168 / 439
夏休みの部活
拓哉と哲也
しおりを挟む
「それじゃあ、メンバーが揃ったところから練習初めて! 一年生は研修館に移動よろしく」
と千龍さんが部員に声を掛けた。
「はい!」
と体育会系の部活のような気持のいい返事が音楽室に響くと、部員はガタガタと音を立てて立ち上がり楽器を持って各々の練習場所に散っていった。
「じゃあ、俺たちも練習するか?」
と哲也が僕と篠崎拓哉に声を掛けた。
僕はピアノのある場所でしか練習ができないので、僕たちの練習場所もおのずと限られてくる。今日はここに残って練習する事になっていた。
例の『PIANO MAN』をこの三人で演奏してから、なんとなくそのままこの面子で演奏することが多くなっていた。彼らと一緒に演奏するのは非常に楽しい。
「今日はプレリュードからはじめる?」
と僕はピアノの前に座って二人に聞いた。
「ああ、それでええんとちゃう」
と哲也が答えた。拓哉も頷いた。
僕たちはドミートリイ・ショスタコーヴィチ作曲の『プレリュード』を演奏し始めた。
彼はソビエト連邦時代の作曲家であり、この曲は昔の映画『馬あぶ』という映画のために作曲された楽曲だった。
のちにこの曲は『二つのバイオリンとピアノのための五つの小品』用の曲として編曲されたが、僕たちは長沼先生から教えてもらったこの曲を課題曲にしていた。
先生に教えてもらうまでこの曲の存在すら知らなかったが、一度弾いてからとても好きになった。
原曲はフルオーケストラだったが、チェロとコントラバスとピアノの三重奏でも十分いい音だ。
でも、一度他の弦楽器も入れて演奏してみたいなとも思っていた。
弾き終わると哲也が大きなため息をついた。
「なんや? そのため息は?」
と拓哉が気になったのか心配そうに聞いた。
「調子でも悪いんか? 別にいつもと変わらん音やったけど」
と僕は哲也に聞いた。
彼は
「いや、そういう訳ではないんやけどな。ごめん。要らん心配させたな。もう一回、音合わせよか」
と言うと弓を構えた。
僕と拓哉は顔を見合わせたが、本人が「なんでもない」と言っているのでそれ以上は聞かなかった。彼の奏でる音もいつものようにきれいな粒を生み出していたので、僕はそれ以上何も考えなかったが、本人にしかわからない何かがあるのだろうぐらいは思っていた。
午前中はトリオで三曲。哲也と拓哉でロッシーニの曲を中心に何曲か演奏した。
二人が演奏している間は僕は二人の調べを聞いていた。
哲也が言う程悪い音ではない。一緒に演奏している拓哉もいつも通りだ。彼は一体何が気に食わないというのだろうか……などと考えながら彼らの演奏を見ていた。
「どうやった?」
哲也が聞いてきた。
「ええんとちゃうか? もっとテンポを上げてもええかもな」
僕は素直に思った事を答えた。
「そうか、じゃあもう一回やろか?」
哲也は拓哉に向かって言った。
「ああ」
拓哉は疲れた素振りも見せずに頷いた。
――結構、この二人休憩なしで弾いてるよなぁ――
拓哉は哲也が納得するまで付き合うつもりのようだ。拓哉なりに哲也に気を遣っているようだ。愛想がいい訳ではないが、拓哉は寡黙で良い男だと僕は二人を見ながら思った。
いつの間にか時計は十二時を回っていた。
「そろそろ昼休みにしようか?」
僕は音楽室の壁に掛けられている時計を見て言った。
黙っていたらこのまま夕方まで休憩なしで二人は弾いていそうだった。
「そうやな」
拓哉も哲也も異論はなかった。
他の部員はまだ音楽室に戻ってきていなかったが、その辺は部員が各々自由にスケジュールを決めることになっていたので、気にすることもなく僕たちは昼食をとることにした。
と千龍さんが部員に声を掛けた。
「はい!」
と体育会系の部活のような気持のいい返事が音楽室に響くと、部員はガタガタと音を立てて立ち上がり楽器を持って各々の練習場所に散っていった。
「じゃあ、俺たちも練習するか?」
と哲也が僕と篠崎拓哉に声を掛けた。
僕はピアノのある場所でしか練習ができないので、僕たちの練習場所もおのずと限られてくる。今日はここに残って練習する事になっていた。
例の『PIANO MAN』をこの三人で演奏してから、なんとなくそのままこの面子で演奏することが多くなっていた。彼らと一緒に演奏するのは非常に楽しい。
「今日はプレリュードからはじめる?」
と僕はピアノの前に座って二人に聞いた。
「ああ、それでええんとちゃう」
と哲也が答えた。拓哉も頷いた。
僕たちはドミートリイ・ショスタコーヴィチ作曲の『プレリュード』を演奏し始めた。
彼はソビエト連邦時代の作曲家であり、この曲は昔の映画『馬あぶ』という映画のために作曲された楽曲だった。
のちにこの曲は『二つのバイオリンとピアノのための五つの小品』用の曲として編曲されたが、僕たちは長沼先生から教えてもらったこの曲を課題曲にしていた。
先生に教えてもらうまでこの曲の存在すら知らなかったが、一度弾いてからとても好きになった。
原曲はフルオーケストラだったが、チェロとコントラバスとピアノの三重奏でも十分いい音だ。
でも、一度他の弦楽器も入れて演奏してみたいなとも思っていた。
弾き終わると哲也が大きなため息をついた。
「なんや? そのため息は?」
と拓哉が気になったのか心配そうに聞いた。
「調子でも悪いんか? 別にいつもと変わらん音やったけど」
と僕は哲也に聞いた。
彼は
「いや、そういう訳ではないんやけどな。ごめん。要らん心配させたな。もう一回、音合わせよか」
と言うと弓を構えた。
僕と拓哉は顔を見合わせたが、本人が「なんでもない」と言っているのでそれ以上は聞かなかった。彼の奏でる音もいつものようにきれいな粒を生み出していたので、僕はそれ以上何も考えなかったが、本人にしかわからない何かがあるのだろうぐらいは思っていた。
午前中はトリオで三曲。哲也と拓哉でロッシーニの曲を中心に何曲か演奏した。
二人が演奏している間は僕は二人の調べを聞いていた。
哲也が言う程悪い音ではない。一緒に演奏している拓哉もいつも通りだ。彼は一体何が気に食わないというのだろうか……などと考えながら彼らの演奏を見ていた。
「どうやった?」
哲也が聞いてきた。
「ええんとちゃうか? もっとテンポを上げてもええかもな」
僕は素直に思った事を答えた。
「そうか、じゃあもう一回やろか?」
哲也は拓哉に向かって言った。
「ああ」
拓哉は疲れた素振りも見せずに頷いた。
――結構、この二人休憩なしで弾いてるよなぁ――
拓哉は哲也が納得するまで付き合うつもりのようだ。拓哉なりに哲也に気を遣っているようだ。愛想がいい訳ではないが、拓哉は寡黙で良い男だと僕は二人を見ながら思った。
いつの間にか時計は十二時を回っていた。
「そろそろ昼休みにしようか?」
僕は音楽室の壁に掛けられている時計を見て言った。
黙っていたらこのまま夕方まで休憩なしで二人は弾いていそうだった。
「そうやな」
拓哉も哲也も異論はなかった。
他の部員はまだ音楽室に戻ってきていなかったが、その辺は部員が各々自由にスケジュールを決めることになっていたので、気にすることもなく僕たちは昼食をとることにした。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった!
「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」
主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!
生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します
桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。
天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。
昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。
私で最後、そうなるだろう。
親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。
人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。
親に捨てられ、親戚に捨てられて。
もう、誰も私を求めてはいない。
そう思っていたのに――……
『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』
もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。
※カクヨム・なろうでも公開中!
※表紙、挿絵:あニキさん
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる