北野坂パレット

うにおいくら

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オーケストラな日常

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 ある週末の夜、学校から帰宅し食後のピアノを弾いていると携帯が鳴った。
ディスプレイの表示は哲也だった。

「どないしたん?」

「もしかしてヴァイオリンを弾いてた?」

「惜しい。ピアノを弾いてた」
家では流石にピアノの練習をしていた。特に右手は弓を持つので念入りに指をほぐす様にピアノを弾いていた。

「そっか……ってなんか、すげーブルジョワジーな会話やな」
と哲也は笑いながら言った。

「えぇ? ははは……そうかもな。で、どうしたん? こんな時間に……」

「今な。お前の家の近所におんねん。ちょっと出て来れるかぁ?」

「え? ホンマかいな? どこにおるん?」

「トアロードのホテルの前」

「なんや? 急に……ほな、今から行くわ」
と僕は慌てて家を出た。『ピアノは家に帰って来てから続きの練習をしよう』と割り切った。でも多分それは無理だろうなとも思いながらトアロードに向かった。

 そこには哲也だけでなく拓哉も一緒に立っていた。二人とも学生服のままだった。

「なんや? こんな時間に……家に帰ってないんかぁ?」
と僕は声を掛けた。

「悪いな。急に……ずっと三宮でお茶してた」
と哲也は答えた。

「メシは?」
と聞くと
「お好み食うた。モダン焼き美味かったわ」
と今度は拓哉が答えた。

「そっかぁ……粉モンはたまには食いたくなるなぁ……けど、そんな恰好でこんな時間までおったら、深夜徘徊で捕まんぞぉ」
と僕は笑ったが、二人がここに来たのは合同練習の後のいざこざの件の話なんだろうとなんとなく見当がついていた。あれからは二度と揉める事なく部活は続いていたが、そんな予感みたいなものがあった。

 ともかく、こんなところで立ち話をするわけにもいかず、僕はホテルと道を隔てた向かいにある安藤さんの店に二人を連れて行った。流石に学生服姿の高校生が夜遅くに三人立ち話なんかしていたら、間違いなく補導されるだろう。

 店の扉を開くといつものようにカウベルが鳴った。
そしていつものようにJBLのスピーカーから流れるオールディーズが僕達を迎え入れてくれた。

「いらっしゃ……いって……亮平か」
店の中に入るとカウンターの中で安藤さんが一人座っていた。やはりここはいつもヒマだ。そして安藤さんの声には期待外れ感がてんこ盛りで乗っかっていた。

「こんばんわ」
と僕が挨拶すると安藤さんは「よっこらしょ」と立ち上がって
「珍しいな。こんな時間にツレと来るなんて」
と言った。

「うん。紹介しますわ。うちの学校の器楽部の同級生です」

「篠崎拓哉です」
「あ、立花哲也です」
とカウンター越しに二人は頭を下げた。

「ほい。いらっしゃい」
というと安藤さんは
「うちをホンマに営業停止にしたいみたいやな。なんで学生服なんや?」
と僕に顔を近づけて軽く睨んだ。

「あ、済みません……でもそんな気は無いですから……上着脱がしますから……で、コーラー三つお願いします」
と言って僕達はカウンターに並んで座った。もちろん二人は上着を脱いだ。でもあまり変わらないような気がする。

「はぁ……しゃぁないなぁ」
と言って安藤さんはコーラーを三本取り出すと、僕達の目の前にコップと共に並べた。

「あ、一応ここのマスターは俺たちの高校の先輩やからな」
と二人に言うと
「ありがとうございます! 先輩!」
と立ち上がって頭を下げた。

「亮平……お前なぁ……暫く見ぃひん内に、やな奴になったぁ……オヤジそっくりやぞ」
と呆れたように言った。

 そして
「ええよ。コーラーぐらい奢ったるわ」
と言うと力なく椅子に腰を下ろした。

「ありがとうございます! 先輩!」
と今度は僕が安藤さんににこやかに頭を下げた。
そういえばコンクール中はピアノの練習で安藤さんの店にほとんど来ていなかった事を今思い出した。
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