北野坂パレット

うにおいくら

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クリスマスの演奏会

幼馴染

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 幸せな気分でホールに戻るとオヤジは、ワイングラスを片手に持ったチャイナドレス姿の華僑らしき女性と話をしていた。歳の頃はオヤジと同じくらいだろうか? 

 その女性は僕たちに気が付くと
「とってもいい演奏やったわ」
と昔からの知り合いのように話しかけて来た。

「あ、ありがとうございます」
と僕と宏美は頭を軽く下げた。

――もしかして知り合いだっけ? ――

「この人ね。俺の幼稚園の時からの同級生のたんこちゃん」
オヤジがその女性を紹介してくれた。やはり初めて会う人だった。おばさま方にとって友人の子供は自分の子供と同じような親近感が湧くものらしい。

「たんこです。よろしくね」
その女性は笑って言った。

「た、たんこぉ??」
思わず聞き返してしまった。まさか本名ではないだろう?

「それはこの人が付けたあだ名。名前はね、李 明穂ね」
とその女性は名乗った。やはり『たんこ』は本名ではなく、そしてどうやら華僑の人で間違いないようだ。

 どういった流れで『たんこ』というあだ名がついたのかは想像もつかないが、僕はこんなあだ名だけはつけられたくないなと心の中で思っていた。

「二人の演奏はとっても良かったわ。本当に愛を感じる演奏だったわ。お似合いのカップルやね」
と言われて一瞬自分の気持ちが見透かされたような気がして焦った。でも、その言葉はとっても心地よく僕の心に響いた。

僕が同伴のして良いのか迷っていると
「ありがとうございます。とっても嬉しいです」
と宏美がいつもの能天気な満面の笑みを返しながら喜んでいた。

「うん。うん。おばさんは本当に初々しい二人を見て幸せな気持ちになれたわ。それにしても彼女のヴァイオリンはため息が出るほど艶があるわねえ……」
と感心したように言った。

「あ、ありがとうございます」
そう言って宏美はまた頭を下げた。聞きなれない賛辞は、宏美でも照れるようだ。

「うん。あの音ヴァイオリンの音は普通じゃ出せないなぁ……やっぱり愛かなぁ……」
と言ってたんこちゃんは笑った。

「それにしても、息子ちゃんは面白いピアノを弾くわね」
とその李明穂さんはオヤジに向かって言った。

「面白い演奏?」
オヤジは首をかしげながら聞き直した。

「だって、息子ちゃん、あの、アヴェ・マリア……途中で弾き方を変えたでしょ? どう?」
と僕の顔を覗き込むように聞いてきた。

「いえ、まぁ……はぁ」
と僕は曖昧に頷いた。会話の流れの早さについていけてなかった。

「最初は息子ちゃん自身の演奏だったんやろうね。でも途中からお父さん……そう一平ちゃんの音よね。あれ、なんで変えたの?」
と更に聞いてきた。完全にこの女性(ひと)には、僕の企みがばれてしまっていた。良い耳している。やっぱり分かる人には分かるんだ。

「なんとなく、オヤジのピアノを弾いてみたくなったんです」
僕は正直に答えた。この女性には変な言い訳はしない方が良いと思えた。かと言って詳しく全部話せるわけはなかった。ピアノの話になってやっとこの人の会話のペースに付いて行けそうな気持になれた。

「へぇ。お父さんの演奏を知っているんや? どこかで聞いたのかな?」
と不思議そうに聞き返された。
僕はどう答えていいのか困った。しかし、彼女は
「そっかぁ。そうなんだぁ。一平ちゃんに教わったんだぁ。懐かしい音だなぁって思って……正直、少し驚いたけどね」
と勝手に解釈して、昔大好きだった歌手の歌を久しぶりに聞いたかのように懐かしそうに笑った。

「たんこ、お前はそんなに俺のピアノを聞いとったっけ?」
とオヤジも少し慌てた様子で聞いた。オヤジ自身もそこから話題を変えたかったようだ。

「あら? 何言うてんの。しょっちゅう聞いてたわ。高校になっても一緒にいたやん」

「え? あ、そうやった。分かったもうええわ」
とオヤジにしてはあっさりと自分の勘違いを認めた。ついでに何か余計な過去を思い出したような感じだった。もしかして話題を変えようとしてオヤジの黒歴史でも思い出したか? それなら少し聞いてみたいとも思った。

 丁度その時に、次の演奏が始まった。
僕たちのすぐ後の演奏は瑞穂、琴葉、拓哉、哲也そして忍の弦楽五重奏だった。
安定感のある落ち着いた音が流れ出した。

 李明穂さんはステージに目をやって
「この子たちも上手いわね」
と感心したように言うと
「じゃあ、一平ちゃん後でね」
と言った。
そして僕に
「今度は息子ちゃんだけの演奏を聞かせてね。懐かしかったけど、もうオッサンの残り香はええから。それに途中で終わったから消化不良を起こしそうやし……」
と言って笑って去っていた。

 僕はその後姿を見つめながら
「父さん、あの人には、見事にばれとったやん」
とオヤジに言った。

「ああ、昔から耳だけは良かったからな」
とオヤジは何故かほっとしたような表情でたん子ちゃんを見送っていた。
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