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9.魔界にも果物があることを知った
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しばらくして、アスターの腹の虫も鳴くのを諦めた頃。右手にパンを持ち、幸せそうな顔をしたクロエが厨房に入ってきた。
「やー、食べた食べた。二人分はさすがに厳しかったわ」
お腹をさすり、アスターの隣に立つ。
「食べ……ないよね?」
クロエはまだ口をつけていないパンを、アスターに差し出してみた。
「ああ」
アスターは目線を合わせない。予想通りの返事を聞いてから、クロエはパンを食べる。
──俺の分の肉も食べたのか──?
一枚だけでも相当の量だった。アスターが食べきれるかどうかも怪しいくらい。それを二枚……果たして何人分になるだろうか。
可愛い顔に似合わず大食らいなクロエだが、パンを半分食べたところでギブアップしてしまった。
「う~、誰か食べて~……」
クロエは力なく呟くと、その場で仰向けになってしまった。ご丁寧に、パンは握られたままだった。
「お、おい、こんな所で寝るなよ」
アスターが困っていると、ちょうど良いタイミングでマゼンタが入ってきた。
クロエは満腹、アスターは食べたくない。ならば今、このパンを消費してくれるのはこのメイドしかいない。アスターはまたもや魔界の食べ物を回避できそうで、ホッとした。
「あらあら。クロエ様、起きてください」
マゼンタはしゃがんで、クロエの膨れた腹をポンポンと軽く叩く。
「へぇ~い。あー、コレ食べて」
マゼンタはクロエからパンを受け取ると、「しょうがないですねー」とボヤき、カバのように大きく口を開けて、たった一回で全部放り込んだ。モグモグと噛みゴクリと飲み込んでからクロエを起こす。
「あんなにお召し上がりになるから……」
「だってもったいないもん」
「確かに……。アスターさん、お腹がすいていたのでは?」
アスターは自身の腹に手を置く。メイドの質問に否定はしない。
「まあな。けど、得体の知れないモノを食べさせられるよりは、空腹を選んだほうがマシなんだよ。別に、今すぐ食べなきゃ死ぬってワケじゃないし。どうしようもなくなる前に人間界に帰れれば、無理して魔界のモノを食べるこたぁないし。どうせ、俺の分は細工でもしてたんだろ?」
「それはありません。もしそうなら、アスターさんの分もお召し上がりになったクロエ様が、今頃大変なことになっていますから」
クロエの外見は、人間のそれと区別がつかない。だからといって、中の構造まで似通っているとは、アスターには思えなかった。
──大変なことって、何だろう──
クロエは腹をさすりながら、自分の腹痛にのたうち回る姿や高熱にうなされる姿を思い浮かべてみた。「やだなー」と、今にも言いそうだった。
「じゃ、体のデキが違うんだな。色々耐性ついてたりとか」
「確かに、我々魔族は人間よりは丈夫にできています。クロエ様も、私が知る限りではずっと健康体でいらっしゃいます。ですが、人間に害をもたらす毒やウイルスなどは、我々にも効果がないわけではありません。人間より若干効きにくいだけです。なので、私たちを毒殺したければ、普通の人間の致死量の何倍も用意することですね」
アスターは苦い顔をする。それだけの毒物の用意など不可能に等しい上、魔族の殺し方の一つを目の前のそいつに教えられたという事実が、何ともおかしかった。
──俺にはできないと思ったんだろ。だから平気な顔して話したんだろ。その通りだよ。そんなの、もし計画が知られたら、逆に俺の命が危ないよ──
ふと、クロエを見ると、胃の中に溜まったものが消化されるのをひたすら待っている様子だった。苦痛などは微塵も感じられない。
「若干、ね……」
「そうですねー、もし本当に毒物を入れたとして……。アスターさんは、間違いなくもう死んでます。やる時は容赦しませんからね。クロエ様だったら、こんな風に立ってはいられません。まぁ、三日は寝込むでしょう」
「意外と辛い思いするのな」
マゼンタが、料理に入れるとしたらコレだろう、と思っている毒物が具体的に何なのかは、アスターたちにはわからない。が、それがクロエの身体にも影響を及ぼすものと聞いて、アスターは確信した。
マゼンタの性格は掴めていないが、彼女が『様』付けで呼んでいるクロエが触れてはいけないものに触れようとしたら、きっとマゼンタは止めていただろう。つまり今回出された食事には、そういったものは何も入っていなかった。純粋な『料理』だったんだな──と。
「お前ら、ちょっと前までは人間が死んでくのを見て喜んでたクセに。何の罠もない料理なんて、食っても良いことしかないだろ。……俺は何が何でもお断りだがな。魔族が人間にすることにしては、随分滑稽だな。人間界に行けなくなって暇になったからって、変わりすぎじゃね? ……あ、だからって今すぐらしくなれって言ってるわけじゃねーぞ! このまま! このままでいいからな! 少なくとも俺がいる間はな! が、我慢! 我慢してくれホント頼む俺まだ死にたくない!」
途中でまた弱気になり、両手を胸の前で合わせ、彼女たちの気が変わらないことを切に願った。
マゼンタがポン、と手を打った。
「お二人とも、リンゴ食べませんか?」
「食べる! ちょうだい!」
クロエは即答だった。
「だから俺は…………」
アスターが迷っているにも関わらず、マゼンタは次の行動に移ろうとしていた。
「では──」
マゼンタは光にも劣らぬ速さで隣室へ行き、同じように戻ってきた。彼女の腰まである縦長の籠を背負って。
「ストックが一つもないので、収穫に行きましょう」
「はーい」
返事をしたのはクロエだけだった。アスターはいまいち乗り気ではなかったが、クロエに急かされ、厨房の外へ出た。
「なんだよ、俺も行くのかよ」
「そうそう。自分で食べるものは自分で調達するの。自給自足っていうんだっけ?」
マゼンタは「ええ」とにこやかに返した。
「俺はイヤだ。ある意味、さっきの肉以上の怪しさを感じる。俺の知ってるやつとお前らの言ってるやつが一致してるとは思えん!」
「リンゴは本当にリンゴなんだけどなー。ホラ、あの赤いやつ」
肉の件があったからだろう。クロエが言っても、これだけではアスターは納得しない。
「赤けりゃ良いってモンじゃねーんだよ。中は白っぽくて、小さい種が入ってる」
「そうそう。それね」
「うー、あとは……」
アスターがリンゴの他の特徴を思い出す前に、マゼンタは、アスターの右腕とクロエの左腕をがっしりと掴み、
「さあさあ、お喋りは後にして、早く行きましょう!」
「あッ、おい引っ張るな痛ーだろ」
アスターの文句を無視して、ズンズン歩き出した。三人の中で、彼女が最も張り切っていた。
鬱蒼とした森の中を、三人かたまって歩いていた。
暗く、不気味な雰囲気がこれ見よがしに漂い、アスターを震わせる。木に生っている柿は、アスターが知っているのと同等の見た目だが、美味しそうと思う余裕すらもなかった。
「ここが、私たちが『果実の森』と呼んでいる所です。人間界から持ってきた果物の種を植えて、様々な種類を育ててきました」
──人間界由来なら、食べても大丈夫だろうか──
「昔は瘴気の、作物への影響を懸念したこともありましたが、全く問題なく、こうして実をつけるまでになりました。味も確かです」
「ショウキ?」
アスターは聞き返した。
「ええ。聞いたことありませんか?」
「いや、初めて聞くけど」
兄・アズールから、冒険の話を幾度も聞かせてもらったアスターだが、膨大な量のせいか、脳内の収納設備内がゴチャゴチャになっており、この特定の単語の意味を引き出すことはできない。思い出すのに時間をかけてはいられないので、初耳ということにした。
「瘴気というのは、一言で言えば悪い空気です。場所によって濃度は様々ですが、あまりに濃いと、それを吸った人間や動物、植物が重い病気になったり魔物化したり、魔物は更に凶暴になったりと、悪いことずくめです。魔界の瘴気は人間界より少し濃い目ですが、たかが知れているので心配は……あら、どうされました?」
アスターは自身の鼻と口を両手で塞いでいた。
「どうされた、じゃねーよ! 冗談じゃねえ。こっち来てからずっとそんなモン吸ってたなんてよ。なんでもっと早く言わなかったんだよ! ……そうか、そういう作戦か。わざと隠して、俺にガンガン瘴気ってのを吸わせて、精神的にジワジワ追い詰めてこうってんだな!? 考えてくれるモンだぜまったく!」
クロエもマゼンタも、それは考えてなどいなかった。逆によく思いつくな、と感心したいくらいだった。
「手を離して大丈夫ですよ。私たちの行動範囲内の瘴気については、調べがついています」
マゼンタが言うには、ほんの三十年ほど前のことだが、魔界に一年も居座った人間の冒険者がいた。
マゼンタはその冒険者と交戦したが、なかなか面白い人間だったので、殺すのが惜しくなり、しばらくの間泳がせておいた。
一年経ったある日、彼は秘奥義が完成したと言って城に乗り込んできた。元々は魔王を倒しに来たのだ。しかし魔王に技は通じず、冒険者の命は燃え尽きた。
「私はその人間をずっと見てきましたが、病気ひとつせず、元気に技を磨いていましたよ」
「一人しか見ていないんじゃ、大丈夫って証拠にはならない。それでよく調べたと言えるな」
アスターは頑なだ。
「う~ん……困りましたね。あとは大抵すぐに殺ってしまっていたので、データとしてはそれしかないんですよ。もっと言いますと、人間界にも常に、ごく少量の瘴気が漂ってはいるんですけどねぇ……」
──本当か──!?
「普通は誰も気にしませんけどね。こちらでも同じです。いちいち気にするような事柄ではないんです。先程、魔族は人間より丈夫だとは言いましたが、そんなのは関係ありません。熟練した者が束になっても叶わないような者でも、一度踏まれただけで死んでしまうような者でも、瘴気に関しては皆同じです」
マゼンタが真面目な顔で語っているのを、クロエは時折頷きながら真剣に聞いていた。アスターは、
「話してくれたのは有難いけど、それを俺が信じると思ってんのか?」
手の位置は元に戻したが、呼吸法を変えていた。空気を吸う量は最小限に、吐く時は腹部に力を入れて、出せるだけ出していた。
「……いいえ。アスターさんは私が思うに、限られた環境の中でしか生きてこなかった、ただの人間にすぎないでしょう。ですから、この話を信じるか信じないかは勝手です。ただ、私は事実をありのままに、自信を持って言ってますから、そこはお忘れなく」
真っ直ぐな目で言うマゼンタに、アスターはどんな言葉を返したら良いか、わからなくなった。
「やー、食べた食べた。二人分はさすがに厳しかったわ」
お腹をさすり、アスターの隣に立つ。
「食べ……ないよね?」
クロエはまだ口をつけていないパンを、アスターに差し出してみた。
「ああ」
アスターは目線を合わせない。予想通りの返事を聞いてから、クロエはパンを食べる。
──俺の分の肉も食べたのか──?
一枚だけでも相当の量だった。アスターが食べきれるかどうかも怪しいくらい。それを二枚……果たして何人分になるだろうか。
可愛い顔に似合わず大食らいなクロエだが、パンを半分食べたところでギブアップしてしまった。
「う~、誰か食べて~……」
クロエは力なく呟くと、その場で仰向けになってしまった。ご丁寧に、パンは握られたままだった。
「お、おい、こんな所で寝るなよ」
アスターが困っていると、ちょうど良いタイミングでマゼンタが入ってきた。
クロエは満腹、アスターは食べたくない。ならば今、このパンを消費してくれるのはこのメイドしかいない。アスターはまたもや魔界の食べ物を回避できそうで、ホッとした。
「あらあら。クロエ様、起きてください」
マゼンタはしゃがんで、クロエの膨れた腹をポンポンと軽く叩く。
「へぇ~い。あー、コレ食べて」
マゼンタはクロエからパンを受け取ると、「しょうがないですねー」とボヤき、カバのように大きく口を開けて、たった一回で全部放り込んだ。モグモグと噛みゴクリと飲み込んでからクロエを起こす。
「あんなにお召し上がりになるから……」
「だってもったいないもん」
「確かに……。アスターさん、お腹がすいていたのでは?」
アスターは自身の腹に手を置く。メイドの質問に否定はしない。
「まあな。けど、得体の知れないモノを食べさせられるよりは、空腹を選んだほうがマシなんだよ。別に、今すぐ食べなきゃ死ぬってワケじゃないし。どうしようもなくなる前に人間界に帰れれば、無理して魔界のモノを食べるこたぁないし。どうせ、俺の分は細工でもしてたんだろ?」
「それはありません。もしそうなら、アスターさんの分もお召し上がりになったクロエ様が、今頃大変なことになっていますから」
クロエの外見は、人間のそれと区別がつかない。だからといって、中の構造まで似通っているとは、アスターには思えなかった。
──大変なことって、何だろう──
クロエは腹をさすりながら、自分の腹痛にのたうち回る姿や高熱にうなされる姿を思い浮かべてみた。「やだなー」と、今にも言いそうだった。
「じゃ、体のデキが違うんだな。色々耐性ついてたりとか」
「確かに、我々魔族は人間よりは丈夫にできています。クロエ様も、私が知る限りではずっと健康体でいらっしゃいます。ですが、人間に害をもたらす毒やウイルスなどは、我々にも効果がないわけではありません。人間より若干効きにくいだけです。なので、私たちを毒殺したければ、普通の人間の致死量の何倍も用意することですね」
アスターは苦い顔をする。それだけの毒物の用意など不可能に等しい上、魔族の殺し方の一つを目の前のそいつに教えられたという事実が、何ともおかしかった。
──俺にはできないと思ったんだろ。だから平気な顔して話したんだろ。その通りだよ。そんなの、もし計画が知られたら、逆に俺の命が危ないよ──
ふと、クロエを見ると、胃の中に溜まったものが消化されるのをひたすら待っている様子だった。苦痛などは微塵も感じられない。
「若干、ね……」
「そうですねー、もし本当に毒物を入れたとして……。アスターさんは、間違いなくもう死んでます。やる時は容赦しませんからね。クロエ様だったら、こんな風に立ってはいられません。まぁ、三日は寝込むでしょう」
「意外と辛い思いするのな」
マゼンタが、料理に入れるとしたらコレだろう、と思っている毒物が具体的に何なのかは、アスターたちにはわからない。が、それがクロエの身体にも影響を及ぼすものと聞いて、アスターは確信した。
マゼンタの性格は掴めていないが、彼女が『様』付けで呼んでいるクロエが触れてはいけないものに触れようとしたら、きっとマゼンタは止めていただろう。つまり今回出された食事には、そういったものは何も入っていなかった。純粋な『料理』だったんだな──と。
「お前ら、ちょっと前までは人間が死んでくのを見て喜んでたクセに。何の罠もない料理なんて、食っても良いことしかないだろ。……俺は何が何でもお断りだがな。魔族が人間にすることにしては、随分滑稽だな。人間界に行けなくなって暇になったからって、変わりすぎじゃね? ……あ、だからって今すぐらしくなれって言ってるわけじゃねーぞ! このまま! このままでいいからな! 少なくとも俺がいる間はな! が、我慢! 我慢してくれホント頼む俺まだ死にたくない!」
途中でまた弱気になり、両手を胸の前で合わせ、彼女たちの気が変わらないことを切に願った。
マゼンタがポン、と手を打った。
「お二人とも、リンゴ食べませんか?」
「食べる! ちょうだい!」
クロエは即答だった。
「だから俺は…………」
アスターが迷っているにも関わらず、マゼンタは次の行動に移ろうとしていた。
「では──」
マゼンタは光にも劣らぬ速さで隣室へ行き、同じように戻ってきた。彼女の腰まである縦長の籠を背負って。
「ストックが一つもないので、収穫に行きましょう」
「はーい」
返事をしたのはクロエだけだった。アスターはいまいち乗り気ではなかったが、クロエに急かされ、厨房の外へ出た。
「なんだよ、俺も行くのかよ」
「そうそう。自分で食べるものは自分で調達するの。自給自足っていうんだっけ?」
マゼンタは「ええ」とにこやかに返した。
「俺はイヤだ。ある意味、さっきの肉以上の怪しさを感じる。俺の知ってるやつとお前らの言ってるやつが一致してるとは思えん!」
「リンゴは本当にリンゴなんだけどなー。ホラ、あの赤いやつ」
肉の件があったからだろう。クロエが言っても、これだけではアスターは納得しない。
「赤けりゃ良いってモンじゃねーんだよ。中は白っぽくて、小さい種が入ってる」
「そうそう。それね」
「うー、あとは……」
アスターがリンゴの他の特徴を思い出す前に、マゼンタは、アスターの右腕とクロエの左腕をがっしりと掴み、
「さあさあ、お喋りは後にして、早く行きましょう!」
「あッ、おい引っ張るな痛ーだろ」
アスターの文句を無視して、ズンズン歩き出した。三人の中で、彼女が最も張り切っていた。
鬱蒼とした森の中を、三人かたまって歩いていた。
