俺の思っていた魔界と違う

霜月りの

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8.イヤだと言ったらイヤなのだ

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 そして三人は、狩りの対象と対峙した。
 身の丈およそ二メートル五十センチメートル。茶色の体毛に覆われた、二足歩行の牛の魔物は、右手の斧を早く振りたくてウズウズしていた。

「コイツが……ミノタウロス……」

 実物を初めて目にしたアスターは、相手の顔の次に持ち物を見た。
 全体で一メートル近く、細い木なら一振りで切り倒せそうな分厚い刃を持つ相手の武器に対し、アスターのは借り物に短剣。モノが違いすぎるので、まず渡り合えないだろうと、素人でもわかる。なので、クロエかマゼンタに任せるつもりでいたが──

「さあさあ、お手並み拝見と致しましょうか」

 マゼンタは獲物から距離を置き、パンパンと手を叩きつつ、このようなことをのたまっているではないか。クロエもちゃっかり彼女の横についている。

「えッ!?」
 
 ──いきなり俺に戦えと!? こんなデカブツ相手にこんな武器で──!?

「頑張ってねー」
「誰が!? ……俺!? え……わあッ! 来る……ッ、こっち来る!」

 まごまごしていると、ミノタウロスはアスターを狙ってのしのしと歩く。斧を持つ手が次第に上がり──
 ブンッ!!
 勢いよく、それを振り下ろした。アスターは死に物狂いで回避。腰に差した短剣は、まだ抜けないでいる。
 ミノタウロスの視界に、クロエたちも入ってはいるが、奴はアスターが最も弱いと判断して、彼だけを集中的に狙った。
 アスターは相手の右腕の動きから目を離さない。左の方はおろそかにしているおかげで、右腕だけ見ていれば良いことがわかった。決して速くはない攻撃が繰り出されるたびに、回避のし方もだんだんサマになってきていることにも、気づくことができた。

「ヘッ、当たらなきゃどうってことねーよ」

 表情にもゆとりが出てきた。

「なかなかのけっぷりだねー」
「そうですねー」
「そろそろ攻撃してくれると、ありがたいんだけどなー。さっきよりお腹すいてきたし」

 女性陣は座って、事の成り行きを見ていた。特にクロエは、アスターの腕前を知りたがっている様子だった。
 スライムなどから逃げたのは、単に武器を所持していなかったからではないのか。とりあえず扱いやすい剣を持たせてみれば、アスターの本当に実力が拝めるのではないかと。
 クロエは見てみたかった。彼がどのようにターゲットを殺すのか。
 マゼンタは苦笑混じりで言った。

「このままでは時間を無駄に浪費するばかりですからね。……アスターさーん、倒さないとお肉いただけませんよ。先程渡した剣をお使いくださーい」

 呼吸が乱れ始めたアスターは、斧が当たらない距離を保ちながら叫ぶ。

「だから俺は食わねーって! それと、こんな物誰が使うかっての。よくよく考えたらコレ……呪いの武器か何かだろ。だからあっさりと俺に渡したんだろ? こんなの抜いたら、なんか取り憑かれたりしそうで怖いんだけど!」
「そうなの?」
「まさか。そのようなことはありませんよ。アスターさんが誤解しているだけです」

 クロエの心配は即、否定された。

「それはないんだって!」
 クロエがアスターに伝えるが、彼も簡単には妥協しない。

「う、嘘だ! お前らは平気かもしれないけど、俺みたいな普通の人間が使ったら、絶対タダじゃ済まないんだろ!? わかってるんだからな!」

 そして見物人たちのもとへ退避。

「わかってない、わかってない」

 やれやれと、クロエたちが腰を上げる。三人固まっている所に、ミノタウロスが下品な笑みを浮かべながらやって来る。

「その剣はですね、私の配下が『普通』の鉄を採取して、『普通』の火を使って、それこそ人間界で行われているのと同じ方法で製造した、『ごく普通』の剣ですよ。魔力などは一切付与していませんから、一般の人間でも安心して使えますよ」
「お前自身は関わってねーじゃん。ますます怪しい。返す!」

 アスターは短剣を外し、マゼンタの前に突き出した。そこで『やってしまった感』が彼を襲う。
 マゼンタは剣を受け取り、鞘から抜いてそのままアスターを刺す──
 魔族に横柄な態度を取ってしまったならば、このような展開になってもおかしくないだろうと、アスターは覚悟した。
 しかし、マゼンタは何もしなかった。

「わかりました。では……素手で倒してもらいましょうか♪」

 代わりに、とんでもないことを言い出した。

 ──もっと無理ーーーー──!!

「それ、不可能ってヤツじゃねーか!」
「じゃ、アスターはお肉抜き」
「いらねーって、さっきも言った!」
「ちゃんと焼くよ」
「焼くとか煮るとか、それ以前にゲテモノだ! お前らとは感覚が違うの!」
「クロエ様、後ろ」

 マゼンタに促され、クロエは振り向いた。ミノタウロスは、いつでも斧を振り下ろせる体勢でいた。
 人間のように二足歩行できるが、脳味噌が筋肉でできていると揶揄やゆされるそいつは、クロエとマゼンタが何者なのか知るはずもない。ただ殺戮欲求を満たすための対象としか見ていなかった。
 ズドンッ!!
 クロエが無表情で放った右拳の一撃で、ミノタウロスの腹部に風穴が開いた。

 拳の周りを、黒く小さな電撃がパチパチと音を立てて走っていた。
「グァ…………?」

 わけがわからないまま、牛の魔物はドサリと地面に倒れ伏し、二度と動くことはなかった。
 これを見ていたアスターは、絶句するしかなかった。少女のパンチひとつで、屈強な魔物が絶命にまで至ったのだ。
 クロエがどのような感情を纏っていたのかは不明だが、自分が同じ攻撃をくらったら、元に世界には帰れないことくらいは理解した。イライラ気分はすっかり飛んで行ってしまった。

 マゼンタを先頭に、ミノタウロスの死体を城に持ち帰った。
 厨房は三つの部屋に分かれており、三人は真ん中のの部屋にいる。食材となるそれを大きな台に載せ、マゼンタは腕まくりをして、先程アスターから返された短剣を抜き、

「それでは、これよりミノタウロスの解体を開始致します。アスターさん、牛や豚などが解体されていく様子をご覧になったことはありますか?」

「いや、一回もない。興味はあったんだけど、子供にはキツいからって、止められたことはあるよ。なんでも、相当メンタルやられるって話だ。……んで、何だ? 今回は見ろってか?」
「いえ、それならいいんです。あちらでクロエ様と一緒に待っていてください」

 言われて二人は、かまどや鍋などの調理道具が置いてある部屋の方へ戻り、クロエはドアの横で壁に背をもたれて腕組みをし、アスターは作業用テーブルに寄りかかってクロエとは目を合わせないようにして、解体が終わるのを待った。
 ザクザク、ゴリゴリ、バリバリ──
 隣室から嫌な音が聞こえてきても、現場を見ているわけではないので、耳を塞ぎたくはならなかった。
 アスターは、魔物であれバラバラにする工程を見ずに済んだので安心する一方、たまにチラリとクロエに目を向けるが、気づかれる前にそむける。話をするのが怖かった。ミノタウロスを倒した時のことがフラッシュバックした。
 互いに言葉を交わさないまま、十数分が経過した。

「お待たせしました~」

 作業を終えて出てきたマゼンタが両手で持っている大皿には、アスターが見たこともないほど大ぶりで厚みもある、もはや塊とも言えるステーキ用の肉が二枚。これらを今から焼くというのだ。
 かまどの上には、鉄板が既に置かれていた。魔力で火を起こし、鉄板を充分に熱する。厨房内の気温も上がってきた。

「では、お肉を焼きますね~」

 マゼンタは少しわざとらしいくらいの口調で話す。アスターを振り向かせるための作戦だったが、彼の仏頂面は変わらないままだった。
 頃合いを見計らい、肉を一枚ずつ、金属製のトングを用いて鉄板の上に並べる。ジューッ、ジューッと食欲をそそる音が響く。

「むむむ……」

 肉の焼ける匂いに、アスターの嗅覚も黙ってはいなかった。予想以上に良い、美味しそうな匂いのせいで、彼は迷い始めていたのだ。
 あれだけ拒んでいたがために、簡単に態度を変えられない。それに今焼かれているのは、人間界の牛ではなく魔界の魔物。かまどに背を向けているので見えないが、おそらくマゼンタは、肉の中心部まで火が通るようにしっかり焼いている。加熱に関しては問題ないと言ってもいい。魔物を食すことについても前例はあると彼女は言っていた。しかしそこから先は今も信用していない。

 ──健康被害の有無についてはデタラメだ──

 動物とも植物とも海産物とも異なる、魔物という生物。そのようなものを食べて、空腹感は満たせたかもしれないが、大切なのはその後。アスターの憶測でしかないが、何もないというのは考えられなかった。実際には良くて腹痛、悪くて死に至った者もいたのではないかと思うと、今焼かれている『牛肉』に手をつけることは、彼にとっては自殺行為以外の何でもなかった。
 命は大切にしたいので、食べるかと訊かれたら「NO」ということに決めた。

 厨房を出て、隣は食堂だった。大人の男性ほどの長さがある石造りのテーブルに、同じ素材の背もたれがない椅子が四つ。食事の準備が整うまで、アスターとクロエはこの部屋で待つことにした。
 ドアに近い方の椅子にクロエが腰掛ける。アスターも向かいに座る。お尻が冷んやりした。

「失礼しまーす」

 開けっ放しのドアから、マゼンタが食事を運びに入ってきた。テキパキとした動作で、籠いっぱいのロールパン、二人分の肉、サラダ、水、ナイフとフォークを丁寧に並べる。

「いや、だから俺は……」

 ──聞いてなかったのか、この女──

「いただきまーす」

 クロエは早速、狩りで手に入れた肉を口に運んだ。
 人間と同じようなスタイルで食事をとる魔族の姿には、意外性を感じたアスターだが、これを見てもまだ食指が動かない。

「冷めたら美味しくなくなっちゃうよ」

 クロエはそれとなく誘ってみるが、アスターの気持ちは変わらない。腹から発せられた音は、幸いクロエの耳にまでは届かなかった。

「一食抜いたぐらいで、どうってことねーよ」

 このままここにいたら、またクロエかマゼンタに食べろと言われるかもしれないので、アスターはこの二人から離れたかった。

 ──クロエが食べ終わるまで、どうしようか──

 ここは魔王城。アスターにとって、探索など以ての外。今だけ同じ空間にいることを避けられればいい。最も適した場所はどこか。十秒足らずで答えは出た。
 何も食べずに席を立ち、食堂を出るまでを、クロエが肉を咀嚼しながら目で追い、一番近い部屋──厨房に入っていくところをマゼンタが見届けた。

 厨房には椅子がないので、またテーブルに寄りかかる。
 かまどが設置されている壁には、換気用の窓があり、今は開いていた。少しだけ空が見えるが、紫色のそれを見たところで、アスターの気分は、晴れるはずなかった。
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