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オーケストラな日常
迎え
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「そうかぁ……喜んでたんや……」
と鈴原さんは安心したような表情を見せて僕を見た。
僕は黙って頷いた。この件に関してはオヤジの言う通りだと僕も思っていた。
「さっきも言うたけど、冴子は勝ち負けよりも得るものがあったはずや。それがあの笑顔やと思う。だからお前の『おめでとう』は素直に喜んどったわ」
「そうかぁ……喜んでいたんやぁ……」
と鈴原さんは同じセリフを繰り返した。今度はさっきより納得したような感じで頷いていた。
「なんやぁ……今更しみじみと父親みたいな顔してからに」
鈴原さんの顔を覗き込んだオヤジが、呆れたような顔をして言った。
鈴原さんはオヤジを睨みつけると
「父親や。悪かったな」
と、言った。
オヤジはじっと鈴原さんの顔を見て
「うん? こいつやっと娘が自分の娘だったっていう事を認識したって顔してんぞぉ」
と驚いたように言った。
「なんで、お前にそんなん分かんねん。腹立つわぁ」
と鈴原さんは苦々し気に言うと一気にグラスを空けて安藤さんに突き出した。
安藤さんは軽く笑いながらそれを受け取ると、グラスにグレンフィディックを注いだ。
オヤジは
「まあ、あんまり鈴を虐めるのは止めたろ……」
と言うと僕に向かって、
「という事でお前が全国で一位になれたのは冴子のお陰で……元を正せば、その冴子にピアノを教えた君のお父上様のお陰という事がこれでよく理解できたやろう?」
と自慢げに言ってきた。
その勝ち誇った顔と最後のひとことだけは意地でも認めたくなかった。
僕は
「冴子には感謝しても、父さんまでは知らん」
と言ってオヤジのグラスを取って、フィディックを自分の腹の中へ流し込んだ。
氷が解けて多少は薄まっているとは言え、スコッチのロックは結構鼻に来る。かぁっと抜けていって僕は咳き込んだ。しかし不思議と不味いとは思わなかった。
「アホやなぁ。そんなもんビギナーが一気に飲むからや」
と言ってオヤジは笑いながら僕の背中をさすってくれた。
慌てて僕はコーラを口にした。
鈴原さんがそれを見ながら
「お前は息子の父親か……」
と、ひとこと言った。
オヤジは鈴原さんの顔を見て
「へへ、そう言う事やな。ま、俺は息子だけやけどな」
と言って笑った。
鈴原さんはそれには答えずにカウンターに両肘を突き、グラスを持って頭の横で軽く振った。
店の中は相変わらずビル・エバンスのピアノが流れている。
僕にはオヤジと鈴原さんの会話の意味がよく理解できなかったが、今が口を挟む時ではない事だけは判っていた。
その時、店のカウベルが鳴った。
「お父さん、いつまで飲んでんの? 迎えに来たよ」
と声がした。冴子だ。
鈴原さんは少し重くなったような瞼を見開いて冴子の顔を見て
「なんでお前がここに?」
と怪訝な顔をして聞いた。
「遅いから迎えに来たんやん」
冴子はそう言って鈴原さんの横に立つと
「帰ろか、お父さん」
と鈴原さんの肩に手を置いた。その顔はいつもの上から目線の冴子ではなかった。普通にどこにでもいる父親を迎えに来た娘の顔だった。
「うん? そうか……そうやな、帰ろか……一平、悪いな。今日は先に帰るわ」
と言ってゆっくりと立ち上がった。さっきより鈴原さんの表情が柔らかくなったような気がする。
なんとなくだが『これが娘の父親の顔かぁ?』と思ってしまった。
「冴子、コンクール頑張ったな」
とオヤジが声を掛けた。
「うん。ありがとうございました。でも亮ちゃんには勝てませんでしたけどね」
と言って笑った。やはり冴子はここでも笑顔だった。
「ホンマやなぁ。あれは必殺技やってんけどなぁ……こいつはピアノしかないからなぁ。しゃあないなぁ」
