218 / 439
オーケストラな日常
コンクールの後
しおりを挟む
オヤジのその表情にムカつきながら
「なに冴子に個人レッスンしとんねん」
と僕は詰め寄った。
「あれぇ? 冴ちゃん、うちの星の王子様にばらしたん?」
と、オヤジは意外そうに冴子の顔を見た。
「え? 星くずの王子様には、まだなんも言うてないです」
と冴子は頭を上げると首を振った。
「え?」
オヤジは驚いたように僕の顔を見た。
「あんなもん聞いたらすぐに分かるわ。それに俺は星の王子様なんかになった覚えはないぞ!」
僕は二人に見くびられたような気がして更に憤慨していた。
「そうかぁ……やっぱり分かるかぁ……流石、王子様やな」
そう言いながらオヤジの口元は緩みっぱなしだった。
僕が何を言っても面白くて仕方ないようだ。確かにツッコミどころ満載だろう。
――……というか、俺はそもそも王子様ではない――
「焦ったやろう?」
早速、いたずらっ子のような顔をしてこの中年オヤジは聞いてきた。
見ているだけでなんだか腹が立つ。
「ふん。まあ、少しぐらいは……」
――なんかムカつく――
「頭真っ白になったやろう?」
少しオヤジに対して殺意が湧いた。
「……」
――なんで分かんねん――
「図星みたいやな」
そう言うとオヤジは今度は声に出して笑った。
しゃくだったがその通りだ。言い返す気力も湧かないほど図星だった。
どうやらオヤジには全てお見通しだったようだ。
「真っ白な頭で演奏したらどうやった?」
と笑いを堪えながらオヤジは聞いてきた。
できる事ならこんなオヤジには何も答えたくなかったが、僕が感じたこの感覚を理解しできるのはオヤジしかいないというのも分かっていた。
「何か知らんけど考え過ぎて訳が分かん様になって、自分の弾きたいように弾いてた」
「ほほぉ……で弾いてたらどうなった?」
「舞う音の粒に自分が一緒に溶けているような気がしたわ」
と素直に思い浮かんだ言葉を全部言ってみた。なんだかオヤジの思った通りに自分が動かされているような気がして、応えながらがら更にムカついてきた。
それと同時に本当はもっといろいろな事な感覚を味わっていたし、ピアノを弾いている感触が今までとは全然違っていて、それをうまく言葉で説明できないもどかしさも感じていた。
もしかしたら実はその時感じた感覚を誰かに伝えたかった……いや、正直に言うと初めからオヤジには伝えたかったのかもしれない。
しかし僕の言葉を聞いたオヤジの勝ち誇ったような顔を見て、僕は脱力した。
――腹立つけど、このオヤジにはまだ勝てんな……お見通しや――
オヤジは僕の想いとは裏腹に
「おお、なんか格好いい事を言うてんなぁ……でもなぁ。ええ演奏やったわ。あれは間違いなくお前だけの音やったなぁ。亮平しか出せん音やった」
と満足そうな笑みを浮かべた。
もっとツッコまれるのかと思っていたのだが、なんだか褒められたような気がして少し嬉しくなった。
その一言で僕の中に少し残っていたわだかまりが消えた。自分で言うのもなんだが……僕は単純かもしれない。
「そうなんかな? でもどんな演奏したかはっきり覚えてへんねん」
「そうかぁ……まあ、そんなもんやろうな」
昔の記憶を辿る様にオヤジは少し考えてから言った。
「父さんも経験あんの?」
「ああ、あったなぁ……で、お前は至福な時を過ごせたんか?」
オヤジは当然のごとくと頷いてから僕に聞き返してきた。
――そうかぁ、やっぱりオヤジもあの景色を見ていたんや――
オヤジと一緒の景色を見たと思うと少し嬉しくなった。
「うん。もう一度あの景色が見たい」
そう言いながら僕にはあの情景が色が目の前に蘇っていた。本当に至福な時だった。
「ほほぉ。だったらもう大丈夫やな」
「何が?」
「頭でっかちのピアニストにならんで済んだってことや」
と言うと
「自分で感じた音が全てや。理論と技術があってもお前のピアノには風景が無かった。確かにええ音出しているんやけどそれだけやった。そう……自分の感じた音をそのまま出すってことが……何故か欠落してしまっていたんやなぁ」
と言葉をつづけた。
「あれが俺の音? ……って人生の何か大事なものをどこかに無くしてしまったような愚か者みたいな言われようやな」
「はは、そんな大層なもんかぁ……でも、おもろい事言うなぁ。まあ、欠落したというか敢えて見ない様にしていたというか……。兎に角やなぁ、あれはお前の音やった。厳密に言うと今日のお前がこの場で感じた音やな。お前の音とか決まったもんがあるわけではないっちゅう事は、分かったやろう? もしあるとしたらそれはお前だけのタッチや。そしてお前だけの世界観や」
「俺だけのタッチに世界観かぁ……うん。まだ感覚でしか捉えられてないけど、なんとなくわかるような気がするわ。少なくとも今日の世界観と言うか……一瞬で消え去るような……でも確かに掴んだような……」
お嬢と出会う前にも、好きなように思いつくまま弾く事はあった。それを伊能先生には『コンクールとか発表会でそのまま弾いても良いのよ』と言われたこともあった。確かにそれはそれで個性的な音だっただろうし、ある意味自分の感性だったかもしれない。
でも、今日実感した音の粒とは明らかに違う。今日の音の粒は自分自身でも『これが僕の音だ』と思う箇所が何度もあった。全てではないが自分の魂を削り出した音の粒だという実感があった。
「ほほぉ。その顔はそれなりにちゃんと理解しとうみたいやな。流石は我が息子と言うか、その勘の良さは母親似やな」
と今度は本気で感心したように頷いた。
オヤジの言葉を聞きながら僕は『何故冴子にあのピアノを教えたのか』を聞きそびれていた事に気が付いた。
「なに冴子に個人レッスンしとんねん」
と僕は詰め寄った。
「あれぇ? 冴ちゃん、うちの星の王子様にばらしたん?」
と、オヤジは意外そうに冴子の顔を見た。
「え? 星くずの王子様には、まだなんも言うてないです」
と冴子は頭を上げると首を振った。
「え?」
オヤジは驚いたように僕の顔を見た。
「あんなもん聞いたらすぐに分かるわ。それに俺は星の王子様なんかになった覚えはないぞ!」
僕は二人に見くびられたような気がして更に憤慨していた。
「そうかぁ……やっぱり分かるかぁ……流石、王子様やな」
そう言いながらオヤジの口元は緩みっぱなしだった。
僕が何を言っても面白くて仕方ないようだ。確かにツッコミどころ満載だろう。
――……というか、俺はそもそも王子様ではない――
「焦ったやろう?」
早速、いたずらっ子のような顔をしてこの中年オヤジは聞いてきた。
見ているだけでなんだか腹が立つ。
「ふん。まあ、少しぐらいは……」
――なんかムカつく――
「頭真っ白になったやろう?」
少しオヤジに対して殺意が湧いた。
「……」
――なんで分かんねん――
「図星みたいやな」
そう言うとオヤジは今度は声に出して笑った。
しゃくだったがその通りだ。言い返す気力も湧かないほど図星だった。
どうやらオヤジには全てお見通しだったようだ。
「真っ白な頭で演奏したらどうやった?」
と笑いを堪えながらオヤジは聞いてきた。
できる事ならこんなオヤジには何も答えたくなかったが、僕が感じたこの感覚を理解しできるのはオヤジしかいないというのも分かっていた。
「何か知らんけど考え過ぎて訳が分かん様になって、自分の弾きたいように弾いてた」
「ほほぉ……で弾いてたらどうなった?」
「舞う音の粒に自分が一緒に溶けているような気がしたわ」
と素直に思い浮かんだ言葉を全部言ってみた。なんだかオヤジの思った通りに自分が動かされているような気がして、応えながらがら更にムカついてきた。
それと同時に本当はもっといろいろな事な感覚を味わっていたし、ピアノを弾いている感触が今までとは全然違っていて、それをうまく言葉で説明できないもどかしさも感じていた。
もしかしたら実はその時感じた感覚を誰かに伝えたかった……いや、正直に言うと初めからオヤジには伝えたかったのかもしれない。
しかし僕の言葉を聞いたオヤジの勝ち誇ったような顔を見て、僕は脱力した。
――腹立つけど、このオヤジにはまだ勝てんな……お見通しや――
オヤジは僕の想いとは裏腹に
「おお、なんか格好いい事を言うてんなぁ……でもなぁ。ええ演奏やったわ。あれは間違いなくお前だけの音やったなぁ。亮平しか出せん音やった」
と満足そうな笑みを浮かべた。
もっとツッコまれるのかと思っていたのだが、なんだか褒められたような気がして少し嬉しくなった。
その一言で僕の中に少し残っていたわだかまりが消えた。自分で言うのもなんだが……僕は単純かもしれない。
