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10.ハプニングも秒殺でした
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いつの間にか立ち話になっていた。
「この話はとりあえずここでおしまいにして、行きましょうか」
「……俺は何もしないからな」
アスターの一言はボソボソしていて、側にいる二人にはよく聞き取れなかった。斜め前にいたクロエは、気のせい扱いした。
リンゴの木が並ぶエリアに来た。
無数の赤く熟した果実は、手を伸ばせば届きそうだ。
クロエが早速、良さげなものを爪先立ちで一つもぎ取り齧りつく。
「んー、美味しい」
噛むことで生み出されるシャリシャリという音が、アスターの心を惑わせる。
見た限りでは、クロエの持っているそれは、アスターにもお馴染みの果実の姿形だった。耳で得た情報によると、食感も通常のリンゴそのもの。彼女は確かに、『リンゴ』と呼べる物を口にしていた。
マゼンタは期待していた。アスターが、クロエと同じように動き出すことを。
──さて、どうしますか──?
マゼンタは口角をつり上げる。
どの木を見ても、思わず手に取りたくなりそうな果実が。そして横では、実際に食べている者が。それでもアスターは粗探しをしてしまう。
「そいつは当たりで良かったな。中には、逆に獲った奴を食べようとする奴もいるんじゃないか? せっかく普通だったのが、こんな世界で育ったばかりに、タチの悪い瘴気吸ってたせいで魔物になって。そんなのがあってもおかしくないかもな」
食べるのに忙しいクロエに代わり、マゼンタが答える。
「鋭いですね。高濃度の瘴気を長期間吸い続けると、『通常』の枠から外れてしまう事例はあります。ですが、あくまで『高い』濃度の場合です。そんな場所は限られていますけどね。……ココは違いますよ? 疑うのは自由ですが、見当違いも甚だしいというか、バカバカしいというか。ええ、そんなレベルです実際」
仮に、今いる場所が高濃度の地域なら、果物がどうのこうの以前に、大して鍛えていなさそうなアスターはとっくに魔物となっていただろうと、マゼンタは話した。
アスターはドキッとして、自分の身体に変化がないか確認してみた。鏡がないので顔は見えないが、じっと手を見て、それから顔を触って何ともなっていなかったので、
──良かった、人間のままだ──
安堵の溜め息をついた。
「この森には、普通の果物のフリをした魔物はゼロですので、安心してください。ほら、コレなんか真っ赤っかで甘そうですよ~」
「いいよ、自分で獲るから」
と言いながらも、アスターは両手をズボンのポケットに入れて、クロエたちから少し離れた。
冷静になって、木々を見渡した。
できれば味見くらいはしてみたい。だが魔界の土で育ったものを、簡単に食べて良いのだろうか。マゼンタは、ああ言ったけれど、食べた後の方が怖い。何かあってからでは遅い。
魔物化した果物はないとも言ったが、食べた結果については言っていなかった。アスターもクロエも訊かなかったからだ。
──クロエは魔族だから、この世界で暮らしている。この森の果物も、きっと日常的に食べている。耐性があるから、化け物ではなく人間のような姿でいられる。もし俺が食べたら、俺はどうなる──?
魔物になったら、今よりは強くなれるかもしれない。だが、人間の姿と引き換えにしてまで、強さというものを手に入れたいか。理性も失うかもしれない。そうなっては、たとえ人間界へ戻るための門をくぐることができても、事情を知らない冒険者に、やがては殺されかねない。
頭上から無言で煽っているようにも見えるリンゴは、アスターにとって有害か無害か。答えを知るには、食べるしかないのだ。この世界に来てから数時間、アスターは何も口にしていない。右手がわずかに動く。
ザッ。
自分のではない足音が聞こえた。クロエたちが来たのかと首を動かしたら、体長一メートル弱の、濃い緑色の肌の魔物が一匹。右手に剣を持っていた。
「ケケケ……」
小さく笑いながら、そいつはアスターを獲物と判断し、歩いて距離を詰める。
「ヤバいヤバい、こういう時は…………シャクだけどアイツらに頼るッ!」
何個目かのリンゴを、マゼンタの背負っている籠の中に入れていたクロエは、異変に気づいて手を止めた。
アスターが魔物付きで戻ってきたのだ。
「おい、コイツなんとかしてくれよ!」
「ああ、ゴブリンですね。先程のミノタウロスよりは戦いやすい相手ですが……こういうのもダメですか?」
「ダメに決まってんだろが。コイツも武器持ってんだぞ! 絶対不利なの、見てわかるだろ!」
まるで、アスターにも武器があれば戦ってくれていそうな言い方だったが、貸そうとすれば、またいらないと言うだろうと、マゼンタは既に予想していたので、
「では、如何致しましょうか?」
困ったフリをして訊ねてみた。
──またあの時のように、クロエがやっつけてくれれば──
しかしクロエは、まるで他人事のように、リンゴを詰める作業を続けている。
ゴブリンがニヤリと笑った。籠半分ほどのリンゴに目を向けている。
「ガァーーーーッ!」
気合いの声を上げて、ゴブリンにしては大柄なそいつは、マゼンタめがけて高く飛びかかった。
剣を持つ手はむしろ引っ込め、左手を伸ばして籠の中のリンゴを一つ奪った。女性陣は、あえて手を出さなかった。
「ケッケッケッ、イタダキ……」
「なんだ、コイツ言葉を話せるのか。だったらちょっとはやりやすいかもな」
クロエたちがついていることで強気になってきたアスターは、意を決してゴブリンとの会話を試みる。
「おい、そのリンゴは俺たちの物だ。返せよ」
「ケッ、イヤダネ」
魔物は素早く三人から離れ、しかしわざとだろうか、見える位置で口を大きく開ける。
カプリッ。
ゴブリンが齧ったことで、そのリンゴの所有権は奴に移ってしまった。
「あッ、このヤロ……!」
「まあまあ。一つ取られたくらいでは、こちらの損害はないも同然ですから。けど、邪魔なのは否めませんね」
「まあね」
クロエがスッと前に出た。
ゴブリンは高速でリンゴを食べ、残った芯の部分をポイっと投げ捨て、構えの姿勢をとった。
「キシャーーッ!」
今度は籠ごと奪うつもりで、ゴブリンは襲ってきた。
その一振りを、クロエは最小限の動きでかわす。
敵すかさず、次々と無造作に武器を振り回すが、クロエにはかすりもしない。
「俺には避けきれねーよ、あんなの」
アスターの本音が出る。
刃が空を切る音が虚しく響くだけの状況は、すぐに飽きてしまう。早くリンゴを城に持ち帰りたいクロエは、そろそろここらで、とばかりにゴブリンの背後に回り込み、頭部を右手で鷲掴みにした。
「ゲ?」
ゴブリンの足が地面から離れた。
奴はジタバタと暴れ出す。それで解放されるとでも思ったのだろうが、浅はかにも程があった。
「グギギギ……ヤメロ……」
更なる力で、ゴブリンの頭が締めつけられる。そしてとうとう、敵は物を掴む力を失い、武器を落とすに至った。
バキッ!
頭蓋骨が割れる音が、誰の耳にも届いた。アスターが、声を出しそうになる。
「グギャッ!!」
ゴブリンの悲鳴。直後にクロエは手を離し、相手が仰向けに倒れたところへ、
ズンッ!
腹部への強烈な踏みつけ。これが決定打となり、ゴブリンは血液混じりの泡を吹いて絶命した。
「はい、片付けたよ」
「これで、邪魔者はいなくなりましたね」
マゼンタがアスターに声をかけるも、クロエの強さに絶句していた彼は、気づくのに少しの時間を要した。
「え? あ、そうだな」
──そうそう、当初の目的はリンゴだった。一瞬でも忘れてどうするんだ──
当初は手伝う気などなかったアスターだったが、今の出来事で心変わりし、せっせとリンゴを採り、籠に入れた。
「コレなんか良さそうだなーっと……」
わざとらしさも感じるセリフを言う彼とマゼンタの間を、クロエが無言で横切る。そして空を見上げて、気持ちを切り替えるためか、大きく呼吸する。
「魔族って、やっぱとんでもなく強いのな。俺の周りには、あんな奴いないし。桁外れっていうの? 狭い世界しか知らない俺にしてみりゃ、夢でも見てんのかって思っちまうわな」
アスターが俯き加減に言う。
「まあ、そういう強い人間は探せばいますが……そうですね。特にクロエ様のように、魔界の王家の血を引いているとなると、そこら辺の魔族と比べるのは非常識とも言えるくらい失礼に値します。もう、段違いどころではありません。もっと上……何と言えばいいでしょうか……」
マゼンタは籠を背負ったまま、木の根元に座る。
「適切な言葉が見当たらないくらいです。どんな褒め言葉も、声に出せばチープなものになってしまう。クロエ様は特にそうなんです」
アスターは気づきもしなかった。マゼンタの視線が、そこより数本離れた木の元で果実とにらめっこをするクロエの、顔ではなく背中の剣に向けられていたことに。
「そんなんでも、アイツは魔王じゃないんだってな。さしずめ、お姫様ってトコか。はぁ……あれで違うってんなら、兄貴が戦った……あ、やべッ! いや、何でもない!」
「? どなたが……何かしら?」
「何でもない! ホント! 今のナシ!」
──兄・アズールが戦った、前の魔王の強さはどれほどか──
そのような質問が、できるわけがなかった。
兄である勇者アズールの名を伏せ続けていても、どこでうっかりしてしまうかわからない。この森でも助けてもらったというのに、勇者の弟だとバレては無意味。先代魔王の敵討ち不可避な展開は避けたいアスター。まさに危機一髪だったのだ。
何かを話す際、兄のことには一切触れないよう、言葉選びは慎重でなくてはならなかった。
「そうですか? まぁ、それなら良いんですが。えーと、クロエ様のことをお話ししてましたね。今ここでは言えませんが……とにかくとっても強いんです、ハイ!」
「急にテキトーになってね!?」
「気のせいです。さ、帰りましょう」
半ば強引に話を打ち切られてしまった。
「ねーちょっと見て見て! こんな大きいの見つけた!」
クロエが大ぶり(直径二十センチメートルあるかないか)のリンゴを両手で持って走ってきた。指をさして向こうの木にあったとはしゃぐ彼女からは、ゴブリン戦で感じていた近寄り難さはなくなっていた。
「でけーな」
「これは見事な。けど、今日はもう遅いですからおしまいにして、それは明日いただきましょうね」
「えー」
クロエが口を『へ』の字に曲げる。
アスターは警戒していた。籠の中のリンゴはドングリの背比べだが、クロエが持っているものは別格に見える。これこそが、魔物化したものではないだろうかと。いつこちらに牙を向けるか。間違っても自分には持たせないでほしいと。
帰りの森の中では、魔物の襲撃はなかった。
あのゴブリン一匹しかいなかったのか、他にもいたが奴の末路を見て逃げ出したのかは、三人にとって至極どうでもいいことだった。
クロエとマゼンタが並び、その後ろをアスターがついて行く。
「……クロエ様は、他の方とは違うんです」
少し強めの風が吹いてくれたおかげで、マゼンタの秘密の呟きは誰にも届かないまま、その音にかき消された。隣では彼女より背の低い少女が、この日一番の収穫を喜んでいた。
「この話はとりあえずここでおしまいにして、行きましょうか」
「……俺は何もしないからな」
アスターの一言はボソボソしていて、側にいる二人にはよく聞き取れなかった。斜め前にいたクロエは、気のせい扱いした。
リンゴの木が並ぶエリアに来た。
無数の赤く熟した果実は、手を伸ばせば届きそうだ。
クロエが早速、良さげなものを爪先立ちで一つもぎ取り齧りつく。
「んー、美味しい」
噛むことで生み出されるシャリシャリという音が、アスターの心を惑わせる。
見た限りでは、クロエの持っているそれは、アスターにもお馴染みの果実の姿形だった。耳で得た情報によると、食感も通常のリンゴそのもの。彼女は確かに、『リンゴ』と呼べる物を口にしていた。
マゼンタは期待していた。アスターが、クロエと同じように動き出すことを。
──さて、どうしますか──?
マゼンタは口角をつり上げる。
どの木を見ても、思わず手に取りたくなりそうな果実が。そして横では、実際に食べている者が。それでもアスターは粗探しをしてしまう。
「そいつは当たりで良かったな。中には、逆に獲った奴を食べようとする奴もいるんじゃないか? せっかく普通だったのが、こんな世界で育ったばかりに、タチの悪い瘴気吸ってたせいで魔物になって。そんなのがあってもおかしくないかもな」
食べるのに忙しいクロエに代わり、マゼンタが答える。
「鋭いですね。高濃度の瘴気を長期間吸い続けると、『通常』の枠から外れてしまう事例はあります。ですが、あくまで『高い』濃度の場合です。そんな場所は限られていますけどね。……ココは違いますよ? 疑うのは自由ですが、見当違いも甚だしいというか、バカバカしいというか。ええ、そんなレベルです実際」
仮に、今いる場所が高濃度の地域なら、果物がどうのこうの以前に、大して鍛えていなさそうなアスターはとっくに魔物となっていただろうと、マゼンタは話した。
アスターはドキッとして、自分の身体に変化がないか確認してみた。鏡がないので顔は見えないが、じっと手を見て、それから顔を触って何ともなっていなかったので、
──良かった、人間のままだ──
安堵の溜め息をついた。
「この森には、普通の果物のフリをした魔物はゼロですので、安心してください。ほら、コレなんか真っ赤っかで甘そうですよ~」
「いいよ、自分で獲るから」
と言いながらも、アスターは両手をズボンのポケットに入れて、クロエたちから少し離れた。
冷静になって、木々を見渡した。
できれば味見くらいはしてみたい。だが魔界の土で育ったものを、簡単に食べて良いのだろうか。マゼンタは、ああ言ったけれど、食べた後の方が怖い。何かあってからでは遅い。
魔物化した果物はないとも言ったが、食べた結果については言っていなかった。アスターもクロエも訊かなかったからだ。
──クロエは魔族だから、この世界で暮らしている。この森の果物も、きっと日常的に食べている。耐性があるから、化け物ではなく人間のような姿でいられる。もし俺が食べたら、俺はどうなる──?
魔物になったら、今よりは強くなれるかもしれない。だが、人間の姿と引き換えにしてまで、強さというものを手に入れたいか。理性も失うかもしれない。そうなっては、たとえ人間界へ戻るための門をくぐることができても、事情を知らない冒険者に、やがては殺されかねない。
頭上から無言で煽っているようにも見えるリンゴは、アスターにとって有害か無害か。答えを知るには、食べるしかないのだ。この世界に来てから数時間、アスターは何も口にしていない。右手がわずかに動く。
ザッ。
自分のではない足音が聞こえた。クロエたちが来たのかと首を動かしたら、体長一メートル弱の、濃い緑色の肌の魔物が一匹。右手に剣を持っていた。
「ケケケ……」
小さく笑いながら、そいつはアスターを獲物と判断し、歩いて距離を詰める。
「ヤバいヤバい、こういう時は…………シャクだけどアイツらに頼るッ!」
何個目かのリンゴを、マゼンタの背負っている籠の中に入れていたクロエは、異変に気づいて手を止めた。
アスターが魔物付きで戻ってきたのだ。
「おい、コイツなんとかしてくれよ!」
「ああ、ゴブリンですね。先程のミノタウロスよりは戦いやすい相手ですが……こういうのもダメですか?」
「ダメに決まってんだろが。コイツも武器持ってんだぞ! 絶対不利なの、見てわかるだろ!」
まるで、アスターにも武器があれば戦ってくれていそうな言い方だったが、貸そうとすれば、またいらないと言うだろうと、マゼンタは既に予想していたので、
「では、如何致しましょうか?」
困ったフリをして訊ねてみた。
──またあの時のように、クロエがやっつけてくれれば──
しかしクロエは、まるで他人事のように、リンゴを詰める作業を続けている。
ゴブリンがニヤリと笑った。籠半分ほどのリンゴに目を向けている。
「ガァーーーーッ!」
気合いの声を上げて、ゴブリンにしては大柄なそいつは、マゼンタめがけて高く飛びかかった。
剣を持つ手はむしろ引っ込め、左手を伸ばして籠の中のリンゴを一つ奪った。女性陣は、あえて手を出さなかった。
「ケッケッケッ、イタダキ……」
「なんだ、コイツ言葉を話せるのか。だったらちょっとはやりやすいかもな」
クロエたちがついていることで強気になってきたアスターは、意を決してゴブリンとの会話を試みる。
「おい、そのリンゴは俺たちの物だ。返せよ」
「ケッ、イヤダネ」
魔物は素早く三人から離れ、しかしわざとだろうか、見える位置で口を大きく開ける。
カプリッ。
ゴブリンが齧ったことで、そのリンゴの所有権は奴に移ってしまった。
「あッ、このヤロ……!」
「まあまあ。一つ取られたくらいでは、こちらの損害はないも同然ですから。けど、邪魔なのは否めませんね」
「まあね」
クロエがスッと前に出た。
ゴブリンは高速でリンゴを食べ、残った芯の部分をポイっと投げ捨て、構えの姿勢をとった。
「キシャーーッ!」
今度は籠ごと奪うつもりで、ゴブリンは襲ってきた。
その一振りを、クロエは最小限の動きでかわす。
敵すかさず、次々と無造作に武器を振り回すが、クロエにはかすりもしない。
「俺には避けきれねーよ、あんなの」
アスターの本音が出る。
刃が空を切る音が虚しく響くだけの状況は、すぐに飽きてしまう。早くリンゴを城に持ち帰りたいクロエは、そろそろここらで、とばかりにゴブリンの背後に回り込み、頭部を右手で鷲掴みにした。
「ゲ?」
ゴブリンの足が地面から離れた。
奴はジタバタと暴れ出す。それで解放されるとでも思ったのだろうが、浅はかにも程があった。
「グギギギ……ヤメロ……」
更なる力で、ゴブリンの頭が締めつけられる。そしてとうとう、敵は物を掴む力を失い、武器を落とすに至った。
バキッ!
頭蓋骨が割れる音が、誰の耳にも届いた。アスターが、声を出しそうになる。
「グギャッ!!」
ゴブリンの悲鳴。直後にクロエは手を離し、相手が仰向けに倒れたところへ、
ズンッ!
腹部への強烈な踏みつけ。これが決定打となり、ゴブリンは血液混じりの泡を吹いて絶命した。
「はい、片付けたよ」
「これで、邪魔者はいなくなりましたね」
マゼンタがアスターに声をかけるも、クロエの強さに絶句していた彼は、気づくのに少しの時間を要した。
「え? あ、そうだな」
──そうそう、当初の目的はリンゴだった。一瞬でも忘れてどうするんだ──
当初は手伝う気などなかったアスターだったが、今の出来事で心変わりし、せっせとリンゴを採り、籠に入れた。
「コレなんか良さそうだなーっと……」
わざとらしさも感じるセリフを言う彼とマゼンタの間を、クロエが無言で横切る。そして空を見上げて、気持ちを切り替えるためか、大きく呼吸する。
「魔族って、やっぱとんでもなく強いのな。俺の周りには、あんな奴いないし。桁外れっていうの? 狭い世界しか知らない俺にしてみりゃ、夢でも見てんのかって思っちまうわな」
アスターが俯き加減に言う。
「まあ、そういう強い人間は探せばいますが……そうですね。特にクロエ様のように、魔界の王家の血を引いているとなると、そこら辺の魔族と比べるのは非常識とも言えるくらい失礼に値します。もう、段違いどころではありません。もっと上……何と言えばいいでしょうか……」
マゼンタは籠を背負ったまま、木の根元に座る。
「適切な言葉が見当たらないくらいです。どんな褒め言葉も、声に出せばチープなものになってしまう。クロエ様は特にそうなんです」
アスターは気づきもしなかった。マゼンタの視線が、そこより数本離れた木の元で果実とにらめっこをするクロエの、顔ではなく背中の剣に向けられていたことに。
「そんなんでも、アイツは魔王じゃないんだってな。さしずめ、お姫様ってトコか。はぁ……あれで違うってんなら、兄貴が戦った……あ、やべッ! いや、何でもない!」
「? どなたが……何かしら?」
「何でもない! ホント! 今のナシ!」
──兄・アズールが戦った、前の魔王の強さはどれほどか──
そのような質問が、できるわけがなかった。
兄である勇者アズールの名を伏せ続けていても、どこでうっかりしてしまうかわからない。この森でも助けてもらったというのに、勇者の弟だとバレては無意味。先代魔王の敵討ち不可避な展開は避けたいアスター。まさに危機一髪だったのだ。
何かを話す際、兄のことには一切触れないよう、言葉選びは慎重でなくてはならなかった。
「そうですか? まぁ、それなら良いんですが。えーと、クロエ様のことをお話ししてましたね。今ここでは言えませんが……とにかくとっても強いんです、ハイ!」
「急にテキトーになってね!?」
「気のせいです。さ、帰りましょう」
半ば強引に話を打ち切られてしまった。
「ねーちょっと見て見て! こんな大きいの見つけた!」
クロエが大ぶり(直径二十センチメートルあるかないか)のリンゴを両手で持って走ってきた。指をさして向こうの木にあったとはしゃぐ彼女からは、ゴブリン戦で感じていた近寄り難さはなくなっていた。
「でけーな」
「これは見事な。けど、今日はもう遅いですからおしまいにして、それは明日いただきましょうね」
「えー」
クロエが口を『へ』の字に曲げる。
アスターは警戒していた。籠の中のリンゴはドングリの背比べだが、クロエが持っているものは別格に見える。これこそが、魔物化したものではないだろうかと。いつこちらに牙を向けるか。間違っても自分には持たせないでほしいと。
帰りの森の中では、魔物の襲撃はなかった。
あのゴブリン一匹しかいなかったのか、他にもいたが奴の末路を見て逃げ出したのかは、三人にとって至極どうでもいいことだった。
クロエとマゼンタが並び、その後ろをアスターがついて行く。
「……クロエ様は、他の方とは違うんです」
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