「そうですよねえ。ええ感じやったのに……絶対に頭パーになってるって思ったのに……すでにピアノバカになってしまっている奴には勝てません」
と言って冴子はまた笑った。
そして僕の顔を見ると
「亮ちゃん、おめでとう」
とコンクールが終わった後と同じ笑顔で言った。
「あ、ありがとう……お前……も頑張ったなぁ」
もう少しで『お前のおかげだ』と余計なひとことを言いそうになった。危なかった。
「ホンマに頑張ったと思うわ。自分でもあんな音が出せるとは思わなかったわ……でも流石やね。亮ちゃん……立て直してきたもんね。うん。ホンマに凄いわ……」
とあの時の事を思い出しているかのように言った。
「ホンマにお前がオヤジの音を弾くなんて予想もしてなかったわ。よう弾けたなぁ?」
「うん。私も驚いとぉ。まだまだやれると思ったわ。でも、おかげで余計に踏ん切りつけれたわ。これで心置きなくヴァイオリンに行ける」
冴子はそう言って笑うと
「お父さん、帰ろ」
と鈴原さんの手を引いて扉に向かって歩き出した。
鈴原さんは
「じゃあな。娘と仲良く帰るわ」
と笑って軽く手をふって冴子と扉に向かった。
扉の前で冴子が振り向いて頭を下げた。そして父親の後を追いかけるように出て行った。
店の外から冴子と鈴原さんの声が聞こえる。『飲み過ぎだ』と冴子に怒られているようだ。
カウベルの音が鳴って扉が閉まるとオヤジが
「冴子にメールしたんか?」
と安藤さんに聞いた。
「ああ。よう分かったな」
安藤さんが知らぬ間に冴子にメールを送った様だ。
「分からいでか……ま、流石と言っておこう」
「ふん」
と安藤さんは鼻で応えた。
「なにが流石なん?」
と僕はオヤジに聞いた。
「別にぃ、何でもない……鈴も娘には勝てんという事やな」
と言った。
暫くオヤジは黙ってビル・エバンスのピアノを聞いていたが、おもむろにグラスを持ち上げると
「亮平、全国一位おめでとう。父は嬉しいぞ!」
と言って気持ち良さそうに一気に飲んだ。
「うん」
僕はオヤジに生まれて初めて本気で褒められた気がした。そしてコンクールに出て良かったと初めて思った。
と鈴原さんは安心したような表情を見せて僕を見た。
僕は黙って頷いた。この件に関してはオヤジの言う通りだと僕も思っていた。
「さっきも言うたけど、冴子は勝ち負けよりも得るものがあったはずや。それがあの笑顔やと思う。だからお前の『おめでとう』は素直に喜んどったわ」
「そうかぁ……喜んでいたんやぁ……」
と鈴原さんは同じセリフを繰り返した。今度はさっきより納得したような感じで頷いていた。
「なんやぁ……今更しみじみと父親みたいな顔してからに」
鈴原さんの顔を覗き込んだオヤジが、呆れたような顔をして言った。
鈴原さんはオヤジを睨みつけると
「父親や。悪かったな」
と、言った。
オヤジはじっと鈴原さんの顔を見て
「うん? こいつやっと娘が自分の娘だったっていう事を認識したって顔してんぞぉ」
と驚いたように言った。
「なんで、お前にそんなん分かんねん。腹立つわぁ」
と鈴原さんは苦々し気に言うと一気にグラスを空けて安藤さんに突き出した。
安藤さんは軽く笑いながらそれを受け取ると、グラスにグレンフィディックを注いだ。
オヤジは
「まあ、あんまり鈴を虐めるのは止めたろ……」
と言うと僕に向かって、
「という事でお前が全国で一位になれたのは冴子のお陰で……元を正せば、その冴子にピアノを教えた君のお父上様のお陰という事がこれでよく理解できたやろう?」
と自慢げに言ってきた。
その勝ち誇った顔と最後のひとことだけは意地でも認めたくなかった。
僕は
「冴子には感謝しても、父さんまでは知らん」
と言ってオヤジのグラスを取って、フィディックを自分の腹の中へ流し込んだ。
氷が解けて多少は薄まっているとは言え、スコッチのロックは結構鼻に来る。かぁっと抜けていって僕は咳き込んだ。しかし不思議と不味いとは思わなかった。
「アホやなぁ。そんなもんビギナーが一気に飲むからや」
と言ってオヤジは笑いながら僕の背中をさすってくれた。
慌てて僕はコーラを口にした。
鈴原さんがそれを見ながら
「お前は息子の父親か……」
と、ひとこと言った。
オヤジは鈴原さんの顔を見て
「へへ、そう言う事やな。ま、俺は息子だけやけどな」
と言って笑った。
鈴原さんはそれには答えずにカウンターに両肘を突き、グラスを持って頭の横で軽く振った。
店の中は相変わらずビル・エバンスのピアノが流れている。
僕にはオヤジと鈴原さんの会話の意味がよく理解できなかったが、今が口を挟む時ではない事だけは判っていた。
その時、店のカウベルが鳴った。
「お父さん、いつまで飲んでんの? 迎えに来たよ」
と声がした。冴子だ。
鈴原さんは少し重くなったような瞼を見開いて冴子の顔を見て
「なんでお前がここに?」
と怪訝な顔をして聞いた。
「遅いから迎えに来たんやん」
冴子はそう言って鈴原さんの横に立つと
「帰ろか、お父さん」
と鈴原さんの肩に手を置いた。その顔はいつもの上から目線の冴子ではなかった。普通にどこにでもいる父親を迎えに来た娘の顔だった。
「うん? そうか……そうやな、帰ろか……一平、悪いな。今日は先に帰るわ」
と言ってゆっくりと立ち上がった。さっきより鈴原さんの表情が柔らかくなったような気がする。
なんとなくだが『これが娘の父親の顔かぁ?』と思ってしまった。
「冴子、コンクール頑張ったな」
とオヤジが声を掛けた。
「うん。ありがとうございました。でも亮ちゃんには勝てませんでしたけどね」
と言って笑った。やはり冴子はここでも笑顔だった。
「ホンマやなぁ。あれは必殺技やってんけどなぁ……こいつはピアノしかないからなぁ。しゃあないなぁ」
「そうですよねえ。ええ感じやったのに……絶対に頭パーになってるって思ったのに……すでにピアノバカになってしまっている奴には勝てません」
と言って冴子はまた笑った。
そして僕の顔を見ると
「亮ちゃん、おめでとう」
とコンクールが終わった後と同じ笑顔で言った。
「あ、ありがとう……お前……も頑張ったなぁ」
もう少しで『お前のおかげだ』と余計なひとことを言いそうになった。危なかった。
「ホンマに頑張ったと思うわ。自分でもあんな音が出せるとは思わなかったわ……でも流石やね。亮ちゃん……立て直してきたもんね。うん。ホンマに凄いわ……」
とあの時の事を思い出しているかのように言った。
「ホンマにお前がオヤジの音を弾くなんて予想もしてなかったわ。よう弾けたなぁ?」
「うん。私も驚いとぉ。まだまだやれると思ったわ。でも、おかげで余計に踏ん切りつけれたわ。これで心置きなくヴァイオリンに行ける」
冴子はそう言って笑うと
「お父さん、帰ろ」
と鈴原さんの手を引いて扉に向かって歩き出した。
鈴原さんは
「じゃあな。娘と仲良く帰るわ」
と笑って軽く手をふって冴子と扉に向かった。
扉の前で冴子が振り向いて頭を下げた。そして父親の後を追いかけるように出て行った。
店の外から冴子と鈴原さんの声が聞こえる。『飲み過ぎだ』と冴子に怒られているようだ。
カウベルの音が鳴って扉が閉まるとオヤジが
「冴子にメールしたんか?」
と安藤さんに聞いた。
「ああ。よう分かったな」
安藤さんが知らぬ間に冴子にメールを送った様だ。
「分からいでか……ま、流石と言っておこう」
「ふん」
と安藤さんは鼻で応えた。
「なにが流石なん?」
と僕はオヤジに聞いた。
「別にぃ、何でもない……鈴も娘には勝てんという事やな」
と言った。
暫くオヤジは黙ってビル・エバンスのピアノを聞いていたが、おもむろにグラスを持ち上げると
「亮平、全国一位おめでとう。父は嬉しいぞ!」
と言って気持ち良さそうに一気に飲んだ。
「うん」
僕はオヤジに生まれて初めて本気で褒められた気がした。そしてコンクールに出て良かったと初めて思った。
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