「そうなんかな? でもどんな演奏したかはっきり覚えてへんねん」
「そうかぁ……まあ、そんなもんやろうな」
昔の記憶を辿る様にオヤジは少し考えてから言った。
「父さんも経験あんの?」
「ああ、あったなぁ……で、お前は至福な時を過ごせたんか?」
オヤジは当然のごとくと頷いてから僕に聞き返してきた。
――そうかぁ、やっぱりオヤジもあの景色を見ていたんや――
オヤジと一緒の景色を見たと思うと少し嬉しくなった。
「うん。もう一度あの景色が見たい」
そう言いながら僕にはあの情景が色が目の前に蘇っていた。本当に至福な時だった。
「ほほぉ。だったらもう大丈夫やな」
「何が?」
「頭でっかちのピアニストにならんで済んだってことや」
と言うと
「自分で感じた音が全てや。理論と技術があってもお前のピアノには風景が無かった。確かにええ音出しているんやけどそれだけやった。そう……自分の感じた音をそのまま出すってことが……何故か欠落してしまっていたんやなぁ」
と言葉をつづけた。
「あれが俺の音? ……って人生の何か大事なものをどこかに無くしてしまったような愚か者みたいな言われようやな」
「はは、そんな大層なもんかぁ……でも、おもろい事言うなぁ。まあ、欠落したというか敢えて見ない様にしていたというか……。兎に角やなぁ、あれはお前の音やった。厳密に言うと今日のお前がこの場で感じた音やな。お前の音とか決まったもんがあるわけではないっちゅう事は、分かったやろう? もしあるとしたらそれはお前だけのタッチや。そしてお前だけの世界観や」
「俺だけのタッチに世界観かぁ……うん。まだ感覚でしか捉えられてないけど、なんとなくわかるような気がするわ。少なくとも今日の世界観と言うか……一瞬で消え去るような……でも確かに掴んだような……」
お嬢と出会う前にも、好きなように思いつくまま弾く事はあった。それを伊能先生には『コンクールとか発表会でそのまま弾いても良いのよ』と言われたこともあった。確かにそれはそれで個性的な音だっただろうし、ある意味自分の感性だったかもしれない。
でも、今日実感した音の粒とは明らかに違う。今日の音の粒は自分自身でも『これが僕の音だ』と思う箇所が何度もあった。全てではないが自分の魂を削り出した音の粒だという実感があった。
「ほほぉ。その顔はそれなりにちゃんと理解しとうみたいやな。流石は我が息子と言うか、その勘の良さは母親似やな」
と今度は本気で感心したように頷いた。
オヤジの言葉を聞きながら僕は『何故冴子にあのピアノを教えたのか』を聞きそびれていた事に気が付いた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった!
「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」
主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します
桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。
天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。
昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。
私で最後、そうなるだろう。
親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。
人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。
親に捨てられ、親戚に捨てられて。
もう、誰も私を求めてはいない。
そう思っていたのに――……
『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』
もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。
※カクヨム・なろうでも公開中!
※表紙、挿絵:あニキさん
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる