「ミノタウロスは基本的に脳筋ですから」
「だよな、アレは本当…………って、今何つった!? ミノタウロスって聞こえたけど、俺の聞き違いか!?」
「そうだよ、牛といったらミノタウロス。基本でしょ?」

 涼しい顔で答えるクロエ。いつの間にか剣を背負っていた。
 ミノタウロスという魔物のことは、アスターも知っていた。
 頭が良さそうには見えない。もし森の中で武器を振り回したら、そのたびに木の幹に刺さって面倒だろう。だから障害物のない広い場所を好んで(それくらいの知恵は持っているようだ)、獲物を見つけたら暴れ出す。これが一般的な、ミノタウロスのイメージである。
 てっきり牧場にいるような牛を狩るのかと思いきや、武器を持った牛の化け物を相手に、これから出かけるというのだ。
 彼女たちにとっては日常なのだろうが、アスターは違う。本で見たような化け物が目の前に現れたところで何もできまい。

 ──留守番していようか、けど一人で待っているのは辛い。俺一人で行って来いと言われたわけではない。クロエたちにちょっと付き合うだけだ。実物を見てみたいという気持ちはある。しかしだ──

「ってことはだ、お前らが食べるって言ってんのは、ミノタウロスの肉のことなのか?」
「そうそう。美味しいよー☆」

 クロエの口角は緩みに緩み、アスターのそれは真一文字を結ぶようににピーンと張る。

「はい、アスターさんには、こちらをお貸ししますね」

 マゼンタが差し出したのは、鞘に収められた刃渡り二十センチメートルほどの両刃の短剣。これで手伝ってくれということか。

「え? 俺もやるの……?」

 アスターの質問に、しかしマゼンタは微笑みを返すだけだった。

「私は武器などなくても問題ありませんから。それでは行きましょうか、クロエ様」
「うん」

 ──なぜこうも簡単に武器を渡す? 俺がその気なら、お前らを刺しにいってるぞ。実際怖いからしないけど。怪しい。この剣には絶対何かあるぞ──

 クロエたちが扉に向かって歩き出して何秒じゃ経過したところで、アスターはハッとなって走り、二人の前に回り込んだ。

「待て待て待て、もう一度訊くぞ。今日の俺らの晩飯は、ミノタウロスの肉なのか!?」
「ええ、そうですよ。そのために、これから狩りに出かけるんですよ」
「俺にそれを食えと……?」
「もちろん。調理法のリクエストもうけたまわりますよ」
「牛の肉って、ミノタウロス……って……」

 ごく普通の、四足歩行の牛の肉ならば、さぞかし美味であろう。しかし、アスターに提供される予定のものは、いわば魔物の肉である。
 クロエたちは『牛』と言っており、それが魔族の感性なら否定はしない。食べるならそうするがいいのだと。
 だが、アスターは『牛の正体』を知ってしまったので、食欲が減退した。魔物など、とても食べられやしない。

「それとも、別のものにします?」

 今ならまだメニューの変更は可能だと、マゼンタが言う。が、そういう問題ではないと、アスターが返す。

「魔物なんて食えるか! もっと……普通のはないのか?」
「普通って? ミノタウロスはスタンダードな食材の一つなんだけどなー」

 クロエがねたように目をそらす。

「お肉系なら、オークが比較的あっさりしていて食べやすいですね。ゴブリンはモノによります。焼いてそのまま食べるよりは、何か味付けした方がいいですね。海の物だと、先日いただいたクラーケンはなかなかの味でした。獲って帰るのに時間がかかりますので、これはまた後日に。あとは……」
「もういい。俺が食えそうなのが一個もない」
「そうでもありませんよ」

 マゼンタが言うには、人間が魔物を食す行為は、さほど珍しいものでもないらしい。
 人間の冒険者の中には、例えば深いダンジョンで空腹を感じた際、あらかじめ用意した食料のみならず、倒した魔物をその場で焼いたりして食べる者もいる(よほどの見た目でないものであれば)。魔物を食べたからといって、その者の健康状態に異変が生じたという話は聞いたことがない、と。

「私はこう見えて、あなたの何十倍も長く生きているんです。人間界の様々な事情も、この中にインプットされてます。私はその辺の蛮族と違い、ただ闇雲に人間を殺すだけでなく、知っていて損はしないけれど得にはなりそうな情報の収集も、これまでしてきました。コレが結構楽しいですよ」
「……って言われてもなぁ」

 魔族に健康うんぬんと言われても、信じて良いものか。マゼンタが人生(?)の先輩であるにしても、アスターは疑心暗鬼にとらわれる。

「ねー、早く行こうよー」

 待ちくたびれたクロエにかされ、マゼンタが慌てる。

「あぁ、申し訳ありませんクロエ様。さ、アスターさんも行きましょう」
「いや、俺は行くって言ってない……って、押すなよ!」

 クロエがサッと扉を開け、アスターの背中をグイグイ押す。アスターは後ろ歩きの動きであらがう。玉座の間の出入り口で、口論が始まる。

「人間の食べ物じゃなきゃ、俺が行く意味ねーだろ!」
「人間も食べれるってば」
「ゲテモノはゴメンだ!」
「そんなんじゃないって。マゼンタの話聞いてたでしょ?」
「聞いてたよ! 食べる奴もいるんだろ!? けど俺は遠慮するって……あ、そっか」

 アスターが急に動きを止めたので、クロエは前に転びそうになる。

「食わなきゃいいんだ。うん、そうだ。簡単なことじゃないか」

 ハハハと笑うアスターを横目に、腕を組み、強情だなぁ、と息を吐くクロエ。彼女の腹の虫は、先程よりも強くグゥ~と訴えた。
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