暗く、不気味な雰囲気がこれ見よがしに漂い、アスターを震わせる。木に生っている柿は、アスターが知っているのと同等の見た目だが、美味しそうと思う余裕すらもなかった。
「ここが、私たちが『果実の森』と呼んでいる所です。人間界から持ってきた果物の種を植えて、様々な種類を育ててきました」
──人間界由来なら、食べても大丈夫だろうか──
「昔は瘴気の、作物への影響を懸念したこともありましたが、全く問題なく、こうして実をつけるまでになりました。味も確かです」
「ショウキ?」
アスターは聞き返した。
「ええ。聞いたことありませんか?」
「いや、初めて聞くけど」
兄・アズールから、冒険の話を幾度も聞かせてもらったアスターだが、膨大な量のせいか、脳内の収納設備内がゴチャゴチャになっており、この特定の単語の意味を引き出すことはできない。思い出すのに時間をかけてはいられないので、初耳ということにした。
「瘴気というのは、一言で言えば悪い空気です。場所によって濃度は様々ですが、あまりに濃いと、それを吸った人間や動物、植物が重い病気になったり魔物化したり、魔物は更に凶暴になったりと、悪いことずくめです。魔界の瘴気は人間界より少し濃い目ですが、たかが知れているので心配は……あら、どうされました?」
アスターは自身の鼻と口を両手で塞いでいた。
「どうされた、じゃねーよ! 冗談じゃねえ。こっち来てからずっとそんなモン吸ってたなんてよ。なんでもっと早く言わなかったんだよ! ……そうか、そういう作戦か。わざと隠して、俺にガンガン瘴気ってのを吸わせて、精神的にジワジワ追い詰めてこうってんだな!? 考えてくれるモンだぜまったく!」
クロエもマゼンタも、それは考えてなどいなかった。逆によく思いつくな、と感心したいくらいだった。
「手を離して大丈夫ですよ。私たちの行動範囲内の瘴気については、調べがついています」
マゼンタが言うには、ほんの三十年ほど前のことだが、魔界に一年も居座った人間の冒険者がいた。
マゼンタはその冒険者と交戦したが、なかなか面白い人間だったので、殺すのが惜しくなり、しばらくの間泳がせておいた。
一年経ったある日、彼は秘奥義が完成したと言って城に乗り込んできた。元々は魔王を倒しに来たのだ。しかし魔王に技は通じず、冒険者の命は燃え尽きた。
「私はその人間をずっと見てきましたが、病気ひとつせず、元気に技を磨いていましたよ」
「一人しか見ていないんじゃ、大丈夫って証拠にはならない。それでよく調べたと言えるな」
アスターは頑なだ。
「う~ん……困りましたね。あとは大抵すぐに殺ってしまっていたので、データとしてはそれしかないんですよ。もっと言いますと、人間界にも常に、ごく少量の瘴気が漂ってはいるんですけどねぇ……」
──本当か──!?
「普通は誰も気にしませんけどね。こちらでも同じです。いちいち気にするような事柄ではないんです。先程、魔族は人間より丈夫だとは言いましたが、そんなのは関係ありません。熟練した者が束になっても叶わないような者でも、一度踏まれただけで死んでしまうような者でも、瘴気に関しては皆同じです」
マゼンタが真面目な顔で語っているのを、クロエは時折頷きながら真剣に聞いていた。アスターは、
「話してくれたのは有難いけど、それを俺が信じると思ってんのか?」
手の位置は元に戻したが、呼吸法を変えていた。空気を吸う量は最小限に、吐く時は腹部に力を入れて、出せるだけ出していた。
「……いいえ。アスターさんは私が思うに、限られた環境の中でしか生きてこなかった、ただの人間にすぎないでしょう。ですから、この話を信じるか信じないかは勝手です。ただ、私は事実をありのままに、自信を持って言ってますから、そこはお忘れなく」
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