北野坂パレット

うにおいくら

文字の大きさ
193 / 439
コンクールの二人

オヤジからの電話

しおりを挟む
「今、家か?」

「うん」

「なんや? 何かあったんか?」
と唐突に聞いてきた。
僕は少し焦りながらも
「いや、なんもないけど……」
と応えるのが精一杯だった。

 それにしてもオヤジは鋭い。
僕の声に不機嫌さが少し乗っかっているのを、一声聞いただけで感じ取っていたのだろうか?

 しかしオヤジはそれ以上追求せずに
「そうかぁ……で、飯は食ったんか?」
と話を続けた。

「まだ。これから食べるところ」
そう言って僕は壁時計をみた。

「そうか。今、安ちゃんの店におるんやけど、来るか? 美乃梨もおんで」
そうだった。今日はオヤジに美乃梨の事も聞くつもりだったんだ。
僕はオヤジに
「飯食ったら直ぐにいく」
と言って電話を切った。

 もうとっくの昔に夕食を取っていても良い時間だった。

「オヤジからやったわ」

「だと思ったわ。早く行ってあげなさい」
レーシーは微笑みながらそう言った。

「うん。分かった」


 僕は立ち上がるとガスコンロの上にポツンと置かれたままになっている寂しげな鍋を温め直した。
蓋を開けるとカレーのいい匂いが漂ってきた。

 それを皿に盛ったご飯にかけて急いで食べた。気が付くとレーシーの姿はいつの間にか見えなくなっていた。

いつものオフクロの味のカレーだったが、今回はピーマンとセロリが小さく刻んで入ってあった。

――これもアリだな――

 オフクロはカレーを作る時いつも何か材料を増やしたり変えたりする。
これがオフクロの拘りらしい。

一気にカレーライスを胃袋に押し込むと僕は安藤さんの店に急いだ。


 カウベルの音を響かせて店に入ると、カウンターに並んで座るオヤジと美乃梨の後姿が目に入った。二人は振り向き、美乃梨が僕に手を振った。

 僕はオヤジの隣の席に座った。オヤジはいつものようにビールを飲んでいた。ほとんど飲み干されたビアグラスが目に入った。どうやらオヤジが電話をくれたのはこの店に来て直ぐだったようだ。

 僕の顔も見ずに
「早かったな」
とオヤジはひとことだけ言った。

「え? あぁ」

「晩飯はカレーか?」
オヤジを鼻をクンクンさせて僕に聞いた。

「え? 分かる?」

「ああ、スパイシーなカレーの匂いが漂ってんわ」
とオヤジは笑った。

「え? そうなんや……」
と僕は慌てて自分の服を摘まんで匂いを嗅いでみた。オヤジの言う通りなんだかそこはかとなくカレーの匂いがする。

「オッサン臭いんや」
と美乃梨がボケをかましてきた。

「それは加齢臭やろが!!」
ここはお約束でツッコんだが、美乃梨はすでに関西人に同化していた。変わり身の早い田舎者め!

「なるほどね。カレー臭かぁ……上手い事言うなぁ……でも、亮平にはまだ早いなそれは……それはアンちゃんに言うべき台詞やな」
とオヤジは他人事のように笑いながら言ったが、すかさず
「それはお前も一緒や」
と同い年の安藤さんにツッコまれていた。

「まあ、あんまり早食いすると身体に悪いぞ」
とオヤジが話題を変えるように言ったが、
「お前がそれを言うか?」
と更に安藤さんにツッコまれていた。
「ふん!」
とオヤジは鼻であしらったが、このオヤジたちは結構同じネタを引っ張る。これもオッサンの習性か?
しかしオヤジも早食いであることはこれで分かった。

「ところで……どや、驚いたやろ?」
 オヤジは残っていたビールを飲み干すと、軽く視線を美乃梨に向けて楽しそうに聞いてきた。流石にこれ以上このくだらないネタで引っ張るのは止めたようだ。美乃梨は僕と視線が合うと舌を出してオヤジの陰に隠れた。

「あぁ。なんか腹立つわぁ」

「ははは。俺が教室におれんかったのは残念やったけど、大体は美乃梨に聞いたわ」
と愉快そうにオヤジは僕の顔を見て笑った。

「美乃梨! また余計な事を言うたやろ」

「事実しか言うてないよ」
と美乃梨はオヤジの陰に隠れたまま応えた。
「ふん!」
これ以上何を言っても無駄だと悟ったので、それ以上はツッコまずに
「コーラ下さい」
と安藤さんに注文した。

「ほいよ」
と安藤さんは笑いながら僕の目の前にコーラを置いた。

「まあ、本家の頼みやからな。断る訳にもいかんし、美乃梨の事を考えたら、こっちでちゃんと対応した方がええやろからジジイが引き取る事にしたんや。それにババァもおるしな」
オヤジは空いたグラスを持ったままそう言った。話をしながら次に何を飲もうかと考えているようだった。

「うん。それは分かっとうけど……」
と答えながらも『でも俺に隠す必要は無かったやろう』と心の中でまだ思っていた。
しかし今はそれ以上にオヤジに話したい事があった。

「これからお前もちゃんと美乃梨の面倒見たれな」

「うん。分かった」
僕はコーラを飲みながら頷いた。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった! 「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」 主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します

桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。 天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。 昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。 私で最後、そうなるだろう。 親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。 人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。 親に捨てられ、親戚に捨てられて。 もう、誰も私を求めてはいない。 そう思っていたのに――…… 『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』 『え、九尾の狐の、願い?』 『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』 もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。 ※カクヨム・なろうでも公開中! ※表紙、挿絵:あニキさん

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

処理中です...